ショコラティエ パレ ド オール
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残りの人生を賭けてチョコレート業界の謎を解き明かす

ショコラティエパレドオール、三枝俊介の挑戦

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Yoko Asano
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タイムアウト東京 > レストラン&カフェ > 残りの人生を賭けてチョコレート業界の謎を解き明かす

テキスト:浅野陽子

女性が、好きな男性にチョコレートを贈る日本特有の恒例行事、バレンタインのシーズンがやって来た。本命や義理チョコなどカテゴリー分けされ、3月には男性からホワイトチョコレートで返礼する慣習まである。不思議だが、半世紀前から行われているこのイベントが、チョコレートの普及に一役買ったのは間違いない。 ここでは、そのチョコレート業界で新たな挑戦を続ける職人、三枝俊介(さえぐさ・しゅんすけ)のストーリーを紹介する。

本当にあの味だけ? チョコレート界の不都合な真実
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本当にあの味だけ? チョコレート界の不都合な真実

好みの差はあれど、「人生で一度もチョコレートを食べたことがない」という日本人はまれだろう。食べる前からどんな味か、ほとんどの人がイメージできるはずだ。しかし、それが本当のチョコレートでないとしたら? 

かつてビールも、日本人が知っているのはほぼ「ピルスナー1種」だった。近年のクラフトビール人気で、濃色のスタウト、エール、トラピストなどさまざまなビールが日本でも広まってきたが、実はチョコレートも同様に、日本人の知らない味がたくさんある。その普及に人生を賭けているのが三枝だ。

チョコレートの味に対する固定概念を壊す
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チョコレートの味に対する固定概念を壊す

三枝のチョコレートショップは全国に4店舗ある。都内の店は新丸ビル1階の、カフェ併設のショコラティエ パレドオール 東京と、2019年秋に表参道で開業したホワイトチョコレート専門店のショコラティエ パレ ド オール ブランだ。

新丸ビルの店は、外観や価格は他の高級チョコレートショップと変わらない。が、三枝のチョコレートを一粒食べると、独特のすっきりした後味や、ひっかかりのない濃厚でまろやかな口溶けに驚くだろう。筆者も、一定の価格以上のチョコレートなら(マニアックなもの以外は)大きな差は感じないだろうと思っていたが、三枝の粒チョコを食べて軽くショックを受けた。

「戦後に国内外の大手メーカーが席巻し、特定の品種のカカオから作るチョコレートが日本で大量生産され流通したことで、『チョコとはこんな味』と思い込まされてしまったのです。しかしコーヒーや紅茶も豆や茶葉で大きく味が違うように、カカオ豆にも繊細な味の差があり、たった一つではありません。その真実をもっと皆さんに伝えたいと、ビーントゥバー(カカオ豆からチョコレートを自家生産すること)に取り組んでいます」(三枝)

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58歳でキャリアを清算し、ショコラティエ一本に
Photo: Keisuke Tanigawa

58歳でキャリアを清算し、ショコラティエ一本に

大阪出身、パティシエとして30年以上活動し、チョコレートを含めた洋菓子の店を大阪や東京、山梨の清里でも展開し、業界の重鎮となっていた三枝。だが2014年、58歳でそれまでのキャリアを清算し、ショコラティエ(チョコレート職人)一本で通すことを決意する。

チョコレート以外の店舗や菓子のブランドは全て閉め、清里の店はビーントゥバー専用の工房に作り替えた。気候や風土がカカオ豆を扱う環境に合っているという。ここでは三枝自らが厳選した豆で、それぞれの個性に合わせた焙煎(ばいせん)や発酵を研究し、チョコレート作りを行っている。

「スーパーで手軽に買えるものや、高級店の商品でも既製のチョコレートを仕入れ、加工して販売しているのが現状で、カカオ豆から自社でチョコレートを作るシェフは世界でも数えるほどしかいません。小規模でビーントゥバーに取り組む店も少しずつ出てきていますが、過去40年、毎年10万トン以上のショコラを扱ってきた私たちにしか伝えられない味があります」と語る。

技術と情熱を生かしたヒット商品
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技術と情熱を生かしたヒット商品

その追求を続ける一方、三枝は日本のチョコレート業界にたびたび新風を吹き込んできた。今では当たり前の、「チョコレートをつまみにシャンパーニュやウイスキーを楽しむ」というマリアージュを考案したのは三枝だ。一部では「チョコレート界の発明家」という通称もある。

パレドオール トウキョウのカフェ内ではこのマリアージュが楽しめるほか、季節ごとに新作のチョコレートパフェを発表。丸の内の名物にもなっている。クリスマスやバレンタインにはチョコのクリームやアイスたっぷりの正統派、夏にはココナッツやかんきつ類、秋には栗きんとんをデコレーションするなど、美しく豪華なオリジナルパフェばかり。夢中でSNSに投稿する若い世代から中高年の男性まで、ファンは後を絶たない。

また、チョコレートを冷たい飲み物にした『ショコラ ネスパ?!』もある。「暑い夏もチョコレートを楽しめるように」という三枝の遊び心を形にしたもので、無色透明のサイダーだが、ストローで吸うと爽快なチョコレートの味と香りが口の中に弾ける。トッピングのシャーベットで口直しをしながら飲むと止まらない。重度のチョコ好きも、斬新さに衝撃を受けるだろう。

『ショコラ ネスパ?!』

ほかにも、まださほど認知度がなかった時代から『獺祭』とコラボレーションし、日本酒を粒チョコレートで包んだ『獺祭ショコラ』や、東日本大震災の復興支援のために宮城県の複数の酒蔵と作った『利き酒ショコラ』などもあり、技術と情熱を生かしたヒット商品も、例を挙げるときりがない。

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残りの人生を賭けて謎に挑む
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残りの人生を賭けて謎に挑む

2019年には、世界でも珍しいホワイトチョコレートの専門店を表参道にオープン。ホワイトチョコレートはカカオ豆から抽出する無味無臭の油脂分(カカオバター)だけを使うため、原料の豆にはこだわらないのが業界の常識だった。が、「もしおいしい豆から作ったら、どれほどおいしいホワイトチョコレートができるのだろう」という三枝の疑問から始まった。

「シンプルなことですが、なぜか誰も考えなかったのです。お菓子の世界にはもはやこうした謎はなく、クリームやジェノワーズ(スポンジ生地)、シュー生地など職人がすでに発明したもので埋め尽くされていますが、チョコレートにはまだ見つかっていないパズルのピースがたくさんある。残りの人生を賭けてその謎を解き、答えを積み上げていけば新しいチョコレートの未来が開かれるのではと信じています」

三枝によれば、チョコレートは幅広い包容力を持ったグローバルな万能食材。どの国にもあり、子どもから高齢者、そして宗教も問わず誰でも食べられて、近年では健康効果も期待されている。人生100年時代に次の半世紀で続ける三枝の挑戦。どんな未来が見えるのか、ワクワクしてくる。

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三枝俊介(さえぐさ・しゅんすけ)

1956年生まれ、大阪府出身。大阪の名門ホテルプラザで洋菓子界の重鎮、故・安井寿一に師事。ショコラティエ、パティシェとしては40年以上の経歴がある。

2004年に本格的ショコラ専門店として、ショコラティエ パレド オール を開業。2007年には東京、丸の内にも同名の店舗を誕生させる。2014年に、今後の人生をチョコレートの追求の為に使うことを決意し、カカオ豆からチョコレートまでの全工程を手掛ける工房併設の店舗を山梨にオープン。

2019年には世界に先駆けてホワイトチョコレートのビーントゥーバーブランドとなる、ショコラティエ パレ ド オール ブランをオープンさせた。

ライタープロフィール

Yoko Asano

フードライター。食限定の取材歴20年、「dancyu」「おとなの週末」「ELLE a table(現・ELLE gourmet)」「AERA」「日経MJ」「近代食堂」など食の専門誌を中心に、レストランや料理人への取材多数。テレビのグルメ番組への出演実績もある。「NIKKEI STYLE」(日本経済新聞社)の人気コーナー「話題のこの店この味」で毎月コラム連載中。

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