アート&カルチャー

東京で話題の展覧会やダンス公演情報から、定番のギャラリーや美術館の紹介

江戸時代から続く伝統行事「御会式」が現代のパフォーマンスと融合し開催
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江戸時代から続く伝統行事「御会式」が現代のパフォーマンスと融合し開催

江戸時代から日本各地に伝わる伝統行事「御会式(おえしき)」を知っているだろうか。うちわ型の太鼓を叩き続けながら、「万灯」と呼ばれる美しい灯をともした山車(だし)とともに夜の町を練り歩く、祭りの高揚感に満ちた中毒性の高い人気イベントだ。とりわけ、雑司が谷で開催された2019年の『鬼子母神 御会式』は、例年に比べて数多くの外国人が参加し、ひときわ大きな熱気に包まれていた。 10月16日から18日にかけて開催された『鬼子母神 御会式』の当日、アニメイトやユニクロ、ラウンドワンが軒を連ねる池袋の繁華街で、太鼓を叩きながら練り歩く集団を見かけた人も多いのではないだろうか。実は、このパレードには、中国国籍を持つ豊島区民をはじめとする、さまざまなルーツを持ちながら日本に暮らす人々が数多く参加していた。いわば多国籍版の御会式とでも呼ぶべきこのパレードを実現させたのが、東アジア文化都市2019豊島 舞台芸術部門スペシャル事業『Oeshiki Project(御会式プロジェクト)』だ。 東京では大田区の池上本門寺のものが特に有名だが、主に日蓮宗で行われている法要であるため、御会式のなかには地域住民以外にはあまり認知されていないものも多い。雑司が谷の地で毎年開催されている『鬼子母神 御会式』も、国際色豊かな池袋エリアにありながら近隣住民に愛されるローカル色の強い行事といえよう。立ち並ぶ祭り屋台に威勢の良さそうな地元の若者がにぎわい、昔ながらの縁日らしい風情を感じることができて実に好ましい。 一方、メイン会場となる鬼子母神堂から見てJR池袋駅の反対側には、中国などのアジア圏を中心に、さまざまな背景を持った人々が生活する、乱雑ながらもエネルギッシュな一大エリアがある。実際、2019年1月1日時点の豊島区の統計では、人口28万9508人に対して、外国人住民数は3万223人となっており、実に10人に1人以上の割合で外国人が実際に住んでいることが分かる。特に、外国人住民数の半数近くが中国籍というのは豊島区の大きな特徴だろう。 この地に暮らす多様なバックボーンを持つ人々と、ローカルに息づく伝統との交流を試みて実施されたのが、先の『Oeshiki Project』だ。プロジェクトの中核を担ったのは、劇場空間を離れた演劇作品で知られる劇作家の石神夏希と、世界各地の中国人コミュニティーに取材した作品を発表しているアーティストユニットのシャオ・クゥ×ツゥ・ハン。プロジェクトの成功の背景に、御会式の伝統を守り続ける雑司が谷の人々や、異国の地でつましくもたくましく暮らすコミュニティーに対する、1年以上にもおよぶ入念なリサーチがあったことを記しておきたい。 『Oeshiki Project』のひたむきなリサーチが作品として結実したのが、先に述べたパレードをハイライトとするツアーパフォーマンス『BEAT』だ。外国籍の人や、その子孫、国外経験の長い人など、多様なルーツを持ちながら日本に暮らす一般の人々を「市民パフォーマー」として公募した『BEAT』は、その市民パフォーマー1人と参加者1人がそれぞれパートナーとなり、地図を頼りに池袋北西エリア内の指定されたスポットを訪ねる。  参加者は、中国系カラオケ店の楽動池袋KTVなど、多くの日本人にはなじみの薄いディープな場所で、市民パフォーマーからルーツについての話を聞いたり、太鼓を演奏したりして異文化交流を楽しんだら、いよいよパレードのスタート地点である中池袋公園へ移動。それぞれ練習してきたビートを打ち鳴らしながら、

10月21日、ニューヨーク近代美術館(MOMA)がリニューアル
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10月21日、ニューヨーク近代美術館(MOMA)がリニューアル

今年の6月からリニューアルのため休館していたニューヨーク近代美術館(MOMA)が、10月21日(月)にリニューアルオープンした。ここではプレビューに参加したタイムアウトニューヨークの記者のレポートを紹介したい。 もし美術館が空港へと形態を変えることがあれば、それは新たに規模を拡大して改修され、再創造されたニューヨーク近代美術館(MoMA)のような見た目になるかもしれない。入館受付はチェックインカウンターのように見え、今にも搭乗券を発券しそうな自動キオスクの追加によりさらに印象が強められている。デジタルサインが至る所にあり、見るものをどこかへと導くこともなく方向を指し示して点滅し、それぞれのギャラリーは出発ゲートと出発ゲートの間の回廊のように果てしなく連なっている。 端的に言うと、その場所は、ちょっとした商業化された乱雑さを表現している。ただしその乱雑さは、美術館鑑賞が黙想的な活動から没入型の利用者体験へと、最終的な変容を遂げたことを反映するものでもある。これは批判というよりは、 MoMAが時代の物事の仕組みを理解していることを認めるものである。むしろ、MoMAはそうした仕組みを理解しすぎているとさえいえる。 実際に、近代的で典型的な20世紀の機関である同美術館は、 21世紀に向けて自らを、外面だけではなく哲学的にも作り変えようとしている。その基本的な方法は、「これまでのやり方は何から何まで間違いだった」と認めることである。 MoMAが白人で男性の西洋美術家を特権視する教理を人々に強要する、正統派的な近代主義のためのバチカンのような存在であるという考えは、すっかりなりを潜めている。 こうしたことに向けられていた熱意は、今度はそっくりそのまま、美術史の人種的、性別的、民族的多様性を奨励するという課題に当てられているのだ。以前はそれぞれの部門により用心深く保護されていた、写真、絵画、デザイン、建築などという分野ごとのはっきりとした区分も取り払われた。今ではフィルムの断片、建築の見取り図、絵画など、異なる媒体のオブジェが一緒に展示されている。それらの媒体が合わさることによって生み出されるものは、主任キュレーターのAnn Temkinが最近述べたように、 「一つの長い物語を伝えるというよりは、一連の短い物語を伝えるもの」である。 これは、理論上は結構なことであるが、現実の結果はまちまちである。女性で抽象表現主義者のLee KrasnerとHedda Sterneの作品を、しばしば神聖視される同時代アーティストのJackson PollockとWilliam de Kooning の作品と並べて展示することなどは、遅すぎたほどだ。 しかしあまり明確でないのは、ピカソの『アヴィニョンの娘たち』に対するFaith RinggoldやLouise Bourgeoisの「応答作品」を、上記の絵画と一緒に展示する理由だ。まるで女性による作品とともにピカソの作品を展示することによって、彼の性的搾取者としての世評から人々の注意を逸らそうと試みているかのようであり、その試みはこれら女性アーティストたちを傷つけるものでしかない。MoMA は『アヴィニョンの娘たち』を20世紀の芸術の最高傑作であると推奨した立役者であるが、今になってそのことに対する責任を放棄しようというのだろうか?  対照的に、 MoMAはさほど物議をかもしていないMatisseや Brancusi などの人気者の作品にはむやみに手を加えるようなことはしていない。彼らの作品

東京、ベストデザインカフェ
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東京、ベストデザインカフェ

東京には、コーヒーショップやティールームが十分と言っていいほどある。Wi-Fiが利用できるカフェや昔ながらの喫茶店など、選択肢は尽きない。それらの選択肢の中には、ドリンクやフードのためだけでなく、店自体に訪れる価値のあるクールなデザインのカフェもある。ここでは、花屋に潜むカフェや現代的なミニマリストのティーバーなど、東京で最もスタイリッシュなカフェを紹介する。

「芸術文化都市東京」を世界に発信、Tokyo Tokyo FESTIVAL のプレゼンテーションフォーラムが開催
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「芸術文化都市東京」を世界に発信、Tokyo Tokyo FESTIVAL のプレゼンテーションフォーラムが開催

2020年のオリンピック、パラリンピックの開催まで1年を切った。世界中から約1000万人もの来場者を迎えるという盛大なイベントに向けて、東京都とアーツカウンシル東京は、文化に富んだ「芸術文化都市東京」の魅力を世界に発信しようと、2020年まで東京で多彩な文化プログラムを展開する大規模な祭典『Tokyo Tokyo FESTIVAL』を推進している。 8月28日、東京都渋谷区のスパイラルホールで開かれたフォーラムでは、同イベントの中核を担う『スペシャル13』の企画者らが初めて結集。国内外から寄せられた2436件から選ばれた13件のうち、シークレット企画1件を除く12件のをプロジェクトの内容を発表した。 ここでは、フォーラムの様子や、13件の中でも年内に開催を予定しているなど、今から注目したい企画の発表をレポートする。 登壇した『スペシャル13』の企画者ら オープニングでは、アーティストの蓮沼執太とコムアイの2人がパフォーマンスを行い、幻想的なサウンドで会場を満たした   DANCE TRUCK TOKYO 全日本ダンストラック協会が9月5日(木)から開く『DANCE TRUCK TOKYO』は、輸送トラックの荷台を舞台にダンスパフォーマンスを披露する、移動型の公演。東京都23区のほか、多摩地区や島しょ部など15カ所を巡りながら実施される。 登壇した協会役員の岡崎松恵は「見に来る人はもちろん、道行く人たちが偶然パフォーマンスに遭遇してしまうという状況も狙っている。ダンサーは若手からベテランまで参加し、パフォーマンスはワンステージ15分ほど。街中の空き地を有効活用しながら、みんなが五感を使って楽しめるプログラムになる」とプロジェクトについて説明。 司会を務めた「ペチャクチャナイト」創設者のアストリッド・クラインは、「本当に楽しい企画。将来的には、より多くのダンストラックがいろんな場所に出現して、みんながオープンに踊れる場所を東京に作り出してくれるとうれしい」とプロジェクトへの期待を表した。 直近のプロジェクトは、9月5日(木)18時半から新宿中央公園で、9月22日(日)18時から足立市場で開催予定。LEDが輝くトラックの中で突如として繰り広げられる、幻想的なパフォーマンスを見られる機会を、見逃さないようにしたい。   Light and Sound Installation “CodedField”  リオ大会でも演出技術開発を担当したライゾマティクスが手掛けるのは、歴史ある港区芝公園の増上寺と、高度な位置情報システムや独自に開発した最新技術を掛け合わせた、幻想的なアート空間。同社が開発したデバイスを使うことで、会場では光や音が参加者らの動きに合わせて呼応するなど、体験型のインスタレーションが楽しめる。 登壇した同社取締役の真鍋大度(まなべ・だいと)は「今後、世界的に使用されるあろう技術を使ったプロジェクト。今までに見たことのない風景が広がることになると思う。かなり大掛かりなプロジェクトだが、11月の開催に向け準備を進めているので、ぜひ足を運んでほしい」と呼びかけた。  近未来の光景を、一足先に体験できるかもしれないこのイベントは、2019年11月16日(土)に浄土宗大本山増上寺で開催予定。参加には事前申し込みが必要なので、ホームページで詳細が発表されるのを待とう。  このほか、特に有名でもない「誰か分からない人」の巨大な顔の立体造形物が、東京の空に浮かぶという奇想天外なプロジェクト『まさゆめ』や、東

日本初のダイバーシティミュージアム、「対話の森」でできる3つのこと
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日本初のダイバーシティミュージアム、「対話の森」でできる3つのこと

2020年、視覚・聴覚障がい者や、高齢者のアテンドで対話と感覚を楽しむプログラムが体験できるミュージアム「対話の森」が浜松町にオープンする。 運営するのは、視覚障がい者が暗闇の中を案内し、さまざまなシーンを体験するソーシャルエンターテイメント『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』を全国各地で展開するなど、多様性への理解を広めてきた一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティだ。 ミュージアムでは、『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』のほか『ダイアログ・イン・サイレンス』『ダイアログ・ウィズ・タイム』の3つのプログラムが体験でき、後者の2つの常設会場の開設は日本初。 どのプログラムも世界的に展開され、これまで延べ1000万人以上が体験するなど、世界的なムーブメントを生み出している。新会場では、2020年に「ダーク」と「サイレンス」を、2021年に「ダーク」と「タイム」が開催される予定だ。 今回は、7、8月にプレイベントが開かれた「タイム」と「サイレンス」の魅力をレポートしつつ、ミュージアムでできる3つのことを紹介する。    1. 言葉を介さず対話をする ダイアログ・イン・サイレンス 「ダイアログ・イン・サイレンス〜静けさの中の対話〜」は、音のない世界で、言葉によらないコミュニケーションに挑戦するプログラム。アテンドを務めるのは、音声に頼らず対話をする達人である聴覚障がい者だ。 1988年にドイツで始まり、フランス、イスラエル、メキシコ、トルコ、中国などで開催。日本では2017、18年に期間限定で開かれ、1万人以上が体験した。   参加者はヘッドセットを装着し、静寂の中でさまざまな遊びに挑戦する。言葉に頼らずコミュニケーションを取るのはなかなかに難しい。その分、アテンドやほかの参加者の身振りや表情をよく観察し、伝えたいことを表現するにはどうすればいいか頭を使う。 最初はもどかしいかもしれないが、少しずつ「言葉が使えなくても、試行錯誤すれば何とか伝わるものだ」という手応えをつかんでいくだろう。終了後に鏡を覗けば、口角が上がり表情が柔らかくなっている自分が映るはずだ。もしかすると、頭も柔らかくなっているかもしれない。 日本人は感情表現が乏しいとよく言われる。1988年の長野オリンピックで来日した外国人の中には、「自分たちは日本人に嫌われているのではないか」と感じた人も少なくなかったそうだ。 2020年のオリンピック・パラリンピックで再び多くの外国人を迎えた時、言語が異なる相手の言いたいことをどう汲み取り、どう自分の気持ちを伝えるか。「ダイアログ・イン・サイレンス」はそのトレーニングになるに違いない。   2. 歳を重ねることについて考える ダイアログ・ウィズ・タイム 「ダイアログ・ウィズ・タイム〜生き方との対話〜」は、歳を取ることについて考え、世代を超えた対話を楽しむプログラム。アテンドを務めるのは、豊かな経験や知恵を持つ70歳以上の高齢者だ。  2012年からヨーロッパやアジア各国で開かれ、日本でも300人以上が体験した。 参加者は体におもしやメガネなどを装着して高齢者に近い身体条件を体験したのち、高齢者のアテンドとともに遊び、歳を重ねることについて考え語り合う。 人生における喪失を実感するようなハプニングなど、さまざまな体験を通して、人生で大事にしたいことは何か、どんな風に歳を取りたいか、という問いに対する考えが深まっていく。 アテンドスタッフは花街に

東京のベストミュージアム・ギャラリーショップ
ショッピング

東京のベストミュージアム・ギャラリーショップ

東京には世界最高のショッピングスポットが数多くあることは間違いない。この都市のショッピングシーンのもっともユニークな側面の1つは、美術館やギャラリーなどの中にある素敵なショップだ。ショップ自体がギャラリーの役割を果たしているものさえあり、全国のデザイナーや職人によるユニークな作品が展示され、限定品が売られていることもよくある。都内のミュージアムショップとギャラリーショップを紹介しよう。

インタビュー・アーカイブス

インタビュー:西野達
アート

インタビュー:西野達

ものづくりの島、羽田空港のすぐ隣に位置する人工島を舞台に、多様なジャンルの音楽ライブやアートを楽しめる『鉄工島フェス』が、今年で第3回目を迎える。 会場となる京浜島は本来工業専用の地域。開催に向けて、鉄工所の空きスペースを利用したバックルコーボー(BUCKLE KÔBÔ)を拠点に現地制作を行う作家も多く、アーティストの創造性と工場で働く人々の熟練した技術の融合には期待が寄せられる。 タイムアウト東京では、2019年11月3日(日)の開催に先駆け、会場でも一際目を引くであろうモニュメントを制作中のアーティスト、西野達(にしの・たつ)にインタビューを行った。 昨年の様子。「鉄工島FES 2018・土岐麻子」©行本正志members

インタビュー:石井則仁(山海塾)
アート

インタビュー:石井則仁(山海塾)

日本の美意識から生まれ、世界のコンテンポラリーダンスに多大な影響を与えた「舞踏」。その中心的な役割を担っているグループの1つが、1975年に結成され現在もパリ市立劇場を拠点に活動する山海塾だ。2017年11月には東京でも新国立劇場にて『海の賑わい 陸(オカ)の静寂―めぐり』の上演が控えている山海塾の、新しい世代のダンサーにタイムアウト東京は注目した。1984年生まれの舞踏家、石井則仁に聞く、山海塾との出会いやアートとビジネスの関係。

インタビュー:アイ・ウェイウェイ
アート

インタビュー:アイ・ウェイウェイ

2011年に拘留が解かれて以来、芸術家の艾未未(アイ・ウェイウェイ/Ai Weiwei)は中国を離れることを禁じられている。しかしそれをもってしても、彼が世界で最も有名な芸術家であることは変えられない。ロンドンでの作品展を翌日に控え、タイムアウトは当局の監視、彼の成功、メディアへの頻繁な登場について、彼と対話を行った。 ※2014年に行ったインタビューです(原文)

インタビュー:青島千穂
アート

インタビュー:青島千穂

青島千穂は村上隆によりその才能を見出され、村上の主催するカイカイキキグループのアーティスト展で経験を積んできた。青島は自ら世界へ飛び出し国際的なアートシーンで華々しく活躍しており、イッセイミヤケとのコラボレーションなども実現させ、数多くのギャラリーや美術館で個展を行っている。 コンピュータ技術と伝統的日本画に関する強い関心を反映させ、青島は「自然と文明」、「火と水」、「創造と破壊」、「生と死」という対極の要素を取り扱った作品を創作している。カイカイキキギャラリーで開催される個展『REBIRTH OF THE WORLD』に先立って話を聞いた。 青島さんは大学を卒業し、経済学の学位を持っていらっしゃいますよね。アーティストになろうと決めたきっかけを教えてください。 私は本当にやりたいことが分からないまま大学に入学し、学業にも大して専念していませんでした。何種類かのアルバイトを始めたのですが、そのなかのひとつがある会社でのグラフィックデザイン部門の仕事でした。そこで同僚に『Adobe Illustrator』の基本テクニックを教わったあと、自分自身で作品を作り始めました。 村上さんのもとで働いていたとき、彼が私の作品に興味を持ってくれました。当時の作品は洗練されたものではありませんでしたが、村上さんが女性アーティストのみをフィーチャーしたグループ展に参加しないかと提案してくれました。チャンスだと思い、承諾しました。私のキャリアはそこから始まりました。 村上隆さんとの芸術面での結びつきはどのようなものですか。 村上さんには支えられ、また励まして頂いています。村上さんはアーティストとしての私を見出してくれました。カイカイキキ社ではキャリアをサポートしてもらっています。作品の展示場所も提供していただいています。 青島さんの作品はスーパーフラットに属するとの批評も見受けられます、そのように分類されることに納得していらっしゃいますか。また、スーパーフラットの特徴は作品にどのように表れていますか。 最初はその言葉が何を意味しているのか分かりませんでした。調べていくと、その特徴として挙げられている浮世絵風の美的感覚という特徴は、確かに作品に存在します。私は「スーパーフラットムーヴメント」に自分が含まれていることを受け入れています。私は芸術を勉強してきてはいないので、3次元での物体のとらえ方と、それが現実世界でどのように見えるかに習熟しているわけではありません。私は伝統的な日本画を描くことによって、平面視覚でのアートを表現しています。 著名な日本画家では、誰の影響を受けていらっしゃいますか。 葛飾北斎です。特に彼の妖怪を描いた作品です。 『百物語 さらやしき』葛飾北斎 妖怪は作品にも出てきますよね。青島さんが刺激を受けるような不気味な場所は東京にありますか。 私は実は幽霊が出ると言われている場所には行かないのですが、墓地にはかなりの影響を受けています。もう今は住んでいませんが、以前は青山墓地が一望できる場所に住んでいました 『青山墓地』写真:Greg Schechter 今度の個展では何に影響を受け、また『REBIRTH OF THE WORLD』というタイトルはどのような意味があるのでしょうか。 個展で展示するのは2011年の東日本大震災の後に制作した作品で、人間と自然の関係を表現しています。自然災害が起きたとき、その威力から自身を守るために人間ができるこ

インタビュー:ライアン・マッギンレー
アート

インタビュー:ライアン・マッギンレー

写真家、ライアン・マッギンレー。特に写真に興味がないという人も、彼の名前は聞いたことがあるという人は多いのではないだろうか。スケーター少年だったその人は、周りの友人たちとの日々をありのままに写真で記録し、カメラを手に夜な夜なパーティへと繰り出していた。ニューヨークのストリートカルチャーが色濃く写し出された彼のドキュメンタリー作品は、史上最年少でホイットニー美術館での個展を実現し、スターダムへと導いていく。 それから9年が経った今秋、東京でマッギンレーの個展が2つ同時に行われることとなった。近年は、圧倒的な世界観を放つステージング写真の数々を発表。広告やファッションのコミッションワークを同時に手掛けながら、映像作品においてもその才能をいかんなく発揮している。まさに時代の寵児とも呼べるアーティストだが、インタビューに現れた本人は過密なスケジュールからの疲れも見せず、とても気さくに、すべての質問に対して丁寧に答えてくれた。彼のアシスタントがテーブルに置いたCanon 5Dをしきりに気にしていたので、インタビュー終了後に気になって聞いてみると、四六時中どこへ行くにも動画で記録をしているそうだ。「まとめて作品にするつもりだから、そのうちどこかで目にすると思うよ」。作品のスタイルが変化せよ、そのアーティストの根底にある揺るぎないものを垣間みた気がした。

東京、定番の美術館

三鷹の森ジブリ美術館
アート

三鷹の森ジブリ美術館

『となりのトトロ』、『もののけ姫』、『千と千尋の神隠し』など、日本で最も人気のあるアニメーション作品を生み出してきた、宮崎駿が館主を務める三鷹の森ジブリ美術館。トトロが出迎えてくれる入口や、屋上には佇む巨神兵などジブリの世界を楽しめる。また、ミニシアターが館内にあり短編アニメーションが上映されている。2016年5月から、オープン以来初の長期休館が決定。期間中には、展示物などをほぼすべて撤去し、大規模なリニューアルを行うようだ。 関連記事『東京でしかできない88のこと』

すみだ北斎美術館
アート

すみだ北斎美術館

※2016年11月22日オープン 生涯のほとんどを墨田区で過ごした江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎に関する美術館。葛飾北斎が残した名作の展示はもちろん、常設展示室では、北斎の生涯に沿って人物像や「すみだ」との繋がりを紹介する。作品だけではなく、門人の露木為一が残した絵をもとに忠実に再現した北斎のアトリエを再現したスペースなども設けらている。 関連記事『幻の肉筆画を公開、すみだ北斎美術館がオープン』 特集記事 『両国、ご近所ガイド』

東京国立近代美術館
アート

東京国立近代美術館

皇居の横に建つ日本で最初の国立美術館は、20世紀の始まり以降の日本美術を集めたもう1つのMoMA。企画展もさることながら常設展も充実している。横山大観や上村松園など13の重要文化財を含む12000点を超える国内屈指のコレクションから約200点を入れ替え展示している。建物は1969年に谷口吉郎により設計され、2002年に増築、改築が行われた。皇居の堀と石垣の横にあるので、春には花見、秋には紅葉を楽しむのに最高の場所。東京駅からの、皇居を見ながら同館へいたる散策ルートもおすすめだ。

森美術館
アート

森美術館

森美術館の成功の秘密は、並はずれた人気を博している六本木ヒルズの中に位置し、森タワーの53階にあること。52階の展望台 東京シティビューもあわせて訪れれば、バーやカフェ、パノラマ式のデッキからのすばらしい眺望も楽しめる。夜遅くまで開いているので、ますます足を運びやすい。展覧会は意図的に変化をつけてあり、過去の催しにはビル・ヴィオラのビデオアートや現代芸術におけるユーモアを巡る展覧会もあった。東京シティビューからの眺めは厳密にいうと360度ではないし、東京都庁舎の無料の展望台に比較すると高価ではあるが、とにかく眺望はほぼ間違いなくこちらのの方がすばらしい。 特集記事 東京でしかできない88のこと 六本木でしかできない101のこと

根津美術館
アート

根津美術館

明治から昭和にかけて活躍した実業家であり、近代数奇者としても知られる根津嘉一郎が自ら蒐集した書画や茶道具を中心に展示している美術館。日本以外の東洋美術や仏教美術なども豊富に揃い、コレクションは7400件を超える。本館の設計は、日本を代表する建築家の隈研吾の手になるもの。美術鑑賞の後は、都心とは思えない豊かな緑をたたえた庭園を散策するのがおすすめだ。1階の庭園口、または地階の茶席口から出て石畳の小径を進み樹々の中へ入ってゆくと見えてくる、茶室や様々な石造物もまた趣深い。

21_21 DESIGN SIGHT
アート

21_21 DESIGN SIGHT

東京ミッドタウン内にあるデザイン展示施設。ディレクターは日本が誇るデザイナー三宅一生、グラフィックデザイナー佐藤卓、プロダクトデザイナー深澤直人の3人。グラフィックから建築や食まで幅広いテーマの展覧会を中心に、トークイベントやワークショップなどを企画し、生活が楽しくなるデザインを提案し続けている。安藤忠雄による建物は、三宅の服づくりのコンセプト「一枚の布」に着目した巨大な鉄板の屋根が独創的。館内は地下に向かって広がっているが、日光が注ぎ不思議と心地よい。

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連載:東京を創訳する

東京を創訳する 第24回
Things to do

東京を創訳する 第24回

旅行のひとつの楽しみは、その土地の人との思い出深い交流である。ちょっとした買い物で店員としたやりとりや、食べ物屋で隣り合った地元の人との会話など、旧跡を訪ねた感動とは違うものがある。しかし、そうした普通の人との交流はできても、パリやニューヨークに行って、そこの「セレブ」やその生活を「観光」するのは難しい。それは無理に近い。でも、ロンドンでバッキンガム宮殿に行ったりするのは、その建物を見るためだけでなく、エリザベス女王が現れないとしても、宮殿の上に王室旗がはためいていれば陛下がそこにいるのだな、といった興味が湧くからだろう。 東京を訪れる外国人旅行者は、東京ではそうした「上流」の人とはどんな人で、どこにいて、何をしてるのだろう、とは考えないだろうか?他方、「普通の日本人」は東京の盛り場で何をしているのかと思ったりしないか?そう考えて、今回からは、観光では会えないような東京の上流や、「下流」というよりは庶民の人たちがどこで何をしているのかを半年ほどシリーズで書いてみる。 実は、この「High Life - Low Life」というのは、イギリスの雑誌コラムからのパクリである。1990年代は、High Lifeは上流階級出身のTakiという人が、Low Lifeの方は、ロンドンで有名な酔っ払いのエッセイスト、ジェフリー・バーナードという人が書いて人気を集めていた。僕自身はもちろん上流階級ではなく、盛り場に詳しかったりしているわけでもまったくないが、多少、今までに見知ったことを書こう。まずは上流から。 欧米に行くと上流の人たちというのが確かにいる。アメリカの古い大金持ちや、大統領の係累(けいるい)。ヨーロッパだったら貴族という階層があって、城に住んでいたりする。では、それにあたる人々とは日本、特に東京では誰なのか。答えは簡単。東京のど真ん中、広大な皇居に住んでらっしゃる天皇とそのご一家だ。ほかにも、皇居からそう遠くない繁華街の赤坂に「御所」という広い敷地があって、天皇の男系親族の数家族が「宮家」(prince)として住んでらっしゃる。そのあたりのことは英国のロンドン、タイのバンコクの王族の事情と変わらない。ただ、日本の社会で「上流階級」、というと何か外国とはニュアンスが違う。天皇や皇族は「階級」ではない、というか、ある意味で、もっと飛び抜けているというか。そのあたりの理屈も追々書くことにする。 天皇、皇族とその生活はこのタイムアウト東京のテーマになるのか。ぶっちゃけていえば、「天皇」は「観光」の対象になるのか?(日本人の読者にはやや無礼な、と気になる人もあろうが、今後このシリーズでは許してほしい)もちろんなる。好奇心と興味の湧く文物はすべて観光の対象だ。まず、天皇と会うことはできなくても拝見するチャンスはある。毎年2回、天皇誕生日(12月23日)と、1月2日には、皇居で一般参賀という機会があって、天皇ご一家がみなの前に姿を現すのだ。正月などは、毎年数十万人が集まるところを見ると、少なくとも日本人にとってこれは、一種の「観光」だろう。 ご一家は見られなくても皇居だったらいつもそこにある。日本一大きな城だから見応えはある。ただその皇居も、元はといえば天皇の「御所」ではなく、将軍であった徳川家の御城だった。天皇代々の御所は京都にある。最近のことだが、いまの皇居に天守閣を建てて観光の目玉にしようという案が出て、国会で議論にすらなった。その

東京を創訳する 第23回『初夏』
Things to do

東京を創訳する 第23回『初夏』

東京を訪れるベストシーズンは、5月から6月の初夏である。その理由は3つある。 第1に、気温は高いが盛夏の35度といった暑さではなく、風が吹けば心地良い、夜は時に肌寒くなるくらいの、温帯の夏である。旅行の装いも軽くなるし、身が軽ければ心も軽くなる。 第2に、昼間が長い。何十年もサマータイムの導入が叫ばれているがなかなか実現しない日本で、昼間(daytime)でもなく夜(night)でもない、宵(evening)の美しさと心地良さを味わえるのは、この時期だけである。灯刻となり、さて今から何を食べよう、どこに飲みに行こう、と考えるのは旅の大きな楽しみだが、初夏はそれをゆっくり算段することができる。夜が長いのだ。 第3が、意外に気づかれないのだが、旅行に最適なのに、その割にはすいている。4月は桜の狂想曲で、外からの旅行者よりもまず日本人が浮き足立っていて、どこに行っても混むし、気ぜわしい。桜に興味のある外国人旅行者だったらよいが、日本人の浮かれ具合に巻き込まれ、スケジュールが立てにくいのはやっかいだ。その桜が終わっても、4月末から5月第1週のゴールデンウィークという旅行シーズンが来る。この時期は、外国からの旅行者にとっては、興味深い行事や催しものがある訳ではない。ただ列車やホテルが取りにくくなるだけだから、避けた方がよい。ゴールデンウィークが終わると、気温が高くてもあまり蒸さない、心地よき初夏が来る。この時期に日本を旅する楽しさを逃がす手はない。最近北米の旅先で聞いた話だが、日本に来て2週間くらいサイクリングをする、というツアーがあるようだ。少しハイエンドな感じだが、東京のホテルに集合し、飛行機で出発地点に向かう。自転車とそのガイドさんが待っており、サイクリング旅行が始まる。私の聞いた場所は、能登半島と瀬戸内である。その行程に老舗旅館や、美術館が組み入れられていて、元気で好奇心の旺盛なシニアにうってつけだろう。ゴルフもこの時期にプレーするのが最高だ。日本のゴルフ場は、その数が飽和状態にあることからさまざまな工夫がなされているところも多く、ハワイでのゴルフとは違った味わいのゴルフ旅行ができるだろう。 さて、話の焦点を東京に合わせると、私の初夏の好みは、ショウブと大相撲である。ショウブは堀切菖蒲園など名園が沢山あるようだが、それはタイムアウト東京でチェックするとして、個人的には明治神宮御苑が好きだ。6月の開花の時期をうまく見計らうと、鳥居をくぐって進む参道は木々の深い緑が美しく、小道に入ってからしばらくして、ふと現れる菖蒲園は、見渡す限り濃紺から白までさまざまな色が彩なす、大輪の花が満開となっているだろう。この時ばかりは薄曇りくらいがよく、雨が降っていたらそれはむしろ好都合、興を添える。その点は風と雨が大敵の桜と違って、水と縁あるショウブならではの持ち味かも知れない。 大相撲は行けばすぐに見られるものではない。東京の夏場所は、5月の15日間と限定されて、そもそもチケットが取りにくく、外国から訪れる観光客には難しい見物であろう。しかし、そう諦めたものでもない。両国の国技館に行くと、やってくる力士、「場所入り」をする相撲取りの姿を見ることができる。そのため国技館の周りには、ファンがたくさん群がっている。番付の下の方にいる若いのから、次第にランクが上の力士が現れ、最後は横綱である。そこに何時間もいるわけにもいかないので、小一時間くらいの見物を勧めるが、相撲取りは見ると聞くとでは大違いだ。単なる肥満の人とは大違いである。その若くはち切れた大きな姿を見るだけでも

東京を創訳する 第22回『早春 - 花見』
Things to do

東京を創訳する 第22回『早春 - 花見』

「4月は残酷な季節」とは、イギリスの詩の有名な一節だが、文学的解釈は別にして、まずはイギリスの天気の不安定さを言っているに違いない、と思う。4月、うららかな日差しに家庭菜園の手入れを始めると、突如黒雲が湧き、霰(あられ)が降ってくる。あの激変は手が付けられない。東京の3月も似たところがある。3月の初めはまだ、雪が降ったり、厳冬の気温となったりするのに、月末には桜が咲いて、浮かれ気分になる。その一月の変化の大きさは一年の中で最も激しい。 花の薫りは、まずは2月に梅が届けてくれるが、そこから冬が居座る。一体いつ春が、と思うと突然、「春一番」という名の暖かい風が吹いて、冬の縛(いまし)めがほどけだす。そうすると、3月には、地球上で日本列島だけの気候現象、「桜前線」が南から上がってくる。桜が開花した土地を線で結ぶ前線だ。世界にどんな大ニュースがあっても、NHKのトップニュースはどこそこで桜が開花した、という桜便りである。そんなことでいいのか、もっと大事な問題があるだろう、と思う向きもあろうが、3月半ばを過ぎれば、もはや「桜」にかなう話題は無い。 昔からそうか、といえば、4、50年前はそんなでもなかった。全共闘という古風な運動をしているとき、花見をしようと言い出したりする僕は「右翼」と批判された。戦前、桜のぱっと散るところが軍人の潔さの比喩になったりしたからだ。今はそうした政治的反省など気にすることなく、いつでもどこでも、桜を愛でない人は日本人でないと思われる。常にあまのじゃくな僕は、そういう押しつけは全体主義的だと感じて、いまでは桜の話題をいぶかしく思っているのだが、ここでは素直になって、東京の花見はどこがいいか、という定番の話題に進もう。 どこがいい?いや、そんなことは僕が書くまでも無く、テレビや雑誌、新聞で特集が組まれている。そこを参考にした方が良い。それほど、桜フィーバーは、現代の日本に定着している。しかし言っておくが、半世紀昔の若い頃、市ヶ谷の土手伝いで桜吹雪の下を歩いたりしても、同好の鑑賞者とすれ違ったりしなかった。みな先を急いでいた。「桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!」も、あまりに有名な文学的一節(梶井基次郎『桜の樹の下には』)だが、屍体でなくても「馬糞」は桜によく効くらしい。生まれた家の近くにある世田谷の馬事公苑に行くのは僕の年中行事で、そこに咲く重たいほどの花の下枝に感激したりしたが、誘う相手はあまりいなかった。 学校というものはどこでも桜の名所になるが、特に何も埋まってなくても、桜はすごい。たとえば、僕の元の職場の東大駒場キャンパスも、グラウンドを囲む土手に見事な桜並木がある。そこで、大学に勤め出した1980年代に、僕がゼミ生を誘って花見をしたのだが、夕暮れは予想より寒く、段ボールで囲いをしながら持ち込みのおでんを震えながら食べるはめになった。そう、実は桜が花開く頃は、まだまだ寒いのだ。花が咲いていて豪奢(ごうしゃ)なもんだから、つい暖かいと誤解をするのだ。地方のお城の花見など、桜の花冠の下で売られている定番はおでんだ。そこで、花見は寒いからやめた方が良いとまで言わないが、寒さには十分注意をするように、とガイドをしておく。酒盛りに参加するときはコートを忘れず、幹事は地面に敷くものの断熱に留意されたい。 などと、桜について書いていると、つい興奮をする。何しろ、最初に生まれた子に「桜

東京を創訳する 第21回 「初春 - 日本が一番日本の日」
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東京を創訳する 第21回 「初春 - 日本が一番日本の日」

1月1日は、1年の内で東京が一番、日本らしくなる日である。 始まりは、前日の大みそかからだ。12月31日は正月の準備に一家は集まり、年越し蕎麦を食べ、みなで延々、4時間半の歌番組、NHK『紅白歌合戦』を見る。この50組近くの歌手が集まる騒がしい番組が23時45分『蛍の光』の大合唱で終わると、突如、テレビからは静寂の中、「ゴーン」とお寺の鐘の音が響いてきて、次の番組『行く年来る年』となる。日本のどこか、暗い中に雪が白く輝く寺社の参道に、人々が無言で集まって来ている。東京の私たちは、「寒そうだね」と心でつぶやきながら、1年の終わり、大晦日の24時を待つ…。 ただし、必ずしもこうとは限らない。人によっては大晦日に恒例の格闘技やカウントダウンコンサートに出かけたり、家にいても部屋で片付けものをしたり、テレビを見るとしてもほかの番組にチャンネルを合わせたり、そもそも団らんには加わらず、借りためてあった連続ドラマのDVDを長時間見続けたりしている。そんな人もたくさんいる。 しかし、そういった人も、「今夜は世間では、定番の紅白と、その後のかったるい番組を見ているんだろうな」と思ったりする。そのくらい12月31日の夜は、典型的な「日本らしい」日なのである。おそらく、2、30パーセントの東京人は、いま書いた通りのことを、そっくりそのまましている。 西洋のクリスマスが家族行事であることと同じである。ただ、日本の正月は、12月28日には仕事を終えて、元旦、1月1日の後、3日まで、同じようなおせち料理の日々が続き、それに飽きた頃にやっと4日の仕事始めとなる。 では、日本人は元旦に何をするのか。朝、みなで集まって「明けましておめでとう」と言い合い、「おせち料理」を食べる。これだけ。この「おせち」は、まさに「The 日本」の食べものである。日本人だって普段は食べない日本料理を食べる。食べるどころか、正月以外は見ることすらない奇妙な「ちょろぎ」という食材も出てくる。みな、作り置きのコールドディッシュであるが、雑煮だけは温かいスープである。なかには青菜とニンジンと、そして餅が入っている。スープがおすましか味噌仕立てか、餅が丸いか角なのかは地域によって異なる。東京はおすましに角もち。異なる地方の人同士が夫婦となると、この相違は、結婚生活を脅かしはしないが、彩を添える論争の種となる。 ただしこのおせち料理、どこかのレストランで食べようとすると、普段のメニューにはない。サンクスギビングの七面鳥料理がレストランのメニューではないように。正月の三が日にホテルに泊まったりすると、ホテルの催し物の中で食べられたりするかもしれないが。 ということで、元旦に東京を訪れた旅行客は、人通りの少ない東京の街を変だなと思ったら、日本人はみな、家の中でそんなことをしているのだ、と納得すればよい。街の店はみな閉まり、レストランで営業をしているところも少ないのだ。 では、そうやって、正月は何もしないのかといえば、1つだけ「日本人の義務」がある。初詣である。『行く年来る年』で、凍てつく深夜、黙々と人々が集まっていたのはその「初詣」に向かう光景なのである。東京でも、正月の三が日、あるいはその1週間くらいは、寺社に、昨年の感謝と今年の幸せを願って、出かけていく。それは半端ではない数である。毎年、東京の明治神宮と浅草寺には、それぞれ300万人が集まる。ほかにも中小の寺や神社は数限りなくあるから、1000万人ほどの東京人は、計算上ほとんど全員、1つあるいは2つくらいの初詣を済ませることになる。 では、正月に日本

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