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日本翻訳文学の現在地、『BUTTER』『ババヤガの夜』が英米でベストセラー入りした背景とは

柚木麻子・王谷晶・桐野夏生・小川哲らを迎えた「国際文芸フォーラム 2026」が開催

Masataka Ito
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Masataka Ito
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国際文芸フォーラム2026
Photo: Masataka Ito | 左から鴻巣友季子、柚木麻子、王谷晶、サム・ベット
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2026年2月12日、文化庁が主催する「国際文芸フォーラム2026」が御茶ノ水で開催。「第10回文化庁翻訳コンクール」の授賞式とともに、海外で注目を集める作家や翻訳家らを招いて、2部制のシンポジウムが行われた。会場には約400名が集まり、日本の翻訳文学への注目度の高さがうかがわれた。

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Photo: Masataka Ito文化庁長官の都倉俊一と第10回文化庁翻訳コンクール現代文学部門(英語)優秀賞受賞者のジョセフ・サバティーノ(Joseph Sabatino・左)、 同古典文学部門(英語)最優秀賞に輝いたヒンツマン・ライアン(Ryan Hintzman・右)

イギリスの翻訳書籍売上トップ50の約半数が日本文学 

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©️国際文芸フォーラム2026英米の翻訳文学界を沸かせた3人が揃って登壇した

シンポジウムの第1部「作家×翻訳家の共鳴力~世界に向けて『推し』を叫ぶ~」では、翻訳家であり文芸評論家の鴻巣友季子がモデレーターを務めた。

また、『BUTTER』がイギリスで4つの賞を受賞し38カ国での翻訳出版が決定している柚木麻子と、日本人初の英国推理作家協会(CWA)のダガー賞翻訳部門を受賞した『ババヤガの夜』の作家・王谷晶、同作を翻訳したサム・ベット(Sam Bett)が登壇。『BUTTER』の翻訳家であり、第1回JLPP翻訳コンクールの最優秀賞に選ばれたポリー・バートン(Polly Barton)がビデオメッセージを寄せた。

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Photo: Masataka Ito鴻巣友季子 2025年12月に『なぜ日本文学は英米で人気があるのか』を刊行

現在、英米における日本文学の勢いはすさまじい。シンポジウムの冒頭、鴻巣はイギリスの翻訳小説の売上トップ50のうち、約半数の23冊を日本作品が占めたというリサーチ会社ニールセンの調査結果(2025年1週~21週)を投影。これら日本作品を次の4つに分類した。「現代文学を牽引(けんいん)する女性作家」「古典を支える男性作家」「世界的人気のミステリー」、そして猫や喫茶店、図書館が登場する癒やし系の「ヒーリング・フィクション」である。

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Photo: Masataka Itoサム・ベット 『ババヤガの夜』をはじめ数々の日本文学の翻訳者であり、第2回JLPP翻訳コンクールの最優秀受賞者

中でも、女性作家の人気ぶりが目立つ。ひと昔前まで、日本から「輸出」された文学は谷崎潤一郎や川端康成、三島由紀夫など男性ばかりだった。ベットはかつての文壇は「男祭り」だったと言い、アメリカでも読者の多くが女性であることをふまえると、その非対称性が時代の流れの中で是正されてきたことを指摘した。

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Photo: Masataka Ito王谷晶 ダガー賞受賞の下地には北野武や三池崇史の映画、ゲーム『龍が如く』のヒットがあったという

しかし、一口に女性作家の作品といっても一様ではない。王谷はイギリスでの自作の評価を問われ「やくざという男の世界で女性が主人公の物語、それを女性が書いたことがフックになったのでは思います」と語る。対して柚木は、「日本では女性の物語として取り上げられることの多かった『BUTTER』が、イギリスでは女性が押し出されることなく、より硬派な人間ドラマとして受け止められた感じがします」と、日英の受容の違いを披露した。

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Photo: Masataka Ito柚木麻子 『BUTTER』に続いて『ナイルパーチの女子会』の英語版翻訳が決まっている

翻訳家が支える現在の日本翻訳文学ブーム

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Photo: Masataka Itoポリー・バートン 『BUTTER』のほか市川沙央、津村記久子などの作品の翻訳を手がけける

日本語で書かれた小説が英語圏で出版されるに当たり、翻訳家が重要となってくるのは言うまでもない。柚木も王谷も、互いの翻訳家に深い信頼を寄せるとともに「翻訳の力」が自作に加わったことが、英米で広く受け入れられる要因になったと感じている。

また鴻巣は、翻訳家が日本文学を海外へとプロモートするスカウトの役割を担っているというイギリスの編集者の言葉を紹介。現在のブームは、膨大な出版物の中から「今、これを訳すべきだ」という情熱を持って作品をすくい上げて「推す」翻訳家の存在が支えているのだ。

なぜ今、日本の「女性作家」が世界を席巻するのか

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©️国際文芸フォーラム2026シンポジウムの第2部には、左から新井宏、桐野夏生、小川哲、森健一が登壇した

シンポジウムの第2部「文芸のポテンシャル~作家と語るグローバルビジネスのフロンティア」には、2003年にいち早く『OUT』の英語版が出版され高い評価を得た桐野夏生、同じく作家の小川哲、日本の翻訳出版の多くを手がけるタトル・モリ エイジェンシー社長の森健一が登壇。文藝春秋でライツビジネスを扱う新井宏がモデレーターを務めた。

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Photo: Masataka Ito新井宏 村田沙耶香『コンビニ人間』の英訳版の登場で翻訳文学シーンが劇的に変わったという

新井は、世界中の出版社で特に優秀な編集者は圧倒的に女性が多数であり、翻訳小説に関心を寄せているのも彼女たちだという。一方で、LGBTQや社会問題に対して鋭い問題意識を持って書かれた作品も、女性作家のものが多い。日本でも自然と女性作家へのオファーが集中すると、翻訳小説の主流が女性作家の作品である背景を説いた。

また、純文学からエンターテインメント小説が増えていることについては、漫画やアニメなどから日本語を覚えて翻訳家になった若い世代が育ってきたことにも起因するという。

作家も知らない英語圏での翻訳出版への道筋

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Photo: Masataka Ito小川哲 日本翻訳文学の次代を担う作家と目されている

英米で日本の女性作家の作品が脚光を浴びる中、次に期待されるのは男性の現代小説だ。小川は今勢いに乗る人気作家の一人だが、作品は中国や韓国でのみ翻訳されている。小川自身は「どういうプロセスで英語に翻訳され、出版されるのか分からない」と言う。

この発言に対し新井は、「中国語や韓国語と、英語を中心とするヨーロッパ言語への翻訳というのは全く別物で、ハードルがいくつもある」と答えた。加えて出版社から作家への説明が十分でないことに触れ、作家と出版社、エージェンシーとのインフラ整備をしっかり構築していかなくてはならないと応じた。

日本の翻訳文学のさらなる発展に必要なこと

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Photo: Masataka Ito桐野夏生 新井曰く『OUT』の英訳発売は野茂英雄がメジャーリーグに挑戦したぐらいのインパクトと称えた

日本の読書人口が減り、本が読まれなくなっていく中、日本語をツールとする作家の収入も細っていくばかりだ。持続可能な作家活動を続けるためにも翻訳は、一つの光明となる。桐野は「作家が海外市場を意識し、戦略的に書いていくことも必要になるでしょう」と語った。

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Photo: Masataka Ito森健一 エージェントとして『BUTTER』に続く次の作品を探している

森は日本の翻訳小説が流行しているといっても、アメリカ市場で翻訳書が占める割合はわずか3%、イギリスに至っては1.5%でしかないと言う。

日本の翻訳文学がさらに発展するには、出版社、エージェント、そして作家が三位一体となって情報を共有し、海外の出版社に売り込むサンプル訳を制作するための翻訳家への支援策も求められる。

かつての村上春樹「一強」時代を経て、多様な作家の個性が花開こうとしている日本の翻訳文学。作家と翻訳家が共鳴し、新たに「世界文学」をデザインしていく作業は、これからも国境を超え、読者の心をますます揺さぶり続けるだろう。バートンやベットが訳した小川の小説が、英語圏の読者を楽しませる日を早く見てみたい。

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