2022年世界のトレンド:ABBAが変えるライブ音楽の形

「アバター」コンサートのポテンシャル

テキスト:
Alim Kheraj
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さあ、ベルボトムのほこりを払い、厚底ブーツを引っ張り出し、ひげを伸ばして、髪形をフェザーカットにする時だ。なぜかって? それはあのスウェーデンのポップグループ、ABBAが復活したからだ(ここで「SOS!」と口ずさもう)。それも、単に40年ぶりのアルバムをリリースするためだけではない。1982年の解散以来初めてとなるコンサートも開催される。ただし「ある種」の、だ。

ABBAの音楽へもう一度感謝を伝えられるチャンスが訪れるのは、2022年5月。彼らは、ロンドンのクイーン・エリザベス・オリンピック・パーク近くの専用アリーナで、レジデンス型コンサート『ABBA Voyage』をスタートさせる。10人の生バンドをバックに、『マンマ・ミーア』『ザ・ウィナー』『恋のウォータールー』といった往年のヒット曲をはじめ、プラチナムセールスを獲得しているニューアルバム『Voyage』からの楽曲も披露する予定だ。

アバターでの「没入型デジタルコンサート」

このコンサートついて、一つだけ奇妙なことがある。それは、ABBAのメンバーが「実際には」ステージにいないということ。そう、『ABBA Voyage』は普通のコンサートではないのだ。

『ABBA Voyage』は、いわゆる「没入型デジタルコンサート」。「ダンシングクイーン」であるアグネッタ・フェルツクグとアンニ・フリッド・リングスタッド、楽器演奏を担当し、曲も書くベニー・アンダーソンとビョルン・ウルヴァースらは、デジタルアバターとなり、バーチャルパフォーマンスを行う。この企画のために特別にデザインされたアバターの呼び名は、すばり「ABBAtars」だ。

ABBAtarsは、グループの全盛期だった1970年代のメンバーの姿を踏襲している。60歳代後半から70歳代になった今の彼らではなく、ユーロビジョンを席巻し、その後の50年間で4億枚のレコードを売り上げることになる音楽的レガシーを築き上げ始める頃の彼らだ。

ABBA Voyage
Photograph: ABBA Voyage

アバターは「ホログラム」とは違う

実際のスターが登場しない「バーチャール」エンターテインメントというと、コンピューターで生成されたホログラムを使うものを思い出すかもしれない。ホログラムは、2012年の『コーチェラ・フェスティバル』のステージにおいて、その15年前に殺害されたトゥパック・シャクールをよみがえらせることに使われて以来、ライブ音楽業界を騒がせてきた。2014年のビルボード・アワードでは、ホログラムのマイケル・ジャクソンが登場。もうこの世にいないロイ・オービソンやホイットニー・ヒューストンが「ホログラムツアー」を行ったことも記憶に新しい。

故人をデジタルで復活させることについての反応には、驚きと反発が入り混じりがちだ。2016年に他界する前、プリンスはホログラムについて「想像し得る限り最も悪魔的なもの

......そして私は悪魔ではない」と発言。オービソンとヒューストンのツアーに対する評価もさまざまで、ある評論家は、故人の遺産を活用した「悪趣味な換金行為」と評している。

『ABBA Voyage』には本人たちが参加

『ABBA Voyage』に登場するABBAtarsたちは、こうしたコンピューターで生成されたホログラムとは違う。さらに言うと、「故人」をよみがえらせたホログラムではなく、アーティスト本人の参加があるという点で大きく異なるといえる。

このユニークなライブ音楽体験を実現するため、ABBAのメンバーは、2年以上準備してきた。協業したのは、『スター・ウォーズ』の生みの親であるジョージ・ルーカスが設立した視覚効果会社のクリエーターや技術者たちだ。

『ABBA Voyage』のディレクターであるベイリー・ウォルシュは、Zoomで次のように話してくれた。素晴らしいのは、彼らが参加していること。これは故人のコンサートではないし、我々は生きているメンバーと一緒にコンサートを作っている。彼らが多くの時間を費やして撮影したものが、核となり魂となるのだ。本当に素晴らしい4人とのコラボレーションは、私にとって大きな喜びでしかない」

96分間のコンサートで披露される曲の演奏パートは、5週間かけて撮影された。モーションキャプチャーのために用意されたカメラは160台。「(振付師の)ウェイン・マクレガーが、メンバーのためにベーシックな振り付けをしてくれた。その後、ウェインは若い『替え玉』を使った2回目の撮影で、振り付けの動きをよりオーバーにしたんだ。基本的には同じ振り付けなのだけど、より複雑で、若くするためだ」と、ウォルシュは振り返る。

ウォルシュは、ABBAにとってホログラムが適切な手段でなかったもう一つの理由として、技術が未熟だったことを挙げる。「とてもロボット的でデジタルな感じがする。うそっぽいし、技術的にも限界があった。ホログラムは使用できる光や使用方法に制限があることが、ホイットニーの例を見ればよく分かる。他人の頭を体に乗せて3Dにするだけでは十分なものはできない」

ライブ音楽へのアバター技術の活用

ABBAが今度のコンサートで使う技術のポテンシャルは、非常に大きいといえる。国際的なライブ音楽ビジネスに焦点を当てたメディアであるIQマガジンのニュースエディター、ジェームス・ハンレーは「スターを永遠に生きさせる方法だ」と表現し、こう続けた。「音楽ソフトの世界では、何年も前のカタログ盤がリパッケージされて再リリースされるが、ある意味それと同じようなもの。レガシーを強化し、継続させるための方法となる」

この技術を使えば、理論的にはマドンナ、ポール・マッカートニー、ローリング・ストーンズ、ジェイ・Zなどのアーティストが先を見越し、今の自分を記録して後世に残しさえすれば、他界後にアバターとして仕上げて、ステージ上によみがえらせることも可能だ。ハンレーは「反対する人もいる。でも、賛成して自分がいなくなった後もずっと生きられるようにするために、今準備をしたいと思う人もいるだろう」と指摘する。

ハンレーは、もしABBAのコンサートが成功すれば、より多くのアーティストがそれに続くようになると考えている。しかもこの技術は、スターを死からよみがえらせるためにも使われるだろうと思っているようだ。

「一番有り得そうなのは、デヴィッド・ボウイだろうね。彼はこのような企画に適したさまざまな切り口を持ち合わせている。いろいろなことができるはずだ。ビートルズもいいかもしれない。彼らは過去50年間で一度も演奏していないバンドであり、実は解散までの4年間はツアーもしていないんだ。ビートルズにとって最も色濃い時期だったあの頃の彼らが再現できれば、かなり素晴らしいものになると思う」

ABBA Voyage
Photograph: Baillie Walsh

主役は音楽

ただ、ウォルシュはこの技術をあまり過信していないようだ。「人はテクノロジーに飽きてしまうと思うんだ。技術オタクや私のような映画製作者にとっては非常にエキサイティングなことでも、一般の人はそれほど興味を示さないだろう。彼らが実際に求めているのは、素晴らしいエンターテインメント。我々の企画が素晴らしいのは、生バンドがいることで、常に緊張感と美しさが加味される。観る人を歌わせ、踊らせ、泣かせることができれば、きっと最高のコンサートになる」

当然、コンサートの良し悪しは、最終アウトプットで決まる。『ABBA Voyage』のステージでどのようにABBAtarsが表現されるかは、今は厳重な秘密とされている。しかしウォルシュは、このコンサートが何らかの形でABBAの物語を表すものとなり、曲ごとに異なるテーマが与えられると予告している。

ウォルシュはコンサートについてこう表現する。「過去にさかのぼって、1979年のエネルギーを現代に再現する。2022年に若き日のABBAを登場させ『今のABBAは誰だろう』と問いかけるのだ」

その答えは、シンプルかもしれない。現代のABBAはきっと、ABBA自身だろう。彼らは今でも偉大なポップグループだ。たとえABBAtarsが今後何年にもわたり、コンサートの来場者に悪夢を見せるような怪物的な存在になったとしても、ABBAの音楽は変わらないだろう。彼らの楽曲は永遠に楽しくて、感情を揺さぶり、ダサさとカッコよさの中間にあるような楽しいポップスで、誰もを魅了し続けるのだ。

「彼らの音楽がこれほどまでに愛され、生活の一部になっているからこそ、このコンサートが共同体験として成立するのだと思う。見せ場は音楽であり、(コンサートが終わる頃には)目に見えたものは、うれしいおまけぐらいに感じるだろう」

原文はこちら

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