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美しい魂を求めて、旅する音楽家・eejebeeはどこから来てどこへ向かうのか

音楽からインスタレーションまで、3拠点を中心に巡る活動の軌跡

Kosuke Hori
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Interpreter: Shota Nagao

アメリカ・フロリダで育ったジャマイカ系イギリス人のアーティストであり、プロデューサー・デザイナー・DJ・キュレーターのeejebee。本格的な音楽キャリアをラッパーのリトル・シムズ(Little Simz)のバンドのドラマーとしてスタートし、FKJやSAULT、クレオ・ソル(Cleo Sol)、リアン・ラ・ハヴァス(Lianne La Havas)とコラボレーションや共作を行ってきた。

現在はロンドン、東京、サンパウロの3カ所を拠点としており、ここ東京では野村訓市率いるクリエーティブコレクティブ「Mild Bunch」の一員として、都内のさまざまなヴェニューでDJしている姿を見かけることが多い。

eejebeeをインタビューするきっかけは友人との会話だった。「この人最近いろいろな場所でDJしているのを見かけるんだけど、どんな人だか知ってる?」iPhoneの画面に映っていたeejebeeに見覚えがあったがすぐには思い出せず、調べてみると、リトル・シムズのバンドのドラマーだったことが分かった。その後、彼が手がけたDJミックスや楽曲を聴き、そのとりこになった。

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そして2025年末、遊びに行ったパーティーで本人と出会った。初対面にもかかわらず気さくでジェントルで、どんな人でどんなことに興味を持ち、活動しているかということが気になり、次に来日した時にインタビューさせてほしいとお願いしたところ、快く引き受けてくれた。

そうして本当に彼からの連絡があった。すぐさまアポイントを取り、実現したのが今回のインタビューだ。音楽・クラブ好きならきっと、eejebeeの姿を都内各所で見かける機会が多いと思うのだが、彼がそもそもどんな人物で、どこへ向かおうとしているのか、本稿を読めばその一部が分かるだろう。彼のDJや演奏が気になっている人はぜひ遊びに行ってみてほしい。

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教会で始めたドラム、そしてリトル・シムズのドラマーへ

―まだeejebeeのことを知らない人に向けて、まずは軽く自己紹介をお願いします。

アーティストでプロデューサー、デザイナーです。音楽制作やインスタレーションの傍ら、社会的な活動を拠点としているロンドンや東京、サンパウロ、そしてアフリカで行っています。

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―まず、音楽にのめり込むようになったきっかけを教えてください。

幼い頃、アメリカの教会でドラムをたたき始めたのが最初です。だから音楽は自分にとって常に精神的な実践のようなものでした。それから、ドラマーになるために大学にも進学して、ジャズやポップスなど、いろいろなスタイルを学びました。

―生まれたのはイギリスで、育ったのはアメリカ・フロリダとのことでしたが、大学はどこで通ったのですか?

イギリスのマンチェスターの大学に通いました。でも、音楽を作り始めたのはアメリカですね。

―本格的な音楽的キャリアをスタートしたのはロンドンだったんでしょうか?

本格的に、と言うならイギリスだと思います。マンチェスターの大学で、いろんなアーティストとつながり始めました。でも一番大きな出来事は、リトル・シムズのバンドでドラムをたたき始めたことでしょうか。

―リトル・シムズとの出会いは?

コロナ禍でドラムの演奏動画をたくさんインターネットに投稿していたのですが、彼女のディレクターが私を見つけて連絡してくれたんです。そして、ツアーが始まる前にリハーサルを重ねながら、バンドとしての結束を深めていきました。

―それまでオリジナルのバンドを組んだり、所属したりしていたことはあったのでしょうか?

セッションプレイヤーなので、いろいろなバンドで演奏したことはあるのですが、リトル・シムズのバンドがパーマネントなバンドとしては初めてでしたね。その後、SAULTと仕事をするようになりました。

―クレオ・ソルが所属しているバンドですよね。

そうです! 彼らとスタジオで制作するようになり、スタジオドラマーとしてのキャリアがスタートしました。これも大きな出来事でしたね。

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―クレオ・ソルやリアン・ラ・ハヴァスといったロンドンのシンガーたちとのコラボレートが多い理由はやはり、リトル・シムズのドラマーとしてキャリアをスタートしたからなのでしょうか?

リトル・シムズのバンドで演奏したことでその周辺とのネットワークが生まれたのはもちろん、音楽的に信頼されるようになったんです。そうして、ロンドン周辺のミュージシャンとのコラボレーションが増えていきました。

声も楽器の一つ、新しいアルバムと日本・ブラジルとのつながり

―一番親しんでいる楽器はドラムだと思うのですが、楽曲制作の時のメインとなる楽器は何ですか?

歌うこと——つまり私の声も楽器の一つですね。あと、曲を作るのに十分なくらいには、シンセサイザーやキーボード、ベースなどを演奏できるので、さまざまな楽器でアプローチしています。

―直近ではどんな楽曲を制作していますか? リリースの予定はありますか?

最近ではインスタレーションプロジェクト『Music for Plants』に取り組んでいます。植物の発芽を促したり、健やかな環境を作ったりする助けになる周波数をベースにした音楽なんです。

それと並行して、新しいアルバムを制作中です。多くの曲をブラジルで書いていて、ブラジルのアーティストとイギリスのアーティスト、両方がフィーチャーされる予定です。

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―日本のミュージシャンとコラボレーションした楽曲の、リリースの予定はありますか?

友人の音楽プロデューサー・星野純一さんによるソロユニット「Tokyo Counterpoint」や、HIMIと制作しています。自分の作品で、日本のアーティストをフィーチャーできたらいいですね。

―最近ブラジルのバタタ・ボーイ(batata boy)やブルーノ・ベルリ(Bruno Berle)と曲を作っている様子をInstagramで拝見しました。彼らとの曲は、新しいアルバムに入るのですか?

彼らと作った曲を新しいアルバムに入れるかはまだ分からないのですが、ブルーノ・ベルリのアルバムに楽曲を提供しました。リアン・ラ・ハヴァスとも曲作りを重ねています。アルバムにどの曲を入れるかはまだ決めきれていないけど、できたら教えますね(笑)。

美しい魂を求めて、旅を続ける理由

―たくさんの国を旅してきたと思うのですが、その旅の目的は何なのでしょうか。

この3年間、13カ国で暮らしてきました。僕は学ぶことが大好きで。新しいコミュニティー、新しい音楽のスタイルやジャンル、新しい自然豊かな環境を、常に知りたいと思っています。旅を続けると疲れることもあるけれど、それでも僕を突き動かしているのは、美しい魂を持つ人たちとつながることなんです。

―旅で受けた影響はきっと楽曲に反映されていると思うのですが、それって人間ならではのことだと思っていて。今はAIでも曲を作れる時代ですが、制作に取り入れたりしますか? それに対して賛成、それとも反対ですか?

音楽をAIで作ることはどんな形であれ、一切していません。もっとオーガニックなアプローチを大事にしたいんです。ライブミュージシャンとしてのバックグラウンドがあるので、できる限りゼロから作ることをずっと大切にしてきました。友人からは「Sunoを使ってみたら?」と勧められることもあるけれど、どうしても自分では使う気になれません。

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―日本に来た初めての時っていつでしたか? そしてそのきっかけは?

2024年、FKJのツアーで一緒に来たのが最初です。東京では「豊洲PIT」、大阪では「なんばhatch」でプレイしました。ツアーの合間に上高地や山梨を一緒に旅して。FKJが帰国した後も僕は残り、その半年後にまた東京に戻ってきて、今では日本が拠点の一つになっています。

―拠点について聞きたかったのですが、ロンドンと日本、サンパウロの3カ所を選んだ理由を教えてください。

イギリスは僕の出身地だからです。それに、インフラの面でも、アーティストとしての成長という意味でも、業界に足場を持つにはとても良い場所だと思います。

そして、日本はとても特別な場所です。アフリカ系のアーティストとして、通りを歩いていても安心して過ごせる、数少ない場所の一つだと感じています。自分の安全について考えなくていいんです。そしてアートの面でも、日本はとてもオープンですよね。いろいろなことに挑戦できるし、人々もオープンマインドで反応してくれます。

あと、個人的にブラジルは今、「世界の音楽の首都」だと思っていて。音楽的にも、アート的にもとても盛り上がっているし、学ぶことがたくさんあるんです。

世界中の音楽を「ギフト」としてスピンする

―東京でDJをしている姿をよく見かけるのですが、DJを始めたのはいつ頃だったのでしょうか?

兄弟がDJをしていて、基本的なスキルを覚えたのは21歳ぐらいの時です。2年前にスリランカで過ごした頃にDJすることが収入源になって、プロとしてのキャリアがスタートしました。2年前に日本に来た時も同じです。今では仕事の一つになりました。

―旅が多いからUSBでDJすることが多いと思うのですが、レコードをプレイしたりもするのでしょうか。

今はまだレコードではプレイしていません。でもこれからは7インチを持って旅をして、レコードセットでDJしたいと思っています。それが今の目標の一つですね。

―どんなレコードを集めたいですか?

アブストラクトやインドネシアのレアグルーヴ、ジャズ、ダブ、ブラジル、実験音楽などですかね。あとは、日本の民謡も集めたいです。

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―旅をする中で発見した、その国ならではの曲を気に入ってDJでプレイすることはありますか?

いつもプレイしています。私のDJセットのユニークなところはきっと、単に「かっこいいと思ったからかける」というものじゃないということだと思っているんですね。実際に足を運んでその国の音楽に触れて、深く学んでから、世界中でプレイしています。自分の経験を分かち合うというか、みんなへの私からの「ギフト」だと思って曲をかけているんです。

―直近で発掘したいい音楽があったら、3曲ぐらい教えてください。

難しいですね……(笑)。1曲目はスティービー・ワンダー(Stevie Wonder)の『Superwoman』、ジョルジ・ベンジョール(Jorge Ben Jor)の『Minha Estrela É do Oriente』、コシミハルの『天使に寄す L'acqua Sonora』を挙げておきましょうか。

―DJでかける日本の曲で、お気に入りがあれば教えてください。

マック・デマルコ(Mac DeMarco)がサンプリングしているセキトオシゲオの『ザ・ワード II』が好きです。あと、オメガトライブの『Cosmic Love』をはじめ、シティポップをDJでよくかけます。それから沖縄民謡とか、盆踊りの音楽もよくセレクトしますね。このあたりの音楽をプレイすると、みんなに驚かれます。

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人が集まって土に触れること、そして植物の発育を音楽で助ける

―昨年は「WPÜ Shinjuku」で植物、そして土を敷き詰めたインスタレーション「Sankofa Flora」を開催していましたね。このインスタレーションのアイデアのきっかけは?

モロッコでアーティストレジデンシーに参加していた頃にさかのぼります。ニューヨーク・タイムズ社で長く働いていた80歳近い女性が「植物は音を聴くことができ、音を発することもできる」という記事を見せてくれて。とても興味を引かれました。

そして、レジデンシーのホストである民族植物学者の博士、ゲイリー・マーティン(Gary Martin)が、グループでの「植栽セッション」を開いていたんです。モス・デフ (Mos Def)として知られるヤシーン・ベイ(Yasiin Bey)もそこにいて、一緒にバラを植えました。私は、スピーカーで水の音を植物に聴かせながら作業したその体験にとても感化されて、人が集まって土に手で触れることの大切さ、そこに音楽が組み込まれることの意味を理解したんです。

その後、エチオピアに行って初めて「Sankofa Flora」として形にし、そして日本でも開催しました。プロジェクトはずっと進化を続けているんです。

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―インスタレーションでは音楽を流していたと思うのですが、全て自身で作った曲でしたか?

オリジナルもあれば、誰かとコラボレーションした曲、もちろん既存の曲もありました。先ほども話しましたが、今も植物の成長を手助けする周波数をベースにした音楽作品の制作を進めています。

―オリジナル曲に関して、モート・ガーソン(Mort Garson)による「植物のための、そしてそれらを愛する人々のための暖かな地球の音楽」であるアルバム『Mother Earth's Plantasia』はインスピレーション源だったりするのでしょうか?

あのアルバムには、ものすごく影響を受けています。あれ以来、植物のための音楽にフォーカスしたアルバムを本格的に作った人はいないと思います。だから私も同じようなことをやりたいと思って、まさに今、その『Music for Plants』を制作しているところなんです。

―インスタレーションを企画する予定は、またありますか。

もっと大きなプラットフォームで、もっと長い期間やりたいです。「森美術館」のような場所で開催するのが夢ですね。今、まさにその可能性を探っているところです。

次なる目標は「ビジュアルへのフォーカス」と「プライベートパーティー」

―今回はどれくらい日本に滞在する予定ですか? 次に向かう場所は?

今回は特に予定を決めていません。ここが好きなので、いられる限り滞在したいと思っています。これから行く場所も決めていませんが、エジプトにはまだ行ったことがないので行ってみたいです。香港は東京から近いし、それとフランス領ポリネシア、モルディブ、アフリカのセネガルにも行きたいですね。

―定住を考えた場所はありますか?

ベトナムですね。ハノイはとても穏やかな場所でした。あとはガーナ、ケニア、ペルー、フィリピンも。

―最後に、次の目標を教えてください。

もっとビジュアル面にフォーカスしたいと考えていて。ミュージックビデオやビジュアライザーに力を入れたいと思っています。音楽だけでなく、ビジュアルでもストーリーを語りたいんです。

それから、これからもインスタレーションや展示は続けていきたいと考えています。あと最近は「Deep Cuts Only」という招待制のパーティーを開催しているのですが、プライベートな空間を作るスタイルが今はとても気に入っていて、これを世界中で続けていきたいです。このイベントでは、ゲストを基本的には明かしません。「誰が出るから行く」のではなく、純粋に「その場で流れる音楽」を楽しんでほしいからです。

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もっとインタビューが読みたいなら……

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鹿児島県の奄美大島生まれで、奄美民謡「シマ唄」をルーツに持つシンガーの城南海(きずき・みなみ)。2009年のデビュー以降、アルバムのリリースはもちろん、ディズニー実写映画『ムーラン』の日本版主題歌の歌唱なども担当してきた。

2024年には、イギリスのジャズドラマー、ユセフ・デイズ(Yussef Dayes)富士山の前で行ったセッションに参加。その後もイギリスの世界最大規模の野外フェスティバル「グラストンベリー・フェスティバル 2025」で共演を果たすなど、活動の幅を広げている。

そんな城が2026年1月21日に、2年ぶりとなるアルバム『ウタアシビ』をリリースした。同作は、城にとって初めてシマ唄を収録したアルバムでもある。新作についてはもちろん、故郷の奄美大島、そしてシマ唄への思い、ユセフ・デイズとの共演を経て生まれた変化など、じっくりと話を聞いた。そして、今春と秋に控えている全国ツアーにぜひ足を運んでみてほしい。

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「現代ソウルミュージックシーンの旗手」と称される、イギリスはサウス・ロンドン出身のシンガーソングライター、サム・ヘンショウ(Samm Henshaw)。EPやシングルのリリースを経て、2022年に発表されたアルバム『Untidy Soul』は、彼自身のシグネチャーサウンドを見つけ出したかのように感じられる作品だった。

それ以降もシングルやEPを精力的にリリース。そして、次なるアルバムへの期待が高まる中、先行シングルの『Get Back』『Float』が収録された待望のニューアルバム『It Could Be Worse』が2025年12月5日、アナログでリリースされた。

同作は、よりオーセンティックかつタイムレスなソウルミュージックへと、研ぎ澄まされたような印象を受ける。「この作品にたどり着くために生きてきたような気がする」と語ってくれたが、2025年の傑作の一枚だと筆者は個人的に思う。インタビューでは、ニューアルバムの印象的なジャケットとアルバムタイトルの意味から、制作中に影響を受けたドキュメンタリー、唯一聴いていた曲まで話してくれた。

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よく晴れた2025年11月の午後。池ノ上駅付近の路上で待ち合わせをした。

待っていたのは、ドイツのインストゥルメンタルヒップホップのパイオニアとも称される、ビートメイカーのFloFilz(フロフィルツ)。取材時は日本旅行中とのことで、高知や大阪を巡り、和歌山の熊野古道から帰ってきたばかりだった。

彼が9月にケルンのレーベル「Melting Pot Music」からリリースしたアルバム『Hagaki(葉書)』は、都市の文化や雰囲気、風景を音楽とビジュアルの両面から探求するシリーズの第4弾で、日本の首都「東京」にささげた作品だ。日本への音楽的なラブレターであり、ジャズとビートを日本の音楽と文化に融合させた「音の旅の記録」だという。

同作のアルバムジャケットが撮影されたのは、この待ち合わせの場所である井の頭線の踏切のすぐそば。日本に1カ月間滞在し、制作を進めたというアルバムには、彼の盟友である写真家のロバート・ウィンター(Robert Winter)による20ページにもわたる写真集が挟み込まれている。楽曲たちからはもちろん、写真からも、東京の街を歩き、音楽が紡がれていった軌跡と息遣いが感じられるだろう。

ジャケットの撮影地を起点とし、FloFilzが日本に来たら訪れるというレコードショップやリスニングバー、クラブなど、東京の各所を2人とともに巡りながらインタビューした。ぜひ『Hagaki(葉書)』を聴いて、もしくは聴きながら東京の街を歩いてほしい。きっと、いつもの道がシネマティックに感じられるはずだから。

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1960年代にジャマイカで誕生したレゲエが、ボブ・マーリー(Bob Marley)の存在により日本へ本格的に上陸した1970年代後半。それ以来、ルーツレゲエだけでなくダンスホールの出現も伴うことで、レゲエミュージックはここ日本に根強く生き続けている。そう、日本でレゲエは大人気なのだ。

東京・新宿でレゲエクラブ「REGGAE / DUB club OPEN(レゲエ ダブ クラブ オープン)」(以下、OPEN)を営む工藤晴康も、レゲエに魅せられた一人。レゲエ好きが高じて夢中になってのめりこみ、いまだその最中だ。サウンドシステムへの探究心が反映された同店では、レゲエにまつわるさまざまなサウンドが極上の音となり再生され、体感できる。その音に関する信頼は絶大で、今ではローカルだけでなく世界各国からOPENでのレゲエタイムを楽しみに人々がやってくる。

レゲエをこよなく愛する人々に共通するのは、「ラブ&ピース」。工藤は人生をかけて、来店者が心からいい体験ができるよう店をプロデュースしている。東京ナイトライフの中で、特別な店として長年存在し続けてきたのは、工藤のレゲエへの愛があってこそなのだ。

そんな工藤にレゲエとの出合いから店の成り立ち、そしてレゲエバーの楽しみ方についてインタビューした。

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映画『BLUE GIANT』の主人公の演奏を担当した、サックス奏者の馬場智章と、現代ジャズシーンを支えているヴェニューの下北沢「No Room For Squares(ノールームフォースクエアーズ)」(以下:ノールーム)の店主である仲田晃平。プレイヤー、そして店のスタッフとして現場に立つ2人に、ジャズバーの楽しみ方について聞いてみた。

2025年9月22・23日の2日間開催されたノールームの6周年記念フェスティバル「音響特区」を控え、そして馬場の定期イベントである「BaBaBar」のリハーサル前という慌ただしいタイミングにもかかわらず、時間を取ってくれた2人にまずは感謝したい。

対談は、人生で初めていったジャズバーやいつも頼む決まった一杯などから、ジャズを取り巻く場についてまで話は及んだ。時間とお金をかけて、音楽とじっくり向き合う。そんな場に足を運ぶことこそ、贅沢な時間の使い方なのかもしれない。

週末といわず今夜、グラス片手にジャズを聴くために街へ繰り出そう。

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