テキスト:Akiko Mori
東京のまちを歩きながら、その記憶をたどり、日常に潜む創造の瞬間を見つける芸術祭「東京ビエンナーレ2025」が開幕した。同イベントでは、世界8カ国・39組のアーティストの作品に出合える。
会場は東京の北東に位置する千代田区、中央区、文京区、台東区の6つのエリアと2つの拠点会場だ。普段人が働いたり住んでいる場にアートを展示する試みは、長い時間をかけて信頼関係を築きながら市民の手で作り上げてきた芸術祭ならではの深さがある。
3回目を迎える今回のテーマは「いっしょに散歩しませんか?」。誰もが都市を「歩きながら創造する」仕掛けがあり、まちと自分の関係、また自分自身の感覚を見つめ直す体験を誘う。
時間軸を越えるアート体験
創建400年を迎える上野の「東叡山 寛永寺」では、普段は非公開の部屋や庭がアート作品とともに特別公開されている。徳川慶喜が大政奉還の際に2カ月過ごした「葵の間」の廊下には慶喜の描いた西洋画と、それに呼応する写真作品が展示されている。江戸から東京へ時代が転換していく瞬間を、当時の空間で追体験できる。
日本経済を先導してきた大手町・丸の内・有楽町エリアにある「行幸地下ギャラリー」では330mを越えるアート作品が10年以上、今も制作中で、道行く人は毎日毎日、ただひたすら絵を描くアーティストの姿を目撃する。効率とスピードが要求される経済活動と真反対の時間と空間が生身の人間とともに立ち現れていることに驚きを隠せない。
日本橋・本町エリアで展開される「スキマプロジェクト」では、路地裏の鉢植えの隙間を縫うようにアーティスト8組の彫刻作品が鉢植えに「擬態」しながらまちのスキマ空間をそっと豊かに彩る。「コレド室町」の大規模な商業施設が立ち並ぶ裏には静かに小さな路地が残っている。
大規模な再開発をする企業が視点を落とし、ともに小さなスキマを見つめることに意義を見いだしたからこそこの芸術祭は開催できた。見えないところでまちが育っているのだ。
「看板建築プロジェクト」でも、古い建物を守る地域住民と海外アーティストが協働し、新しいアートを生み出している。まちが呼吸しているのを感じる。
五感を研ぎ澄まされる仕掛け
「点音」(おとだて)というユニークな試みを展開している鈴木昭男は、茶道の野点を「音を聴く行為」として再解釈し、まちの隙間に潜む音を探る。ある時は大木の前で、ある時はビルの隙間に立って耳を澄ませるようプレートが準備されている。都市の音が宝探しのように感じられ、歩くほどに感覚が研ぎ澄まされていく。
秋葉原にあるエトワール海渡の旧ビルでは、写真プロジェクト「TOKYO PERSPECTIVE」の拠点展示が開催中。7組のアーティストが東京を歩き、撮影した「まちの今」を、ネット上のデジタルマップでも公開し、撮影拠点に実際に訪れることができる。
全部で31カ所、散歩しながらアーティストのまなざしが重ねられる。また海外アーティストが散歩して発見した東京の姿から、私たちが気づかなかったまちの表情が浮かび上がる展示も行われている。かつてのオフィスの痕跡を残したまま、空間全体を使ったダイナミックな展示で、時間を切り取る写真と、建物が刻んだ時間が共鳴する。
まちのアートを支える新しい技術
まちにアートを展示する上で新しい技術がそれを支えている現場にも立ち会える。八重洲北口の改札を出たところに描かれた地上絵は、実際の絵画を特殊なキャンバスに拡大し貼り付けられたものだ。人々がその上を歩いても問題ない。
ビエンナーレ終了後は剥がすだけなので、いつでもどこでも気軽にまちの中にアートを展示できるのだ。この試みは壁画でも行われ、まちの景色を都度素敵に変えられる装置は準備されていることを目撃できる。
会期中に開催のイベントやツアー、ワークショップも豊富に準備されているので公式ウェブサイトをチェックしてほしい。散歩しながら、まちと自分との対話を深め、東京を育もう。AIが浸透する今だからこそ、五感を研ぎ澄ませて自分の「生き方」をアートに、そしてこの秋、東京に深くダイブしてみてほしい。
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