あいち2025
Photo: Kisa Toyoshima | 加藤泉の作品
Photo: Kisa Toyoshima

国際芸術祭「あいち2025」でしかできない5のこと

「終末」と「開花」の間を62組のアーティストが解きほぐす

Kaoru Hoshino
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2025年9月13日、「国際芸術祭『あいち2025』」が開幕した。2010年に「あいちトリエンナーレ」として始まり、3年ごとに開催されてきた国内最大規模の芸術祭は、2022年に「国際芸術祭『あいち』」へと名称を改めた。その後も、国内外のアーティストを招き入れ、社会に対するアートの役割を問い続けている。

あいち2025
Photo: Kisa Toyoshima「瀬戸市新世紀工芸館」外観

今回は、「シャルジャ美術財団」を設立するなど、国際的に存在感を放つキュレーター、フール・アル・カシミ(Hoor Al Qasimi)が芸術監督を務める。彼女はこれまでのキュレーションの中で、多様なバックグラウンドを持つアーティストを紹介し、ジェノサイドや植民地主義といった現実の問題に多角的に向き合うための視点を提示してきた。その姿勢が評価され、今回の人選につながったと言えよう。

テーマには、第3次中東戦争を経験したシリア出身の詩人・アドニス(Adonis)の詩から引用した「灰と薔薇のあいまに」という印象的なフレーズが採用されている。「あいま」という言葉の曖昧さの裏に込められた意味を丁寧に咀嚼していこうとする姿勢が示されている。

あいち2025
Photo: Kisa Toyoshima久保寛子の作品

会場は3カ所。中心市街に建つ「愛知芸術文化センター」、陶磁を専門とする「愛知県陶磁美術館」、そして「瀬戸市のまちなか」では街に溶け込むようにアートが展開される。

22の国と地域から62組の多様な背景を持つアーティストやコレクティブの視点がまとめて見られ、さまざまな考え方をインストールできる機会となるだろう。

あいち2025
Photo: Kisa Toyoshima富安由真の作品の一部

本記事では膨大かつ充実したプログラムの中から、同芸術祭ならではの5つの体験に焦点を当てて紹介する。

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1. 現代の洞窟壁画に足を踏み入れる。

中心街から離れた「瀬戸市のまちなか」では、廃校や工場といった意外な場所が会場となり、空間の使い方や場所の歴史に対するアーティストの応答の仕方がそれぞれに興味深い。

1903年に創立し、2020年に閉校した「旧瀬戸市立深川小学校」では、巨大な彫刻作品で知られるアドリアン・ビシャル・ロハス(Adrián Villar Rojas)が校舎の1フロア全体を作品にしている。圧倒的なスケールの大きさで、芸術祭ならではの体験ができるだろう。

廊下や玄関口はもちろん、給食室や理科室に至るまで、壁一面に類人猿や手形、PNGの市松模様などランダムに集められたイメージで埋め尽くされている。イメージは重なり、引き裂かれ、着色され、何層にも重なりながら混沌とした景色が作り出される。

子どもたちが去り、電気も水道も止まった廃校を、無数のイメージが覆い尽くす景色は、かつて人間が手形を残した「クエバ・デ・ラス・マノス」や「ラスコーの壁画」を思い起こさせ、現代の洞窟壁画のようでもある。

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また、瀬戸のやきものの原料となる粘土の採掘・精製工場「加仙鉱山」では、オーストラリアの先住民族・ヤウル族の末裔(まつえい)であるロバート・アンドリュー(Robert Andrew)の作品も見どころの一つ。深い地層から掘り出される粘土に着想を得て、長い時間をかけて積み重なった地層をもう一度作り直す彼の作品は、過去を強く意識させるものだ。

2. 陶磁器の表現の広さを知る。

今回初めて会場となるのは、やきものの町ならではの「愛知県陶磁美術館」。広大な敷地の南側に建つ「デザインあいち」や、リニューアルされたばかりの「本館」、茶室「陶翠庵」などを舞台に、やきものを素材とした作品をはじめ、多彩なバックグラウンドを持つアーティストの表現が展開される。

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天井が高く、開放感がある「デザインあいち」では、すっかりお馴染みとなった加藤泉の胎児のような生き物たちがたたずみ、人間中心ではない世界観に誘われる。本館では、グアテマラ出身のマリリン・ボロル・ボール(Marilyn Boror Bor)が、誤った歴史認識が先住民のコミュニティーに残した傷を浮かび上がらせる。

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そのほか、やきものと生き物の内部が空洞になっているという点に親和性を見いだし、独自の形を作り上げる西條茜や、自身もマタギでもある永沢碧衣にも注目したい。永沢は、狩猟で得た膠(にかわ)を画材として用い、それを「道具」とすることの意味を問いながら、自然とどう共存できるのかを探る。

それぞれが自身の故郷や素材に真摯(しんし)に向き合った作品からは、作家たちが現実をどのように受け止めようとしているのかが示される。見応えのある会場だ。

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3. 谷口吉郎の建築に目を見張る。

「愛知県陶磁美術館」の「本館」は、1954年に谷口吉郎による設計で建てられ、2024年にリニューアルオープンを迎えた。建物の基本モジュールがタイル1枚の大きさである点が最大の特徴である。

一枚ずつ微妙に濃淡の異なる淡いだいだい色のタイルと、細かく砕いた御影石を混ぜ、職人がたたいて仕上げたグレーの柱が、建物全体に複雑さと豊かさを生んでいる。エレベーターも銅板のたたき出しで、手作業へのこだわりは抜け目がない。

空間にリズムを添える照明「オークラ ランタン」が照らすのは、白砂の上を転がる不思議な幾何学立体。全ての面が地面に接する「オロイド」と呼ばれるその形態は、科学と芸術を融合させ、物理的世界を独自の仕方で解釈し直すエレナ・ダミアーニ(Elena Damiani)の作品である。

4. 灰とバラの「あいま」を埋めていく。

ジャンルを横断する数多くの作品に出合えるのが「愛知芸術文化センター」。「ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」に出展した作家をはじめ、世界から注目を集めるアーティストの作品が並ぶ。どの作品も特筆すべきものだが、中でも特に存在感を放っていたのが、バーシム・アル・シャーケル(Bassim Al Shaker)の絵画だ。

彼の作品は、一見するとキリスト教の教会に描かれた宗教画を思わせる。しかしそこに天使の姿はなく、描かれるのは爆発直後の風景。画面は虹色で、花のように美しい残骸が飛び散っている。幻想的でありながらおぞましいこの光景は、2003年のイラク侵攻の際にシャーケル自身が目撃した爆発から着想を得たという。

終焉(しゅうえん)のただ中から再生の兆しを見せる彼の絵画は、「消滅の後には開花が続く」という希望を語ったアドニスの言葉に最も響き合う作品であるように見えた。

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力強くスケールが大きい作品が並ぶ中で、ささやかな表現ながら強い印象を残したのは、クリストドゥロス・パナヨトゥ(Christodoulos Panayiotou)の中庭のインスタレーションだ。

一見すると作品と気づかず見過ごしてしまいそうだが、中庭で花を咲かせているのは、商品化されなかった300本のバラ。種を選び、選別するというプロセスそのものを浮かび上がらせたこの展示は、見かけの繊細さに反して鋭い問いを投げかけていた。

今回の芸術祭に参加するのは、アーティストだけではない。漫画家をはじめ、多様な表現者が集まる。

山本作兵衛は、7歳から炭鉱労働者として働き始め、労働の傍ら炭坑の記録を絵筆で残した。生々しい記録が展示されているのも、同芸術祭が掲げる理念と深く通じ合っている。見逃せない作品の一つだ。

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5. 観客はパフォーマンスの一部になる。

パフォーマンスも、同芸術祭で世界で起きている出来事を理解するための大事な柱。今回は、アセアニア・アラブ・アジア・アフリカから9作品を紹介する。国際的なプログラムは芸術監督のアル・カシミが、日本やアジアの作家のリサーチは、パフォーミングアーツのキュレーター・中村茜が務めた。

公演は土・日曜日・祝日に行われる。芸術祭の終盤まで代わる代わる上演されるので、気になる演目をチェックしてから旅程を組むのもいいだろう。

会期は、2025年11月30日(日)まで。各会場は距離があるため、街歩きを楽しみながら数日に分けて巡るのがおすすめだ。

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地域やエリアの特色を生かしながら、国内外の先駆的なアートやパフォーマンスが一気に集結する芸術祭。本記事では、2025年下半期に全国各地で開催する注目の芸術祭を紹介したい。

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芸術祭はアート鑑賞にとどまらず、その土地ならではの食や文化を楽しめるのも魅力。旅とセットで訪れるとことで、アート体験がより豊かで忘れられないものになるはずだ。

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