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最近、都内各地の路上に不定期で出店する、花屋の屋台があるという。
その名も「花泥棒」。
それをずいぶん前に担当編集から聞き、「時節が折り合えばいつか取材したいものですな」などと言っていたのだが、果たしてその日は突然訪れた。
その日、友人の引越しを手伝っており、37度超えの酷暑の中、汗まみれになりながらどうにか一通りの搬入作業を終え、「いやぁ、もうビールっしょ。ガロン単位で飲むっしょ」などと騒いでいたところ、担当編集から緊急要請があった。
「今夜、うわさの花屋が代々木八幡の駅前にあらわれるので取材に行ってくれ」というので、泣く泣くビールをあきらめ、ヘロヘロの体を引きずりながら現場へと向かったのであるが、来てよかったと心から思った。こんなに格好良くて面白いことをやっている人が世の中にいるのかと感銘を受けた。

イケてる屋台、イケてるロケーション
われわれ取材班が代々木八幡駅に到着した20時頃、まだうわさの花屋はいなかった。そうして30分ほど過ぎたころ、ついにその人が現れた。じつに感じのいい人物で、取材も快くOKしてくれたが条件が一つ、匿名の活動ゆえ顔出しNG、素性にまつわる記載もナシということであった。
なのでここからは、Xという仮名を用いて記述していくことにする。代々木八幡駅のちょうど真ん前で、Xはいそいそと屋台を組み上げ始め、20分ほどかけてついに完成したその屋台は、「すげえクール」というにやぶさかでないルッキング。完成したばかりの屋台の前で、さっそく話を聞いてみた。

まず、屋台のヴィジュアルがイケてますね、という忌憚(きたん)のない意見を述べたところ、Xは誠実そうな眼差しを向けながら熱を込めて語ってくれた。
「出店する場所もどこでもいいというわけじゃなくて。今日だったら代々木八幡駅の看板と、提灯と、スケートデッキが、道路側から見たときにちょうど三角形になってカッコいいかなって思って、ここにしました。街の中に花屋台がインストールされるみたいなイメージでやっていますね」
今日、本当は20時には屋台の組み立て準備にとりかかる予定だったそうだが、いい感じの場所が見つからず、山手通りをずっと車で回っていたらしい。場所を選ぶポイントは、花屋台が映えるスポットであること、道幅が広くて通行人に迷惑がかからないことだそうだ。とはいえ、やはり無許可出店ゆえに、近隣住民の通報を受けて退去させられることもしばしばあるという。

「警察が来たら即撤収ですね。通報率は場所によりけりなんですけど、屋台をセットした瞬間に来たこともあります。この活動は儲けようと思ってるんじゃなくて、インスタレーションとしてやっているんですよ。なので警察が来たときは動画を撮って、インスタのストーリーズにアップしてます。それも含めてインスタレーションだと思っているんで」
Xはとても聡明な人で、実によどみなくスラスラと喋るのだが、ここで少し間を置き、眉をひそめながらこう続けた。
「でも、知らない人が怖いっていうのもめっちゃ分かるんですけど、正直『ケツの穴狭くない?』とか思っちゃうんですよね。なんか世の中おかしくない?みたいな」
ウ~~~~ム、支持。まったく共感しかない。
日本人は花に興味なし?
では、通行人の反応はどのようなものなのか尋ねてみたところ、屈託のない笑みを浮かべながら「日本ってみんな、花、興味ないっすね!」と答えた。Xはかつてバックパッカーとして世界中を旅して回っていたそうだが、欧米のどの国に行っても花が生活に根付いていることに驚いたのだという。
「たとえば海外で道を歩いていると、花を持っている人って必ず2、3人は見かけるんですよ。あと花売りもたくさんいる。セルビアに行った時、おばあさんがその辺に生えてる花を摘んで、それをバケツに入れて路上で売ってるのを見たんですけど、通行人も普通にそれを買ったりしてるんですよ」
「日本は、いけばなっていう600年ぐらい歴史ある文化があって、四季折々の花もたくさん楽しめる国なのに、みんな全然花に興味がない。花見シーズン以外はマジで花を見ないっすね。だからこういう活動で、『花きれいだな』とか思ってもらったり、花に携わるキッカケが作れたりしたらいいなって思っているんです」
ウ~~~~ム、実に素晴らしい動機である。

面白カッコいいクルー
ここからは、花泥棒の背景について聞いてみた。
花泥棒は2020年1月に結成されたフラワースタイリストのチームで、X以外にもさまざまなメンバーがいるそうだ。普段はイベントや撮影、楽屋花などのクライアントワークを行い、そこで余った花をこうして路上販売している。だから不定期の出店で、売れ行きが芳しくなくとも赤字にはならないとのことであった。
また、花を購入した際に包む新聞紙もなんとオリジナル。スポーツ新聞と経済新聞をパロった『日本泥棒新聞』を制作しているのだ。うそのニュースやインタビュー記事など趣向を凝らした記事がズラリと並んだソレは、さながらZINEのような仕上がりになっている。聞くと、チーム内に、花には詳しくないが文章が上手いメンバーがいて、その人にいろいろと書いてもらっているという。


ほかにも、アパレル経験のあるメンバーがオリジナルのTシャツとソックスを作っていたり、「フラワーボム運動」と銘打ってグラフィティーのごとく街角を花で飾り付けたり、クルーとしてめちゃくちゃ面白カッコいい。ストリートカルチャー、ユースカルチャーとしての花をきわめて誠実に模索している。

「日本でカルチャーっていうと、だいたい映画、音楽、ファッション、漫画、アート、建築あたりのことを指すじゃないですか。で、その中の一つが好きだったら、ほかのことも何となく知っていたりしますよね。でも、花ってみんな全然知らないんですよ。めちゃくちゃ面白いのに、全然興味を持たれてない。それが悔しくて。お花を、古着とかコーヒーとかレコードとかのレベルまで持っていきたいですね」
ウ~~~~~ム、最高。アティチュードとしてマジで素晴らしすぎる。
Xが語る、花の魅力
かくしてXの話にすっかり魅了されたオレは、オリジナルソックスと、「コンサートベル」というヒマワリを購入した。段々に咲いたボリューム感あるルックスが気に入ったのだが、コレはなかなか市場に出ないレアものなのだそうだ。毎日水を換えること、そしてもし余裕があれば茎の先端を少しずつ切り落とすなどアドヴァイスをいくつかもらい、花を包んでもらう。

「花のいいところって、枯れてもめちゃくちゃ落ち込んだりしないところだと思うんですよ。たとえば飼ってる犬とか猫が死んだら凄くつらいじゃないですか。生きているものを、いつか死んでゆくものを身近に置くって経験を、ワンコインでインスタントにできるって、花の魅力だと思います。あと部屋もオシャレになるし」

そうして手渡された花を抱え、われわれは代々木八幡駅を後にした。花を抱えて街を歩くというのは思った以上に気分のよいことだった。花泥棒はマジで面白カッコいいことをやっていると思う。オレは花泥棒の活動を真実真正、完全に支持する。
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