STAGE CROSS TALK 第4回
Photo: Maya Takeuchi

STAGE CROSS TALK 第4回(前編)

桐竹勘十郎(文楽人形遣い)×勅使川原三郎(舞踊家)

テキスト:
Ayako Takahashi
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タイムアウト東京>カルチャー>STAGE CROSS TALK 第4回(前編)

舞踊・演劇ライターの高橋彩子が共通点を感じる異ジャンルの表現者を引き合わせる『STAGE CROSS TALK』シリーズ。

第4回は、文楽人形遣いで、2021年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された桐竹勘十郎と、舞踊家で、愛知県芸術劇場芸術監督の勅使川原三郎が登場。共に1953年生まれの同い年で、どんな動きをもこなす優れた演者であり、また、「人形」「絵画」といった共通点も持つ二人。前編では、それぞれの原体験を聞いた。

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絵を描いていた幼少期
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ー勘十郎さんは1953年3月1日生まれ、勅使川原さんは同じ年の9月15日生まれ。どんな作品でも状況でも素晴らしい動きをなさる唯一無二のパフォーマーであり、音楽家含めさまざまな方とも積極的にコラボレーションなさっています。

さらにお二人の共通点として、絵をお描きになることがあります。勅使川原さんはドローイングをご自身のスペースに展示しています。勘十郎さんもイラストを著書や手ぬぐいなどで使われていますし、日本漫画協会の会員でもいらっしゃいますね。

勘十郎:自分の文章を補うために絵を描く程度ですが、子供の頃は漫画を読み漁っていて、漫画家志望でした。

勅使川原:私もそんなところがありましたね。子供の頃は鉛筆で家中に絵を描いていました。壁とか、窓とか。昔はくもりガラスだったので、鉛筆できれいに描けたんですよ。

勘十郎:ああ、わかります。私もやりました(笑)。すりガラスですよね。

勅使川原:後で母親が消したのでしょうが、一切怒られませんでしたから、自分はこういうことをしていていいものだと勝手に思い込んでいました。当時は描くことが全てで、手本を見て描くような発想はなかったので、学校の美術の授業で「このように描け」と言われるようになったら成績が悪くて。

例えば手を描く時、輪郭を描かなかったんですよ。輪郭を描くとそれは線あるいは面になってしまうから描きたくないと先生に言ったら点数がすごく悪かった。でも、人間は止まっていることの方が異常じゃないですか。ただならぬ気持ちになったり、信号待っている時にも動くのが、人間。動いていない時にも動きがそこにある気がするんです。

だから、止まっている人間の姿を見て描くというのがどうも好きになれなくて、物を描く、あるいは空想して形でないようなものを描くことの方が面白いですね。普段は、人間は嫌いじゃないのですが(笑)。

勘十郎:文楽でも、芝居の中でじっとしている人形というのは動かなくていいから楽だと思われるのですが、人形遣いが何もしないのと、芝居の中で生きてじっとしている人形とは全然違います。それがものすごく難しいです。

誰かの話を聞いている役でも、置物のようだったり、聞いているのかいないのかわからなかったりするようではダメ。役も呼吸し、同じように人形遣いも呼吸していないと、おかしいんです。

―ちなみに、すりガラスに絵を描いて、勘十郎さんは叱られませんでしたか?

勘十郎:うちも叱られませんでした。忙しくていちいち構っていられなかったのでしょう。勝手に遊んでいる子だったので親は楽だったと思います。本当は絵をきちんと習いたかったですが……。

小学校6年生の時、雑誌の表紙で東京オリンピックの開会式でランナーが入場行進している写真を見て、部長をしていた絵画クラブで「卒業記念に、これを卵の殻のモザイク画にしよう」と提案したことがありました。となると、毎日卵がいるわけですね。言い出しっぺだからたくさん持って行かないといけない。冷蔵庫を開けては卵を割って殻だけ持って行って、これは親に怒られました(笑)。

それでモザイクを作るのですが、私は細かく砕いていたのに他の生徒はかなり粗くて。でも、完成した絵を見たら、私が担当した細かいところより、友達がやった雑なところのほうがものすごく良かった。遠くから見るものは細かければいいというものでもないんだなと学びまして。

勅使川原:でも、細かい性分というのは結局、大きな方に通じていくのではないでしょうか。小さいところから始めたことによって、大きな視点を持つというか。私自身、小さく弱く描いていると、まわりからもうちょっと大きく描かないのかと言われたことがありました。ただ、オペラのような大きな舞台もやっていると、小さなものにこだわることが大きなものにつながると感じます。

―勘十郎さんも繊細なお子さんでいらしたことが、大胆な演技などの「振り幅」に結びついているように思います。

勘十郎:今、文楽の公演毎に行う大道具の道具調べを担当しているんです。美術を40分の1で描いたものを前にして、前回と同じでいいかどうか、今回はどうかと考えて、1カ月後にまた描いてもらったものを見て「ここはもうちょっとこう」とやりとりし、舞台稽古の前日に、実物を点検するというものです。その時は、細部から全体を見る視点が役に立っているかもしれません(笑)。

絵は今後も続けられたら続けたいですね。

自分で脚本を書いた文楽の新作をこれまでに4作品上演(うち『鈴の音』は2022年7、8月に国立文楽劇場で、『端模様夢路門松』は9月にGINZA文楽で上演予定)していますが、物語と絵を自分で手掛けて絵本を1冊作りたいという夢があります。

人形と人間の身体
Photo: Maya Takeuchi

人形と人間の身体

―人形遣いの勘十郎さんはもちろんですが、勅使川原さんも人形がお好きで、創作のテーマとも関わっています。

勅使川原:私はもともと絵画や彫刻あるいは造形といった美術に興味があり、形になるもの、動くものは、映画や音楽を含めていろいろと興味があって、その一つが人形でした。人の体が人形のように見えること、つまり人形に模した形、人形のような人間といったものに、ダンスを始める前から興味があって。解剖図じゃないですが、人間の身体を分節化して捉えたり、そこから生命とは何なのかを考えたりしていましたね。

勅使川原が振付、出演した『トリスタンとイゾルデ』

勘十郎:私が子供の頃は、リカちゃん人形の男の子版みたいな、GIジョーというアメリカの兵隊の人形がありました。関節があってさまざまなポーズをつけることができるので、欲しくて欲しくて……。高かったのですが、お小遣いを貯めて買いました。

親父が人形遣い(二世桐竹勘十郎)だったので、幼い頃から文楽人形を見ていましたが、当時は仕事としてやっているのかよくわからず、人形を持って何をしているのかな?と不思議で。姉(俳優の三林京子)もそんなことを言っていましたね。

文楽の人間の人形だけでなく、狐の人形が本物のように動くことにも子供心にびっくりした記憶があります。私は今でもキツネが大好きで、キツネのグッズを集めたり自分でも作ったりしていて、実際に飼えるものなら飼いたいくらいなのですが(笑)、最初は文楽の狐から好きになったんです。

―文楽の『義経千本桜』などでは、狐が人間に化けて、でも狐っぽい動きが随所に入るという趣向がありますね。

勘十郎:はい、人間の姿ですけれども、狐の振りが入る。難しいんですけども、そういう演目が大好きでした。普通の人間の役でしたらそうそうはみ出たことはできないのですが、正体が狐という役は、狐の部分をかなり自由に作ることができるので、楽しいんです。

勅使川原:遊び心というのがそこにあるわけですね。私も、物に何かを例えるとか、例えば蛇のおもちゃみたいなものがあってそれが人間のようになってとか、あるいは庭の木とか草とかそういう自然でもって、盆栽ではないんだけど、見立てで自分の世界を勝手に作っていくとか、そういう遊びをずいぶんしていた気がします。

夕飯時、薄暮といわれる時間、暗くなって地面の方がむしろ明るいんじゃないかというようなちょっとクラクラっとする時間帯に一人遊びしていると、何かが見えてくる気持ちになって。そんな不思議な時間がありました。今のお話を聞いていると自分なりのそういう見立てがあったことを思い出します。

勘十郎深く考えたことはないですが、その感覚はなんとなくわかります。

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複数で一体の人形を動かし、一人で身体を分けていく
Photo: Maya Takeuchi

複数で一体の人形を動かし、一人で身体を分けていく

―文楽では主遣いを中心に左遣い、足遣いで1体の人形を遣いますが、勅使川原さんも、物語のある作品でも一人が一つの役とは限らず、一人で踊る中に複数の人格や感情を見出すことができます。

勅使川原:そうですね。私が勘十郎さんにぜひお聞きしたいのは、人形遣い3人で1体の文楽の人形を遣われるに当たって、ご自分が動かすということをどう客観視しているか、です。 

勘十郎:主遣いを中心に左遣い、足遣いで1体の人形を遣う文楽の「三人遣い」は、今から300年近く前に大阪で考え出されたものです。それまでは一人遣いだったんですけれども、1734年に竹本座で吉田文三郎さんという、私たちからしたら神様のような人形遣いの方が考え出されて。

『蘆屋道満大内鑑』という安倍晴明の芝居の時、大名籠を奴さん二人で左右から同じように持ち上げる演出があるのですが、左手で人形の首(かしら)を持つので、一人遣いでは、上手(かみて)の奴さんは右手で籠を持てるけれど、下手(しもて)の奴さんは手が使えない。じゃあ下手の奴に左遣いをつけて、そうしたら足遣いも……となったと私は睨んでいるんです。

それまでは人形にぶらぶらとぶら下がっていた足が、この時から足遣いによって動くようになり、飛躍的に表現力が高くなりました。その前の1697年にも三人遣いをやったという記録はありますが、これは今の三人遣いとは違うシステムで、ほぼ1回限りだったようです。

勅使川原:人間の身体も、子供の頃は左右に分けて考えるようなことはしませんが、例えばバレエの稽古などでは、左手でバーを持って、右の手、足と右半身を動かしていく。そして反対を向いて、今度は右手でバーを持って左半身を使う。身体をそういうふうに分解しながら、動きのシステムを学ぶわけです。

勘十郎:足遣いから修業を始めて、左遣い、主遣いとなっていくのですが、三人でピタッと息が合う瞬間は、ものすごく楽しいですね。そういう瞬間は決して多くはないのですが。

勅使川原:主遣いに行くまでには相当な年月がかかるのですよね。その前の段階で、見よう見まねで主遣いをやるようなことは許されないのですか?

勘十郎:よく「足遣いは10年、15年」と言いますが、なぜそんなに長くやるかというと、主遣いの左の腰の辺りと、人形の足を持っている時の足遣いの手首から肘の間のどこかは必ず当たっていて、主遣いがそこから「頭」(ず)という動きの合図を伝えているから。これが取れるようにならないと足も遣えませんし、主遣いに必要な頭も出せるようにはならないんです。

とはいえ、修業の間もその他大勢の役などでは、主遣いを経験することができます。例えば、子役は若い人形遣いが担います。まだ技術がそんなになく、あまり動かすことはできないわけですが、先輩が左についてくれて三人でやる。そうやって少しずつ経験を重ねます。

勘十郎が主役を遣った国立劇場令和3年9月文楽公演第1部『双蝶々曲輪日記』

―主遣いの方によっても頭の出し方は違いますか?

勘十郎:基本は同じなのですが、合図が多い人、少ない人、わかりやすい人、わかりにくい人などはいますね。私の師匠である三世吉田簑助は、弟子を見て合図の出し方を変えていました。

初めはわかりやすく出してくれるのですが、3年も経つと「もうわかっているよね」という感じでふっと少なくなる。頭が少ないほどスムーズに動くので、できることなら出したくないわけですよね。なので、段々少なくなって、よく注意していないと見逃してしまうんです。

勅使川原:長い時間をかけて修業するからこその話ですね。

後編に続く

桐竹勘十郎

1953年3月1日大阪生まれ。1967年7月、文楽協会人形部研究生となる 。三世吉田簑助に師事し、吉田簑太郎を名乗る。1968年4月、文楽協会技芸員となる。初役は『壇浦兜軍記・阿古屋琴責』の水奴(大阪毎日ホール)。2003年4年、亡父の名跡を継ぎ、三世桐竹勘十郎を襲名。2021年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。

ダンサー、振付家、演出家。クラシックバレエを学んだ後、1981年から独自の創作活動を開始。1985年、宮田佳と共にKARASを結成。国内のみならず欧米や諸外国の主要なフェスティバルおよび劇場で毎年多数の公演を行う。

2013年には、荻窪に劇場とギャラリーを併設した活動拠点、KARAS APPARATUSを設立。2022年7月には、ベネチア・ビエンナーレのダンス部門で金獅子功労賞を授与される予定。

Contributor

高橋彩子
舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。「エル・ジャポン」「AERA」「ぴあ」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜を連載中。

 http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

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