東北探索 第4回『復興に向けて立ち上がる東北地方』

タイムアウトニューヨークの記者による東北探索
東北4
作成者: Time Out New York editors および Time Out Tokyo Editors |
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in association with NHK WORLD
テキスト:Joel Meares
写真:Keisuke Tanigawa
 

「3.11」日本国民に大きな衝撃を与えた東日本大震災から5年が経つ。巨大津波が東北地方を襲い、原子力発電所事故という最悪な状況に陥った。今月、10日に会見を行った安倍首相は、今後5年間を「復興、創生期間」と位置づけると表明。現在でも、放射能汚染や原発再稼働、避難民など問題が山積みである。タイムアウトニューヨークの記者が現在の東北を巡る連載では、最終回として壊滅的な被害を受けた陸前高田をレポート。『Rising up again in northeastern Japan』と題し、この地域に住む人々の現状を伝える。

第1回『武士の歴史を追って 福島県西部』
第2回『東北で見つけた海の生き物たちとフラダンス』

第3回『宮城で島めぐりと人間観察』

第4回『興に向けて立ち上がる東北地方』

陸前高田の「奇跡の一本松」は、約27mの高さを誇る生存への宣言とも言うべき存在だ。100mほど離れた場所からでもその姿を確認できる。か細い幹が北日本の空へ向かって伸び、その周囲の景色は劇的な苦難の一幕を物語っている。そこから歩いてすぐの場所にある、海岸に面した2階建ての建物は、半分が崩壊して地面に沈んでいる。この付近ではクレーン車が大地の形を変え、ふてぶてしい態度でコンクリート板を海岸へと運んでいる。

現在、樹齢250年になるこの老松(岩手県陸前高田市気仙町字砂盛176-6)は、単独で立っている。かつてはこの海岸沿いに存在していた7万本の雑木林のうちの1本だった。2011年3月の津波が襲ったとき、波高は15mにもおよび、その轟きは浅瀬の湾全体に響いた。その波は街を倒壊させ、たったの1本を除くすべての木をなぎ倒した。人々はこの松を「奇跡の一本松」と呼んでいる (この木は1896年と1933年の津波も耐え抜いた)。その後、自治体はこの木の保存のために1億5,000万円もの予算を調達した。

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合成樹脂製の葉が付いた枝のレプリカを付け、樹幹に金属製の骨格を入れることで復元された松の木は2013年に披露され、この街で命を落とした1700人の住民たちの記念碑になった。

2011年の地震と津波の被害を最も受けた東北の三県(岩手、宮城、福島)では、各自治体が復興に向けて前進している。どの市町村も悲劇を心に刻み、失ったものを追悼してきたが、陸前高田を訪れると、不確かな未来をより確かなものに変えようとする人々の決意を感じる。

陸前高田未来商店街(岩手県陸前高田市竹駒町 字滝の里3-1)ではこれが顕著だ。一本松から車で数分の高台にあるこの商店街では、津波で被害を受けた小売店や、震災後に事業を始めた人々が、乾燥させた海藻や花の種、焼きイカ、衣類、食料雑貨などをプレハブの建物の中で売っている。この商店街で寿司屋を営んでいる阿部和明は、驚くほど新鮮で技巧に富んだ寿司を提供している。彼は、訪れる人々との会話を愛しており、安倍首相と一緒に写っている写真なども見せてくれる。

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阿部は、この商店街で営業し、すぐそばの仮設住宅で生活している多くの事業者たちの典型だ。セーフティーネットに感謝し、人々が足を運んでくれることを喜んでもいるが、未来に対しては不安を抱いている。商店街は数年以内に営業を停止する。政府からの助成金や、保険金を受け取れる見込み、銀行ローンに対する不安が重く肩にのしかかっている。

陸前高田の南に位置する女川の高台にも同様の商店街があり(宮城県牡鹿郡女川町浦宿浜字十二神60-3-7)、そこで茶屋を営んでいる小野寺武則と妻のあきこは、再建された中心街に常設の新店舗を構えて移転しようと計画している。女川町も津波で全壊したものの、中心街は早急に再建され、コーヒーショップやレストランが立ち並んだスキービレッジ風のモダンな街に変貌を遂げている。一本松と同様、小野寺夫妻の物語も奇跡的だ。津波が引き波になったときに、自身の店がある5階建ての建物の屋根にしがみ付いていた彼は、建物ごと沖へと押し流された。なんとか小さなボートに乗り込み、その後漁船に救出されたのだ。

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崇高な松の木から、地元の商店経営者まで、東北地方の沿岸部はサバイバルストーリーに溢れているが、それは営業を再開した地域の有名観光スポットも同様だ。宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)(宮城県石巻市渡波字大森30-2)には、17世紀に日本からヨーロッパやメキシコに向けて出航した使節船の実物大レプリカがある。小さな入り江に停泊していたこの船は、津波が来たときマストが折られただけで済んだ。「理論的には、このレプリカも浮いて当然だったんです」とミュージアムの職員は語る。「津波がそれを実証しました」。

地域復興のもうひとつの象徴となるのが、三陸鉄道だろう。津波により広範囲にわたって損害を受け、2014年に営業を再開した。岩手県沿岸を走るこの鉄道は、付近に住む人々にとって日常生活の中心となっていた。派手な塗装が施され、前向きな見た目をした新しい駅とともに戻ってきた列車は、生活を取り戻しつつある地域の象徴である。

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鉄道の新車両に乗ると、同地域の集落が高速で目の前を通り過ぎていき、海沿いの美しさや人々の営みがぼんやりとした残像を作り出す。海岸にはコンクリート板、クレーン車、ヘルメットをかぶった人々の姿が見える。繁盛している小さな飲食店や商店、そして生活を送っている住民の姿もある。いずれの人々も、前を向き、地域を盛り上げるために最善を尽くしているのだ。

Rising up again in northeastern Japan』の原文はこちら

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