熱海
Photo: ハム蔵(写真AC)

車いす目線で考える 第31回:熱海アクセシブルガイド

バリアフリーコンサルタント大塚訓平が考える、東京のアクセシビリティ

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例年であれば、関東地方ではちょうど桜が満開となる4月初旬に、コラムニストである伊是名夏子(いぜな・なつこ)さんの「JRで車いすは乗車拒否されました」と題する記事が公開され、各種SNSで炎上した。

12日、家族と友人、ヘルパーと共に静岡県熱海市の来宮(きのみや)へ旅行に行く際に小田原駅で、目的地の来宮駅には階段があり案内ができないことを理由に、JR側から熱海駅での下車を求められたことに対して、彼女が合理的配慮の対応を要望したことに関する、一連のやり取りが書かれた記事だ。この記事に対する反応は、現在の社会では賛否両論分かれる結果になった。

ネット上では難しいとは思うが、その批判が相手の立場を理解して、中庸といえるものであれば、質の高い議論も進むはずだ。しかし、今回の炎上でネット上で目にした批判には、「わがままだ」「感謝すべき」「クレーマー」といった、本人の人格否定にまで及ぶものがあったことは非常に残念で、心が痛む。ただ見方を変えれば、彼女から発せられた声により多くの人がこの一件を知り、社会に広く問題提起ができたことになる。

双方の対応や考え方に対しては実に多くの人が見解を示しているため、ここでは話題を少し変えて、伊是名さんが目的地の一つにしていた来宮神社を含め、車いすで熱海を楽しむ方法を紹介していきたい。伊是名さんと異なり、僕が手動の車いすユーザーであり、同伴者がいること、自動車を運転できることを前提としている。 

熱海市出身の大学時代の先輩に熱海のおすすめスポットを聞いてみると、以下が挙がった。

MOA美術館、起雲閣、来宮神社、熱海城、アカオハーブ&ローズガーデン、熱海サンビーチだ。

一つずつ、アクセシビリティの観点から解説していこう。今回のアクセシビリティ情報は、僕が各施設に直接電話をして、ヒアリングをしたものをまとめたものだ。

MOA美術館

建物3階部分に位置する駐車場に、車いす専用駐車場が用意されている。3階から入り各階へはエレベーターで移動ができるようになっているが、万華鏡のマッピング演出がある円形ホールや、相模湾を望めるムアスクエア、そして茶の庭へは、階段やエスカレーターしかないためアクセスができないことだけ把握しておこう。

MOA美術館では国宝3点を含むコレクションは全て写真撮影可能(フラッシュは禁止)。現代ではなかなかお目にかかることのない、『黄金の茶室』はもちろん、定期的に演能会が開催される能楽堂も見逃せない。

起雲閣

日本を代表する文豪に愛された、熱海三代別荘の一つ、起雲閣。駐車場はあるものの専用区画はないため、事前に連絡をしておくとスペースを確保してくれる。建物正面からは段差があるため、同伴者に受付してもらい、渡り廊下にあるスロープから入館しよう。

館内は回廊となっている。通路から見られる一部の和室や10数段の階段がある場所、太宰治が宿泊した2階には行けないが、大正から昭和初期にかけての美しい建築様式が見ることができる。特にローマ風浴室には、バリアフリー化のヒントが隠されているため、ぜひ見ておきたい。

来宮神社

鳥居の右側の坂道を上ると、途中左手にある駐車場(3つあるパーキングのうち、「P1」)がある。そこの身障者用駐車場に車を停めて、斎館の横を通ると、本殿前の広場に出る。左手にある社務所が入る参集殿という建物からエレベーターで2階に上がれば、本殿やパワースポットして有名な、樹齢2100年を超える大楠までアクセスできる。

大楠までの小路は幅が狭いため、声をかけ、譲り合いながら進もう。境内には一息つけるカフェが数カ所あるほか、ハートの形をしたフォトジェニックなスポットもあるので探してみよう。

熱海城

正面玄関前に身障者用駐車スペースが確保されており、係の方に車いすユーザーである旨を伝えると駐車できる。入り口にはスロープがあり、館内に入れば、地下1階から天守閣展望台のある6階までエレベーターでアクセス可能。

展望台からは相模湾が一望でき、天気が良ければ、伊豆半島や房総半島まで臨めるらしい。6階には多目的トイレも。ボールプールやトランポリン、ボルダリングなど子どもが楽しめるスペースが広がる地下1階には、ベビールーム(おむつ交換台、授乳室)も完備されている。

熱海城に隣接するトリックアート迷宮館にも立ち寄って、錯覚が生み出す面白画像を収めておこう。

アカオハーブ&ローズガーデン

車いすユーザーであれば、園内に自家用車のまま入ることができる配慮をしてくれている。無料駐車場ではなく、大型バスやマイクロバスの入り口の方に進み、ゲートを入ってすぐの受付で園内車両進入の許可をもらおう。

ガーデン内では、巡回するバスの邪魔にならないように道路の端に車を停めて、乗降を繰り返すことになるが、12のガーデンそれぞれを楽しむことができる(一部、階段しかない場所もある)。

世界最大の盆栽『鳳凰の松』がある日本庭園は必見。その隣にある、建築家の隈研吾が手がけたコエダハウス(COEDA HOUSE)では、絶景を望みながらカフェタイムを楽しめる。入り口に10数センチメートルの段差はあるが、アシストをリクエストすれば手伝ってくれるので安心だ。

熱海サンビーチ

サンビーチからムーンテラス、親水公園まで歩道がしっかりと整備されているため、潮風に当たりながら車いすで散歩するのに最適で、特に夜のライトアップがおすすめだ。しかし、スロープ設置済みの場所が限られている。場所を把握しておかないとかなり遠回りすることになるので、事前に調べておくのが無難だ。

この6のスポットのように、熱海には魅力的な観光スポットが多くあるが、地形上、坂道が多い街であるため、手動の車いすユーザーにとっては移動が困難になる場所も少なくない。しかし、各施設のハード面の整備や、さまざまな配慮によって旅行を楽しむことは十分にできる。

車いすユーザーは一つの旅行をするのに、一般の人に比べて事前調査にかなりの時間がかかる。こうした事情から各施設のウェブサイトや口コミサイトなどでは、バリアフリー関連情報の積極的な掲載をぜひお願いしたい。同じ車いすユーザーであっても、手動か電動か、あるいは車の運転の可否によって移動に関わる制約のレベルが変わることも周知する必要があるかもしれない。

誰もが安心して楽しく旅行できる社会は、行政や公共交通機関、あらゆる事業者、そして当事者を交えて、そのために何が求められるのか、建設的な議論ができる場を作ることから始まるのではないだろうか。

大塚訓平(アクセシブル・ラボ代表理事)

1980年、栃木県宇都宮市生まれ。2006年、不動産会社オーリアル創業。2009年に不慮の事故で脊髄を損傷。車いすで生活を送るようになったことで、障害者の住環境整備にも注力するように。2013年には、外出環境整備事業に取り組むNPO法人アクセシブル・ラボを設立。健常者と障害者のどちらも経験している立場から、会社ではハード面、NPOではソフト面のバリアフリーコンサルティング事業を展開中。

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