横田栄司
Photo: Kisa Toyoshima
Photo: Kisa Toyoshima

演劇モンスター・横田栄司が「オセロー」で2年ぶりのカムバック、舞台復帰でかみ締めた思い

6月29日から開幕、オセローの魅力や新宿のおすすめ散策スポットなどをインタビュー

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テキスト:高橋彩子 

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の和田義盛役でも知られる俳優の横田栄司が、ホームグラウンドである文学座で、シェイクスピアの四大悲劇の一つ、「オセロー」のタイトルロールを演じる。ムーア人(北アフリカあるいはアラブのイスラム教徒)でありながら、キリスト教の白人社会であるべネチア公国の将軍に上り詰めるも、部下イアーゴーの奸計(かんけい)にはまって妻デズデモーナを殺害し、破滅する人物だ。

2022年秋に休養を発表してから約2年。ファン待望の舞台復帰となる今回、世界の名優たちが演じてきたこの役に、どう向き合うのだろうか。

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かみ応えのある大作

―舞台復帰、うれしいです。演出家の故・蜷川幸雄演出の「彩の国シェイクスピア・シリーズ」作品にも多数出演してきた横田さん。オセローでの復帰を、どう捉えていますか?

体調もあるのでお返事までに少し時間をいただいたのですが、シェイクスピアだったら、もしかしたら多少の経験を劇団に持ち帰れるというか、少しは役に立てるんじゃないかという思いがありまして。

それにこの作品では、オセローはもちろん大切ですが、イアーゴー、デズデモーナなど彼を取り巻く役もとても重要です。文学座の信頼できる仲間がこれらの役をやってくれる。極端な話、「イアーゴーさえ良ければいいんじゃないか」という前向きな投げやりさ(笑)で決断しました。

―イアーゴーは浅野雅博さん、デズデモーナはsaraさんですね。

浅野くんは同期で同い年なのでうれしくて。20年ぶりぐらいに電話して「こんなに頼もしいこと、ないよ」と伝えました。僕は大劇場系、彼は中劇場や小劇場の繊細なお芝居をメインに頑張っていて、交錯する機会は決して多くなかったんです。

僕が演じるオセローは、浅野が演じるイアーゴーにだまされる役。台本に書いてあるから、彼がどんな演技であっても一応はだまされるけど「ちゃんとだませよ」と、同期愛を込めて思っています(笑)。でも、そんな心配ないくらい、浅野くんは年を重ね、いい意味で俳優として屈折も屈辱も味わっていると思うので、彼の手のひらの上でコロコロとだまされたいですね。

saraさんとの共演は初めてです。今年、座員に昇格したばかりの24歳ですが、すでにミュージカルの世界で大活躍されている。歌声だけは聴いたことがあるのですが、ものすごい声にちょっと度肝を抜かれた記憶があります。スターの匂いがしますし、大切にして、この辺で恩を一つ売っておこうかな、と(笑)。

―稽古をしながら感じていることを教えてください。

シェイクスピアのタイトルロールとしては、「ジュリアス・シーザー」(蜷川幸雄演出、2014年)を経験しましたが、あれは阿部寛さんのブルータスが主役みたいなもの。先発完投みたいな意味での主役は、今回初めてです。これまで演じたシェイクスピア劇では1・2幕出てたら3・4幕は出ずに5幕にまた出てくるとか、そういうことが多かったので、そのつもりで頭から順番にやっていくと、いつまでたってもせりふをしゃべっているんですよ。

意外だったのは、序盤である1・2幕が、せりふもやることも多くて大変だということ。2幕、イアーゴーの策略でオセローの部下キャシオーがけんか騒ぎを起こした時のオセローのせりふなんて、こうですよ、「ええい、腹が立つ。俺の血が理性の安全弁を突き破り、激情が判断力の鏡を曇らせて遮二無二(しゃにむに)あふれ出しそうだ……」。怒れば怒るほど、詩人になっていく(笑)。この辺からオセローの血の気の多さ、タガが外れてしまう部分が見え始めてもいいのではないかと、鵜山さんからも言われました。

そんなわけで、3幕の途中の100ページ辺りまでですでにハアハアゼーゼー状態。まだ、台本は残り100ページくらいあって、これからイアーゴーにだまされてデステモーナを殺して自分が死ぬという大イベントが残っているにもかかわらず。たぶん、僕がこれまでに見たオセローを演じていたのが名優の皆さんだったので、たくさんしゃべっているように感じなかったんでしょう。改めて、相当にかみ応えのある大作だと実感しています。

コンプレックスが魅力であり弱点でもあるオセロー

―オセローは本来、高潔で軍人として優れていて、ある意味非の打ちどころもないような人物。しかも、デズデモーナとは相思相愛で、結婚したばかりです。それなのに妻を殺害するという行為に至る、彼の根底にあるものとは何なのでしょう?

やっぱりコンプレックスだと思います。僕の勝手な想像では、彼はアフリカから連れてこられた使い捨ての傭兵(ようへい)で、努力と戦争での活躍によって出世して、偉くなったらとびきりすてきな女性との結婚という、さらに上の幸運が待っていた。

でもオセロー自身は手放しで有頂天になれず、心のどこかに「俺みたいなやつがこんなに偉くなって、何か落とし穴はないのだろうか」という小さい火種がずっとくすぶっていたんじゃないでしょうか。そういうものを抱えた大人物だからこそ、デズデモーナが好いてくれたということも逆にあると思うんですけど。

―弱さや痛みを知るからこそ優しくなれるでしょうし、だからこそ魅力的にもなり得ますしね。

そうだと思います。そもそもオセローが白人だったら、デズデモーナは結婚してないような気がするんですよね。肌の色が皆と違っていて、よその街からやってきて、ヴェニスのことを知らず、でも世界のことは知っている。多くの経験とコンプレックスの両方を併せ持った人物だからこその悲劇ですよね。お客さんから見て「気の毒な男だな」と「バカな男だな」の両方があると、バランスの良いオセローになる気がします。

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―そういうコンプレックス、ご自身も覚えはありますか?

映像の現場に行くと、自分だけ声がでかいのは恥ずかしくて、コンプレックスになりますね。自分としては、舞台か映像かで変えるのではなく、人間、ここまで追い込まれたら、このくらいの声になっちゃうんじゃないか、というところで演じているのですが、オンエアを見ると、おそらく僕の声だけでかいとバランスが悪いから、調整されているんでしょうね、効果になっていなくて。だったらあんな大声出すんじゃなかった、と(笑)。恥ずかしくて嫌になるので、自分の映像は基本的に観ないです。

―オセローもコンプレックスをイアーゴーに刺激され、デズデモーナとキャシオーとの仲にあらぬ疑いをかけてしまう。それにしても、いかに嫉妬に苦しんでいるからと言って、デスデモーナに浴びせる言葉は本当にひどいですよね。言いながら、本人も傷ついていることでしょう。

間違いなく傷ついているでしょうね。この間、稽古場で「そこまで言うか問題」が話題に上ったところです。オセローだけでなく、デスデモーナはデスデモーナでキャシオーをかばい過ぎだし、みんなが言い過ぎている。

スマートフォンもテレビもゲームもなく、戦争に明け暮れて帰ってきて心を癒やしてくれるのは奥さんや子どもだけだったりする時代だからこそ、「そこまで言う」し、言われたからには「ここまで感じる」、つまり悲しんだり怒ったりしてしまう。現代の僕たちにはうかがい知ることができないぐらい激しい感情が動いていたんでしょう。

そうした感情の分量と比例して、せりふが長くなっている。言い方を変えれば、気持ちを持続させながら、あれだけの言葉をしゃべらなきゃいけないんです。これが、我々日本人がシェイクスピアをやる時に最も苦労すること。日本人は命がけで当たらないと立ち打ちできないのだと、これまで先輩たちの名演を見てたたき込まれています。蜷川さんはよく、「たこわさなんか食べてないで、ステーキを食え!」と言っていましたから(笑)。

やっぱり文学座でオセローを演じるというのは、歴史の一部になること。僕がきちんと担えるか分からないけれど、そのぐらい大変なことに向き合うんだという自覚は持って、臨んでいるところです。

演劇という究極のコミュニケーションを楽しんで

―休養を経ての心境の変化についても教えてください。演劇への思いは変わりましたか?

正直、休養に入る直前は、演劇をやることも観ることもしんどかったです。演劇に対して自信を失っていたので、演出の鵜山仁さんに「復帰作を一緒にやらないか」と誘われた時、最初は「もう芝居のやり方、役作りもせりふの覚え方も、何一つ覚えていないんですけど、できますかね?」と言ったくらいなんです。

―フィクションの世界をあたかも現実であるかのように伝える際、俳優の皆さんには、観客に想像もつかないくらい負荷がかかるのでしょうね。

やっぱり、なるべくうそをつきたくないじゃないですか。でも芝居の上では、笑いたくないのに笑ったり、泣きたくないのに泣いたりしなければなりません。そうすると、虚構と現実のはざまで身も心もすり減るんですよね。歳を重ねる中で、モチベーションを保っていくのは、本当に大変なこと。だから、けがなく病気なく舞台を続けられている方々を、本当に尊敬しています。

―ですが、横田さんもこの世界に再び足を踏み入れられました。今、演劇と格闘する中で、その良さをどう感じていますか?

現場に来てみると、ここには台本を介しての究極のコミュニケーションがあって。せりふのやりとりだけじゃなくて、例えば休憩中に意見を交わしたり、終わった後に役者同士ビールを飲みながら解釈や感想を話したり。それがどんどん膨らんでいって、読み合わせをしているビルから少し広い隣のアトリエへ移れば、関わってくるスタッフが増え、そこにコミュニケーションが生まれる。

そして今度、劇場に入れば照明さんや音響さんとの新たなコミュニケーションがあり、最後には究極の、お客さんとのコミュニケーションが待っている。そのダイナミズムこそが、演劇の良さ。こうしたコミュニケーションをとることができる喜びを、かみ締めているところです。30年もこの世界にいて、ほかに何もできない悲しきモンスターですので、もう少しお付き合いいただけたらありがたいです。

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観劇前後におすすめの新宿散策

―タイムアウト東京の読者も、横田さんのオセローを楽しみにしていると思います。

タイムアウトと言うと、蜷川さんの芝居でロンドンへ行った時にお世話になった思い出があります。「おー、Yukio NinagawaとかKotaro Yoshidaとか載ってる!」と盛り上がったり、「あ、でも、(自分たちが公演する)『バービカン・センター』はウエストエンドじゃないんだ」とガッカリしたり。自分たちの公演と重ならない時間帯にやっている芝居を調べて、毎日のように安いチケットで芝居を観ていましたね。「大英博物館」や「テート・モダン」の情報を調べたりと、街歩きのお供でもありました。

―今回で言うなら、新宿での観劇と街歩きをセットにできますね。

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA」でオセローを観て、あるいは観る前に「つな八」の天ぷらはどうでしょう。古い建物をそのまま使っていて、風情があるんですよ。そこから10分くらいで新宿御苑まで行けるので、時間があればグルっと回って、戻ってくる途中には「新宿末廣亭」がありますから、寄席で落語を聴くのもいいですよね。

落語を聴き終わって20時30分か21時くらいに寄席を出ると、目の前に立ち飲み屋があって、一杯引っかけているとさっきまで見ていた落語家さんたちが出てきます。そんなふうに、楽しい一日を過ごすのはどうでしょうか。……ね、タイムアウトっぽいでしょう?(笑)

Contributor

高橋彩子
舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。「エル・ジャポン」「AERA」「ぴあ」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜を連載中。

 http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

公演情報

オセロー

作:ウィリアム・シェイクスピア
訳:小田島雄志
演出:鵜山仁

2024年6月29日(土)~7月7日(日)
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA

※好評につき、7月6日(土)18:30開演分の追加公演が決定
同公演の前売りチケットは6月6日(木)から販売される。
オンラインチケット先行:12時~/
電話予約:13時~)

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