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『はらぺこあおむし』日本出版50周年、原画約180点から見えた絵本作家の圧倒的センス

「東京都現代美術館」で開催中の「エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし」に行ってきた。絵本作家、エリック・カール(1929~2021年)の代表作『はらぺこあおむし』の日本出版50周年を記念して催された展示である。
で、いきなり結論から述べてしまうけども、超ステキだったよ。マサチューセッツ州の「エリック・カール絵本美術館」からはるばる来日した原画約180点は、本当にステキとしか言いようがない。ギミック満載の楽しい絵本を作る人というイメージがあったが、やっぱそもそも一枚絵としてイケてるんだなっていうのを再確認した。
巧みなレイアウトと配色
基本、アクリル絵の具で彩色した薄紙をコラージュするという作風なんだけど、レイアウトや配色がすごく優れていると思う。もともとグラフィックデザイナーで、40歳ごろに絵本作家に転身した人だそうだが、なるほど納得である。一見実直なゴツゴツした画風は、圧倒的なデフォルメセンスに裏打ちされたものなんだっていうのがよくわかった。本人のサインもめっちゃカッコいいし。
で、やっぱ質感にも超こだわってる。『はらぺこあおむし』が1969年版と1987年版があるのは知らなかった。69年版当時の印刷技術では質感表現ができなかったからって、87年の再版時に全部描き直しているという。子ども向け作品だからといって手を抜かない。というか、子ども向けこそ手を抜いたら終わりなんだ。
ちなみに本展ではデビュー前、シュトゥットガルト州立芸術アカデミー時代の作品も展示されている。水彩画やコラージュなどさまざまなスタイルの習作が並んでいるのだが、すでにその色彩はのちの片鱗を感じさせるものがあり、たいへんキョーミ深い。
人生のような作品、作品のような人生
カールの人生の分岐点は、6歳の頃、ドイツに移住したことにあるようだ。戦時下のナチス政権、退廃芸術として弾圧されていたクレーやマティスを美術教師がこっそりとみせてくれたことが原点。これにも大いに納得した。かわいくてホーリーな感じはクレー由来で、ヴィヴィッドな色彩感覚はマティス由来なのね。
本人の人生がこれまたステキで。いや、いろんな苦労もあったことだろうから、軽々とステキとか言っちゃいけないのかもしれないけど、こういう人生を送った人がこういう作品をつくるというのはとてもわかるなぁと思った。
たとえば2013年に出版された『いちばんのなかよしさん』は、いつも一緒に遊んでいた大好きな友達が突然遠くに行ってしまった男の子の話で、6歳の頃の実体験をモチーフにしている。この友達のモデルは、実際にドイツに引越して離れ離れになってしまった幼なじみなんだって。
でも、この本が出版されたことをきっかけに地元出版社がその人を見つけて、78年ぶりに再会できたらしい。人生もステキなのかよ!って思う。どんなジャンルでもそうだが、真に素晴らしい作家は作品と人生が地続きにある。まるで人生のような作品、まるで作品のような人生。
幅広いテーマ性
テーマの取り上げ方もおもろかった。『ぼくのエプロン』は、フランスの画家フェルナン・レジェの作風を取り入れ、くっきりとした輪郭線を採用しているのだが、テーマが労働。『プレッツェルのはじまり』もその内容は労働讃歌といえるものだ。
ディズニー的な「仕事も遊び!」みたいな感じでもなく、ジブリ的な「つれぇけど仕事は仕事だ」みたいな感じでもなく、何かをしてその責任を持つこととか、誰かのために頑張ることによって生じる充実感を、嘘くさくなく、説教くさくなく描いていてすげぇいいなーって思った。
キャプションには『はらぺこあおむし』は希望についての本、『さびしがりやのほたる』は居場所についての本だと語っている。どの作品にも普遍的なメッセージを込めている人なんだなーとか思いきや、『えをかくかくかく』はストーリーはなくって、とにかくドライブ感全開でひたすら絵をつないでいてシュールだった。
子ども向け作品に必要なものは普遍的なメッセージ、そして言語化不能のシュールさである。そのふたつを追求しまくったカールはマジで巨匠だと思う。『ありえない!』なんかはシュール路線の極地で、ルネ・マグリット直系の超現実的な場面がこれでもかと連発されていて、不思議な魅力が満載である。
ちなみにこの作品はデビューしてから亡くなるまで編集者としてタッグを組んだ制作パートナーのアン・ベネデュースに捧げられたものらしいんだけど、このアン・ベネデュースも調べたらすげえ興味深い人物だった。大学で児童の発達心理学をずっと学んでて、ギミックは結構この人の発案だったりするらしい。ターシャ・テューダーとも生涯にわたる制作パートナーでめちゃくちゃ仲良かったとか。
チルからエクササイズまで
さてエリック・カールといえばアイディア満載のトリッキーな作風であるが、本展ではその仕掛けの数々も惜しげもなく開陳されている。
『ゆっくりがいっぱい』は、木の上にいるナマケモノが主人公なのだが、このナマケモノがずっとダラダラしていてマジで何もしないという話だ。主人公が何もしないという前代未聞の設定であるが、この頃エリックはマジ多忙だったらしい。「休みてえ!」っていう心の叫びをそのまま絵本にしてしまったんだ。
ビートルズの「ハード・デイズ・ア・ナイト」みたいじゃないか! 絵柄はヴィヴィッドなんだけどムードは超チル系。またこのナマケモノの表情がなんともアホっぽくて落ち着く。これだけあからさまにチル系な絵本は珍しいのではないか。
その一方で『できるかな? あたまからつまさきまで』は、読者参加型のエクササイズ絵本だ。絵本の中の動物に合わせて一緒に体を動かしてみよう! みたいなやつ。猫だったら両手ついて背中ぐーんと曲げるとかね。とにかくどれも着眼点が面白い。コンセプトデザインがいかしてるなぁと思ったよ。
絵に描いたような善人
まぁそんな感じで全4チャプターから成る展示をキャホキャホいいながらみてたワケだけども、ラストチャプター「エリック・カールのアトリエ」ね。これがもう、ね。薄々勘づいてたけど、彼がめっちゃいい人っていうことを痛感させられるコーナーだった。
なんかもう、絵に描いたような善人なんですよ。東日本大震災のとき、被災した日本の子どもたちにメッセージを送っているんだけど、「ARIGATO」「DAISUKI」「GANBATTE」って書かれてんの。泣けまくる。
本人が制作した工作キットなんかもあって、72種類の薄色紙が入ってて、これを使えば誰でもコラージュが作れるよ! みたいなやつで、そういうのも本当に最高でね。サービス精神がとにかく旺盛。「もの作るのっておもろいよ」ということまで伝えようとするその姿勢にマキシマムでリスペクトだ。
制作風景のビデオも上映されてるんだけど、もう見た目とか喋り方とか雰囲気が作品そのものっていうか、こういう人がこういう作品をつくっているということに納得しかなかったよ。とにかくすげえいい展示。老若男女、家族と友達とパートナーとあるいはおひとりさまで、どんな客層もめっちゃ楽しいと思う。
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