タイムアウト東京 > Things To Do > 千代田区長が神保町で一番クールだと思うこと
東京の神保町が「タイムアウト」が毎年選ぶ「世界で最もクールな街 」の2025年度版で1位に選ばれてから、2カ月が経過した。この一報は、静かに進化を続ける書物愛好家の楽園で歓喜とともに迎えられた。「タイムアウト東京」が取材した書店やバー、カレー店など100人を超える地元の人々は、一様に誇りと喜びの声を上げていた。
一方で、多くの人はこの街の未来に対して懸念を口にしている。「神保町が観光客であふれかえったら、再開発によって破壊されてしまうのか」「約130軒もの古書店が集まる独特の街並みは、デジタル時代において存続できるのか」「この地区が漂わせる文化的な雰囲気と創造的な実験精神をどうすれば守り、促進できるのだろうか」 こうした問いに答えるのに、神保町がある千代田区の区長である樋口高顕(43歳)ほど適切な人物はいない。
カレー好きの樋口は熱心な読書家でもあり、「本の街」としての神保町の本質を熟知している。インタビューではその魅力を熱く語る一方で、神保町が今後も活気を保つためには「変化」を迎え入れる必要があるとも話す。
本記事は、樋口高顕千代田区長へのインタビュー前編。後編 を読む。
ー神保町が世界で最もクールな街に選ばれたことについて、どう思いましたか?
樋口高顕(以下、樋口): 本当にうれしかったですね!世界で最もクールな街ということですし、日本の街が初めて1位に選ばれたとも聞きまして、大変光栄に思います。
私自身、本が大好きで、特に紙の本には特別な思いがあります。現在43歳ですが、小学生の頃、父に神保町の書店に連れて行ってもらった記憶が今も鮮明に残っています。古本屋ではなく新刊書店でしたが、父に買ってもらった本の内容や、色合い、手触りまで覚えています。それ以来、神保町は私にとって特別な場所です。
そして今、千代田区長としてこの街の支援を担う立場になり、神保町が世界から注目されていることを心から誇りに思います。古書店や書店だけでなく、飲食店、劇場、楽器店、スポーツ用品店など、さまざまな文化が混在しており、そこが高く評価されたのではないでしょうか。
ー神保町で一番クールだと思うことは何ですか?
やはり、約130軒もの古書店が並んでいて、それぞれが専門店だということです。浮世絵や江戸時代の和本を専門とするお店もあれば、仏教や神道を扱うお店、洋書や中国専門、アート系のお店もあります。さらに、野球やサッカー、漫画、ロック、映画、鉄道、アイドルまで!歩いているだけで発見があり、本当に楽しいのです。
食の楽しみも負けていません。レトロな喫茶店、老舗の中華料理店はもちろん、神保町は都内随一のカレー店の集積地でもあります。「神田カレーグランプリ」では毎年スタンプラリーを実施していますが、実は私、2022年には全124店舗を制覇して「グランドマイスター」の称号をいただきました(笑)
Photo: Kisa Toyoshima
ーそれはすごいですね。どれくらいの期間で回ったんですか?
4カ月ほどでしょうか。今年も、数十軒の店を訪れたいと思っています(注:2025年版のスタンプラリーは8月1日から12月20日まで)。
古書店の話に戻りましょう。神保町がユニークなのは個性豊かな古書店が並んでいるだけではありません。古書取引が行われる「東京古書会館」とその市場の存在にあります。ここは神保町の「中央卸売市場」ともいえる場所で、全国から集まる最高品質の商品を、各分野の専門家が評価する場です。豊洲市場に世界や日本各地から集まったマグロや寿司ネタ、蛸、海老のエキスパートがいるように、神保町にも本の世界のあらゆる専門家がいます。
古書店主は、誰よりも商品の価値に精通しています。そして大学や研究者が求める一級の資料であれ、海外のコレクターが探す稀覯本(きこうぼん)であれ、買い手につなげるネットワークを持っています。まさに市場・流通を司る核心の街であり、市場を中心とした古書店街にプロや愛好家たちが惹かれるのです。
また、神保町には数多くの出版社や印刷所、製本所も集まっており、書店とともに街全体で補完し合う本のエコシステムを形成している点も、大きな魅力です。
ーもし一日中神保町で過ごせるとしたら、何をしますか?
本屋巡りをするでしょうね。買った幾つかの本は家まで帰る時間が惜しいので、近くの喫茶店に入り読みふけると思います。
今も昔も、本屋こそ偶然の出会いを提供してくれる場所です。SNSも使いますが、タイムラインに流れてくる情報は、ユーザーの滞在時間を長くするためのアルゴリズムで決まってしまいます。過去の「いいね」やクリック履歴、またはバズっているものから、プラットフォーマーが「好きそうな情報」を流してくる。自分で外に出て探す体験とは全然違います。
書店員が選んだ本が並ぶ棚の間を歩いていると内なる好奇心が刺激されます。思いがけない一冊との出会いを楽しみたいのです。
(政治家になってから)実学として政策立案に活かせるような専門書や論文、経営学に加えて、春秋戦国から始まる中国の古典を多く読むようになりました。今は欧米の思想や価値観に興味があり、その源流である古代ギリシャのホメロス『イリアス』、ヘロドトスの『歴史』に取り組み始めました。当時の政治家や哲学者がどう振る舞ったのか、二千数百年前の営みや思考を知ることが面白いのです。ですから、一日自由に過ごせるのなら、古典に囲まれて本の世界に浸っていると思います。
未来に目を向けて
ー神保町は、昔ながらの風情で愛されていますね。一方で建物は老朽化が進み、書店が経営的に苦境に立たされています。この街の将来について、どうお考えですか?
神保町は本当に多くの人に愛されていて、皆がその独特の文化を守りたいと思っています。しかし、それは簡単なことではありません。多くの店主や地主が苦境に立たされています。今は紙の本が売れにくい時代ですから……。そうした状況下で店舗の建替えを禁じたり、別の事業への転向を思い留まらせたりできるのだろうか――。私は必ずしもそうは思っておりません。
文化を守るためには、人々の「なりわい」に目を向けることが重要です。神保町の真の魅力は、活力に満ちた「文字活字産業」そのもの。区長としての私の役割は、この産業を育み、そこから生まれた活字文化を次の世代につなぐことだと考えています。
現在取り組んでいる具体的な施策の一つが、主に靖国通り沿いにある歴史ある古書店街の活性化です。この地域の特徴的な看板建築をどう保存するか、建替えやリノベーションをどう支援できるか。例えば、古書店はもちろん、文字活字文化に関連する施設といった神保町らしい用途を促すためのインセンティブを、建物所有者にどう提供できるか、などを検討しています。
これらの取組みを成功させるには、古書店、新刊書店、出版社、飲食店経営者、商店街、大学、町会など、あらゆる関係者が同じテーブルにつく必要があります。千代田区として初めてこうしたテーブルを作りました。私たちは産業の発散する魅力や湧き出る活力を育みながら、いかにして街の持続的発展を実現していくのか、ともに模索しているのです。
ー千代田区は神保町において、ほかにどのようなプロジェクトを進めていますか?
街のメインストリートである靖国通り沿いの歩道は、30年以上前に設計されたままなので、必ずしも現在のニーズに合っていません。私たちはこの地域をウォーカブルにする方法を探っています。例えば座れる場所を増やし、心理的にごみをポイ捨てし難くさせる道などを検討しており、人々が快適に滞在・回遊したくなるような、歩いて楽しいまちづくりを目指しています。
全ては、持続可能性にかかっています。古書店オーナーの多くは3代目、4代目ですが、事業を自分の子どもたちに引き継ぎたいと考える者はそう多くないと聞きます。どうすればよいのか。ただ公費を投入すればいいという話ではありません。時代に即した事業形態へと発展していく手助けもまた必要なのだと思います。
その点で、近年の神保町には進展が見られます。古書店に加えて、シェア型書店や比較的若い人たちの新規事業が増え、これまでにない新たな人々が流入してきました。そういう活力を取り込みながら挑戦していけば、きっと神保町の未来は明るいと信じています。
後編 に続く