東京バレエ団『ドン・キホーテ』
画像提供:日本舞台芸術振興会/Photo: Kiyonori Hasegawa
画像提供:日本舞台芸術振興会/Photo: Kiyonori Hasegawa

東京、11月に行くべき舞台5選

東京バレエ団『ドン・キホーテ』からミュージカル『バグダッド・カフェ』まで

広告

タイムアウト東京 > カルチャー >東京、11月に行くべき舞台5選

テキスト:高橋彩子

11月も新作からお馴染みの名作まで、注目の舞台の幕が開く。二兎社を主宰する劇作家の永井愛が、チェーホフの知る人ぞ知るミステリー仕立ての小説『狩場の悲劇』を元に、4年ぶりの新作を上演する。また、『Le Père父』『La Mère 母』『Le Fils 息子』の三部作で知られるフランスの劇作家フロリアン・ゼレールの演劇『飛び立つ前に』が日本初演される。

新国立劇場では、革新的な音楽と演出の相乗効果が期待される20世紀オペラの傑作『ヴォツェック』が開幕。東京バレエ団は、『ドン・キホーテ』に取り組む。スペインの活気を再現した賑やかなバレエで、日替わりの多彩な主役キャストも魅力だ

ミュージカルでは、『バグダッド・カフェ』が日本初演。代表曲「Calling You」の歌声がどのように組み込まれて劇中で響くのか、楽しみである。

さらに詳しく、必見の5作品の見どころ、聴きどころをお届けしよう。

関連記事
インタビュー:森田剛 パルコ・プロデュース 2025『ヴォイツェック』

1987年に制作されて世界的なヒットとなり、日本でも89年にロングラン上映されてミニシアター・ブームを象徴する作品の一つとなったパーシー・アドロン監督の映画『バグダット・カフェ』。夫と二人でドイツから旅行に来たジャスミンが、夫婦喧嘩の末に一人、アメリカ西部の砂漠に建つさびれたダイナー兼ガソリンスタンド兼モーテルである「バグダッド・カフェ」にたどり着き、人々の荒んだ心を変えていく物語は、ジェベッタ・スティールが歌ってアカデミー賞歌曲賞にもノミネートされたテーマ曲「Calling You」とともに多くの観客に感動と共感をもたらした。

この映画と同じくアドロン監督と妻のエレオノーレ・アドロンが脚本を、ボブ・テルソンが楽曲を手掛け、2004年に初演されたミュージカル版が日本初演される。

演出は丁寧な心理描写でストレートプレイからミュージカルまで幅広く手掛ける小山ゆうな。主演のジャスミンに花總まり、カフェを切り盛りするブレンダに森公美子、その娘フィリスに清水美依紗、ジャスミンに恋する画家ルディ役に小西遼生が扮するほか、彼らを取り巻く人々に松田凌、芋洗坂係長、岸祐二、坂元健児、太田緑ロランス、越永健太郎と、多彩な俳優が集結。クラシック、ロック、ソウル、レゲエ、ラップなど多様なスタイルの音楽も、物語を引き立てる。

異なる個性やバックグラウンドをもつ人々がカフェに集い、揉め事を起こしたり、心を通わせたり、あるいは通わせなかったりするこの物語。多文化共生と排外主義に揺れる世界の中、必要なものとは何かを問いかけてくれるような作品を、今こそ味わいたい。

※11月2日 ~ 21日/日比谷シアター クリエ/昼の部は13時から、夜の部は18時から(日によって異なる)/休演日は11、18日(8日昼の部、9日、19日昼の部、20日夜の部は貸切)/料金は平日13,500円、土・日曜・祝日・千秋楽14,000円

社会を鋭く見つめユーモアをもって描く劇作家・永井愛が、ロシアの作家アントン・チェーホフの唯一の長編小説『狩場の悲劇』を戯曲化し、自身の演劇ユニット・二兎社で上演する。

『桜の園』『三人姉妹』などの戯曲で、変わりゆく19世紀末を生きる人々を冷徹かつ風刺的な筆致で綴ったチェーホフ。だが、彼が24歳で著した『狩場の悲劇』は、人間の欲望や愛憎をより生々しく描いた作品だ。物語は、新聞社の編集長のもとを元予審判事のセルゲイ・カムイシェフが訪れるところから始まる。

自身の体験に基づいて書いた小説『狩場の悲劇』を売り込むセルゲイ。そこに書かれていたのは、カルネーエフ伯爵邸を舞台に展開する、森番の娘オーレニカ、セルゲイ、伯爵、伯爵邸の管理人ウルベーニンの四角関係の顛末だったーー。

アガサ・クリスティの手法を先取りしたとも言われるミステリー仕立ての小説。その随所に今回、永井は演劇的な趣向を散りばめる。面白いのは、セルゲイの小説の中の世界へと場面が変わるのではなく、編集長が小説の世界に立ち会い、時にはツッコみながら劇が進むこと。やがてドラマは、チェーホフが仕掛けた真犯人の正体へとたどり着くが、そこにさらにチェーホフを本歌取りしたような永井の仕掛けが施されているのもニクい。

永井の演出の下、セルゲイに溝端淳平、オーレニカに原田樹里、伯爵に玉置玲央、ウルベーニンに佐藤誓、編集長に亀田佳明……など個性豊かな顔ぶれで送るスリリングな物語から目が離せない。

※11月7日〜19日/紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA/昼の部は13時から、夜の部は18時から(日によって異なる)/休演日は17日/料金は7,000円、25歳以下3,500円、高校生以下1,000円

広告

新国立劇場のこの秋注目のオペラ『ヴォツェック』が、まもなく開幕する。9月にパルコ・プロデュース2025『ヴォイツェック』をご紹介した際にも少し触れたが、オーストリアの作曲家アルバン・ベルクが発表したこのオペラは、23歳でこの世を去ったドイツの劇作家ゲオルク・ビューヒナー(1813~1837)が遺した未完の戯曲『ヴォイツェック』のアダプテーションの中でも、もっとも成功した作品の一つだ。

兵士ヴォツェックは、一人息子をもうけた内縁の妻マリーと貧困に喘ぎながら暮らし、生活のために傍若無人な上官のヒゲを剃ったり医者の人体実験に参加したりする中で、精神のバランスを崩している。一方、貧しい生活に疲れたマリーは鼓手長と浮気をし、これに気づいたヴォツェックは沼のほとりでマリーを殺害、自らも沼で溺れ死ぬ。

この陰惨で狂気をはらむドラマを運ぶベルクの音楽は激烈で色彩豊か。これを歌う歌手たち、特にヴォツェック役は高い技術と感情表現が求められるが、今回演じる世界的なバリトン歌手トーマス・ヨハネス・マイヤーは、新国立劇場オペラ部門芸術監督でもある大野和士の指揮の下、圧巻の歌唱と存在感で演じきるに違いない。

そして特筆したいのは、今回のプロダクションがヨーロッパの第一線で活躍しているイギリス人演出家リチャード・ジョーンズによる新演出だということ。時に台本にない様々なものを見せながら、作品に隠されたテーマや真実を私たちに気づかせてくれるのがオペラの演出の魅力だが、ジョーンズは40年近く、その最前線を走ってきた演出家だ。

ビューヒナーが原作戯曲を書いたのは1835年頃。ベルクのオペラが初演されたのは1925年。だが、ここに描かれた、構造的な格差による貧困、孤独、狂気、暴力は今なお社会の切実なテーマであり続けている。

ウェルシュ・ナショナル・オペラでも本作の演出を手掛け、指揮者のウラディーミル・ユロフスキと共に2005年のUKシアターアワードも受賞したジョーンズは2025年の今、どのような世界を提示するのだろうか?

※11月15・18・20・22・24日/開演は14時(20日のみ19時)から/チケットは7,700円から(席によって異なる)

スペインの文豪ミゲル・デ・セルバンテスが17世紀初頭に書いた同名小説を原作とするバレエ『ドン・キホーテ』。ロシアで活躍したフランス人振付家マリウス・プティパが手がけ、1869年に初演された後、アレクサンドル・ゴルスキーによる改訂版が創られ、これに様々な振付家による手が加わりながら、世界各地で上演されている作品だ。

原作小説では、騎士道物語に没入して自らを遍歴の騎士ドン・キホーテと思い込み、冒険の旅に出る老いた郷士アロンソ・キハーノが主人公だが、バレエにおいてはドン・キホーテが旅先で出会う若い恋人たち、町娘キトリと床屋のバジルの結婚を巡る騒動が主軸となっている。

東京バレエ団では2001年、かつてボリショイ・バレエで本作のバジルを得意としていたスターダンサーで同団の芸術監督も務めたウラジーミル・ワシーリエフを演出・振付に迎えて新制作。古典バレエでは主役を引き立てる人々は整然としている場合も多いのだが、ワシーリエフは群衆一人ひとりにそこで生活している人々の生き生きとしたリアルな演技を求め、活気あるスペインの町が再現されている。

その一方で、ドン・キホーテが見る夢の場面では、キトリがドン・キホーテの憧れのドルシネア姫となり、優雅な世界が広がる。そして最後は超絶技巧が散りばめられた、キトリとバジルの結婚式。魅力満載の作品だ。

キトリ役は上野水香(11/19)、秋山瑛(11/20、23)、涌田美紀(11/18)、伝田陽美(11/21、24)、中島映理子(11/22)、バジル役はマリインスキー・バレエからのゲスト、キム・キミン(11/19、21)のほか柄本弾(11/24)、宮川新大(11/22)、池本祥真(11/20、23)、二山治雄(11/18)が踊り競う。

※11月18〜24日/13時か14時もしくは19時から(日によって異なる)/チケットは3,000円から(席によって異なる)

広告

フランスの劇作家フロリアン・ゼレール作『飛び立つ前に』が日本初演される。

1979年生まれのゼレールは小説家、劇作家として早くから活躍しているが、中でも名高いのは家族をテーマに書いた三部作『La Mère 母』『Le Père父』『Le Fils 息子』だろう。

このうち『Le Père父』はゼレール自身の監督で映画化され2021年に公開(『ファーザー』)され、主演のアンソニー・ホプキンスがアカデミー賞主演男優賞を受賞して話題に。2023年には『Le Fils 息子』も、ホプキンスが父役を、ヒュー・ジャックマンが息子役で、やはりゼレール監督により映画化された(『The Son/息子』)。

今回上演される『飛び立つ前に』は、ゼレールが『Le Père 父』初演の主演俳優ロベール・イルシュのために2016年に書き下ろした作品。翌年91歳で亡くなったイルシュの最後の舞台となった。

本作の主人公は、妻マドレーヌと共にパリ郊外の家で生活していた著名な作家アンドレ。彼のもとへ、2人の娘が訪ねてくる。過ぎ去った歳月、明かされる思いがけない真実……。時には観客も登場人物さながらに混乱し、動揺しながら、劇の行く末を見守ることになるだろう。

アンドレ役には2019年に『Le Père 父』で父アンドレを演じた橋爪功。マドレーヌ役には『Le Père 父』で娘アンヌ、『Le Fils 息子』『La Mère 母』で母アンヌを演じた若村麻由美。さらに、『Le Fils 息子』『La Mère 母』で息子ニコラを演じた岡本圭人ほかが出演する。

同じ家族かどうかは不明ながら、一連の作品に同じ名前を用いてきたゼレール。私たちはその仕掛けの中に魅力的な連続性と普遍性を見るのだ。

※11月23日~12月21日/昼の部は14時から、夜の部は19時から(日によって異なる)/休演日は12月2・8・15日/料金は12,000円、65歳以上9,500円、25歳以下8500円、高校生以下1,000円

Contributor

高橋彩子

舞台芸術ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材し、「SPICE」「AERA」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆。第10回日本ダンス評論賞第一席。年間観劇数は250本以上。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜」を連載中。

東京で気軽にアート散歩を楽しむなら……

広告
  • アート

11月の東京は、芸術の刺激であふれてる。バングラデシュの建築思想に触れ、ボスニアの職人が生み出す家具に腰かけ、フィンランドのヒンメリが光を受けて揺れる。さらに、日本の最前線のアートディレクションや、石の彫刻、木炭インクのモノクローム作品まで──。静かな感動を求めて、街のギャラリーを歩いてみよう。 

おすすめ
    関連情報
    関連情報
    広告