9月に入ったが、初日から暑すぎる。東京はこの酷暑から少しずつ解放されるのだろうか。いずれにしても、今月もジャズをキーワードにした熱狂的かつ多彩な公演が並んだ。
ニューヨーク発の名門フェスティバルから、下北沢の小さなクラブの周年イベント、そして世界的ジャズミュージシャンの来日公演まで。それぞれ特別な時間を約束してくれるであろう、スケールもスタイルも異なる5つの夜を紹介する。

予定調和からの脱却を目指した6周年フェス、日本ジャズの新章へ
タイムアウト東京 > 音楽 > 馬場智章×No Room For Squares店主対談「音響特区」が特別な理由
ジャズ喫茶でありジャズハウス、そしてレコードバーでもある下北沢「ノールームフォースクエアーズ(No Room For Squares)」。日本の現代ジャズシーンを支えている同店が6周年を迎え、ジャズフェスティバル「音響特区」を2025年9月22日(月)・23日(火・祝)に同じく下北沢「アドリフト(ADRIFT)」で開催する。
周年イベントを飛び越して、フェスティバルを主宰する理由とは何なのだろうか。それを解き明かすべく、店主である仲田晃平と、ノールームフォースクエアーズで定期イベント「BaBaBar」を行い、「音響特区」にも出演が決定しているサックス奏者・馬場智章の対談を企画した。
馬場についてはもはや説明不要かもしれないが、映画『BLUE GIANT』の主人公の演奏を担当した、気鋭のジャズミュージシャンだ。
対談は、同店の6年間の振り返りや「音響特区」というイベントについてはもちろん、ジャズシーンの未来についても及んだ。本記事が誰かにとって、ジャズという世界の入り口になればと願う。そしてぜひ、「音響特区」に足を運んでみてほしい。
関連記事
『音響特区』
『東京、9月に行くべきジャズイベント5選』
―ノールームフォースクエアーズの6周年記念フェスティバル「音響特区」の開催が迫っています。これまで総ライブ数1155 回、総出演ミュージシャンのべ4823人、総来場者数延べ2万7810人と、多くの音楽家とお客さんをつないできたことがうかがえます。そもそも、なぜ店を始めようと思ったのですか?
仲田:もともと「日本のジャズシーンでくみ取れていないものがある」と、自分自身が関わりながら思っていたんです。例えばジャズライブハウスはライブが中心なのでドリンクへのこだわりが弱く、逆にドリンクがおいしいとされるオーセンティックバーは有線放送をかけている。
特に東京はライブハウスかレコードバーか、という二極化。その一方で地方に行くと、ジャズ喫茶がライブを主宰していたりする。不思議ですよね。だから、東京でジャズ喫茶とライブハウスをやろうと思い立ったんです。
―馬場さんは、ノールームフォースクエアーズにどんなイメージをお持ちですか。
馬場:出演者との関係性が近いですよね。あと、ライブの時間以外はバーでもあり、客層も広いですし、若い人たちや僕らと同世代が集まりやすいと思います。
―都内では、ほかにどんなジャズライブハウスに出演されていましたか?
馬場:僕は出身が北海道・札幌ですが、10代の頃から東京でお世話になっているのは六本木「アルフィー(alfie)」や、当時南青山にあり、現在は渋谷に移転した「ボディ&ソウル(BODY&SOUL)」などですかね。第一線のジャズミュージシャンが演奏してきたお店ですが、ママさんたちが若い子を育てよう、支えようと僕もたくさんのチャンスをいただきました。
先輩ミュージシャンや音楽関係者、音楽ファンが今のシーンを形作ったように、自分たちも10~20年かけて新しい土壌を作っていきたいですね。
―仲田さんが書いたnoteを拝見すると、オープンからの6年でいろいろな紆余(うよ)曲折があったようですね。
仲田:オープンして1年目からコロナ禍で財政面や体力、精神的にもしんどかったです(笑)。でも、馬場くんをはじめとした日本人ミュージシャンがアメリカから帰国して、日本で活動し始めたのは大きかった。
馬場:コロナ禍に帰ってきて、「平日もライブを入れた方がいいのか?」とか「どんな人を出演させたらいいんだろう?」と仲田さんが悩んでいたのを何度も見てました。
仲田:というのも、僕が「新しい価値観でやります」と宣言して始めたとしても、それを浸透させるのには時間がかかる。だから「新しい仕事場ができた」くらいの感覚の人が多かったと思います。
そんなときに「日本で新しいことがしたい」とか「海外的な感覚でギグをやっている店がない」という部分で、同じ意識を持った人と共鳴できたことが今につながっていますね。
―ここで馬場さんは、主宰イベント「BaBaBar」も企画されていますね。シートチャージ1,000円とチップという破格な価格設定が特徴ですが、これについては?
馬場:間口を広げたいのと、実験的なことを試させてほしいという意味でこの価格帯にしているんです。これはNo Roomがバーとしても営業しているからこそできることだと思います。あとは、機材や音響設備が整っており、エレクトロニックなことができるのも可能性を広げているのかなと。
―1970年代には「新宿ピットイン」で朝の部(昼12時スタート)がありましたよね。そこも若手が育つ場になっていたと聞きます。
仲田:確かに。時代によって、そういう場所があるのかもしれません。
馬場:ピットインは今でもわりと前衛的なライブとかもやってますからね。No Roomにも出ているミュージシャンは、この小さい規模で何を表現するかを考えて演奏しています。
―今では、世界中からNo Roomを目指すお客さんがいるとか。私も、以前来た時に隣に座っていた外国人にどこで店を知ったか尋ねたら「ニセコで友達に聞いて来た」と言っていました。
仲田:海外の方は増えましたね。でも何かを狙って、それが功を奏したわけではありません。トリップアドバイザーに広告を出したわけでもないし、馬場くんとも、直接的なメリットをもらったというよりも「何かやってみよう」と話していただけ。
だから、なぜ外国からお客さんが来るのか、来ない日はなぜ来ないのか、全然分かりません(笑)。本当は検証した方がいいと思うんですけどね。でも、狙ったことをやるよりも、変化し続ける方が大事ですから。
―6周年のフェスを開催するのも、変化の一環ということでよろしいですか。
仲田:そうですね。
馬場:さあ、うまくいくかな(笑)。
仲田:分かりません(笑)。おととしまでは毎年ここで「周年フェス」をやっていたんですよ。店の規模で可能なことをやっていたのですが、顧客も増えてきて、今ではざっくり1度以上予約してくださった方が5000人ほどになりました。
そこで「店の規模だとできないこと」をやるアイデアが浮かんだんです。あとは「ブルーノート東京」などでやるような規模感やクオリティーのステージを、待遇的に劣るうちで披露してくれるミュージシャンたちへの恩返しをしたいなと。この2つが大きな理由です。
―すてきな心意気だと思います。「ミュージシャンへの恩返し」という言葉は業界で聞かないワードな気がするので。
仲田:いやあ、コロナ禍でまったくマネタイズできてない時に「とりあえず呼んでみよう」と黒田卓也さんをブッキングしてくれたこともありましたし……。そこまでしてくれたのに、「ありがとうございます」じゃ終われないじゃないですか。
―また「音響特区」の公式ウェブサイトでは「"HIP Music"を最高の音響で楽しむ」というステートメントがありますが、「HIP Music」とは具体的に何でしょう?
仲田:今の時代に合った新しいことに挑戦しようとして、手持ちの武器以外のことも試してみて戦うミュージシャンたちがやっている音楽ですね。馬場くんがいい例だと思います。音色や出てくるフレーズ、アーティキュレーション(フレーズのニュアンス)、どれもがジャズを勉強してきた人のそれ。やっぱり、生粋のジャズミュージシャンなんですよ。
でも、ただのジャズが演奏できる人として、彼は作品を出していません。アルバム『ELECTRIC RIDER』を聴いても、自分にないものをどうやって生み出すか、という挑戦に思える。そんなチャレンジングな音楽を「HIP Music」と呼びたいんですよ。そして「その音楽を追いかけるのがカッコいい」という状況にしたい。
馬場:そう言ってくれてうれしいです。仲田さんは新しい音楽にオープンマインドなだけではなく、歴史に関してもリスペクトがある。それが、彼を信頼できるポイントです。
僕らも新しいことをやろうとはしてるけど、古いものが嫌いなわけでもないし、むしろ好き。「ただただ新しいことをやって、SNSでバズればいい」みたいなミュージシャンもいる中で、そういう考えではない人がお店をやっているのがすてきですよね。
出演ラインアップだけ見ると、名前の売れている人が集まったように感じるかもしれませんが(笑)、単純に僕らが今カッコいいと思う音楽が、来てくれる皆さんに伝わるようなフェスになったらいいかなと思います。
―出演陣はBIGYUKI、ラケル・ロドリゲス(Raquel Rodriguez)、MXXWLL、Deep Mind、大友良英&カヒミカリィなど、国内外から集まっていますね。このメンツを呼べるのも、普通ではないと思います。
仲田:「250人のキャパを2日間埋めないといけないから、集客力がある人に出てもらわなきゃ」という気持ちもありましたが、出演してほしい人を集めたら強力なメンツになったんですよ。
それは、オーディエンスがいい意味で変わってきているからだと思います。大御所を集めてジャムセッションみたいな予定調和に飽きて、そこから脱却した人が増えている。そういう場所を単発的にではなく、継続してやっていくのがノールームフォースクエアーズであり、「音響特区」もそういうイベントにしていきたいです。
このフェスも継続して大きくなれば、いずれ海外に日本のジャズミュージシャンを輸出するようなプロジェクトになると思うんです。「Blue Note JAZZ FESTIVAL」みたいな。そこで一緒にやりたいのが、BIGYUKIや馬場智章でもある。
―それは面白いですね。馬場さんの盟友であるドラマーの石若駿さんもアイナ・ジ・エンドや椎名林檎、岡村靖幸、中村佳穂、KID FRESINO、さらにはロバート・グラスパー(Robert Glasper)も呼んで「JAZZ NOT ONLY JAZZ」を主催しています。それと「音響特区」は違う方向性で日本のジャズを発信していきそうですね。
馬場:駿とは9歳で出会って、来年25周年ですね(笑)。彼が日本のキャリアを選んでやってきたことは、ジャズミュージシャンの可能性を無限大にしてきたなと思います。今年は一緒に旅したりすることも多かったので、二人で飲みながら話したりもして。
Answer to Rememberなどでも一緒にプレイしていますが、改めてがっつりとジャズもやりたい。あと、「ブルーノート プレイス(Blue Note Place)」でも2年以上「BaBaBar」として、海外アーティストと僕のバンドとのコラボレーションを行っているのですが、国境を越えてミュージシャンたちがもっと繋がるようになればいいなと思っています。
「音響特区」も外に出てみて、海外進出したら面白くなりそうですね。僕はミュージシャンとして、仲田さんは企画者として一緒にできたら面白いと思う。そこに賛同する人が増えたら、また強くなるだろうし。少年マンガみたいですけど(笑)。
仲田:意識を持ちながら店を続けて思うのは、「近しい考えを持っている人が集う」ということ。共鳴してくれる人と一緒にやって、大切にできるかというのも大事かな。
馬場:こういう仲田さんのポジティブな発言を聞けるのはうれしいですよ。ネガティブな弱音もたくさん聞いてきましたから(笑)。
仲田:「もう無理だから店閉める」とかね(笑)。
―世界における「シティポップリバイバル」から、現在は日本の「80年代フュージョン」が人気になっているといわれています。その流れの中で現代のジャズシーンも評価されると思いますか?
馬場:外国人が面白いと感じて売れたものって、外国にないものなんです。日野皓正さんもそうだし、清水靖晃さん、松任谷由実さんもそうだと思いますが、あれは海外にないものだからだと思うんですよね。
―「ジャズはアメリカが本場」という言説をはじめ、何かと国内シーンよりも海外の動向をありがたがる現状は依然としてあると思うのですが。
馬場:確かに、海外の人と一緒にやる時って劣等感というか、「彼らの方がすごい」と感じるマインドセットになりがち。僕も意識を強く持つようにしてます。
そういう時は、バークリー音楽大学を卒業する前に先生から「大学卒業したら、お前も、ジョー・ロバーノ(Joe Lovano)もソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)などのレジェンドも全員同じサックスプレイヤー。全員がその少ないチャンスを取り合っているんだから、怖じ気づくことなく戦え」と言われたことを思い出しますね。
―5月にあった「国際ジャズ・デー 2025」のグローバルコンサートでは、日本代表として参加されてましたね?
馬場:ジョン・マクラフリン(John McLaughlin)、ダニーロ・ペレス(Danilo Pérez)、リンダ・メイ・ハン・オー(Linda May Han Oh)、テリ・リン・キャリントン(Terri Lyne Carrington)、ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)と小さい頃からずっと音源とかも聴いてきたヒーローばかりで緊張しました(笑)。でも、自分のことなんて誰も知らないし、失うものもないから、と思って楽しく演奏しました。
こんな不安定な仕事をせっかくしてるので、とにかく楽しみたいです(笑)。やりたいことを楽しくやって、全員で潤ったら最高ですね。僕らがたくさんのミュージシャンに憧れたように、若い子に夢を与えたいです。音楽だけでなく、ファッションなども含めたカルチャーとして面白くなっていけばいいなと思います。
仲田:「音響特区」がそこに向かう第一歩になればいいですね。手探りで準備をしていますけど、「あれがスタートだったよね」と言われるイベントにできたらうれしいです。その始まる瞬間を、ぜひ目撃してもらいたいです。
9月に入ったが、初日から暑すぎる。東京はこの酷暑から少しずつ解放されるのだろうか。いずれにしても、今月もジャズをキーワードにした熱狂的かつ多彩な公演が並んだ。
ニューヨーク発の名門フェスティバルから、下北沢の小さなクラブの周年イベント、そして世界的ジャズミュージシャンの来日公演まで。それぞれ特別な時間を約束してくれるであろう、スケールもスタイルも異なる5つの夜を紹介する。
針で引っかいて音を出すというアナログなレコードの手法に、ジャズの音は非常に合う。そして、そこにアルコールが加われば言うまでもない。
本記事では、モダンやニューオリンズジャズを流す老舗はもちろん、フリーやDJカルチャーを通過した新時代のジャズを流すヴェニューも紹介。ジャズという音楽の奥深さにきっと気づかされることだろう。もちろん深いことは考えず、ただ音に身を委ねるのも一興だ。本記事で新たな出合いがあることを願う。
ジャズの鑑賞を主体に、コーヒーが楽しめるジャズ喫茶。その元祖は、1929年に本郷でオープンした「ブラックバード」だといわれている。
同時期でいえば、1933年に創業した横浜の「ちぐさ」は一度の閉店を挟みながらも、2022年まで約90年にわたって営業してきた。同店には、若き日の秋吉敏子や渡辺貞夫、日野皓正らジャズミュージシャンたちが足繁く通い、アメリカ軍のクラブでの演奏のかたわら、当時高価だったレコードを聴いて勉強していたという。もちろん、プレイヤーだけでなく、ジャズファンにとっても最新のジャズを仕入れられる場だったのだろう。
そんなジャズ喫茶は、日本におけるミュージックバーのルーツともいえるし、踊ることを主目的としていない「リスニングイベント」という概念の始祖でもあるかもしれない。2010年代以降のレコードブームや、漫画『BLUE GIANT』のヒット以降は、若い世代も以前より訪れるような印象を受ける。
本記事では、店主の音楽への真摯(しんし)な姿勢やアットホームな雰囲気、素晴らしいオーディオシステムをほこる店など、おすすめをピックアップした。ぜひ足を運んでみてほしい。
数多くのジャズライブハウスが点在している東京。毎夜都内で行われるジャズライブの数は50以上もあると言われている。それゆえ、初心者は店選びに迷い、敷居の高さに腰が引けてしまうことも多いだろう。ここで紹介するジャズハウスは、間違いなく訪れる価値のある場所なので、参考にしてほしい。
Discover Time Out original video