ホームシアターが当たり前になった昨今。映画館はというと、自宅では味わえないより特別な体験を提供すべく日々進化している。IMAXや4DXなど上映システムの発展が目覚ましい一方で、鑑賞スタイルも選択肢が増えている。
タイムアウト東京 > 映画 >インタビュー:大森立嗣×永瀬正敏
江戸時代を代表する浮世絵師・葛飾北斎の娘であり、弟子でもあった葛飾応為の生涯を描いた映画『おーい、応為』が、2025年10月17日(金)から全国公開中だ。
主人公の応為を演じるのは本作が初の時代劇主演作となる長澤まさみ、北斎を演じるのは日本が世界に誇る名優・永瀬正敏。監督は、オフビートな会話劇から暴力衝動にあふれた無軌道な青春映画まで、幅広いジャンルを横断し、独特の質感を提示してきた大森立嗣だ。
本作は、いたずらにエキセントリックではなく、過度にエモーショナルでもない。応為は胸のすくようなサクセスを遂げない。その父である北斎も、従来の作品で描かれてきたような奇人的天才ではなく、不器用だが愛にあふれた職人気質の人物として描かれている。
©︎2025『おーい、応為』 製作委員会
ごくあたりまえの人間の機微を、生活風景のなかで淡々と表現する本作には、斬新な静けさがあるのだ。泣かせようとすればいくらでも泣かせられる話なのに、あえてそうしないところに洒脱(しゃだつ)な軽やかさを感じる。
さらに、大友良英のメロディアスなジャズがすばらしくマッチングしており、深い味わいを醸し出す。今どき珍しいほど品があり、とても滋養深い映画だと思う。
この静かな傑作はいかにして作られたのか、監督・脚本を手がけた大森と北斎役を演じた永瀬に話を聞いた。
©︎2025『おーい、応為』 製作委員会
ー葛飾応為と北斎という人物を描くに当たっては、さまざまなアプローチが考えられたと思います。本作では、前半が1820〜21年、後半が1832〜33年、そして終盤で北斎の晩年から最晩年を描くという構成になっていました。この時間構成にした意図を教えてください。
大森:前半は、応為が出戻りして北斎と一緒に暮らしている時代を描いています。そこで特に大きな出来事は起きないんだけど、2人はこうやって生きているんだっていうのを見せたかったんです。
撮ってみたら思ったより尺がいってるな、という感じはしたんですけど(笑)。でもお客さんに、「ある人間を見た」と感じてもらいたくて。エピソードだけをかいつまんでいくのではなく、人間の奥行きが見えてきたらいいなというのがあったので、あえて尺をとりました。
後半はそこから転調して、少しずつ死の気配と、お互いへの想いを漂わせていくようにしています。
人間としての北斎を演じること
©︎2025『おーい、応為』 製作委員会
ー北斎といえば数々の奇人エピソードで知られ、どこかエキセントリックな天才芸術家という印象を持つ人も多いと思います。本作の北斎はそういったところはあまりなく、不器用だけれども愛にあふれた職人かたぎの人物という印象でした。演じるに当たり、どのようなプランで臨まれましたか?
永瀬:最初にお話をいただいた時は、「高い壁だな」と思いました。世界的に知られた人物ですし、これまでにも多くの先輩方が演じてこられていますから。
ただ、過去の作品で描かれてきた北斎は、「画狂老人」としてフォーカスを当てているものが多かったんですけど、大森監督が書かれた脚本は人間としての北斎。応為との親子関係に重きを置いているなと感じたんです。
役作りといっても、当時の映像や録音が残っているわけではないですし、資料を読み漁っても研究者によって解釈が全く違うんですよね。なので途中で辞めて、脚本を第一にしようと思いました。
ー素晴らしい演技でした。特に北斎が老境に入ってからは、圧倒的な迫力とすごみがあって。永瀬さんの長いキャリアの中でも、90歳近い人物を演じる機会はあまりなかったのではないかと思います。
永瀬:そうですね、未知の領域ではありました。ただ、これは僕だけではなく、特殊メイクさんやヘアメイクさん、衣装さん、監督、共演者の皆さん、本当にたくさんの方々の力で作っていった感じが強いです。
老け役をやるときに、毎回必ず頭をよぎる言葉があるんです。以前、とある著名な映画監督さんとご一緒したときに「永瀬くんね、今あの人は老人を演じようとしてるでしょ。それは違うんですよ」って言われたんです。人って、年を取れば取るほど「老い」を見せまいとするものなんだっていう。
その言葉を毎回思い出すんですが、やらな過ぎてもダメだし、やり過ぎてもコメディーみたいになっちゃう。そこのさじ加減がすごく難しいんですよね。
Photo:Keisuke Tanigawa
ー応為を演じられた長澤まさみさんの印象はいかがでしたか?
大森:一緒に映画を作るのは2度目だったんですけど、この組を信じてくれている感じがありました。
快活で楽しんでる感じがあるし、投げ出してるような感じがあるんですよね。全身でいっちゃえばいいんだっていう安心感を持ってくれてる感じがして、僕からは特に言うこともないぐらいに素晴らしかったです。
永瀬:監督のおっしゃる通りですね。僕が最初にご一緒したのが、応為の出戻りシーンだったんですが、あそこでなんかもういろいろ決まったような感じがしました。「ああ、応為だな。長澤さんの応為だ」って感じで、毎シーンが楽しかったです。いろんな年代を演じていても、役柄としての華がずっとありました。
©︎2025『おーい、応為』 製作委員会
映画に愛されてる人
ー過去のインタビューで、大森監督は永瀬さんについて「体が映画になっている人」とおっしゃられていました。今回の現場で改めて感じたことはありますか?
大森:永瀬さんは、僕にとって一つのアイコンのような存在です。日本映画の、僕が生きてるような部分を、本当に担ってくれている。映画に愛されてる人だと思いますね。もう愛されちゃって大変ですね、みたいな感じ(笑)。
今回の現場でも、やっぱり永瀬さんの背中をみんな見てたような気がします。僕らも映画に愛されるように、永瀬さんの背中を時々チラッと見るみたいな(笑)。
ー逆に永瀬さんは、大森監督について「役者の心理を分かってくださって気持ちいい」とおっしゃっていましたが、現場ではどのように感じましたか?
永瀬:本当にその通りで、絶大な信頼感があります。自分の心の中で少し迷いがあるときも、ふと見ると監督が必ず見守ってくれているんです。そうすると「ああ大丈夫だ、監督に守られてる、とりあえず全部を出してみよう」って思えるんですね。
言い方が難しいですが、派手に恥もかけるというか。出し過ぎだったら止めてもらえるし、足りなかったらもうちょっとって言ってもらえるし、居心地がすごくいいんですよね。
クランクアップの時、「もう大森組しかやりません」とまで言いました(笑)。大森監督が作られてる現場は本当に素晴らしいんです。これが今後の日本映画のスタンダードになればいい、って強く思えるほどでした。
ー演出面についてもお聞きしたいのですが、音楽がとても印象的でした。トランペットのメロディーが洒脱(しゃだつ)で、映画全体にぴったりマッチしていて。劇伴は大友良英さんが手がけていますが、監督から具体的なオーダーはあったのでしょうか?
大森:大友さんとは何回か仕事をしているんですけど、毎回シーンごとのタイムコードを出して「ここからここまで」「この楽器を使ってこういう感じで」という具体的な指示を出しています。
音楽をいじられると怒る音楽家の方もいるんですけど、大友さんは「好きにして!」って感じなんですよ。今回も明確に、こういう音が欲しいという話はしましたね。
Photo:Keisuke Tanigawa
日常の描写もキャラクターの一部として大切にした
ー本作は、生活風景を丁寧に描いている印象があります。特に食事シーンが多く、どれも印象深いのですが、これらの演出に関してこだわりはあったのでしょうか。
大森:最初にお話しした通り、人間の奥行きを見せたかったんです。例えば蕎麦をすすっている時とかって、やっぱり隙ができるじゃないですか。
北斎と応為が高級料亭「八百善」のご飯を食べるシーンがあるんですけど、そこでおかずを譲り合ったりすることで優しさみたいなものが見えてくるし。
北斎はお酒が飲めないんで、いつもかりんとうや金平糖を食べているんですけど、そういう細かい日常の描写もキャラクターの一部として大切にしました。
ー劇中で北斎や応為の絵が登場しましたが、「まさか本物?」と思ってしまうほど迫力がありました。
大森:あれは全て描いていただいたんですよ。向井大祐さんと松原亜実さんという、とても素晴らしいお二人です。北斎が最後に手がけた絵も、予備として5枚ほど用意されていました。
永瀬:すごかったですね。長澤さんと高橋海人くん、僕と監督で、撮影前に実際に北斎さんの作品を見に行ったんですよ。コレクターの方だったんですけど、すごくラフな方で「どうぞどうぞ! 手にとって見てください!」って言われて、三人とも固まっちゃって(笑)。2、30分は手に取れなかったですね。
Photo:Keisuke Tanigawa
ヘアメイク:TAKU for CUTTERS(VOW-VOW)
監督 ・脚本:大森立嗣
キャスト:長澤まさみ、髙橋海人、大谷亮平、篠井英介、奥野瑛太、寺島しのぶ、永瀬正敏
原作:飯島虚心『葛飾北斎伝』(岩波文庫刊)、杉浦日向子『百日紅』(筑摩書房刊)より 『木瓜』『野分』
配給:東京テアトル、ヨアケ
©︎2025『おーい、応為』 製作委員会
公開日:2025年10月17日(金)









