創刊号を読み解く

あの雑誌の創刊号に映るものとは?創刊号蒐集家たまさぶろが分析

創刊号を読み解く 第6回 - ニキータ
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創刊号を読み解く 第6回 - ニキータ

創刊号マニア、たまさぶろによるコラムの第6回。今回は、2004年9月創刊で2008年1月に廃刊した主婦と生活社の女性ファッション誌『ニキータ』を取り上げる。同誌は、「ちょいワル」なるバズワードを生み出した男性ファッション誌『LEON』の生みの親である編集者 岸田一郎が創刊したもの。「モテる大人の女性」像を発信していた誌面には、ほんの10年前とはいえ時代を感じさせるワードがちらほら。アデージョ(艶女)の幻影を今一度、思い出してみよう。

創刊号を読み解く 第5回 - 03(ゼロサン)
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創刊号を読み解く 第5回 - 03(ゼロサン)

創刊号マニア、たまさぶろによるコラムの第5回。今回は、1989年12月創刊で1991年11月に休刊した新潮社のカルチャー誌『03(ゼロサン)』を取り上げる。同誌の創刊号は、映画監督・プロデューサーのスパイク・リーが表紙を飾り、いとうせいこうや高城剛、高木完、藤原ヒロシ、山田詠美らが「ニューヨークに未来はあるか」と題して当時のニューヨークのクラブシーンについて語る特集など、グローバルな視点で当時最先端のサブカルチャーを発信している。たまさぶろが「これほど楽しい雑誌はない」と語る同誌は、当時の空気とともに、30年という歳月のあっけなさも伝える。

創刊号を読み解く 第4回 - 昭和40年男
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創刊号を読み解く 第4回 - 昭和40年男

タイムアウト東京 >  アート&カルチャー > 創刊号を読み解く > 第4回 - 昭和40年男 創刊号マニア、たまさぶろによるコラムの第4回。今回は、2009年創刊で現在も発行を続ける雑誌『昭和40年男』を取り上げる。ターゲット層を昭和40年生まれの男性だけに絞るというコンセプトのもと、綿密に構成された紙面がいかに読者の心をつかんだか。雑誌不況の時勢にあって好調に売れ続ける同誌の魅力を、まさに昭和40年生まれである筆者がひもとく。

創刊号を読み解く 第3回 - Olive
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創刊号を読み解く 第3回 - Olive

今回は1982年6月3日発行の『Olive』を取り上げる。同誌が提示したスタイルは、ファッションにとどまらず音楽や映画、絵本、インテリアなどを含めたサブカル要素を含むものだった。フォローする女性たちは「オリーブ少女」と呼ばれ、一世を風靡した。創刊号では、その世界観の片りんはあるものの、まだまだ「牧歌的」な内容にととどまっている。「ガーリー」の元祖的存在の同誌を読み解いていこう。

創刊号を読み解く 第2回 - 東京人
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創刊号を読み解く 第2回 - 東京人

今回は1986年1月1日発行の東京人を取り上げる。「『The New Yorker』の向こうを張って、『東京人』という都会風の雑誌ができないものか」と編集後記にある通り、アメリカの有名「クオリティ誌」をモデルにすることを出発点にして創刊された同誌だが……。篠山紀信の起用や錚々(そうそう)たる執筆陣を揃えた豪華な船出を、たまさぶろが現代の視点で読み解く。

創刊号を読み解く 第1回 - Hanako
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創刊号を読み解く 第1回 - Hanako

東京は活字文化の中心である。特に雑誌は、日本で発行されるそのほとんどが東京で発行されているとして過言ではない。 私は、学生時代から「創刊号マニア」を自称している。平成が終焉(しゅうえん)を迎えようとしている今、200冊以上の創刊号が積み上がる書庫を眺め、「この子たちに陽の目を当ててあげなくては」と考えた。記念すべき初回は、有名女性誌のHanakoを取り上げる。首都圏在住で現在40〜50歳あたりの世代の女性で、この雑誌を手にしたこのない人はいないのではないか。 本誌は、1988年6月2日号として創刊。発行人は「当然」木滑良久(きなめり・よしひさ)、編集人は椎根和(しいね・やまと)。20代の未婚女性がターゲットの週刊誌として創刊された。 当時の「週刊誌」といえば、オジサンの牙城、もしくは『週刊女性』や『女性自身』のように「パーマ屋に通っている」ような女性を読者層としていた、いまひとつ垢抜けない雑誌カテゴリーに過ぎなかった。しかし、本誌は時代に先駆け、若い女性読者を取り込み「ハナコ族」、「ハナコ世代」という言葉まで生み出した。 木滑は、出版界で「超」をいくつ付けたら良いか分からないほどの著名人だ。1965年以降、『週刊平凡』『平凡パンチ』『an・an』『POPEYE』『BRUTUS』『Olive』など、同社の屋台骨とも言える各誌で編集長を務め、『Hanako』創刊も主導。1988年には代表取締役に就任した。現在は、同社の最高顧問を務める。私にとっては雲の上の存在で、当時の雑誌編集者を目指す輩は、「木滑さんのような編集長になりたい」とさえ思ったもの。Hanakoは、彼が現場に介在した最後の雑誌だろう。 タイトルロゴと表紙は、オーストラリアのアーティスト、ケン・ドーンの手による。タイトルロゴについては、現在発行されている同誌でも踏襲されている。 創刊号の内容に目を通すと、特に目を引くような新しさはない。それまでの週刊誌同様、雑多なネタが並ぶ。ただし「若い女性向けに」だ。表紙を見て分かる通り、謳(うた)われている特集は「いい部屋はステイタス すぐ借りられます。厳選27ルーム」とあるだけ。特に華々しい企画でもない。 表紙をめくると、表紙裏は資生堂の『フェアウィンド』というファンデーションの広告のみ。当時はバブルの絶頂期。広告も極めてコンベンショナルで、かつ広告量も非常に控えめだ。むしろ、現在の同誌のほうが広告は目立つ。 目次は、「今週いちばんエキサイティングなニュース」「事件、風俗etc……好奇心100%のライフ・リポート」「観て、聴いて、感じて……東京エンタテインメントガイド」と、非常に多様なラインナップ。 特集の厳選27物件で取り上げるエリアは、銀座や六本木が並ぶのかと思いきや、当時はまだ話題にもならなかった田園都市線青葉台から始まり、国分寺、与野、池袋、田園調布、日暮里、麻布十番(当時、駅はない)、学芸大学、南阿佐ヶ谷、中井、田町、みずほ台、玉川学園、百合ヶ丘、若林、幡ヶ谷、北久里浜、方南町、梅ヶ丘、市川……と意外と地味だ。少なくとも、バブルのキラキラ感はどこにもない。 ひどくおとなしい。創刊号の時点では、「Hanako族」などと揶揄(やゆ)されるほどの派手さはまだない。強いて言えば、99ページから、平野レミ、片岡義男、安西水丸などがグルメエッセイを執筆している点などには、その片りんがある。巻末は、星座占い、そして、中野翠のエッセイで終わる。 表3(裏表紙裏)の広告は、武田薬品の口臭予防ABB『ミン