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2011年から2025年の間に制作された絵画・コラージュ・彫刻・ビデオなどを展示

ファッション界に多大な影響を与えながら、「匿名デザイナー」として謎に包まれてきたマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)。2008年に自身のブランドのデザイナーを退任後、アーティストとして活動する彼の日本初となる大規模個展『MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE』が、2026年4月11日(土)から29日(水)まで開催される。
会場となるのは、1927年に建てられた重要文化財「kudan house」。アーチ型を用いた素朴で温かみのあるスパニッシュ建築様式の邸宅を舞台に、平凡なものを非凡なものへと変容させるマルジェラのアートワークが鑑賞できる貴重な機会だ。
1957年にベルギー・ヘンクで生まれたマルジェラは、数々のファッションデザイナーを輩出する「アントワープ王立芸術学院」でファッションを学んだ。1988年に行われたデビューショーでは、モデルの顔を布で覆うなど、従来の型をさまざまな仕方で打ち破り、大きな話題を呼んだ。
デビュー後は数々のアイコニックな創作物を発表し、日本の足袋から着想を得た「タビブーツ」は、もはや彼の代名詞として広く知られている。さらに、ブランドタグの代わりに施された4本のステッチや、縫い目をあえて表に出す手法などでラグジュアリーの定義を塗り替えていった。そんな彼の型破りなアプローチは、ハイファッションそのものの概念を揺るがすものだった。
マルジェラのアーティストとしての活動は、ファッションデザイナー引退後に本格化し、近年では世界各地で作品を発表している。今回の展覧会では、会場の床や壁全体をビニールシートで覆い、展覧会そのものを制作途中であるかのように見せることで、従来の展覧会の定義を問い直し、来場者の期待を良い意味で裏切る。
平面作品は壁に立てかけられ、制作途中に特有のダイナミズムがそのまま表現されている。未完成の状態を見せる手法は、マルジェラがデザイナーとして活動していた頃から用いており、未来に対して固定的な捉え方をしない点で興味深い。
それぞれの作品は異なるコンセプトを持つが、同展はマルジェラ自身がキュレーションおよび舞台美術を手がけているため、会場を後にする頃には捉えどころがないとされる彼の、しかし一貫したテーマが浮かび上がるようになっている。ここでは作品の一部を紹介する。
通路にさりげなく置かれた「幻」や「亡霊」といった意味を持つ『Phantom』と名付けられた作品は、一見すると何も置かれていない白い台座に見える。しかし、上部に目を向けると、かつて上に乗せられていた物体の設置面が鉛で塗られていることに気が付く。
台座に貼られたキャプションには、かつてそこに置かれていた物体の説明が書かれている。観客はその言葉を頼りに、実態のない対象を頭の中で思い描くことになるが、頭の中に現れるのは鑑賞者ごとに異なる多種多様な、まるで亡霊のイメージだ。
浜辺で拾い集められた朽ちたビーチサンダルを切り貼りし、新たなアイテムへと再構成する『Shore Shoes』のシリーズもまた、マルジェラのデザインに通底する思想がアート作品として昇華された例。見慣れた物や誰も見向きしない物へのまなざしを向ける姿勢は、彼のクリエーティブを貫くものだ。
ささやかな物事への着目は、『Black Nail Model』や展覧会のビジュアルに用いられているデオドラントの作品にも通底している。いずれも、日常にありふれた対照をモチーフにしながら、ドイツの伝統的な陶磁器工房の職人との協働によって最作されたものである。時間と手間をかけて丁寧に形作られることで、見過ごされがちな物体そのものの価値が浮かび上がってくるだろう。
マルジェラが絵画やコラージュ、彫刻など多様なメディアを軽々と横断している点にも注目したい。『Light Test』は、マルジェラが繰り返し扱ってきた髪の毛をテーマとする映像作品だ。画面には、顔が映し出されそうで決定的には映らない女性の姿が現れ、ふと表情が見えたかと思えば、顔面は髪によって覆い隠されている。その滑稽さに思わず被写体のモデルが吹き出してしまうのだが、その瞬間すらも作品の一部となっているのが彼らしい。
こうした偶発的な反応を肯定する態度は、初期のショーを思い起こさせる。モデル同士がランウェイ上で微笑み合ったり、観客とアイコンタクトを取ったりする演出をすることで「無表情で直線的に歩くモデル」という慣習を揺さぶった。そこでは、モデルは感情や人格を持つ存在として見られたのだ。
同展を通して強く感じるのは、マルジェラが人体から多くのインスピレーションを受けているということだ。その背景には、理容室を営んでいた父親の元で育ち、幼少期から切り落とされた髪の毛などが身近にあった経験があるからだろう。
それを示すのが、髪の毛を植え付けられた球体が並んだ『Vanitas』だ。同作は、4つの球体は黒髪から白髪へとグラデーションになるよう配され、加齢や時間の流れについてストレートに提示する。
さらに、人物のトルソを鋳造した作品『Torso』の制作過程で、マルジェラが工房で発見した石膏の鋳型を並べた『Mould(S)』は、プロセスそのものの美しさを見せると同時に、見えない存在を感じようとした『Phantom』の主題ともリンクする。
会場を後にする頃には、マルジェラのファッションから現在の作品に至るまで、一貫して流れている思想が立ち上がってくるだろう。当たり前だと思っていた物事の意味のあり方が、組み替えられていくのを感じるはずだ。
かつて私邸であった建物の各部屋に作品が調和するように展示され、マルジェラが重んじてきたプライバシーの感覚を反映する同展。親密な雰囲気の中で、一つ一つの作品とじっくりと対峙してほしい。
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