森枝幹(Photo: Keisuke Tanigawa)
森枝幹(Photo: Keisuke Tanigawa)

飲食業界の異端児、森枝幹が考えるコロナ後の未来

既成概念を捨て新たな発信を続ければ、世界はもっと豊かで平和になる

作成者: Yoko Asano
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タイムアウト東京 > レストラン&カフェ > 飲食業界の異端児、森枝幹が考えるコロナ後の未来

料理人とは不思議な存在だ。一般的な定義は「レストランで客に料理を作り、ふるまう人」。大きな枠組みでは「職人」に入るが、才能とセンスに恵まれた一部の料理人は、その領域を跳び越えて飲食業界の新しいトレンドを生み出したり、社会的なメッセージを発信したり、従来の仕組みを変え、ゲームチェンジを成し遂げたりする。

森枝幹(もりえだ・かん)もその一人だろう。まだ34歳ながら、数年前からの東京の飲食業界をけん引する若手料理人として、数年前からメディアに注目されてきた。今回は、コロナ禍でいまだ混沌(こんとん)とする飲食業界と、この未曽有の事態に自身が思うことを、森枝に聞いた。

多忙な中、火曜と土曜の週2回は調理場に立つ(Photo: Keisuke Tanigawa)
多忙な中、火曜と土曜の週2回は調理場に立つ(Photo: Keisuke Tanigawa)
多忙な中、火曜と土曜の週2回は調理場に立つ(Photo: Keisuke Tanigawa)

多くのプロジェクトを進めるなかでチョンプーを立ち上げた

現在、森枝の最新の肩書はイートクリエイター社のプロデューサー兼シェフだ。

同社は単なる外食企業ではなく、「食とフードホスピタリティの分野で文化とコンテンツ、そして仕組みを創造する」がコンセプト

森枝は飲食店の立ち上げと運営、一般企業の社員食堂やコスメブランドとのコラボレストランの開発、コロナ禍での医療機関への弁当提供プロジェクトなどに関わる。

森枝は常時20〜30個の仕事を進めつつ、週2回は自身がプロデュースした渋谷のタイ料理店、チョンプー(CHOMPoo)の調理場に立つ。2019年11月のリニューアルオープンが当時話題となった渋谷パルコの、4階に入っている。

チョンプーのコンセプトは「日本初上陸ではない、スパイシーなだけではない、フレッシュハーブをふんだんに使った体が喜ぶしみじみおいしいタイ料理」の店だ。

森枝が前職でシェフを務めた三軒茶屋の人気店、サーモンアンドトラウト(Salmon & Trout)時代に海外の名店を食べ歩き、特に魅了されたという東南アジアで得たエッセンスが詰まっている。

日本になかった、大人数でシェアをするタイ料理店の高級業態(Photo: Keisuke Tanigawa)
日本になかった、大人数でシェアをするタイ料理店の高級業態(Photo: Keisuke Tanigawa)
日本になかった、大人数でシェアをするタイ料理店の高級業態(Photo: Keisuke Tanigawa)

ステレオタイプ過ぎる日本のタイ料理に一石を投じたい

「日本でタイ料理はすでにメジャーですが、日本人が知っているメニューと言えば、トムヤンクン、グリーンカレー、パッタイ、カオマンガイ。最近やっとマッサマン(『世界で一番おいしい』と評価されるタイ中部発祥のカレー)が加わったぐらいでしょうか。

生春巻きに至っては、ベトナム料理なのにタイのものだと思われている。そして売れるので、日本のタイ料理店でも前菜や、ランチではお決まりの定食スタイルで出しています。

パルコさんから『何か新しい店を作ってほしい』と依頼をいただいた時、こういうステレオタイプではなく『大人がテーブルを囲んで昼からお酒を飲み、みんなでメニューをシェアできるハイエンドな店』を作りたいと思いました。

日本では大人数で飲み、料理を取り分ける業態はカジュアルになりがちですが、海外ではよく見る高級店のスタイルなのです」(森枝)

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「若いうちにマルチナショナルな環境で働けたのは財産」と語る(Photo: Keisuke Tanigawa)
「若いうちにマルチナショナルな環境で働けたのは財産」と語る(Photo: Keisuke Tanigawa)
「若いうちにマルチナショナルな環境で働けたのは財産」と語る(Photo: Keisuke Tanigawa)

食ジャーナリストの父から受けた教えとTetsuya’sでの修業

非常にグローバルで、普通の料理人やオーナーシェフからはなかなか出ない発想だ。この視点はどこから来るのか。それには、森枝の育った環境と、特異なキャリアパスが影響している。

森枝は食に関する著書多数の写真家兼ジャーナリスト、森枝卓士(もりえだ・たかし)を父に持ち、海外取材も多くこなす父に「世界のさまざまな食文化に触れ、現地の味を体験することの重要性」を幼少期から教えられてきた。

そして森枝は調理師専門学校を卒業後、渡豪。19〜20歳の1年間、シドニーにある世界のベストレストランの一つテツヤズ(Tetsuya’s)で修業を積む。

「いろんな国籍のスタッフが生き生きと働いていて、若いうちにあのマルチナショナルなキッチンで働くことができたのは、最大の財産でしたね。あの経験がない自分は、今でも考えられません」と語る通り、ここで大きく視野を広げことは想像に難くない。

帰国後は表参道の高級京料理店、湖月(こげつ)や、分子ガストロノミー料理で知られたイノベーティブレストラン、タパス モラキュラーバーで腕を磨く。

その後サーモンアンドトラウトのシェフを務め、一躍話題の店に育てたことで、著名な料理人の一人となった。

各メディアが取り上げた青い『カオヤム』は名物料理(Photo: Keisuke Tanigawa)
各メディアが取り上げた青い『カオヤム』は名物料理(Photo: Keisuke Tanigawa)
各メディアが取り上げた青い『カオヤム』は名物料理(Photo: Keisuke Tanigawa)

チョンプー開業後、突然のコロナ禍に

そして2019年11月に渋谷パルコのリニューアルと同時にチョンプーをオープン。同店でも新たなムーブメントを起こし、森枝が開発した、魚と青いご飯が盛りつけられた『カオヤム』(タイのライスサラダ)はメディアが一斉に注目し、話題となった。

しかしにわかに起きたのが、誰もが想像しなかったコロナ禍の飲食業界の危機だ。

「実はコロナ以前も、立ち上げ当初はタイ出身の当時のスタッフとコミュニケーションを取るのに苦労し、仕事を進められなかったことなどいろいろありました。でも『カオヤム』はマスコミに注目され、僕の『ハイエンドな店で、大人数でシェアするスタイル』は外国人のお客さまにも喜ばれて手応えもあったのです。

このままいけるだろうと思った矢先、コロナ禍で商業施設から人が消え、外国人のお客さまもぱたっといなくなってしまった。アルコールも提供できなくなり、正直、やりたいことが無数にあっても、ボタンをどこにかけていいのか分からない。めちゃくちゃです」

この言葉を聞いて驚いた。筆者が森枝にインタビューを行うのは今回で3回目。これまで森枝は、30代前半という若さでセンスや技量と時代の潮流が見事にハマり、いつでも絶好調だった。

「こんな弱音を吐くこともあるのだ」と取材者としてやや意地悪く観察してしまったが、ここで沈む人ではもちろんないだろう。

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「世の中が戻ったら、まだまだやりたいことは無数にある」(Photo: Keisuke Tanigawa)
「世の中が戻ったら、まだまだやりたいことは無数にある」(Photo: Keisuke Tanigawa)
「世の中が戻ったら、まだまだやりたいことは無数にある」(Photo: Keisuke Tanigawa)

日本でタイ料理の魅力を伝える人はまだ現れていない

レストランを利用する側である私たち客の気持ちは、もはや限界にきている。世界的にワクチンの接種も進み、ここまで長期に、強烈に抑圧された期間を経て、今後は押し込められたバネが飛び出すように、一気に街や店に戻るのだろう。

「世の中が戻ったら、まだまだやりたいことは無数にあります。まず日本のタイ料理を変えたい。日本のイタリアンが世界的にもハイレベルなのは、1970〜80年代に落合務さんはじめ、いろんなシェフがイタリアで修業し、現地で衝撃を受けた知識や技術を持ち帰って日本の食材で再現し、さらに昇華させたからです。

しかし、タイ料理も面白いのです。辛さと塩気に甘味、酸味、苦味が一皿の中で調和した、このとがっていながらもバランスが取れてさらにお酒とも最高に合う、独特の味が僕はめちゃくちゃで好きで。

でもイタリアンと違って、タイ料理は日本でまだその魅力を伝える人が現れていない。トムヤンクンやグリーンカレーだけでない、奥深く幅広い世界があることをもっと知ってほしい、というのがチョンプーを作ったきっかけでした」

「年1回は新しいヒットを生み出したい」と森枝(Photo: Keisuke Tanigawa)
「年1回は新しいヒットを生み出したい」と森枝(Photo: Keisuke Tanigawa)
「年1回は新しいヒットを生み出したい」と森枝(Photo: Keisuke Tanigawa)

食の多様性が世の中を幸福にし、世界の平和を作る

最後に、ほかにも目標はあるかと尋ねると、「今、食の世界が均一になり過ぎていることに危機感を感じます。レストランでは14、15皿の料理をワインとペアリングさせるのが王道ですが、伝統だけをずっと続けていても、単一的でつまらない。叩かれながらも新たなチャレンジを続けて、世の中を変えたいですね。

僕が4年前、環境に配慮した湖(琵琶湖)で獲れたブラックバスのメニューを出した際は散々叩かれ、『おいしい食材を使わないなんて、料理人として失格だ』とさえ言う人もいました。しかし、今は世の中がサステナブルな流れになり、まねする人まで出てきています。

チョンプーのカオヤムも、本来、青色は食欲を減退させるとして料理に使うのはNGでしたが、出し続けたら多数のメディアで取り上げてくださり『今年の飲食業界のトレンドは青!』とニュースにする媒体も現れました。食は多様性を見せることが必要だと改めて思います。そしてレパートリーがあった方がお客さまも幸せです。そしてみんなが幸せなら、長い目で見て、世界平和にもつながると思います」

今後も、年1回は新しいヒットを生み出したいと語る森枝。今後、どんな斬新なムーブメントを起こしてくれるのか、楽しみでならない。

ライタープロフィール

Yoko Asano

フードライター。食限定の取材歴20年、『dancyu』『おとなの週末』『ELLE a table(現・ELLE gourmet)』『AERA』『日経MJ』『近代食堂』など食の専門誌を中心に、レストランや料理人への取材多数。テレビのグルメ番組への出演実績もある。『NIKKEI STYLE』(日本経済新聞社)の人気コーナー『話題のこの店この味』で毎月コラム連載中。

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