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東京のクラブカルチャーを語る上で絶対に外すことのできない人物といえば、DJでプロデューサーの須永辰緒だ。手がけたジャズコンピレーションアルバム「夜ジャズ」は20枚以上がリリースされているほか、自身の音楽プロジェクト「Sunaga t Experience」での活動、そしてレコードへの深い知見と情熱から「レコード番長」と呼ばれることもある。
そんな須永によるレコードバー「モデルノ(moderno)」が2025年6月9日、駒沢大学にオープンした。

店名のモデルノとは、イタリア語で「モダン」を意味する。同名のイベントを開催してきたことや、リミックスのタイトルにも使ってきた愛着のある言葉を店名に冠した。「『夜ジャズ』って名前を付けるわけにもいかないじゃないですか」と、須永は気さくに語る。

DJとしての一区切りと新たな目標
国内外を問わず、DJとして多忙な活動を続けている須永。2024年10月に活動40周年と還暦を祝した野外フェスティバル「STE100 ~須永辰緒DJ40周年&誕生60年記念フェスティバル~」を近しい関係者たちが開催してくれた後、一つの区切りを感じ、次の目標を探し続けていたという。
そんな様子を見かねて、友人からは「DJをやめようとしているのでは?」と声をかけられることもあった。ラーメンを自作するのが好きで、雑誌の連載を持つ腕前もあることからラーメン屋を開業することも考えたが、「今の歳からスタートすると体を壊してしまうかも」と断念した。

もう一つ考えていたのが、じっくりとレコードを聴く時間がほしいということだった。かけたい曲目当てでレコードを買うことが多く、アルバムを通して聴かないことも多いDJという職業。須永も「持っているレコードの10%くらいしか聴けていないのでは?」と感じていたという。ただ、家でスピーカーの前で1人で聴くのも切ない。だったらレコードバーを始めて、誰かと分かちあいたい、と次なる目標を決めた。
前述の友人に決意を話したところ、「いい場所がある」と飲んでいる途中に連れて行ってもらったのが、モデルノがオープンした場所だ。元々は友人がバーとしてオープンする予定で2日間だけ営業し、そのままの状態で残していたという。駒澤大学にはミュージシャンやDJの友人も数多く住んでいたこともあり、その場で即決した。

自身の経験に基づく理想のセッティングを実現
レコードバーとしてオープンするために改装をした同店は、カウンターが全部で9席で、スタンディングのスペースも設置。スピーカーは、どちらも名機と名高い「TANNOY Autograph」と「JBL 4304H」を、それぞれ別のアンプで鳴らす。ターンテーブルは、使い慣れたTechnicsの「SL-1200MK3D」を自宅から運んだ。今後は、古いモノラル録音のジャズを楽しめるようなシステムの導入も検討しているとのことだ。

ターンテーブルとミキサーが設置されたブース回りを含め、音響は自身がDJとして活動してきた中で、振動対策をはじめ、「こうだったらいいのにな」と感じてきた経験がフィードバックされているという。大音量にもかかわらず耳に痛くなく、隣の人と難なく会話できるようにセッティングされているのが印象に残った。

長年のキャリアと知識を持ってしても発見ばかりのレコードたち
レコードは、直近の現場でプレイするもの以外を保管していた倉庫にあった約3500枚ほどを持ってきた。自身のプロジェクトのアレンジの参考として購入したレコードも多く、ジャズをメインに、昔のヒップホップ、アブストラクト、営業中にかけることはあまりないかもしれないがアンビエントなど、幅広いジャンルを揃える。背表紙で並べるのではなく、盤を取り出しやすいように棚に収納されているのも、DJらしさが表れていた。

レコードは基本的に1枚を通してかけており、「こんなにいい曲があったのか」という発見の連続だという。「自分がDJでセレクトしていたアルバムの収録曲で、かけていた曲よりかっこいい曲を発見することも多いですね。改めて1枚を通してじっくりと聴く今のスタイルは学びが多く、『LP学園』と呼んで楽しんでいます」と語ってくれた。

モデルノを象徴する2作品
また選曲は、今まで聴く時間のなかったレコードをメインに、DJプレイの延長のように、盛り上げたい時間、落ち着かせる時間など、時間軸でセレクト。その中でも同店を象徴するレコードを教えてほしいと質問したところ、「今まで聞く時間のなかったレコードばかりをかけているから、難しいなあ」と前置きしつつも、毎日端から新しいものを選ぶ中で、必ず聴いている2枚があると教えてくれた。
1枚は、須永自身が親交のあったスウェーデンのジャズピアニスト、エスビョルン・スヴェンソン(Esbjörn Svensson)率いるピアノトリオ「E.S.T.(エスビョルン・スヴェンソン・トリオ)」の『From Gagarin's Point of View』。もう1枚は、ユニット・すずめのティアーズの『Sparrow's Arrows Fly so High』だ。
2枚目に関しては、「もはや、新たなジャンルを創出したともいえる衝撃。友人たちにもレコメンドしています」とコメントしてくれた。同店を訪れる際は、ぜひチェックしてみてほしい。


選盤するようにセレクトして作られる酒たち
同店のメニューには、DJとして全国各地を訪ねてきた須永の経験が生かされている。まず飲んでほしいのは、ハイボール。定番のウイスキーであっても、ウイスキー・グラス・炭酸水の3つを冷やす「3冷」に気を配れば、おいしく仕上がるのだという。加えて、炭酸水は飲み比べし、新小岩で製造されている「花月」を採用している。
ハイボールの名店としても名高い銀座「ロックフィッシュ(ROCK FISH)」のハイボールに近づけたいという思いで作る数量限定の「銀座のハイボール」(1,500円、税込み)は、氷すら入れないこだわり。また、須永は出身地である栃木県足利市の「あしかが輝き大使」を務めており、地元の「ココ ファーム ワイナリー」のワインは一通り揃っているという。ハウスワインも毎日変える予定だ。

手際よく酒を作る姿が印象的な須永。今までドリンクを作る経験はあったのか聞いてみると、「DJを始めたばかりの時代は今と違い、徒弟制度のようでした。先輩のDJに付いてDJを学んで行く過程で、先輩が出演しているお店のカウンターを手伝うことも多かったんです。僕と同世代のDJは、酒を作れる人が多いはずですよ」と、DJとして駆け出しの頃を教えてくれた。
加えて、須永は渋谷のクラブ「オルガンバー(Organ Bar)」の立ち上げから数年間、プロデューサーとして関わっている。創業当初は毎日カウンターに立ち、酒を作っていたという。手際のよさも納得だ。

また、余談だが、今回の取材で「クラブにウーロンハイを持ち込んだのは須永辰緒」というまことしやかなうわさを確かめたかったので尋ねてみると、「正確には、チューハイに合う『キンミヤ』のようにクセのない味わいの甲類焼酎と、ジャックダニエルのショットを持ち込んだんです」と答えてくれた。
「テイ・トウワさんがブースにシャンパンを置くように、全国各地のクラブに出演する際は甲類焼酎をリクエストしていたんですよ」とちゃめっ気たっぷりに教えてくれた。
DJとして軌道に乗ってきた時のような充実感
10日間ほどオープンしてみた感想を聞くと、「体力的には疲れたけれど、気力はみなぎっています。DJとしての活動が軌道に乗ってきた時のような充実感がありますね」と答えてくれた。
日本のDJ界のリビングレジェンドの一人である須永の第2の目標は、まだまだ始まったばかり。土曜日はDJとしてさまざまなイベントに出演するため、プロのバーテンダーの友人と、信頼のおけるDJが店に立つとのことだが、自身が空いている日は選盤に専念することもあるという。

「まるで自分の理想の部屋ができたようです」と、同店について語る須永。今まで培ってきた経験と、新たな夢が詰まったモデルノをぜひ訪れてみてほしい。
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