タイムアウト東京 > 音楽 > インタビュー:MUTEK創設者 アラン・モンゴー
第10回目を迎える電子音楽とデジタル・クリエーティビティーの祭典「MUTEK.JP 」が、2025年11月21日〜23日(日)の3日間、渋谷の「WWW 」と「Spotify O-East 」を会場に開催される。
25年以上にわたり、同フェスティバルを支える国際的な非営利団体は、電子音楽とデジタルアートの普及、そして世界各都市での文化形成において最前線を走ってきた。モントリオールに始まり、メキシコシティ、バルセロナ、ブエノスアイレス、そして東京へと展開してきた背景には、一貫した強い理念がある。
既に国内外のアーティストを迎える定着したフェスティバルとなった日本版MUTEK。このタイミングで、その中心にいるビジョナリーに話を聞いた。開催のために来日した創設者でありディレクターのアラン・モンジョー(Alain Mongeau)が、MUTEKの歩み、そしてこれから向かう未来を語ってくれた。
「MUTEKは変異し続けるフェスティバルだ」
Photo: Keisuke Tanigawa
ーMUTEKを初めて知る人にとって、そのミッションは少し抽象的に感じられるかもしれません。フェスティバルの本質をどのように説明しますか?
MUTEKは、デジタルとカルチャーのフェスティバルです。2000年にモントリオールでスタートした当初は電子音楽が大きな柱でしたが、本質はあくまで「デジタルクリエーティビティー」にあります。テクノロジーは絶えず進化していきますが、MUTEKはそのイノベーションをDNAとして受け継いでいるんです。
名前に、musicとtechnologyという意味を重ねる人もいますが、私たちにとってより重要なのはmutation(変異)という考え方です。
アーティストの進化に合わせて、MUTEKも進化しています。モントリオールで世界初の「ラップトップ・ライブ」が行われた時代から始まり、ARなどのインタラクティブなインターフェースへと進んできました。私たちの役割は、テクノロジーを創造的に押し広げるアーティストたちを紹介することなのです。
肥沃なクリエーティブコミュニティーに根ざす
ーモントリオールやケベックは活気ある文化で知られています。この環境はMUTEKにどう影響しましたか?
北米で唯一フランス語圏であるケベックは、ある意味「島」のような存在で、日本と少し似ています。そのため、地域文化を守り育てようという意識が強く、政府は芸術に大きく投資しています。
モントリオールは常に交差点のような街でした。ラテン系、北米、そしてヨーロッパや中南米と、歴史的にも地理的にもつながっています。創造的で、少しボヘミアンで、アーティストが生活できるだけの余裕がある街です。
「この土地には魔法でもあるの?」なんて聞かれたりします(笑)。理由は分からないけれど、非常に肥沃な創造の土壌なんです。私はモントリオールをヨーロッパで言えばベルリンに例えることが多いですね。企業色が薄く、国際的で、クリエーティビティーに満ちている街です。MUTEKはそのエコシステムの一部として、地元アーティストと世界をつなぐ架け橋になりました。
自然発生的に広がったグローバルネットワーク
Photo: Keisuke Tanigawa
ーMUTEKは東京、メキシコ、バルセロナなど各地に広がっています。これは最初から計画していたのでしょうか?
全く違います。グローバル展開を計画していたわけではありません。初回の開催後、世界中の人々が「自分たちの都市でもMUTEKをやりたい」と連絡をくれたんです。拡大はあくまで自然に起きたもので、常に情熱あるローカルチームが原動力でした。
メキシコはすでに20年以上、バルセロナは15年、そして東京も10周年を迎えています。むしろ、私たちは新たな都市で新しくイベントを立ち上げることはあまり勧めていないんですよ。フェスティバルを作るのはとても大変なので。特に電子音楽が巨大産業となった今では、多少クレイジーでないと始められません(笑)。
東京が「完璧な場所」である理由
ー東京や日本の電子音楽シーンについて、どのような特徴を感じていますか?
5日間のフェスでシーン全体を判断するのは難しいですが、毎年素晴らしい日本人アーティストに出会います。日本でMUTEKを始める前から「日本に進出すべきだ」と多くの人に言われていました。日本のテクノロジーとの関わりは非常に独自で、まさに「理想的なパートナー」のように感じています。
課題は、アーティストをモントリオールへ呼ぶ費用が高いことです。もっと多くの日本人アーティストを海外で紹介したいですね。東京は常にインスピレーションを与えてくれます。
未来をキュレーションする
Photo: Keisuke Tanigawa
ーディレクターとして、どのようにアーティストをキュレーションしているのでしょうか?
私たちが求めるのは、プリセットやトレンドを超えて、境界を押し広げるアーティストです。特にモントリオールでは、多くの公演が初演になります。カナダ初、北米初、あるいは世界初。新しさはとても重要です。
東京について言えば、ここではよりスリム化された構成でありながら、コンセプチュアルや実験的なサウンドから、ダンスフロア寄りのものまで幅広いパノラマが描けています。祝祭的な要素もフェスの一部です。
もう一つの重要な原則として、MUTEKはライブパフォーマンスの場であること。100組中DJは6組ほど。DJに否定的なわけではありませんが、私たちは「創造者としてのアーティスト」を重視し、電子音楽とコンテンポラリーアートや実験性が交差する場所を目指しています。
AIの次は量子テクノロジー?
Photo: Keisuke Tanigawa
ー特に注目している新しいテクノロジーは?
最近はAIがどこにでもありますが、私たちは技術をツールとして創造的に使うアーティストを紹介してきました。次に来るのは量子テクノロジーでしょう。芸術との関わりはまだ未知数ですが、急速に発展しており、すでに取り組み始めているアーティストもいます。
重要なのは、MUTEKが流行を追わないこと。テクノロジーがどこへ向かうのか、アーティストがどう扱うのかを観察する。その結果、予期せぬ方向へ進むのです。
日本のクリエーティブシーンと今後の展開
Photo: Keisuke Tanigawa
ー日本の行政やクリエーティブシーンとの連携について、今後の可能性は?
MUTEK.JPはローカルチームが運営しているので資金について直接は言えませんが、より多くのサポートが得られることを願っています。モントリオールでは、アートカウンシル、観光、クリエーティブ産業から資金を得ていますが、それでも小さな一歩の積み重ねでした。そして、2009年と2020年にモントリオール芸術評議会のグランプリを受賞したことで少しずつ認知を広げていきました。
資金と評価、その組み合わせがフェスティバルを存続させるのです。日本にはフェスティバルにとって素晴らしい環境があり、あとはリソースの問題でしょう。
MUTEKは、私自身が多くを受け取ってきた文化に恩返しをするために始めたもので、だからこそ創設以来、商業化よりも「真正性」を最優先してきました。
独立した非営利フェスティバルとして、これからもアーティストの支援やクリエーティブコミュニティーの育成を第一に掲げていきます。日本の人々もこの真正性を育みたいと強く願っているように感じます。それが、東京が本当に素晴らしい場所である理由でしょう。