インタビュー:若村麻由美 『飛び立つ前に』

「現実、回想、幻覚」が交錯するゼレール戯曲に挑む、母・マドレーヌ役が感じた葛藤と演劇の力

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「インタビュー:若村麻由美 『飛び立つ前に』」
画像提供:東京芸術劇場

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テキスト:高橋彩子(舞台芸術ライター)

フランスの劇作家フロリアン・ゼレールの『飛び立つ前に』が日本初演される。父はアンドレ、娘はアンヌなど、登場人物には同じ作家による「家族三部作」(『La Mère 母』『Le Père父』『Le Fils 息子』)と同じ名前がつけられている本作。

東京芸術劇場で過去に上演された三部作ではアンヌを演じ、今回は『Le Père 父』と同じく橋爪功が演じるアンドレの妻でありアンヌらの母であるマドレーヌ役を演じる若村麻由美が、今格闘している複雑で奥深い作品世界について語った。

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現実、回想、妄想、幻覚が入り乱れる

―作家のアンドレとその妻マドレーヌが暮らしているところへ、娘のアンヌが実家を訪れるところから始まる本作。アンドレの認知症が進んでやがて旅立つ『Le Père父』に繋がるような世界になっていますね。

若村:そうなんです。『Le Père父』には登場せず、死んでいる可能性があると演出家のラッド(ラディスラス・ショラー)が話していたアンヌの妹ルイーズが、この『飛び立つ前に』には登場します。

今回私の演じるマドレーヌがそのルイーズをアンヌよりも可愛がっていることや、やがてルイーズがいなくなってしまうことなどを考えると、改めてアンヌが可哀想で。

『Le Père父』の時、認知症の父と一人で向き合うアンヌを演じていて心身ともに本当に参ってしまったのですが、あの時自分で解釈して決めていた設定が間違っていなかったのだとも思いました。

マドレーヌも「家族三部作」には全く出てこないので、こういうお母さんだったのか、と新鮮で。マドレーヌは家の中を全て切り盛りしていて、作家であるアンドレも娘たちも暮らしの上ではお母さんを頼っている太陽のような存在ですね。

―アンドレとマドレーヌ、あるいは他の登場人物も、場面によって様子が変わるというか、誰が生きているのか、あるいは死んでいるのか、台本を読んだだけではよくわからないところがありました。

「家族三部作」および本作のフランスでの初演を演出し、その全ての日本初演も手がけているショラーさんは、明確にご自身の解釈を提示して稽古をされているのでしょうか?

はい。現実だったり、誰かの回想だったり、あるいは幻覚だったりといったものが入り混じった戯曲で、アンドレが死んでいるように演じるシーンと、マドレーヌが死んでいると考えるシーン、2人とも生きているシーンなどがあり、時には会話の途中で変化するんです。

稽古場でラッドから「ここで変わるので、◯ページ◯行目で線を引いてください」などと言われ、「え、そうなの?」とびっくりしながらみんなで線を引いて。似たようなシーンの繰り返しもあるので、「あれ、今、私は生きているんだっけ、死んでいるんだっけ」と混乱することもしばしばです。

―となると若村さんが以前演じた『子午線の祀り』の影身のように、もはや生きていないという雰囲気を求められるところもあるのですね?

そうですね。最近、現実にはいない役が続いていまして。

2022年に演じた『頭痛肩こり樋口一葉』の幽霊・花蛍もそうですし、今年は『陽気な幽霊』という舞台で演じたエルヴィラも幽霊でした。『子午線の祀り』の影身は死んだ後、宇宙のような存在となって登場しますが、今回もある場面で、私の身体が透けていくように感じてもらえたらいいなと思っています。

今回面白いのは、「男」と「女」という、名前のない象徴的な存在が色々な役に変化し、家族に衝撃を与えていくんです。このうちの「女」がマダム・シュワルツという役で登場する場面があるのですが、マドレーヌにはその名前がわからず、何通りもの名で呼ぶ。そのうち、その「女」が別の人物に変わるなど、存在の曖昧さが感じられる戯曲になっています。

―思い返せば本作より前に書かれた『La Mère 母』にも、シチュエーションが同じで若村さん演じるアンヌが2パターンの異なる感情や言動を見せる場面があり、これは妄想なのだろうか?と思いながら観ていました。今作はそれをより押し進めたような印象ですね。

「家族三部作」の時、不思議な戯曲なだけに、そもそも作家はどういうつもりだったのだろうかと気になってラッドに聞いたんです。すると「フロリアン(・ゼレール)は『忘れた』『わからない』と答えると思う」と言っていて。

去年、『La Mère 母』をゼレールが観に来てくださり、実際にお話する機会があったのですが、本当にそうでした。もしかしたら世界各国で上演されている作品なので、余白を残すというか、演出家や演者の側のイマジネーションが働いて作品が膨らむことを望んでいるのかもしれません。でも、そうだともおっしゃらないんですよ。そんなに野暮ではないというか、ある種、ミステリアスな方でした。

ラッドはゼレールと、仕事関係としても同世代の芸術家同士としてもとても仲が良く、生理的な感覚、たとえば音楽の選び方なども特に相談しなくても同じ曲を使いたいと思っているなど、すごくパートナーシップがうまくいっている。そういう意味で本当に信頼できますし、作品や人間に対する深い愛と優しさを持っている演出家です。

『La Mère 母』をゼレールに観ていただき、すごく認めてくださったことは私にとって自信に繋がったのですが、今回もラッドと共演者を信じて創っていけば、ゼレールも喜んでくれるような仕上がりになると確信しています。

インタビュー:若村麻由美 『飛び立つ前に』
撮影:藤井光『La Mère 母』左から、岡本健一、若村麻由美、岡本圭人。

普遍的な家族の物語

―『Le Père父』で父親だった橋爪功さんのアンドレとは、今回は夫婦となります。

橋爪さんはラッドをとても信頼していらして、そのことによって稽古場が楽しく明るいものになっています。84歳の橋爪さんは普段、10歳くらい若く見えるくらいバイタリティがおありなのですが、アンドレを演じる際にはものすごく老いたように演じるんです。

その老いの具合を、幕開きから最後に向かってどう作っていくかという話を、この間してらっしゃいました。ですから、客席からは死んでしまいそうに見えるかもしれません。

アンドレとマドレーヌは本当に仲が良くて、愛し合っている。幸せな夫婦だと思います。妻が知らなかった夫の顔が見えてくるシーンもありますけれども。

『飛び立つ前に』は愛と喪失の物語ですが、ラストシーンでは喪失の先というものを何か感じてもらえるといいなと思い、今、稽古で探しています。『Le Père父』では、アンドレの認知症が進むにつれて家の中のものがどんどん舞台上から消えていき、最後は空っぽの舞台の中で橋爪さんが光に包まれていくというシーンで終わりました。

あの時も、アンドレが死んだのかどうなのかは明示していなかったけれど、光に包まれていくことで、喪失とは悲しいことばかりではなく、次の次元に旅立つような印象を与えていたと思うんです。

『飛び立つ前に』でも、死んでいなくなってしまった存在の想念、思いみたいなものが、今も生きている人と一緒にいるかもしれないということと、生き残った者がいなくなった存在をずっと感じ続けているということ、その両方を、美しく、そして最後に温かいものが残るようにできたらと願っています。

インタビュー:若村麻由美 『飛び立つ前に』
撮影:引地信彦『Le Père父』左から、若村麻由美、橋爪功。

―「家族三部作」のそれぞれも、そして今回の作品も、実は同じ一家の話ということにはなっていないのですよね。それでいて連続性を感じずにはいられない作りとなっているのが、興味深いです。

全世界で上演されて感動を呼んでいるということは、現代の家族が抱えている問題、家族関係みたいなものに普遍性があるのですよね。だから名前をあれこれに変える必要がない。日本で言ったら花子さん、太郎さんみたいなものなのかもしれません。

さらに今回、マダム・シュワルツの名前が劇中でどんどん変わっていき、本当はどんな名前だったのかわからないところに、大事なものである名前すら忘れていく認知症と、生きている者とそうでない者の世界が重なる世界を重ね合わせて感じることもできそうです。

―演じる中で、若村さんご自身の感覚にも変化が生じるのではないでしょうか?

それはずっと感じています。発見が多過ぎて全く慣れることがない。大変な作品です。でもご覧になる方も、何度ご覧になっても飽きないし、そのたびに新たな自分を発見されるのではないかと思うんです。

「家族三部作」では毎回、ご覧になった皆さんが、他のお芝居の感想とは違って自分のことを話し始めて。「実は私も……」と何度言われたことか。

『Le Père父』では「私も長年、介護をしていました」と話してくださる方がいたり、『Le Fils 息子』では思春期の子供を持つ方が人に言えないような悩みを打ち明けてくださったり、『La Mère 母』では同級生たちが観に来てくれ、娘しかいない人、息子しかいない、息子と娘がいる人たちそれぞれが自分の家族の話を始めたり。芝居を見てご自身を見つめ直す私はこれこそ演劇の力だと思って、すごく幸せでした。

―今回も、大勢で観劇したら、その後の会話が盛り上がりそうですね。

本当にそうですね。「お母さん、死んでいるのよ」「いや、それはお父さんだよ」といった作品の話から、お互いに今までしたことのない話をする機会になるかもしれない。父と娘、ご夫婦で観るのも面白いかもしれませんね。

インタビュー:若村麻由美 『飛び立つ前に』
撮影:藤井光『Le Fils 息子』左から、岡村圭人、若村麻由美。

フランスの劇作家フロリアン・ゼレール作『飛び立つ前に』が日本初演される。

1979年生まれのゼレールは小説家、劇作家として早くから活躍しているが、中でも名高いのは家族をテーマに書いた三部作『La Mère 母』『Le Père父』『Le Fils 息子』だろう。

このうち『Le Père父』はゼレール自身の監督で映画化され2021年に公開(『ファーザー』)され、主演のアンソニー・ホプキンスがアカデミー賞主演男優賞を受賞して話題に。2023年には『Le Fils 息子』も、ホプキンスが父役を、ヒュー・ジャックマンが息子役で、やはりゼレール監督により映画化された(『The Son/息子』)。

今回上演される『飛び立つ前に』は、ゼレールが『Le Père 父』初演の主演俳優ロベール・イルシュのために2016年に書き下ろした作品。翌年91歳で亡くなったイルシュの最後の舞台となった。

本作の主人公は、妻マドレーヌと共にパリ郊外の家で生活していた著名な作家アンドレ。彼のもとへ、2人の娘が訪ねてくる。過ぎ去った歳月、明かされる思いがけない真実……。時には観客も登場人物さながらに混乱し、動揺しながら、劇の行く末を見守ることになるだろう。

アンドレ役には2019年に『Le Père 父』で父アンドレを演じた橋爪功。マドレーヌ役には『Le Père 父』で娘アンヌ、『Le Fils 息子』『La Mère 母』で母アンヌを演じた若村麻由美。さらに、『Le Fils 息子』『La Mère 母』で息子ニコラを演じた岡本圭人ほかが出演する。

同じ家族かどうかは不明ながら、一連の作品に同じ名前を用いてきたゼレール。私たちはその仕掛けの中に魅力的な連続性と普遍性を見るのだ。

※11月23日~12月21日/昼の部は14時から、夜の部は19時から(日によって異なる)/休演日は12月2・8・15日/料金は12,000円、65歳以上9,500円、25歳以下8500円、高校生以下1,000円

Contributor

舞台芸術ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材し、「SPICE」「AERA」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆。第10回日本ダンス評論賞第一席。年間観劇数は250本以上。

現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜」を連載中。

  • 映画

江戸時代を代表する浮世絵師・葛飾北斎の娘であり、弟子でもあった葛飾応為の生涯を描いた映画『おーい、応為』が、2025年10月17日から全国公開中だ。

主人公の応為を演じるのは本作が初の時代劇主演作となる長澤まさみ、北斎を演じるのは日本が世界に誇る名優・永瀬正敏。監督は、オフビートな会話劇から暴力衝動にあふれた無軌道な青春映画まで、幅広いジャンルを横断し、独特の質感を提示してきた大森立嗣だ。

本作は、いたずらにエキセントリックではなく、過度にエモーショナルでもない。応為は胸のすくようなサクセスを遂げない。その父である北斎も、従来の作品で描かれてきたような奇人的天才ではなく、不器用だが愛にあふれた職人気質の人物として描かれている。

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