STAGE CROSS TALK 第2回
Photo: Kisa Toyoshima

STAGE CROSS TALK 第2回(後編)

玉川奈々福(浪曲師)×鳥木弥生(オペラ歌手)

Hisato Hayashi
編集:
Hisato Hayashi
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テキスト:高橋彩子

舞踊・演劇ライター、高橋彩子が、何かしらの共通点を持つ異ジャンルの表現者を引き合わせる『STAGE CROSS TALK』シリーズ。浪曲師の玉川奈々福とオペラ歌手の鳥木弥生による第2弾の前編では、それぞれの業界に足を踏み入れたきっかけや「声」について聞いたが、後編では日本と海外での価値観の違いや芸能における女性の地位、未来のビジョンについて語ってもらった。

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浪曲とオペラを生きる「人」とは
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浪曲とオペラを生きる「人」とは

鳥木さんは長くヨーロッパで活動されました。オペラを生んだヨーロッパで日本人が歌うというのは、どういった感覚なのでしょう?

鳥木奈々福さんが、自国のものである浪曲を海外に持って行かれているのはうらやましいですね。オペラに関しては、一生、習う人のような感覚があります。私の師匠は、イタリア人の指揮者とイタリアの曲をやる時、「自分はこうやりたい」と言ったら「ロシア人が何を言っているんだ。俺はイタリア人だ」と言われてしまったことがあったようです。

だけど師匠は「オペラには長い歴史があるから、もはやイタリア人のものではない。イタリア人がそう言うのはオペラを卑下している、オペラに失礼だ」と言っていて。18、19歳でそういう考えを植え付けられたので、ヨーロッパで歌うようになってからも自分を卑下することはなかったですね。オリエンタリズムにあふれたオペラも多いのでそういうものを歌う時にはアドバンテージがありました。

あとは、負け惜しみかもしれませんが、例えば「アモーレ」という言葉が「愛」ということなんだということを大人になってから知ったら、大人の感覚で新鮮に感動できるけれど、子どもの頃から多用して育つと当たり前のような感覚になってしまう傾向がある。もちろん、それでも実力のある歌手は新鮮な感覚で歌っていますが。

一方、奈々福さんがなさっている浪曲は日本のもの。とはいえオペラ同様、昔の言葉や価値観なので、今とは少し違いますよね。

奈々福:そうですね。私は好きで浪曲の世界に入ったわけではないので(笑)、浪曲の何が是で何が否であるかということをずっと考え続けてきました。この世界には、小学校を出るか出ないかのうちから入って、この道一筋でずっと生きてきて、芸はすごいんだけれど、まるで子どもみたいな、ナイーブなまま大人になられたような方々がいま。私が入った頃は、黒紋付きのご面相の濃いおじいちゃんたちが楽屋で花札をして、ふっと舞台に出てものすごい声を出してパンツまで汗みどろになって帰ってきて、また涼しい顔で花札を始めるような光景が繰り広げられていましたし。

鳥木:それは何時代の話ですか?(笑)

奈々福:25年くらい前、平成にはなっていましたね。私とあと数人の若手にしかお支度を手伝わせない、100歳まで現役を貫かれた木村若友師匠という方もいらっしゃいました。師弟関係ではなかったのですが、「あなたが後見をすると舞台に気持ちよく上がれるんだよ、奈々福さん」と言われたら、その先生の出番の時には行かないわけにいかない。代わりに娘さんが私の弁当を作ってくれて。

私は浪曲師になる前から落語が好きでよく聴いていたのですが、落語は都会的で洗練されているけれど、浪曲は癒やしの音楽が好まれる現代にあって暑苦しいし、やたら大げさで、曲師は「あおーん」とか声を出すし「なにこれ?」と疑問の塊。それを一つ一つ考えながらクリアしてたどり着いたのが、「もしかしてここってユートピア?」という、発想の転換でした。だって、こんな稚気あふれる化物がいるところ、今どきない。

今、私の三味線を弾いてくれている沢村豊子師匠は84歳なのですが、私の部屋に一晩泊まったら「居心地がいい」という理由で2年間、自分の家に帰らなくなってしまったんです。人とおしゃべりするのが大好きで、緊急事態宣言下でも出かけかねないから、私はご飯を作っては届がてらお稽古に行くことでお師匠さんを家にとどめています。私たちは不安定な日銭商売だけれど、お師匠さんは「アンタ、日銭っていいもんだよ」とおっしゃる。そのお師匠さんの「いいもんだよ」を守ってあげたい。

鳥木:それは奈々福さんも大変ですね。

奈々:そうですね(笑)。でも、「コンプライアンス」とか「セーフティーネット」とかいわれている時代に、明日のことを考えずに生きるのって、私はとってもうらやましい。浪曲の中における、明日を全く憂えないとか、自分の命を軽く扱っても相手を思いやるとか、そういう物語ってとてもすてきで。私は福太郎師匠が突然の事故で亡くなって、つらくて浪曲を聴けなくなってしまったことがあるんです。聴けないのにやることはできないと思ったけれど、実際には、浪曲の中のバカな人たちをやることで癒やされたんですよ。ほんとにバカなんだけど一点、純なものがある。

そして浪曲には、それをそのまま生きてしまっている人たちがいる。現代に生まれて現代の価値観の中で社会生活を送ってきた私がどんなに頑張っても、あの人たちには追いつけないけれど、このとんでもない身体能力を持った稚気あふれる大先輩たちの中に浪曲の魂を発見して、伝えていかなきゃいけないという気持ちがあります。

鳥木:オペラに描かれているような人がいるところも含めて、やはりイタリア人に通じるところがありますね。そういう人をオペラでやるのはとても楽しいです。ただ、そういうキャラクターはソプラノやテノールなど高い声の人に多くて、メゾソプラノにはあまりいないんですけど。

奈々福:私は以前、上野浅草フィルハーモニー管弦楽団というアマチュアオーケストラが、プロの指揮者と歌手を呼んで『椿姫』を上演した時、「イタリア語で歌うから狂言回しをしてください」と頼まれて、下手側に演台を作って筋を説明する役で出演したことがあるんですね。その時、これは筋立て的に浪曲そのものだと感じて、江戸の吉原に舞台を置き換えて『椿太夫の恋』という浪曲にしたんです。

今画策しているのは、『タンホイザー』を『丹野ホイ左衛門という浪曲にすること。江戸の設定にして、主人公が旅の中で女性に迷惑をかけまくるんです。絶対に浪曲に合うと思うんですよ!

女性の地位の今と未来
Photo: Kisa Toyoshima

女性の地位の今と未来

オペラと浪曲における女性の地位や存在はどのようなものですか?

鳥木:オペラは全世界的に見て、女性歌手の人口が圧倒的に多いのですが、オペラの登場人物は意外と男性の方が多いんです。主役が女性の場合でも、周りは男性だったりします。男声合唱しかないオペラも少なくないですし。もともと舞台に女性が上がれなかった時代があったからでしょうか。その割に、組織のトップや指揮者、演出家にあまり女性がいないという意味では、男社会だと感じます。

奈々福:浪曲はもともと「浪花節」と言って、明治になってできたジャンルですが、それ以前は大道芸で、その頃から女性はいたようです。特に三味線弾きには女性が多かったですし、大正時代には「女流団」というのが結成されて全国を回っていました。女流は女流っぽいネタをやっていたのかと言うとそうではなく、女性も忠臣蔵や侠客(きょうかく)ものなどをやっていたんです。ただ女流団を牛耳っていたのは興行師という名の男性。男女関係なく、芸人はいいように使われちゃうというのはあったでしょうね。

ただ、私自身は入門してから女だということで不利に感じたことはありません。チームプレーではなく、売れたもの勝ちで、やりたいことをやっていてそれが受け入れられればよい世界なので。

―お二人とも演者でプロデュースなどもなさっていて、ファンがお二人に直接会うことは比較的容易です。美術の世界では、女性作家に性的な言葉をかけられたり食事に誘われたりする「ギャラリーストーカー」が問題になっていますが、その点のご苦労はありませんか?

鳥木:私は、キャラ的に、ないですね(笑)。

奈々福:私もキャラとして、ないです(笑)。ある意味、怖がられちゃうんだと思います。不用意なことはさせない、というか。

鳥木:浪曲では今、「女流」という言葉は使いますか?

奈々福:使いますね。女流浪曲師っていう肩書がつくこともあります。自分では名乗らないですが、私は芸も中性的だと思うし、つかんでしまえばこっちのものなので、そこはあまり気にしていません。

鳥木メゾソプラノは女性なので使いませんが、指揮者などに対して言うのは、私は気になります。一度、プロデューサー的な人が舞台上で「女流指揮者」と言ったので、「それは今言ってはダメなことじゃないかな」と言ったら、舞台上で「彼女は女にしてははっきりものを言うんです」と言われて。

奈々福:それは、全く学んでないですね(笑)。「男のくせに!」(笑)

鳥木:逆にそう言いたくなりますよね(笑)。

今後、後輩の女性のために、もうちょっとこうだといいなと思うことはありますか?

鳥木:それはすごくあります。私は若い頃から生意気だったし怖かったと思いますが、顔も性格もかわいくて、人に媚(こび)を売っているように見える人がいると、「一生それでやるの?」「後で後悔しない?」と。でもそれは本人がやりたくてやっているというよりも社会というか、浪曲で言う興行主みたいな人がさせている。「客に酌してこい」とか。

―興行主が女性でもそういうことはあるかもしれませんが、基本的には上にいる人が男性だから、構造的にそうなるという話ですよね?

鳥木:良い、悪いではなく、それが当たり前だと思っている男性は多いのでしょうね。

奈々福:自分たちがやってることは差別的だっていうことに気がつかない人がたくさんいますね。私は、話しがいがある相手であれば「やめてください」と言ってきたし、言うかいがないと思ったら基本的には深く付き合わないと思います。女性の側も刷り込まれて、自然と女を売り物にしちゃう人もいるので、「40代、50代、60代と芸をやっていくに当たって、それだともたないわよ」と言ってあげたいけれど、本人たちに言ってもどうしようもないこともあります。

鳥木:やっぱり、社会を変えてあげたいと言うか、変わりたいというか、それは強く感じます。

―そのことともつながるかもしれませんが、最後に、浪曲師、オペラ歌手としてのビジョンをお聞かせください。

奈々福:今の私はそれこそ浪曲的に、今しか生きていないので(笑)、目先の企画は山のように浮かぶ一方、先の目標は全然描けないんですけれども。ただ、世の中のあらゆるところで規制が強められていて、窮屈になってきていると思うんです。そんな中で、私は油断できる場所、心身をほどける場所を、浪曲で作りたいんです。

以前、とても悲しい思いをされて心に傷を負った方が、初めて浪曲を聴きにいらしてとても慰められ、通っていらっしゃるうちに元気になられたということがありました。だから、私自身は目的を持ってやっているわけではないけれど、来てくれることで誰かの何かになるのであればいいなと思う。芸を媒介に、物語の中に入り込んでもらってもいいし、聴きながら自分自身のことを内省してくれてもいい。とにかく音楽や物語に身を委ねることで、その人がちょっとでも元気になってもらえる場所が作れたらと願っています。

鳥木:私は若い頃から、自分は伝えられてきたものを正しく再現して伝えていく人でありたいと思ってきました。それは今も変わらないのですが、このご時世になって思うのは、おいしいものは正義でみんな食べ物を楽しむけれど、まずいものは食べたくないから、ものすごく厳しくも見ますよね。

ところが日本におけるオペラ界は、「おいしくないけれど、これがオペラなんでしょ」と思われているように感じることがまだあります。私はオペラをもっと愛してほしいし、もっと厳しい目で見てほしい。全部が三大珍味じゃなくていいけれど、洗練されてちゃんとバランスが良くておいしく食べることができるような舞台をちゃんと作る。そして、それに見合うお金をもらって、皆さんにもしっかり見て楽しんでもらえるようにしたいですね。演者としても、プロデューサーとしてもそうしていきたいと考えています。

プロフィール

玉川奈々福

神奈川県横浜市出身。浪曲師、曲師。1994年、日本浪曲協会主宰三味線教室に参加。1995年、二代目玉川福太郎に入門し、師の勧めにより2001年から浪曲師としても活動。2006年、芸名を美穂子から奈々福に改め名披露目。さまざまな浪曲イベントをプロデュースするほか、自作の新作浪曲や、長編浪曲も手がけ、他ジャンルの芸能・音楽との交流も多岐にわたって行う。

平成30年度文化庁文化交流使として、イタリア、スロベニア、オーストリア、ハンガリー、ポーランド、キルギス、ウズベキスタンの7カ国で公演を行う。中国、韓国でも公演。第11回伊丹十三賞受賞。

連載:『ななふく浪曲旅日記(WEB論座)

公式ウェブサイトはこちら

鳥木弥生

石川県七尾市出身。メゾソプラノ歌手。1998年に東欧各市におけるエレナ・オブラスツォワとのジョイントリサイタルで活動を開始し、翌年、渡伊。2002年にフィレンツェ市立歌劇場公演でオペラ・デビュー後、イギリス、フランス、スイスなど欧州各地でオペラ公演に出演。

また、ソリストとして数々の著名な指揮者やオーケストラと共演。2007年に文化庁新進芸術家派遣制度研修生としてパリに派遣。エコールノルマル音楽院オペラ芸術科のディプロマを最高位で取得。藤原歌劇団団員。武蔵野音楽大学講師。

連載:『鳥木弥生の「歌曲で解決! 恋愛お悩み相談室」(ONTOMO)

公式ウェブサイトはこちら

最新の公演情報

玉川奈々福

『玉川奈々福 浪曲独演会』

日時:2021年7月11日(日)14時開演
場所:山形市東ソーアリーナ

詳細はこちら

『かぶく浪曲 玉川奈々福の『浪曲 研辰の討たれ』

日時:2021年8月21日(土)
場所:竜泉・西徳寺(配信あり)
問合せ:03-3875-3351(西徳寺)

鳥木弥生

『Spanish Vacations』

日時:2021年12月1日(水)18時30分開演(開場は開演の30分前)
場所
オペラシティリサイタルホール

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オペラ『禅〜ZEN〜』

日時:2022年01月23日(日)14時開演(会場は開演の45分前)
場所:金沢歌劇座

詳細はこちら

高橋彩子
舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。「エル・ジャポン」「AERA」「ぴあ」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜を連載中。

 http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

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舞踊・演劇ライター、高橋彩子が、何かしらの共通点を持つ異ジャンルの表現者を引き合わせる『STAGE CROSS TALK』シリーズ。第2弾に登場するのは、浪曲師の玉川奈々福とオペラ歌手の鳥木弥生。ともに声を使う仕事に従事し、ひょんなきっかけでそのジャンルや師匠と出会い、演者として活躍し、さらにはプロディースも手がけ、連載を持って文才を発揮する才女でもあり……と、共通するところの多い二人が語る、それぞれの世界の魅力や未来とは。前編、後編でお届けする。

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舞踊・演劇ライター高橋彩子が、何かしらの共通点を持つ異ジャンルの表現者を引き合わせる「STAGE CROSS TALK」シリーズがスタート。記念すべき第1弾に登場するのは、日本舞踊の流派「宗家藤間流」の宗家、藤間勘十郎と、ピアニストの反田恭平だ。ライブ芸術にも大きな影を落とすコロナ禍にあって、いち早く動いた点でも相通ずる二人の、それぞれの思いとは? 初回拡大版として前後編でお届けする。

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  • クラシック&オペラ

オペラの歴史は400年以上。なじみのない人には古臭いイメージがあるかもしれない。でもオペラは、今こそ観るべき芸術だ。なぜなら面白いから!というのが筆者の本音だが少々乱暴なので、以下にその理由を記しつつ、今年から来年の日本で楽しめる公演を紹介する。

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英国の名門バレエ団、バーミンガム・ロイヤル・バレエおよび英国ロイヤル・バレエのプリンシパルとして活躍した名バレリーナの吉田都が、新国立劇場舞踊部門の芸術監督に就任する。

秋からの2020/2021シーズンを目前にして、コロナ禍に見舞われた吉田が語る今の思い、そして芸術監督としてのビジョンを聞いた。

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