米沢唯
Photo: Kisa Toyoshima
Photo: Kisa Toyoshima

人生を賭して踊るプリマ・バレリーナの米沢唯、激動の手術と完全復帰の軌跡

2025/2026シーズン『シンデレラ』への意気込みと楽しみ方

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テキスト:高橋彩子(舞台芸術ライター)

新国立劇場バレエ団を代表するプリマ・バレリーナの一人、米沢唯。病気による突然の降板からのドラマティックな復活劇、バレエ団初のロンドン公演での主役を経て、新たな2025/2026シーズンのオープニング演目『シンデレラ』に主演する彼女に、激動の日々を振り返ってもらいつつ、舞台への意気込みを語ってもらった。

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突然の降板と手術

―昨年から今年にかけての米沢さんの日々は、まさに「激動」でしたね。2023/2024シーズン終わりの2024年6月に『アラジン』を途中降板され、翌シーズン開幕の『眠れる森の美女』も主役を降板。驚きました

米沢(以下同):
『アラジン』本番中に突然、不整脈が起きたのが全ての始まりです。大事を取って3幕は降板させていただき、病院に行ったのですがその時は何の異常もみつかりませんでした。

その後、『アラジン』も1回は最後まで踊ってシーズンを終え、7月の札幌公演で踊っていたら、ここでも2幕の休憩中、楽屋に帰ってきた途端に、不整脈が出てしまったんです。そのまま病院に行き、9日間入院して検査をしました。その時に「恐らく疾患がある。全幕バレエの主役などハードな踊りは、今後は無理かもしれない」と言われて。

―ずっと主役を踊ってきたバレエダンサーにとって、全幕を踊れないというのは余りにも酷な宣告です。

一時は引退を考えました。けれど、札幌の病院から東京の優秀な不整脈の医療チームに繋げていただき、主治医と相談しながら踊り続ける道を模索しました。そうして10月の『眠れる森の美女』ではリラの精を踊らせていただいたのですが、そのリラの精と12月に踊った『くるみ割り人形』のアラビアの踊りは、自分にとってとても大切な役です。

その一方で、やはり全幕を降板したまま終わりたくないという気持ちがあって、病院の先生方に「最後にもう一度、全幕の主役を踊りたい」と伝えたところ、昨年11月に手術をすることになったんです。3〜4時間の手術と聞いていましたが、8時間かかりました。

その手術が成功して、主治医から「あと10年は大丈夫です」と言われた時は、本当に嬉しかったですね。

米沢唯
Photo: Kisa Toyoshima

―入院や手術の経験を経て、踊りへの思いに変化はありましたか?

札幌では、公演が終わってバレエ団の皆は帰ってしまうし、コロナ禍だったので面会は一切できず、相談できる人もいなくて。でも、ダンサー仲間が帰る前にお守りを買って届けてくれたり、ファンの方が本を差し入れしてくださったりしたんです。

そこで動けるようになって最初に許可をもらってやったのが、病室の手すりや壁につかまってのバーレッスン。そうしたら、身体が喜んでいるのをすごく感じて。やっぱり私は踊りたいし、バレエが好きなんだと実感しました。看護師さんたちが「すごいわね」「観ていてもいい?」と集まってきて、とても応援してくださいました。

東京に帰って来てからも、周囲の人の優しさに触れっぱなし。あれこれ助けてくださったり、何も言わずにご飯に連れ出してくださったり……。(芸術監督の吉田)都さんに心臓に疾患があること、引退を考えていることを伝えた時には、都さんが「これからだったのに」と涙を流されたんです。嬉しかったですね、そんな風に思ってくださっているのだということが。踊りたいという思いと同じくらい不安や悲しみも大きかったけれど、都さんの「これから」という言葉は、私が一歩踏み出す力となり、今も私を支えてくれています。

ですから、葛藤はあったけれど、病気をしないと分からないようなことがたくさんありました。自分が死ぬということ、生きるということ、人生について……。たくさんのことを考えさせられる、とても豊かな時間でもあったんです。そして、いい意味で自分がちっぽけな存在であること、一人で生きているのではなく沢山の人たちに生かされていることが、改めて身にしみました。

『ジゼル』
©Tristram Kenton新国立劇場バレエ団ロンドン公演『ジゼル』より

完全復帰、そしてロンドン公演へ

―そして2025年4月、『ジゼル』で全幕主役復帰されました。ブランクを感じさせず冴えわたる米沢さんの踊りはもちろんのこと、客席の盛り上がりもすごかったですね。ジゼルという役自体、心臓が弱いという設定なので、なんだか米沢さんと重なってドキドキしながら観てしまいましたが。

共演したダンサーたちからも、私が「心臓が痛い」という演技をすると「演技なのか本当なのか」と本気で心配になると言われました。リアルな演技ができてよかったな、と(笑)。皆さんから「待っていた!」という感じで拍手をいただきエネルギーをもらった、アットホームで特別な舞台でした。

―その『ジゼル』で7月、新国立劇場バレエ団初のロンドン公演。初日の主役を務められ、公演評でも高い評価を受けましたね。

ロンドンに行ったことがなかったのですごく楽しみにしていたのですが、行ってからは必死過ぎて、ロンドンも東京も関係ないような生活でした。特に初日の客席は、「どんなものか見てやろう」というような空気に感じられて、どのダンサーも少し緊張していたと思います。

でも踊っていくうちに、笑ったり息をのんだりといった素直な反応が客席からどんどん伝わってきて。面白かったのが、1幕の花占いで、アルブレヒト役の(井澤)駿さんが花をポーンと投げた時。彼は左利きなので左側の方向にものすごく遠くまで飛び、どっと笑いが起きたんです。ジゼルがスカートを広げているから座ろうとしたアルブレヒトが座れないという演出にも、皆さん笑ってくださいました。

対する2幕は、ダンサーたちはみんなすごく集中していて、お客さんも静かに入り込んで観ている感じがありました。

そして2日後に私が2回目のジゼルを踊った時、今までのジゼルとまたちょっと違う踊りになったんです。うまく言葉にできないのですが、1幕も2幕も、こうしよう、ああしようという考えもなく、ただ物語に自分がバーンと入って、そこをくぐり抜けて帰ってきたら、なんだか違う自分になっていたとでも言うのか。休憩時間に何をしたのかも全く覚えていなくて。

ジゼル
©Tristram Kenton新国立劇場バレエ団ロンドン公演『ジゼル』より

 ―スポーツで言う「ゾーンに入った」状態だったのでしょうか。

そうですね、不思議な体験でした。そして、全然知らない場所で踊って、言語の違う人たちが拍手をしてくださることに胸がいっぱいでした。しかも「ロイヤル オペラ ハウス」という歴史的な場所に自分が立っているなんて、夢のようで。

これまで観て勉強していたデイム・マーゴ・フォンティーンなどの白黒のビデオもここで踊られたんだな、病気になって辞めていたらここにはいなかったな、などと、いろいろな感情がこみ上げてきました。

踊りこなすごとに楽しみが増す『シンデレラ』

―10月にイギリスの振付家、フレデリック・アシュトン振付の『シンデレラ』に主演されるのは、今回で8回目になります。

大好きな作品です。英国ロイヤル・バレエ団の衣装を新国立劇場で買い取って使っていて、近くで見るとかなり消耗が激しいのですが、舞台に出るととても美しく見えるんです。セルゲイ・プロコフィエフのちょっと陰影のある音楽が、その衣装や舞台装置とマッチしていて、完成された作品だなと思っています。

そしてシンデレラの人柄含めハートフルですし、その一方でイギリス的なブラックジョークも随所にちりばめられています。義理の姉たちは男性ダンサーが踊るのですが、意地悪なお姉さんたちなのですが愛すべきキャラクターでもあって。思いっ切りドタバタと踊る面白さがあるし、キャストによっては色っぽい方もいて、それぞれに個性的なので、私も毎回楽しみにしているんです。

―アシュトンによる振付の面白さと、難しさを言葉にしていただくと?

まず大事なのは正確さ。特に舞踏会の2幕は時計をイメージした振付で、足の角度は45度と90度、たまに180度もありますがきっちり決まっていますし、回転は速くて止まる時はピタッと止まる、その緩急も含め、逃げられない面白さ、スリルみたいなものがあります。

逆に1幕はもっとしっとりと、シンデレラの孤独や舞踏会に行けない悲しみ、亡くなった母親への思いなどが、演技や繊細な足さばきで表現されます。

アシュトンの振付は身体の使い方が独特で、身体を精一杯ねじらないといけないような振りがあったり、助走なしで跳ぶジャンプがたくさんあったりと、身体には結構負担がかかるんです。でもその分、見ていてびっくりするような面白さが詰まっていると思います。

―スピーディな動きにもかかわらず、腕をもっと自由に伸ばしたいところをそこまで伸ばさないといった具合に端正さが求められる振付で、一歩間違えるとせせこましく見えてしまう難しさがありそうです。

そうですね。ですから、最初は振付をきちんとこなすことに追われるけれど、そこを超えるととても楽しい表現の世界が待っています。

例えば、手はもっとここまで上げたいのにその手前で止めなければならない、といったところでも、都さんのリハーサルでは「ストップではなく呼吸は動いている」ということを仰って、「なるほど!」と。ただ抑える、止める、ではなく、そこからもう一つ伸びていけるような感覚がなければいけないんです。

アシュトンの振付には、ものすごくシャープなところと、都さんの言葉を借りれば「ジューシーに柔らかく」というところがあって、そこをしっかりと踊ることで良い舞台になるだろうという予感があります。

―アシュトン作品もたくさん上演された劇場でのロンドン公演を経ての今回。何か持って帰ってきたものはありますか?

『シンデレラ』もあの空間で上演された作品だと思うと、やっぱりよりイメージが浮かぶんですよね。

アシュトン作品の指導に来てくださっているマリン・ソワーズさんが、1幕でお姉さんたちが舞踏会に行ってしまった後、シンデレラが舞台の前の方まで行って「私のこの衣装じゃ行けないよね」といったジェスチャーをするところを「バルコニー・シーン」と呼んでいらしたんです。そこはバルコニーの人にも見えるように前に出てくる演出になったのだ、と。

ロイヤル オペラ ハウスはドーム状というか、舞台に対してお客さんが入り込みやすい形状になっている。それを理解して踊ると、なぜそういう振付になっているのかが想像しやすくなります。衣装もあの劇場で使われていたものですし。そうした感覚がもしかしたら、これまでのシンデレラとは何か違う表現に結びついていくかもしれません。

『シンデレラ』
撮影:瀬戸秀美新国立劇場バレエ団『シンデレラ』より

変わってきた踊りの感覚

―近年の米沢さんの踊りは身体のキレもオーラも異次元で、ご自身でも踊るのが面白くて仕方ないのではないかと想像するのですが、ご自身の中で、やりたいことと実際にできることが合致してきたのはいつ頃からですか?

都さんが芸術監督になられてからの、ここ数年ですね。今も身体が変わり続けている感覚があります。例えば重心の位置やちょっとした身体の使い方など、今までと違うものを見つけて踊りに落とし込み、かつ表現を考えて、演技にその身体の使い方をはめた時、また違う表現が生まれて……といった作業がとにかく楽しくて。

―2020年にインタビューした吉田さんが「新国立劇場の女性プリンシパルたちはとても強くて自分で踊る傾向にあるけれど、ある程度パートナーに身を委ねることができれば、一人では行けないところにまで行ける」とおっしゃっていて。米沢さんのことが思い浮かびました。

確かに、以前は相手に対して境界線があったんです。でも最近では、肌感覚が変わってきたというか、踊っていて相手と自分が一つになる感覚があり、そこにある種の色気みたいなものが生まれるのだということが分かってきました。

―次の『シンデレラ』は、相手役が日替わりで英国ロイヤル・バレエ団のワディム・ムンタギロフさんと新国立劇場の同僚の渡邊峻郁さんのお二人ですから、それぞれコンビネーションの妙が一層楽しめますね!

そうですね。ワディムさんとは2020年の『マノン』以来なのですが、彼と踊るといつもピースとピースが合うみたいな感覚があって、リハーサルがそんなに要らないほどなんです。サポートが上手でいらっしゃるというのもあるのですが、今回はどうなるのか楽しみです。

渡邊さんとはいくつもの作品で一緒に踊ってきましたが、とても優しい人柄で、女性が踊りやすいように誠心誠意寄り添ってくれるんです。だから、とても気持ちよく身を委ねられます。あと、スピード感が合うんです。私はわりと動きが速いのですが、渡邊さんは同じかそれ以上の速さで先に行って待っていてくれる。とても踊りやすいです。

―米沢さんはお父様が演出家の竹内敏晴さんで、小さい頃から唐十郎のテント芝居などのアングラを含めてさまざまな舞台を見ていたそうですね。そういうものとバレエは、ご自身の中ではどういう関係性だったんですか。

小さい頃は、自分がプロとして舞台に立つということは考えていませんでした。ただ踊るのが好きだからバレエをやっていて、舞台を見に行くのは、大人が真剣に泣いたり笑ったり怒ったり汗だくになったりしているのが面白かったからなので、あまりつながっていなくて。

それがつながったのは、やっぱり新国立劇場に入ってからです。「なんと、現代劇とオペラとバレエを全部やっている!」って(笑)。今は新国立劇場のアトレ会員になり、演劇とオペラのチケットを買ってあれこれ観ています。バレエに活きているかどうかは全く分からないですが、ただ楽しんでいます。

踊れる限り、踊っていく

―新国立劇場バレエ団は今、小野絢子さんと米沢さんのお二人が、事実上の二枚看板といえるでしょう。

恐縮過ぎます。私にとって、入団した時からの憧れの先輩。今でこそ「絢ちゃん」「唯ちゃん」と呼び合っているけれど、私の中ではずっと背中を見て追いかけてきた、決して追いつくことのできない人です。

―いい意味で個性が違っていて、好対照なプリマのお二人だなと感じています。

話していても、得意なところと不得意なところが真逆なんです。「これがやりにくいんだよね」「私それはやりやすいけど、こっちができないんだよね」「私、それは得意かな」と。絢子さんのつま足の出し方や上体の使い方や身体のバランスの美しさ、舞台に出てきた時のオーラなどはかなわない。稽古場では見惚れてしまいます。

でも多分、どう頑張っても絢子さんにはなれないということを、同じ主役をやるようになった最初の頃に私は悟ったんです。自分は絢子さんとは違うから、違う道を探さなければいけないと、明確に思った時期がありました。だから、常に背中を追いかけている存在。一人では頑張りきれないというか、前に絢子さんがいることがありがたくて、私のバレエ人生においてとても大切な存在です。

―「まだこれから」と吉田都さんにも言われたバレエ人生。今後、どうなっていきたいですか?

私は作品によって身体も精神状態もわりと変わるタイプなので、これといった理想像はなく、ただ自分が思う「面白い」を追求していけたらいいな、と考えています。

ゴールが見えているわけではないし、けがなどの可能性もあるし、ある日突然ストップです、ということになるかもしれない。どこまで行けるかは自分でも分からなくて、それが楽しみでもあります。とにかく行けるところまで行きたいと思いながら、日々踊っています。

米沢唯
Photo: Kisa Toyoshima

米沢唯

新国立劇場バレエ団 プリンシパル

愛知県出身。「塚本洋子バレエスタジオ」で学ぶ。2006年に渡米し、サンノゼ・バレエ団に入団。2010年、ソリストとして新国立劇場バレエ団に入団した。ビントレー『パゴダの王子』で初主役を務め、『白鳥の湖』『くるみ割り人形』『ドン・キホーテ』『ジゼル』『火の鳥』『不思議の国のアリス』ほか数々の作品で主役を踊っている。2013年、プリンシパルに昇格した。

2004年「全国舞踊コンクール」ジュニアの部第1位、「ヴァルナ国際バレエコンクール」ジュニア部門第1位、2005年「世界バレエ&モダンダンスコンクール」第3位、2006年「ジャクソン国際バレエコンクール」シニア部門銅賞など、国内外のコンクールでの受賞歴も多い。2014年「中川鋭之助賞」、2017年「芸術選奨文部科学大臣新人賞」、2018年「舞踊批評家協会新人賞」、2019年「愛知県芸術文化選奨文化賞」、2020年「芸術選奨文部科学大臣賞」「橘秋子賞優秀賞」、2022年「服部智恵子賞」、2023年「中日文化賞受賞」、2024年「名古屋市芸術奨励賞」。

Contributor

高橋彩子

舞台芸術ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材し、「SPICE」「AERA」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆。第10回日本ダンス評論賞第一席。年間観劇数は250本以上。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜」を連載中。

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