2022年世界のトレンド:培養肉がブレイク前夜?

カギは規制当局と顧客の「認可」

Amber Sutherland-Namako
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Amber Sutherland-Namako
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「何年か前まではまだ実現されていなかったから、SF(サイエンスフィクション)と呼ぶのが正しかったかもしれない。今シンガポールでは、人々はそれを買って食べ、チキンのような味がすると言っているよ」と語るのは、Eat Just社の共同設立者兼最高経営責任者(CEO)である、ジョシュ・テトリック。

チキンのような味のする「それ」とは培養肉、あるいは実験室育ちの肉ともいわれるものだ。サンフランシスコに本社を置くEat Just社は、鶏肉の細胞を採取し、アミノ酸、ビタミン、ミネラルを与え、それをピカピカと輝く大きなバイオリアクターの中で成熟させる。

テトリックは「最終的にできる製品は植物由来でも、キノコ由来でも大豆性でもない、本物の肉」と言い、こう続けた。「だから、もし鶏肉アレルギーの人がうちの鶏胸肉を食べれば、アレルギー反応を起こすだろう。ただ作り方が違うだけで、本物の鶏肉なんだ」

培養肉マーケットのポテンシャル

Eat Just社は、肉、卵、乳製品の代替品を推進する世界的な非営利団体であるGood Food Institute(GFI)がリストしている100社近い培養肉企業のうちの1社である。そのリストの中で最もよく知られているのは、カリフォルニア州のUpside Foods社。またインドのClear Meat社、オーストラリアのVow Food社、メキシコのMicro Meat社、イスラエルのAleph Farms社なども並んでいる。これらの企業は、食肉処理伴わない牛肉やカンガルー、アルパカ、あらゆる家禽(かちく)類の肉を生産する方法を編み出し、多くのタイプの肉製品の開発に取り組んでいる。

GFIのサプライチェーンマネージャーであるザック・ウェストンは「私たちの食糧システムが直面する課題、そして機会は世界規模であるため、この取り組みも本質的にグローバルなものになっています」と話す。その課題の一つは、現在シンガポールでしか販売と消費が許可されていない培養肉を、世界のより多くの人々に届けることだ。

培養肉メーカーの多くは、動物の食肉処理数と食肉生産に必要な天然資源の大幅な削減、食中毒を抑制、そして究極的にはより持続可能な方法で世界の食糧供給を行うという共通の目標を持つ。彼らの支持者や金銭的ステークホルダーたちは、動物を殺さなくて済むという明らかな利点や、土地や水の保全といった環境面でのメリットを挙げて、機運を盛り上げようとしている。

一方、批判的な意見もある。培養肉の生産には多くのエネルギーが必要なこと(これは変わる可能性がある)、初期の消費者向け価格が法外になり得ること(時間や製品規模とともに低下する見込み)、「肉」という言葉の品位を脅かす存在であることなどだ。これらの問題についての議論には十分な時間が必要だろう。

テトリックも自信を持ちながら、課題が多いことを感じているようだ。「これが世界の食肉になるのは必然。ただそれが今後10年から20年の間、あるいは200年の間に起こるのかが、見えない。我々の仕事はそれを200年よりも20年に近づけることであり、結果はこれからの数年で分かると思う」

規制当局に認可なしには始まらない

今後の展開のカギを握るのが、規制当局の認可だ。企業はどこまでも技術革新を続けることはできるが、その製品が消費者に販売、消費されることが許可されない限り、時代の波に乗ることはできない。

シンガポールで2020年12月から発売されている、Eat Justの『Good Meat』ブランドの培養肉チキンナゲットの市場参入を先導したのは、認可を出す立場のシンガポール食糧庁だった。しかし、ほかの地域での同様の機会の訪れがいつになるかははっきりしない。例えば、アメリカ食品医薬品局(FDA)の広報担当者は「現時点では、(培養肉の)市場参入の時期に関する質問には答えられない」という反応にとどまっている。

テトリックによると、これまでシンガポールで販売された同商品の注文数は700件程度。しかしデリバリープラットフォームであるfoodpandaのマーケティングおよびサステナビリティディレクターであるローラ・カンターによると、消費者の関心が低いというわけではないようだ。例えば、Madame Fanというレストランの培養肉を使った鶏団子、炒め物、サラダといった商品はしばしば売り切れになり、ほかにどこで買えるかという質問をよく受けるという。

培養肉の注目度の高さについて、カンターは「2022年は、シンガポールで培養肉が大きく成長する年になるでしょう。特に最近、さらなる培養肉製品の販売認可が出されてからは注目されています。今年以降、Good Meatの鶏胸肉を含む新しいタイプの培養肉製品が販売され、私たちのプラットフォームでも扱えるようになれば、ほかのメニューと同様にお客さまの間で人気を博すと確信しています」と教えてくれた。

ブレイクには顧客の「認可」も必要

シンガポールに住む、ナディア・アルサゴフとクリストファー・マンデン夫妻は2020年2月、発売直後の培養肉チキンナゲットを口にした経験を持つ。場所はメンバーになっているプライベートレストランの1880。彼らはマルチコースのディナーに招待され、特別な時間を過ごした。マンデンによると、メニューは「鶏の起源から、壊滅的な気候変動によって破滅する可能性のある未来までを概説した」ものだった。

彼はこう続けた「最後のコースは、世界の二大鶏肉消費国であるアメリカと中国を代表する2つの料理が登場しました。アメリカ料理はチキン・アンド・ワッフル、中国料理のはバオと自家製ホイズンソースです。どちらも鶏肉にパン粉を付けて揚げたナゲットスタイルの料理でした」

「培養肉は初めてだったので、香り、風味、食感をよく吟味しました。香りは鶏肉そのもので、味わいはチキンナゲットのよう。私たちが感じた唯一の違いは、食感です。一般的な鶏の胸肉と比べると、少し粒が立っているように思えました。これは、培養肉の筋繊維が通常の鶏肉よりも短いためでしょう。このように食感が若干異なるものの、完成度は従来のチキンナゲットとの見分けはつかないほど。商品が手に入りやすくなったら、自分たちも頻繁に買うと思います」

世界的なトレンドインサイトサービスであるWGSNの食品・飲料担当ディレクターでトレンド研究家のカーラ・ニールセンは、マンデンのような消費者の感想に注目している。「規制当局の認可の次に大事なのは、『顧客の認可』です。人々はそれを食べたいと思い、安全だと感じなければなりません」と、彼女は断言する。

長年食分野を研究しているニールセンは、培養肉が最近になって大きな話題となった理由をこう説明する。「培養肉がより現実的になってきているのです。10年前、5年前は情報はあっても、その実現は簡単ではありませんでしたが、今は科学でそれが可能になりました」

またニールセンは、培養肉への関心が高まっている背景には「一般消費者の意識改革」もあると指摘する。「人々は、『食べ物はどこから来ているのだろうか?』『食料品や消耗品の買い物はこれからどうすればいいのか?』『そうしたことを考え直す必要があるのだろうか?』などといったことを、考えざるを得なくなったのです。また、15年前にミレニアル世代が消費者市場に参入して、環境保護や公正な労働など、新しい価値観を持ち込んでいると見ています。つまり培養肉も、食料システムに対する考える上でのより大きな変化の一部として捉えることができるのです」

GFIのウェストンは、この分野にとって心強い味方と思われる英米の消費者を対象とした最近の調査結果に注目している。それによると調査対象者のうち、Z世代の88%、ミレニアル世代の85%、X世代の77%、ベビーブーマー世代の72%が、「少なくともいくらかは培養肉を試してみたい」と考えているようだ。

ウィストンは培養肉の市場拡大ステップは通常の食品と変わらないという。「多くの消費者は興味を持ち、好奇心を抱いています。ある食品を軌道に乗せるために本当に必要なのは、忠実なリピーターとなる少数のアーリーアダプターで、彼らを取り込むことでブランドを構築して、まずは研究開発に投資。その後、販売とマーケティングへの投資をするのです」

2022年でどこまで到達できるか

ウェストンはこの記事に登場した人々と同様に、培養肉の普及には、技術、生産、規制当局の承認、消費者の関心などにおいて、まだ長い道のりがあると警告している。しかし、シンガポールで認可されたGood Meatの培養肉のように、注目すべきベンチマークはある。今年はより多くの製品が市場に出回り、技術的な進歩も期待される。

培養肉が今置かれている状況についてウェストンはこう表現する。「毎年、なぜその年が培養肉発展の基礎となるのかについて、報告書やストーリーを書くことはできます。状況はどんどん科学的に説明できる現実に近づいていますが、私たちが到達するべき『段階』はまだ先にあります」

「段階」とはいくつかの異なる意味を持つ。世界的に有名なシェフ、ホセ・アンドレス(Eat Just社の役員)は、アメリカで培養した鶏肉が合法化されたら、彼のメニューの一つにGood Meatの製品を取り入れる予定だという。

テトリックは、培養肉がスーパーマーケットで簡単に手に入るようになる未来を想像し、ウェストンは培養肉メーカーが現代の人が味わったことのないタンパク質を製造する時代が来るだろうと予想。カンターによるとfoodpandaは他市場への進出を視野に入れているという。またニールセンは、複製されるのは肉だけでなく、チョコレートやコーヒーといったものもあると指摘する。

テトリックは、培養肉の未来をこう考えている。「今は『培養肉』(もしくは『養殖肉』)という言葉を聞くとちょっと変に感じるだろう。少し奇妙で、慣れるのが難しい。最終的にはこれがつまらなくなるようにしたいだ。ただの肉に興味なんて持たれても困る。夕食に食べるだけのものなんだから」

彼が考えているような培養肉が普通になる未来は、もうすぐそこなのだろうか。

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