城南海
Photo: Keisuke Tanigawa | 城南海
Photo: Keisuke Tanigawa

奄美大島のシマ唄を歌い継ぎ、世界へ

シンガー城南海が新作『ウタアシビ』で立ち返った原点

Kosuke Hori
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タイムアウト東京 > 音楽 > 奄美大島のシマ唄を歌い継ぎ、世界へ

鹿児島県の奄美大島生まれで、奄美民謡「シマ唄」をルーツに持つシンガーの城南海(きずき・みなみ)。2009年のデビュー以降、アルバムのリリースはもちろん、ディズニー実写映画『ムーラン』の日本版主題歌の歌唱なども担当してきた。

2024年には、イギリスのジャズドラマー、ユセフ・デイズ(Yussef Dayes)富士山の前で行ったセッションに参加。その後もイギリスの世界最大規模の野外フェスティバル「グラストンベリー・フェスティバル 2025」で共演を果たすなど、活動の幅を広げている。

そんな城が2026年1月21日に、2年ぶりとなるアルバム『ウタアシビ』をリリースした。同作は、城にとって初めてシマ唄を収録したアルバムでもある。新作についてはもちろん、故郷の奄美大島、そしてシマ唄への思い、ユセフ・デイズとの共演を経て生まれた変化など、じっくりと話を聞いた。そして、今春と秋に控えている全国ツアーにぜひ足を運んでみてほしい。

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—ユセフ・デイズと富士山の前でセッションをした動画から「グラストンベリー・フェスティバル 2025」でのライブまでつながっていきましたが、シマ唄で海外のミュージシャンと共演したり、海外で演奏したりした時に自分自身の心が動く・感じることは何かありましたか?

私はあまり英語が話せないのですが、音楽を通して会話をするようなセッションができて、「やはり音楽ってすごいな」と改めて実感しましたね。

グラストンベリーでは、ユセフはもちろん、皆さんからの「日本文化へのリスペクト」を感じました。シマ唄の発声や三味線の音色を楽しんでくれて「国境を超えて届くのだ」と思い、うれしかったです。

城南海がユセフ・デイズが富士山の前で行ったセッションに参加した時の様子
Photo: SUZU(fresco)ユセフ・デイズが富士山の前で行ったセッションに参加した時の様子

—シマ唄からもう少し開いて、歌やパフォーマンスなど「海外に知ってほしい日本的なる要素」を意識したりはしましたか? もしあれば、それはどんなことでしょうか?

それこそ、ユセフと初めて会ったのは富士山でのセッションの時だったのですが、彼から「着物を着てきてほしい」とリクエストがあって。友人が「銀座もとじ」という呉服店を営んでいるのですが、着付けてもらって出演したんです。

そこからスタートしたので、ユセフと演奏する時は着物を着て「日本の美しさ」も表現できたらと思っていました。

—シマ唄を歌い始めたのは鹿児島へ引っ越した後だそうですが、奄美大島でシマ唄を師匠から習い、歌い始めた「唄者(うたしゃ)」の方と城さんの違いは、ご自身ではどこにあると思いますか?

歌を聴くと「この唄者さんはこのお師匠さんに習っていたのだろうな」と、スタイルみたいなものを感じるんです。皆さんは基礎から習っていらっしゃる。

私はいろいろな人のシマ唄をCDで聴いたり、鹿児島で歌っている方を生で聴いたりして「あ、この歌い方いいな」と感じたものを、自分の好きなようにミックスさせて、遊ぶように歌って覚えていきました。だから、シマ唄をよく知っている人が聴くと、すごく邪道に感じるかもしれません(笑)。

—奄美大島と鹿児島、そして音楽活動を本格的にスタートした東京という、3つの土地の良さや違いはどんな部分に感じますか? また、土地が制作に与える影響はありますか?

中学生の頃に奄美大島を離れて鹿児島市内へ引っ越したのですが、奄美大島は人との接し方が近かったんだと気づきました。みんな兄弟のように「お兄ちゃん、お姉ちゃん」と呼び合っていて。その関係性が私にとってはすごく居心地が良かったのだなと、鹿児島へ移ってから感じました。そして鹿児島でシマ唄を歌っていた時にスカウトされて、デビューしました。

東京はいろいろなコンサートへすぐに行けますし、刺激が多くて、音楽制作に生きていると感じています。

—シマ唄を歌い始めたことで、自身の日常に変化はありましたか?

鹿児島に引っ越した後、島が懐かしくなった時にふと思い出して、シマ唄を歌いたくなったんです。島を離れて寂しかった気持ちが、シマ唄を歌うことで元気になって。そして音楽をみんなと奏でられるようになり、鹿児島で人とつながるきっかけにもなりました。

—今作は初めてシマ唄が収録されたアルバムとなりましたが、音源として残すのは唄者の方との交流や、ユセフ・デイズとの国内外での共演もきっかけとなったとお聞きしました。国外で演奏することで見えた「シマ唄の良さ」などがあったのでしょうか?

シマ唄には「ハッハッ」という、掛け声があります。グラストンベリーのリハーサル中、ユセフに掛け声をやってもらおうと思ったんですね。

そうしたらユセフが「お客さんにやってもらおうよ」と言い出して。「できるかな?」と思いながらもあおってみたらお客さんたちには「アップアップ」と聞こえたみたいで、「アップアップ」と歌ってくれてすごく盛り上がったんです。

シマ唄のセッション、歌って遊ぶ場のことを「ウタアシビ(唄遊び)」というのですが、その感覚になりました。ユセフたちが奏でるジャズとも通じるところもありますし、「一体になれる良さ」が、シマ唄にはあると感じました。

以前テレビ番組でよく海外へ行っていたのですが、現地で三味線を弾いて歌い始めるとみんなが笑顔で、すごく楽しそうに参加してくれていたことも思い出しましたね。

ウタアシビ
画像提供:PCI MUSIC『ウタアシビ』のジャケット写真

—満を持して収録されたシマ唄の選曲の基準はどんなものでしたか? ユセフ・デイズとのセッションで演奏した「Amami」という曲は、シマ唄の「豊年節」をベースにしているそうですね。

今作に収録した「豊年節」は、バンド用にアレンジしてライブでも歌っている好きな歌です。ユセフと一緒に演奏する時は「豊年節」をやろうというより、「こんな感じでどう?」って私が弾いたのに彼らが乗っかってきて、原曲とは違う方へセッションで向かっていきました。

とはいえ「豊年節」がベースになっているので、彼らと演奏したことが今回のアルバムにはたくさん生きています。あとはシマ唄を録音するのであれば、奄美大島で唄者の人たちと一緒に録りたいと思っていたので、にぎやかかつみんなで参加できる「豊年節」を選びました。

—シマ唄を歌う時と、いわゆるポップスを歌う時の違いはありますか? グイン(こぶし)がヤマトグチ(標準語)の時は少なく感じます。

まず、発声が違いますね。オリジナル曲にもグインは入れるのですが、やっぱりシマ唄を歌う時はスイッチの入れるところが違う感じがします。標準語にグインを入れる時は「あえて入れる」という感じなんです。

歌い方はもちろんなのですが、心持ちも変わります。シマ唄って、本来集落(シマ)の歌のことを指すんです。「受け継がれてきた歌」を伝えるために、そして人とつながるために歌うもので。

シマ唄には、先人のいろいろな教えや島の生活などがギュッと詰まっています。ほかには、自分のルーツである故郷に感謝しながら歌うという感覚を、シマ唄を歌う時には大事にしています。

—城さんはこれまでライブのタイトルにも「ウタアシビ」と付けてきたと思うのですが、今回アルバムタイトルにしようと思った理由はあるのでしょうか?

今回のアルバムは私のトータルプロデュースで、作詞や作曲も主体となって行いました。制作を進める中で、自分の原点に立ち戻るためにもシマ唄を入れたいなとか、この人と一緒に歌いたいなとか考えていた時に、改めて私の原点は「ウタアシビ」だなと気付いて。

あと、今まであまり自分の作品の中でいろいろな人と歌い合うことがなかったのですが、今作は掛け合いが聴きどころというか、特徴だと思っています。そんな2つの意味から、アルバムタイトルに『ウタアシビ』と付けようと決めました。

—今回のレコーディングは全て奄美大島だったのでしょうか? また、海岸や森の中で録音された曲が収録されていましたが、ご自身にとってどのような体験になりましたか?

今作の半分ぐらいは奄美大島でレコーディングしました。

1曲目の「唄ぬ始まり」はレコーディングの前日に海岸で録音しようと思い付いたんです。風の音が強くて、調整が大変になるかも……とも思ったのですが、皆さんに島の音をお届けできたらと考えていたので、形になってよかったです。

10曲目の「ヨイスラ」を歌った森には、朝の3時に起きてネイチャーガイドをしている父に連れて行ってもらいました。そこは子どもの頃によく遊んでいた場所で。懐かしくて心が落ち着くと同時に、これまで朝イチの森の中に入ったことがなかったので、「こんな音がするんだ」とか、新しい発見がありました。

本当に素の自分で歌えましたし、「私はこんなに美しい島で生まれたのだ」と改めて感じましたね。アカペラで一発撮りだったので、いい緊張感もありました。あの場所でしか撮れない音になったかなと思います。

城南海
Photo: Keisuke Tanigawa

—3・11曲目の「きょら島 ~うつくしい島〜」はTHE BOOMでの活動でも知られる宮沢和史さんが作詞・作曲されています。どういったところが「新しいシマ唄」だと感じましたか?

宮沢さんに数年前に曲を作ってほしいとお願いした時に、この曲を書いてくれました。奄美の方言と標準語が混ざっていながらも、2節か3節を1曲として歌われることの多いシマ唄のスタイルで作った点が新しいのかなと、個人的には思います。島の人たちにも親しんでもらえたらうれしいです。

—6曲目の「ウタアシビ」の積み重なるコーラスラインはさながら「唄遊び」のようです。提供曲も多く歌われると思うのですが、自作曲はどこから着想を得るのでしょうか?

制作は「こういう曲を作ろう」と考えてメロディーから作り、歌詞を後で書いています。自分の中にある風景とか言葉は、やはり奄美から着想を得ることが多いですね。

あと旅が好きで、去年初めてアイルランドに行った時に感じたことが、今回収録した『おかえり』という曲のインスピレーションになりました。

「ウタアシビ」は、ファンクラブの人たちと集まる時​​にやる「373(ミナミ)締め」という手拍子があって。皆さんに参加してもらえる、にぎやかな曲を作りたいと思って制作しました。

—7曲目には、パプアニューギニアのミュージシャン・ナイリー(Ngaiire)が参加しています。フィーチャリングをお願いした理由を教えてください。また、制作はどのように進んだのでしょうか?

ユセフとの共演をきっかけに、海外のミュージシャンとコラボレーションをしたいと考えていた時に、スタッフから紹介してもらって。ナイリーさんの音楽を聴いてみたらとてもすてきだったので、お願いしました。

制作は東京のレコーディングスタジオで行いました。私とナイリーさん、今作に編曲で参加してくれているバンド・Ryu Matsuyamaでボーカル・ピアノを担当しているRyu君、レコーディングエンジニアの方と4人だけでスタジオに入って。スタジオで初めて会い、しかも一から作り始めたんです。

ワンコーラスくらい形になったらいいかなと思っていたのですが、こうして曲になってとてもうれしかったです。

—今作にはアンビエントやニューエイジからの影響を感じさせる音像の曲も多いと思うのですが、影響源は何でしょうか?

Ryu君が収録曲の半数のアレンジを担当してくれたのですが、彼が普段演奏している、ご自身の音楽性というのもあると思います。

あとは、母がエンヤ(Enya)が好きで、その影響で私も幼少期から空間や風景が浮かび上がってくるような音楽が好きになりました。自分自身そういう音楽がやりたかったのと、Ryu君の持つ音楽性がマッチして生まれたという感じですね。

—Ryuさんはイタリアで生まれ育ち、日本へ戻ってきて音楽活動を開始したミュージシャンですが、奄美大島で生まれ、東京で活動しているご自身と重なる点はありますか?

Ryu君は「虫博士」って呼びたくなるくらい昆虫に詳しくて(笑)。自然がとても好きな方なので、そこが共通するのかなと。あとはお父さまが空手の師範で空手を習ってきたらしく、日本文化を大事にしているところもでしょうか。

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—今号はローカルチェーンやブランドに焦点を当てた企画となっています。奄美大島・鹿児島のローカルチェーンの思い出や、チェーン店の好きなBGMなどはありますか?

私の父は以前、奄美大島に数店舗あった「ブックス十番館」という本やCDを売っているお店に勤めていました。父も音楽が好きなんです。今は1店舗だけになっちゃったのかな。そのお店に通い詰めていましたね。

当時はクラシックピアノを習っていたのですが、そこでクラシックのCDから流行の曲まで買ってもらっていました。ちなみに小学生の頃、一番最初に買ってもらったCDはSPEEDの「White Love」です(笑)。

チェーン店のBGMでいうと、アイルランドの音楽って奄美の音楽と通じるところがあるなと思っていてとても好きなのですが、アイリッシュな音楽がBGMとしてかかっている「無印良品」に行くとキュンとします。ずっと聴いちゃいますね。

ミュージシャンのインタビューが読みたいなら……

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「現代ソウルミュージックシーンの旗手」と称される、イギリスはサス・ロンドン出身のシンガーソングライター、サム・ヘンショウ(Samm Henshaw)。EPやシングルのリリースを経て、2022年に発表されたアルバム『Untidy Soul』は、彼自身のシグネチャーサウンドを見つけ出したかのように感じられる作品だった。

それ以降もシングルやEPを精力的にリリース。そして、次なるアルバムへの期待が高まる中、先行シングルの『Get Back』『Float』が収録された待望のニューアルバム『It Could Be Worse』が2025年12月5日、アナログでリリースされた。

同作は、よりオーセンティックかつタイムレスなソウルミュージックへと、研ぎ澄まされたような印象を受ける。「この作品にたどり着くために生きてきたような気がする」と語ってくれたが、2025年の傑作の一枚だと筆者は個人的に思う。インタビューでは、ニューアルバムの印象的なジャケットとアルバムタイトルの意味から、制作中に影響を受けたドキュメンタリー、唯一聴いていた曲まで話してくれた。

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ドイツのインストゥルメンタルヒップホップのパイオニアとも称される、ビートメイカーのFloFilz(フロフィルツ)。彼が9月にケルンのレーベル「Melting Pot Music」からリリースしたアルバム『Hagaki(葉書)』は、都市の文化や雰囲気、風景を音楽とビジュアルの両面から探求するシリーズの第4弾で、日本の首都「東京」にささげた作品だ。日本への音楽的なラブレターであり、ジャズとビートを日本の音楽と文化に融合させた「音の旅の記録」だという。

日本に1カ月間滞在し、制作を進めたというアルバムには、彼の盟友である写真家のロバート・ウィンター(Robert Winter)による20ページにもわたる写真集が挟み込まれている。楽曲たちからはもちろん、写真からも、東京の街を歩き、音楽が紡がれていった軌跡と息遣いが感じられるだろう。

ジャケットの撮影地を起点とし、FloFilzが日本に来たら訪れるというレコードショップやリスニングバー、クラブなど、東京の各所を2人とともに巡りながらインタビューした。ぜひ『Hagaki(葉書)』を聴いて、もしくは聴きながら東京の街を歩いてほしい。きっと、いつもの道がシネマティックに感じられるはずだから。

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2025年にデビュー30周年を迎えたシンガーソングライターの川村結花。自身が歌う楽曲はもちろん、SMAPの『夜空ノムコウ』や、FUNKY MONKEY BΛBY'Sとの共作『あとひとつ』など、数多くの楽曲提供でも知られる人物だ。

そんな川村のキャリア初となるオールタイムベストアルバム『Melody Maker』が2025年10月にリリースされ、同月にはバンドセットでのライブを開催。そして2026年1月からは、東京と大阪をはじめ、全国6カ所での弾き語りライブツアー「川村結花 30th anniversary 弾き語りLIVE “独奏2026” 〜Melody Maker ひとり旅〜」を控えている。

本インタビューではアルバムについてはもちろん、東京のどの街でどんな曲が生み出されたのかという思い出、そして弾き語りライブについて聞いてみた。まずはアルバムを聴いて、そしてぜひライブに足を運んでみてほしい。

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