創刊号を読み解く 第2回 - 東京人

あの頃の東京を雑誌はどう切り取ったか、創刊号蒐集家たまさぶろが分析する

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創刊号マニア、たまさぶろによるコラムの第2回。今回は1986年1月1日発行の東京人を取り上げる。「『The New Yorker』の向こうを張って、『東京人』という都会風の雑誌ができないものか」と編集後記にある通り、アメリカの有名「クオリティ誌」をモデルにすることを出発点にして創刊された同誌だが……。篠山紀信の起用や錚々(そうそう)たる執筆陣を揃えた豪華な船出を、たまさぶろが現代の視点で読み解く。

『東京人』の背景

出版人として、雑誌の『The New Yorker』を知らぬ者はないだろう。アメリカで1925年2月21日に発行され、以降「クオリティ誌」として君臨。2018年6月現在も世界で125万部を発行している。

カートゥーン以外は写真も滅多に掲載されず、文章のみで読ませるジャーナリスティックな一冊は、なかなかセールスに結びつけることが難しい。

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日本で例えると文藝春秋(決して週刊文春ではない)を週刊化させ、朝日ジャーナルと足して2で割ると、少しイメージが湧くのではないだろうか。ジャーナリスティックな記事以外にヒット小説も数多く生み出しており、トルーマン・カポーティ、ウラジーミル・ナボコフ、J・D・サリンジャーなどの巨匠も名を連ね、最近では村上春樹もその執筆陣に名を連ねている。「こんな雑誌を作りたい」と夢見る編集者も多いはずだ。

そんな夢を東京で具現化しようとしたのが、今回取り上げる『東京人』だ。発行は、財団法人東京都文化振興会、発売は教育出版株式会社。発行人は、貫洞哲夫、編集人は粕谷一希。1986年1月1日発行の季刊となっている。

東京版The New Yorker…?

東京版The New Yorker…?

表紙を見るにつけて、果たして『The New Yorker』と『東京人』にどれほどの類似点を見つけることができるだろうか。

1986年は、赤坂にアークヒルズが誕生した年だ。複合施設ビルの先駆けとなり、21世紀の現在に通じる再開発や複合施設ビルが誕生する流れを生み出した。六本木ヒルズや東京ミッドタウンが誕生する、少し前の話題だ。『東京人』の創刊が、そうした新潮流を人々に印象づけたかと問われると、残念ながらそうとは言い切れない。

表紙は、どうやら初詣の雑踏の模様のようだ。『The New Yorker』のスタリスティックで風刺の効いた表紙デザインとは異なり、ずいぶんと野暮ったい。しかし、この写真が巨匠、篠山紀信によるものだというから驚く。

版元の財団法人東京文化振興会とは、いったいどういった組織なのか。1982年12月に東京の文化財を管理する目的で設立された公益財団である。1995年には財団法人江戸東京歴史財団と統合され、現在は財団法人東京都歴史文化財団となり、江戸東京博物館などを管理している。後者はフジサンケイグループ代表でもある日枝久が理事長を勤めている。つまり、もともと「お上」が発行元。『The New Yorker』のような「都会風の」センスを求めるのは、そもそも難しかったか。

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『東京人』が取り上げた、東京

雑誌を読み進めよう。巻頭は、グラビア「千の貌(かお)をもつ巨人」と題し、篠山紀信が3台のカメラを水平に並べ、東京のパノラマ写真を押さえている。現在のようにスマホでパノラマ写真が撮れる時代ではなかった。撮影場所は、皇居初参賀、明治神宮・初詣、原宿駅前、浅草寺の羽子板市、新宿西口、上野アメヤ横丁、秋葉原電気街……と昔も今も東京を代表する街角を切り抜いている。

表紙と異なり、一葉に力がある。雑踏の人々の服装と髪型以外、特に時代の変遷を感じさせない辺りは、巨匠の鋭い視点の賜(たま)物か。表紙写真も察するに初詣を捉えたものと考えたほうが良さそうだ。

座談会「住みにくいから面白い東京」の面々は葦原義信、高橋秀爾、芳賀徹、そして司会は粕谷一希。なんのことない、編集委員に名を連ねる大先生たちであり身内だ。

特集は隅田川

執筆陣は、吉本隆明、小林信彦、野坂昭如、五木寛之、金井美恵子、川本三郎など著名執筆陣が名を連ねる。The New Yorkerらしさがあるのは、ポール・セローの『真っ白な嘘』を村上春樹が翻訳しているあたりか。それにしても、これだけの実力派を揃えながら、垢抜けないのはなぜだろうか。デザイン性の欠片もない点は、大きな穴だろう。

 

ちなみに表4は、三楽レミー株式会社、三楽株式会社による『レミーマルタンコニャック』の広告。周知の通り、現在はメルシャン株式会社へと名を変えている。

表3は、ドッドウェルによる『グレンフィディック』の広告だ。英国に本社を構えるドッドウェルの日本支社も今はもうない。

東京人の定義とは

巻末の「編集室から」には「新宿に生まれ(中略)吉祥寺に住む東京人にとって隅田川はあまりに遠い異郷の川であった」と堂々と記しているあたりに、何か精神性として欠落している心があるのではないかと思わされる。江戸の川と言えば、大川。つまり現在の隅田川。その川をして「異郷の川」と明言するのは、いかがなものか。

そもそも東京人をどう定義しているのだろうか。「東京都民=東京人」とすると奥多摩町や小笠原までもが含まれる。「ニューヨーカー」は断じて「ニューヨーク州に住む人」ではない。都市として切り取るなら「江戸っ子」ぐらいに焦点を絞ったほうが、潔く東京の文化を切り取ることができたのではないか。東京は田舎もんの集まりである。あらかじめ、それを認めてしまえば、もっと楽に東京を浮き彫りにすることができるだろう。

たまさぶろ

たまさぶろ

1965年、東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。このころからフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社にてChief Director of Sportsとしての勤務などを経て、帰国。『月刊プレイボーイ』『男の隠れ家』などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで1500軒超。2010年、バーの悪口を書くために名乗ったハンドルネームにて初の単著『【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR』(東京書籍)を上梓、BAR評論家を名乗る。著書に、女性バーテンダー讃歌『麗しきバーテンダーたち』、米同時多発テロ前のニューヨークを題材としたエッセイ『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』。「あんたは酒を呑まなかったら蔵が建つ」と親に言わしめるほどの「スカポンタン」。MLB日本語公式サイトのプロデューサー、東京マラソン初代広報ディレクターを務めるなどスポーツ・ビジネス界でも活動する。

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