創刊号を読み解く 第1回 - Hanako

あの雑誌が切り取った東京を、創刊号蒐集家たまさぶろが振り返る

作成者: Kunihiro Miki |
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テキスト:たまさぶろ

東京は活字文化の中心である。特に雑誌は、日本で発行されるそのほとんどが東京で発行されているとして過言ではない。

私は、学生時代から「創刊号マニア」を自称している。平成が終焉(しゅうえん)を迎えようとしている今、200冊以上の創刊号が積み上がる書庫を眺め、「この子たちに陽の目を当ててあげなくては」と考えた。

記念すべき初回は、有名女性誌のHanakoを取り上げる。首都圏在住で現在40〜50歳あたりの世代の女性で、この雑誌を手にしたこのない人はいないのではないか。

本誌は、1988年6月2日号として創刊。発行人は「当然」木滑良久(きなめり・よしひさ)、編集人は椎根和(しいね・やまと)。20代の未婚女性がターゲットの週刊誌として創刊された。

当時の「週刊誌」といえば、オジサンの牙城、もしくは『週刊女性』や『女性自身』のように「パーマ屋に通っている」ような女性を読者層としていた、いまひとつ垢抜けない雑誌カテゴリーに過ぎなかった。しかし、本誌は時代に先駆け、若い女性読者を取り込み「ハナコ族」、「ハナコ世代」という言葉まで生み出した。
 
木滑は、出版界で「超」をいくつ付けたら良いか分からないほどの著名人だ。1965年以降、『週刊平凡』『平凡パンチ』『an・an』『POPEYE』『BRUTUS』『Olive』など、同社の屋台骨とも言える各誌で編集長を務め、『Hanako』創刊も主導。1988年には代表取締役に就任した。現在は、同社の最高顧問を務める。私にとっては雲の上の存在で、当時の雑誌編集者を目指す輩は、「木滑さんのような編集長になりたい」とさえ思ったもの。Hanakoは、彼が現場に介在した最後の雑誌だろう。

タイトルロゴと表紙は、オーストラリアのアーティスト、ケン・ドーンの手による。タイトルロゴについては、現在発行されている同誌でも踏襲されている。

創刊号の内容に目を通すと、特に目を引くような新しさはない。それまでの週刊誌同様、雑多なネタが並ぶ。ただし「若い女性向けに」だ。表紙を見て分かる通り、謳(うた)われている特集は「いい部屋はステイタス すぐ借りられます。厳選27ルーム」とあるだけ。特に華々しい企画でもない。

表紙をめくると、表紙裏は資生堂の『フェアウィンド』というファンデーションの広告のみ。当時はバブルの絶頂期。広告も極めてコンベンショナルで、かつ広告量も非常に控えめだ。むしろ、現在の同誌のほうが広告は目立つ。

目次は、「今週いちばんエキサイティングなニュース」「事件、風俗etc……好奇心100%のライフ・リポート」「観て、聴いて、感じて……東京エンタテインメントガイド」と、非常に多様なラインナップ。

特集の厳選27物件で取り上げるエリアは、銀座や六本木が並ぶのかと思いきや、当時はまだ話題にもならなかった田園都市線青葉台から始まり、国分寺、与野、池袋、田園調布、日暮里、麻布十番(当時、駅はない)、学芸大学、南阿佐ヶ谷、中井、田町、みずほ台、玉川学園、百合ヶ丘、若林、幡ヶ谷、北久里浜、方南町、梅ヶ丘、市川……と意外と地味だ。少なくとも、バブルのキラキラ感はどこにもない。

ひどくおとなしい。創刊号の時点では、「Hanako族」などと揶揄(やゆ)されるほどの派手さはまだない。強いて言えば、99ページから、平野レミ、片岡義男、安西水丸などがグルメエッセイを執筆している点などには、その片りんがある。巻末は、星座占い、そして、中野翠のエッセイで終わる。

表3(裏表紙裏)の広告は、武田薬品の口臭予防ABB『ミント』。なんて地味なんだ。表4(裏表紙)は、松下電器産業株式会社、ナショナルのコードレスヘアフォームという、いわゆるスタイルフォーム用のドライヤーの広告だ。やはり、Hanako的な華々しさは感じられない。

私の記憶では、同誌が爆発的人気を博したのは創刊から少々経ってからだ。毎号、首都圏近郊の「お洒落な街」を取り上げ、現在の「アド街ック天国」のようにおしゃれスポットを徹底的に紹介するフォーマットができ上がり、人気を博した。

その恩恵を被(こうむ)ったのは、当時、さして多くのおしゃれ店舗があったわけでもない代官山や、飲ん兵衛の街だった恵比寿など。都内の街は、ハナコの特集に取り上げられるたびににぎわった……というからくりではなかったか。

バー評論家として私がとてもお世話になっているサントリー株式会社は当時「サントリーカード」というクレジットカードを発行していたことが、中の広告から判明

中綴じのセンター広告は、ヤマハレクリェーション株式会社が展開するヤマハリゾート「はいむるぶし」の広告。そこはかとなく、バブルの香りがする

当時、東京国立近代美術館で行われていた『ルネ・マグリット展』の広告を見つけ、後に某局のアナウンサーとなる女史とデートした記憶が蘇る。

レストランガイドのページでは、なんと各店舗から広告が入っており、現在のグルメサイトの登場を予見させる作りも見せている。 

雑誌は、こうして時代時代の瞬間を切り取り、発行されれば、ウェブサイトとは違ってアップデートもされないゆえに、本当に時代性を反映するメディアなのだなと、良くも悪くも感心する。

Hanakoは、1990年に『Hanako WEST』という関西版を創刊。その人気を不動のものとする。しかし、インターネットによる情報収集が主流となった2000年以降、部数を減らし、「WEST」は2009年を最後に休刊。本誌も2006年以降は「隔週刊誌」へと変貌した。

その後、キャッチコピーを「東京をおいしく生きる女子たちへ」と換え、2018年9月27日発行の「創刊30周年記念号」を期に、月刊誌となった。スマホアプリで各誌をまとめて数百冊が、定額で読めるようになった現在、隆盛を誇った本誌の発行部数は8万部を割り込んだ。今後の生き残り戦略がどうなるのか、非常に興味深い。

たまさぶろ

1965年、東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。このころからフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社にてChief Director of Sportsとしての勤務などを経て、帰国。『月刊プレイボーイ』『男の隠れ家』などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで1500軒超。2010年、バーの悪口を書くために名乗ったハンドルネームにて初の単著『【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR』(東京書籍)を上梓、BAR評論家を名乗る。著書に、女性バーテンダー讃歌『麗しきバーテンダーたち』、米同時多発テロ前のニューヨークを題材としたエッセイ『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』。「あんたは酒を呑まなかったら蔵が建つ」と親に言わしめるほどの「スカポンタン」。MLB日本語公式サイトのプロデューサー、東京マラソン初代広報ディレクターを務めるなどスポーツ・ビジネス界でも活動する。

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