タイムアウト東京 > 音楽 > 「夜空ノムコウは仙川で生まれた」川村結花が東京の街で紡いできたメロディーたち
2025年にデビュー30周年を迎えたシンガーソングライターの川村結花。自身が歌う楽曲はもちろん、SMAPの『夜空ノムコウ』や、FUNKY MONKEY BΛBY'Sとの共作『あとひとつ』など、数多くの楽曲提供でも知られる人物だ。
そんな川村のキャリア初となるオールタイムベストアルバム『Melody Maker 』が2025年10月にリリースされ、同月にはバンドセットでのライブを開催。そして2026年1月からは、東京と大阪をはじめ、全国6カ所での弾き語りライブツアー「川村結花 30th anniversary 弾き語りLIVE “独奏2026” 〜Melody Maker ひとり旅〜 」を控えている。
本インタビューではアルバムについてはもちろん、東京のどの街でどんな曲が生み出されたのかという思い出、そして弾き語りライブについて聞いてみた。まずはアルバムを聴いて、そしてぜひライブに足を運んでみてほしい。
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「サブスクリプションサービスでは聴けない曲」を中心に選んだベストアルバム
Photo: Keisuke Tanigawa
—まずは、リリースおめでとうございます。今回の活動30周年記念アルバム『Melody Maker』は複数のレーベルをまたいだオールタイムベストです。選曲に関してこだわったポイントを教えてください。
ライブの定番曲である『ヒマワリ』はもちろん、なにか新しく録音した曲も入れたいなと思い、FUNKY MONKEY BΛBY'Sと共作した『大切』をセルフカバーしました。『あとひとつ』にしようかなと最初は考えていたのですが、曲の並びを考えた時にすこし勇まし過ぎるかなと(笑)。
デビュー前の楽曲で、業界関係者向けのコンピレーションCDに提供した『それで じゅうぶん』という曲も、この機会に収録しました。本邦初公開です。
あとは、Charさんが大村憲司さんの追悼コンサートで、『ヒマワリ』のカップリング曲『もううそがつけなかった』を『The night of Leonid〜獅子座流星群の夜に』というタイトルに変えて演奏してくれたんですね。それがすごくすてきな演奏だったことを思い出しまして。この曲はカップリング曲だから、なかなか聴ける場所がないんです。
せっかくの機会なので、ライブでの定番曲などは押さえつつも、サブスクリプションサービスでは聴けない曲を中心に選びました。
『夜空ノムコウ』は仙川で生まれた
Photo: Keisuke Tanigawa
—川村さんは大阪出身で、大学進学を機に上京したとお聞きしました。東京での生活の方が今はもう長いと思うのですが、ベストアルバムの中で「この曲はこの街で生まれた」といった思い出は何かありますか?
パッと思い浮かぶものから答えると『夢を続ける町』は下北沢に住んでいたころに生まれた曲ですね。私は新宿が好きで、小田急線と京王線で引っ越しを繰り返していたんです。新宿を好きなミュージシャンの友人というと、私以外に堂島孝平くんぐらいしか思いつかないんですけど。
『五線紙とペン』に「世田谷区宮坂」という歌詞が出てくるのですが、東京で初めて住んだのが小田急線の経堂でした。大学生の頃からミュージシャンを目指してバイトをしていた頃まで、約8年間住んでいましたね。
次に住んだのは京王線の仙川で、本屋さんの上の部屋に住みました。あの頃は急行が止まらないから家賃が安い街だったんですけど、今はずいぶん変わりましたよね。
それこそ、『夜空ノムコウ』は仙川で生まれた曲なんです。当時付き合っていた恋人と別れて1年がたって、「もう大丈夫かな」と思って2人でよく行っていた一軒家の喫茶店に足を運んでみたら更地になっていて。
その時に生まれたのが『夜空ノムコウ』のメロディーでした。作詞のスガシカオさんは、締め切りのことをすっかり忘れていたみたいで、札幌へのライブへ向かう飛行機の中で書いたって言ってましたね。しかもフラれた彼女のことを思い浮かべて書いたみたいで。「同じだ、うれしい!」と思いました(笑)。
「暮らす場所」が音楽に与える影響とは
Photo: Keisuke Tanigawa
—やっぱり、作る音楽って住む場所で変わると思いますか?
変わると思います。例えば、とてもすてきな曲を書く方で、大好きな浜田真理子さん。浜田さんは島根県の松江で暮らしているのですが、松江だからこそ、浜田さんならではのゆったりとしたテンポの曲が生まれているんだと思うんですね。
今私が東京で暮らしている場所には、完全な静寂がありません。それって曲作りには影響してくるのかなと。もちろん、大阪で暮らし続けていたら、全然違う曲を書いていたと思います。もっとブルージーになっていたかもしれませんね(笑)。
—今お話にも出ましたが、東京と故郷・大阪の違いってどんなところでしょうか?
大阪と比べて、ということではないんですけど、東京って外からは「冷たい街」と言われることが多いと思うんですよ。でも、私はそんなことないなと感じていて。クールだけど意外とすんなりと受け入れてくれる、懐の深い街だと思います。
これまでの振り返りと今後の目標
Photo: Keisuke Tanigawa
—2016年にリリースされた『五線紙とペン』の中では、シンガーソングライターの「リッキー・リー・ジョーンズ(Rickie Lee Jones)みたいになりたい」と、18歳当時の川村さん自身について振り返っています。30周年を迎えてみて、次の目標だったり、目指しているミュージシャン像はあったりするのでしょうか?
もうですね、先のことは全然考えられないんです(笑)。矢野顕子さんが何かのインタビューで「ストイックでいないと続けられない」といったことをおっしゃっていたのですが、「私無理かもしれない」ってちょっと思っちゃって。
若い頃を振り返ると、3年先、5年先、10年先にどうなっていたいかってことを考えるじゃないですか。でも、コロナ禍もそうでしたし、年代によっては例えば親の介護が必要になってしまって、立てていた計画がうまくいかなくなることだってある。
でも、フレキシブルに対応していかなきゃいけないなと思うんです。だから「今書きたいな」と思える曲が作れたらなって。もしできなかったとしても、とりあえず「今日も生きていられてよかったな」って思って眠れたらな、と思います。
「美しいコードとメロディー」が好きだと再確認した
Photo: Keisuke Tanigawa
—今書きたいのはどんな曲ですか?
正直に言うと、最近あまり自分のための曲を書けていないんです。もちろん、締め切りがある曲は書きますよ(笑)。ただ、自分のための曲は、やっぱり自分自身を深く深く掘り下げないといけない。
最近は原点回帰といいますか、18、19歳の頃に弾いていたドビュッシーやラヴェルなど、いわゆる「フランス和声」が好きなんだなと再確認しました。こんなに美しい和声やコードの流れがあるんだって。
それこそ、ベストアルバムにも、ツアーのタイトルにも付けた「Melody Maker」というのは、自分自身を表した言葉なんです。かっこいいとか奇抜とか、どこか耳を引く音楽というのもあると思うんですよ。
でもやっぱり、私はきれいなメロディーが好きなんだなって。シンガーソングライターと表現されることが多いのですが、「川村結花ってどんなミュージシャン?」と改めて自分で考えた時に、「美しいメロディーを書く人間」と思いたい。
バンドセットから弾き語りへ、2026年1月からの全国ツアーに込めた思い
Photo: Keisuke Tanigawa
—最後に、ライブについてお聞かせください。2025年10月に丸の内「コットンクラブ」で開催されたバンドセットでのライブを終えて、2026年1月からは弾き語りツアーが始まります。どんなライブにしたいですか?
セットリストの詳細はまだあまり考えていないのですが、ベストアルバムに収録されている曲を中心に選ぼうかなと。バンドセットでのライブとは変えようと思っています。
ライブ後は、物販などでお会いしましょう。もしライブを観てくれて、なんだかスッキリしたなとか、温かい気持ちになれたなと思えたり、リフレッシュしてくれたりしたら、なおうれしいです。