創刊号を読み解く 第4回 - 昭和40年男

あの雑誌の創刊号に映るものとは? 創刊号蒐集家たまさぶろが分析

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Time Out Tokyo Editors
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創刊号マニア、たまさぶろによるコラムの第4回。今回は、2009年創刊で現在も発行を続ける雑誌『昭和40年男』を取り上げる。ターゲット層を昭和40年生まれの男性だけに絞るというコンセプトのもと、綿密に構成された紙面がいかに読者の心をつかんだか。雑誌不況の時勢にあって好調に売れ続ける同誌の魅力を、まさに昭和40年生まれである筆者がひもとく。

雑誌界では、ターゲットは絞れば絞るほど売れると言われている。絞ることによってテーマが明確になり、そのためターゲットの近似値の層までも巻き込むことができるからである。

今回取り上げる雑誌『昭和40年男』は、浦沢直樹による大ヒットコミック『20世紀少年』に比べて著しく狭い時間をタイトルに冠した雑誌だ。

これまでにも世代をターゲットにした雑誌は山ほど存在してきた。リクルートの『R25』も、まさにそれだ。しかし、潔くばっさりと、たったの1年だけに絞った雑誌は本誌が初めてだろう。

リリースされた当時は、出版界でもそれほど騒がれた記憶はない。しかし、書店で手にとった私も「え? 昭和40年だけ? さすがにここまで絞り込んだら売れないんじゃないか……。俺は嬉しいけど」と考えた。だが、本誌がコンビニ店頭に並ぶようになると、出版関係者でも同学年の知人から「おい、『昭和40年男』って雑誌、知ってる?」と声がかかるようになった。

ターゲット年代を絞りに絞ることで「俺の雑誌だ」とオヤジたちの心を射抜いた。飲み屋でそんな話を始めようものなら、昭和42年生まれの輩まで「あ、実は私も買いました」などとのたまう。編集者の思うつぼだ。

表紙は、永遠のヒーロー

表紙は、永遠のヒーロー

創刊時期は2009年12月29日発行とされているが、実際は10月29日に発売されたバイク雑誌『タンデムスタイル』の増刊号が出発点だった。

創刊当初は不定期刊行だったが、現在はおおむね隔月発行となっている。発行は株式会社クレタパブリッシング、発行人は北村明広。北村は編集長でもあるが「編集人」としての表記はない。近年創刊した新しい雑誌の中には、奥付がない場合も多いが、本誌は編集者や執筆陣を含め、広告主まで列挙している礼儀正しい仕上がりだ。

表紙に目を奪われる。いきなり、本郷猛こと俳優の藤岡弘、だ。昭和40年男にとっては、藤岡はたとえどんな役柄であろうと「仮面ライダー・本郷猛は改造人間である」。それが変わることはない。

仮面ライダーのテレビ放送が開始されたのは1971年4月3日。幼稚園の年長だった昭和40年男たちの話題は常に仮面ライダーだった。仮面ライダーの元祖中の元祖である本郷猛は、彼らにとっての永遠のヒーローだ。

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「中年の危機」を意識した年ごろだった

「中年の危機」を意識した年ごろだった

創刊号の特集タイトルは、「ヒーローから学ぶ、あと一歩の底力」。藤岡のロングインタビュー以外にも、中村雅俊、松田優作、マイケル・ジャクソン、矢吹丈……とフィクション、ノンフィクションが入り乱れ、40年男のヒーローがフィーチャーされている。

松田優作がバーテンダーとして働いていたというトリスバー ロックにスポットを当てたページを見てみよう。同店は新宿東口、アルタの少し東側「モア4番街」にあったバーだ。創業は1954年。松田がこの店に勤めていた際に、劇団関係者と出会ったのが縁で俳優デビューしたという、所縁ある一軒だ。松田亡き後も店は存続していたが、2007年4月に惜しまれながらその歴史に幕を下ろした。新宿という街には駅近でもこうした時の洗礼を超越したエリアが数多く残っていたが、近年はそうしたユニークな店も急速に姿を消し、小奇麗なチェーン店ばかりが残るようになった。

本誌の副題は「夢、あふれていた僕たちの時代 あのときの高揚感をふたたび紐(ひも)解く」。確かに我々の子ども時代は、高度成長期と相まって、貧乏息子にも夢があった。創刊の2009年は、昭和40年男が43歳を迎えた年であり、すっかり「中年の危機」を意識した年ごろだった。そこに自身たちのヒーローを振り返らせる企画が登場したのだから、店頭で見かけた私は手にするしかなかった。

広告にゲイラカイト

広告にゲイラカイト

「タメ年のスゴいヤツ」というコーナーでは、当時西武ライオンズ監督を務めていた渡辺久信さんが取り上げられている。古田敦也や小野和義、吉井理人、小宮山悟、与田剛、星野伸之など、昭和40年男は野球の黄金期を支えた名選手が多いが、2016年に中日の山本昌が引退したことで、ついにのその世代のプロ野球選手が姿を消してしまった。

同コーナーでは現日本プロボクシング協会会長の大橋秀行も取り上げている。大橋が世界王者となった際に所属していた目白のヨネクラジムも、2017年をもって閉鎖している。

広告ページも覗いてみよう。表2は、ホンダのシャドウ。対向のページは、編集長のこの雑誌に対する熱い思いがつづられている。

表3の広告は、なんと『ゲイラカイト』だ。昭和40年代にこの「洋凧」が発売されると、それまでの和凧から一転して、下手くそでも簡単に凧揚げができるようになった。これを揚げたことがない昭和40年男はいまい。

創刊当時、すでに雑誌業界は不況とされていたが、同誌の売れ行きは好調のようで、現在ではすっかり「コンビニの顔」となった感もある。発売を楽しみにしている昭和40年男も多いことだろう。彼らがこの世から姿を消すその時まで、売れ続けるのだろうか。

たまさぶろ

たまさぶろ

1965年、東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。このころからフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社にてChief Director of Sportsとしての勤務などを経て、帰国。『月刊プレイボーイ』『男の隠れ家』などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで1500軒超。2010年、バーの悪口を書くために名乗ったハンドルネームにて初の単著『【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR』(東京書籍)を上梓、BAR評論家を名乗る。著書に、女性バーテンダー讃歌『麗しきバーテンダーたち』、米同時多発テロ前のニューヨークを題材としたエッセイ『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』。「あんたは酒を呑まなかったら蔵が建つ」と親に言わしめるほどの「スカポンタン」。MLB日本語公式サイトのプロデューサー、東京マラソン初代広報ディレクターを務めるなどスポーツ・ビジネス界でも活動する。

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