タイムアウト東京 > カルチャー > インタビュー:Kenny Scharf
ジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)やキース・ヘリング(Keith Haring)と並び、1980年代のニューヨークのアートシーンを牽引(けんいん)したアーティスト、ケニー・シャーフ(Kenny Scharf)。コミックやポップカルチャーから着想を得た彼の作品は、擬人化された有機的なフォルムが漂う、幻覚的で躍動感のある世界観で人々を魅了してきた。また、独自のキャラクター表現を発展させたそのスタイルは、21世紀型ポップアートの潮流を先取りしたものとして評価されている。そんなシャーフによる個展「 ShimiShimiKao! 」が、原宿の「 NANZUKA UNDERGROUND 」で2026年6月27日(土)まで開催中だ。
同展では「シミが顔のように見える」という現象から着想を得た新シリーズ「ShimiShimiKao!」を中心に展開。感情豊かな円形の顔で構成された「MOODZ」シリーズや、新聞の切り抜きを用いた「ダイアー・ヘッドライン」(悲劇的な見出し)など、約50年にわたるキャリアの中で生み出されてきた多彩な作品群が並ぶ。
展覧会に併せて来日したシャーフに、新シリーズのアイデアや、半世紀近く第一線で制作を続けている原動力について話を聞いた。
―まず、ユニークな展覧会タイトル「ShimiShimiKao!」についてお聞かせください。
作品や展覧会のタイトルを付ける時に、新しい言葉を作るのが大好きなんです。今回の新シリーズの着想源は「stain(染み)」なのですが、日本語では「シミ」と発音すると聞いた時、その響きがとても気に入りました。
Photo: Kisa Toyoshima ケニー・シャーフ
英語の「shimmy」には、体をくねらせながら踊ると言う意味があるのですが、それとも音の響きが似ているでしょう? それに、私が子どもの頃に聴いていた『Shimmy Shimmy Ko Ko Bop』という歌も思い出しました。
「Shimi Shimi」という言葉自体が、まるで歌のようで楽しいですよね。日本語としても意味が通じるし、私なりの言葉遊びとしても成立しています。そこに「Kao(顔)」が加えて、「ShimiShimiKao!」というタイトルが生まれたんです。
Photo: Kisa Toyoshima ケニー・シャーフ『SHIMISHIMIKAO!』(2026年)
―新作では、シミが顔に見えることが出発点になっていますが、普段こうした顔を日常の中で見つけるのですか?
私は子どもの頃から、身の回りにある物が顔に見えてしまうんです。私は子どもの頃から、身の回りにある物が顔に見えてしまうんです。実はこの現象には「パレイドリア ( Pareidolia)」という名前があります。
私は1958年生まれで、ロサンゼルスで育ちました。当時のアメリカ車を見れば分かると思いますが、ヘッドライトが目で、グリルが口のように見えて、どの車にも表情があるんですよね。
ロサンゼルスは車だらけでしたから、どこを見ても顔がありました。家だってそうです。窓が2つあって、その下にドアがあれば顔に見えてくるでしょう。
私の人生は、ずっとこのパレイドリアとともにありました。そしてこの「症状」の面白いところは、あらゆるものに人格を与えられるところです。
人や動物だけでなく、身の回りの物にも個性を見いだすことができる。まるで全ての物が生きているかのように感じられるんです。そうすると、世界はもっと面白くなります。
Photo: Kisa Toyoshima ケニー・シャーフ『SHIMISHIMIKAO!』(2026年)部分
―子どもも、物から顔を見いだすことがよくありますよね。
「全ての子どもは芸術家である」とよくいわれます。しかし、多くの人は成長する過程で、その感性をしまい込んでしまう。生きていく上で役に立たないと思うからです。お金にもならないし、仕事にも結びつかない。だから切り離してしまうのです。
でも、私が好きなアーティストたちは、その感性を失わずに生かし続けている人たちです。私自身もそうです。見る物全てが新鮮で素晴らしく見えた、子どもの頃の驚きの感覚を一度も失ったことがありません。だから今でも、どこへ行っても「あの雲を見て!」「あの木を見て!」というふうに歩いています。
子どもは、非常に開かれた存在です。創造的で、世界からあらゆる情報を吸収している。アーティストとは、その感覚を手放さない人たちなんです。
Photo: Kisa Toyoshima ケニー・シャーフ
―あなたの作品には常にエネルギーがあります。45年以上にわたって第一線で活躍し続けている原動力は、子どもの頃のような驚きや好奇心を失わずに、世界を見続けていることにあるのでしょうか?
私は、自分に喜びや良いエネルギーを与えてくれる物を意識的に探す必要があると思っています。なぜなら、この世界には本当に憂鬱(ゆううつ)になる出来事がたくさんあり、同時に私自身も、この世界で起きている恐ろしい現実を十分理解しているからです。
もちろん、そうした悲しい現実を否定したり無視したりしているわけではありません。ただ、自分を高めてくれるものに積極的につながろうとしているのです。
それは、制作する時も同じです。私はまず、自分自身を元気づけたいし、制作を続けられるだけの幸福なエネルギーを得たい。そして、自分に喜びをもたらしてくれるものを祝福したいのです。そのエネルギーが、作品を通して鑑賞者にも伝わればうれしいです。
Photo: Kisa Toyoshima ケニー・シャーフ
―ニュース記事を背景に取り入れた「ダイアー・ヘッドライン」シリーズも、世界と向き合うことがテーマになっていますね。
私が子どもの頃から最も関心を持ち続けている問題の一つが、環境問題です。環境破壊については、半ば取りつかれていると言ってもいいでしょう。
ただ、そのことばかり考えて落ち込んでいたくはありません。かといって、何も起きていないふりをしたいわけでもない。私は地球温暖化という現実や、私たち人間の行動が、この美しい世界を壊していることを十分に理解しています。
Photo: Kisa Toyoshima 左から『NOWMICRO』『MICRONOW』『KUDOS』(いずれも2026年)
だからこそ、私は作品の中に新聞の見出しを取り入れています。じっくり観たい人は、その情報を読み取ることができます。一方で、表面的な色彩や楽しさだけを味わえるようにもしています。
つまり、鑑賞者には選択肢があるのです。絶望的なニュースがあっても、私たちは生き続けられる。しかし、変化を起こしたいのであれば、現実から目を背けることはできません。
私は人々に意識を向けてもらいたいと思っていますが、押し付けたいわけではありません。鮮やかな色彩を純粋に楽しむこともできるし、さらに深く見れば、その奥にある深刻な問題に気づくこともできる。それはまさに、私たちが生きている世界そのものなのです。
Photo: Kisa Toyoshima ケニー・シャーフ『MICRONOW』(2026年)部分
―1980年代のニューヨークについてお聞きします。実際に交流されていたキース・ヘリングやアンディ・ウォーホル、ジャン=ミシェル・バスキアたちから、どのような影響を受けましたか?。
本当に全てです。もちろん自分自身のアイデアや表現もありますが、1978年にニューヨークへ移り住んだ最初の週に、キースとバスキアに出会いました。
その2人からは、本当に多くのものをもらいましたね。年齢も近く、互いに良い意味で競争意識がありました。刺激的で健全な関係だったと思います。表現方法はそれぞれ全く異なっていましたが、「どうやって作品を世の中に届けるか」という考え方は共有していました。
画像提供:NANZUKA バスキア(左)、キース(右から2番目)とシャーフ(右)
当時のニューヨークは、地下鉄の車両がグラフィティーで覆われていて、それを見ずには生活できませんでした。そのくらい、街そのものが創造性に満ちていたのです。
私たちは若いアーティストで、大きな野心を持っていました。ギャラリーに入りたかったし、認められたかった。でも当時は、どのギャラリーも私たちに興味を示してくれませんでした。
だから私たちは「それなら、街そのものをキャンバスにしよう」と考えたのです。当時、FuturaやLee、Fab 5 Freddyなど、多くのグラフィティーアーティストたちとも交流しました。
1980年に開催された「Times Square Show」(ニューヨークで開催された伝説的な現代アート展)は、時代を象徴する出来事でしたね。私やバスキア、キース、そしてグラフィティアーティストたちが一堂に会し、そこで爆発的な化学反応が起きたのです。
画像提供:NANZUKA 左からシャーフ、アンディー・ウォーホール、ヘリング(1986年)
私たちはストリートの即時性やエネルギーを取り入れ、彼らは私たちの持つアイデアや空間感覚、カートゥーン的な表現を取り入れた。そこには多くの共通点がありました。その結果、強烈な切迫感とエネルギーが生まれたんです。
残念ながら、彼らは若くして亡くなってしまいました。でも私はまるでトーチを託されたように、その炎を受け継ぎました。そして、今もその火を燃やし続けているのです。
―そうした即興性や切迫感は、今も制作に生きていますか?
もちろんです。だから、今でも下描きはほとんどしません。何を描くか完全には決めていないし、自分でも分からない。先が分からないリスクがあるからこそワクワクするし、面白いんです。
もし最初から全部計画してしまったら、退屈でしょう。もちろん、巨大彫刻のように制作費用がかかる作品は設計しなければなりません。でも基本的には、先が分からない状態の方が好きなんです。
Photo: Kisa Toyoshima 左から『PINK N' GRIN(GREEN)』(2025年)、『SUNSHINE LOLYPOP』『DEVIANT FUZZ』『BRAY GROCK』(いずれも2026年)
―作品は一気に描くのですか?
作品によりますね。1年かかった作品もあります。しかし、丸いキャンバスにスプレーで表情を描いた「MOODS」は……どれくらいかかったか言うべきかな(笑)。あまり長くないですよ。20分くらいです。
―20分ですか!
スプレーペイントは最も速い画材です。そして、グラフィティーのための道具でもあります。ストリートで描く時は、逮捕されるかもしれないし、危険な目に遭うかもしれない。だから、素早く描かなければならないんです
私は、そういう環境で描く訓練を受けているんです。今でも大きな壁画を手がけますが、巨大な壁画でも3、4日で完成させられます。
スプレーは、速く描けば描くほど良く見える。ためらいながら描くと勢いが失われてしまうし、見た目も良くありません。勢いよく描けば、その瞬間のエネルギーが作品の中に残る。そして観る人も、そのエネルギーを感じ取ることができるんです。
Photo: Kisa Toyoshima 左から『BUGREEN』『3C』『SURPLEGUYS』(いずれも2026年)
―作品には笑顔や驚いた顔など、さまざまな表情が登場します。どのように選んでいるのでしょうか?
私は基本的に、あらゆる感情が大切だと思っています。もしずっと幸せなままだったら、それを幸せと感じることすらできないでしょう。幸せを知るためには、悲しみも知らなければならないからです。
人間は誰でもさまざまな感情を経験します。そして、そのどれもが重要なのです。だから私は、どの感情も等しく大切だと思っています。
―最近気になっているアーティストはいますか?
生きている人も亡くなった人も含めて、好きなアーティストはたくさんいます。でも、特定の名前を挙げるのは難しいですね。誰かの名前を出せば、ほかの誰かをがっかりさせてしまうかもしれないですし、私はみんなを応援したいんです(笑)。
ただ、日本で出会ったアーティストの中で、本当に感動した人がいます。田名網敬一です。
2年前に来日した際にお会いして、スタジオも訪ねました。大きな作品集もいただいたのですが、ページをめくりながら「なんてすごいんだ」と圧倒されました。本当に信じられないほど素晴らしかった。
亡くなってしまったことは悲しいですが、でも作品は残り続けます。それこそがアートの素晴らしさです。
今こうして私たちがキースやバスキアについて語っているように、アーティストは肉体がなくなった後も生き続けられる。それは本当に美しいことだと思います。
Photo: Kisa Toyoshima ケニー・シャーフ
―若いアーティストへメッセージをお願いします。
若いアーティストから「どうしたら成功できますか?」「どうしたらギャラリーに入れますか?」「どうしたら作品が売れますか?」とよく聞かれます。私の答えはいつも同じです。
作品を作っている最中に「ギャラリーは気に入るだろうか」「売れるだろうか」「マーケットに合うだろうか」と考え始めた瞬間、あなたは道を誤る。
もちろん生活は必要です。お金もキャリアもです。でも、制作中にそのことを考えてはいけないのです。
アート界の政治や市場の動向ばかり気にしている人が、あまりにも多い。そんなものは一時的なものです。本当に重要な作品は、それらを超えて残り続けます。
だから、若いアーティストには「最高の作品を作ることだけを考えなさい」と伝えています。アートマーケットという言葉は、あなたの創造性を壊してしまうでしょう。
Photo: Kisa Toyoshima 左から『SHIMISHIMIKAO!』『SHIMIPRETTY』『KAOSHIMI!』(いずれも2026年)
私自身、1980年代に成功を経験しました。でも90年代になると、誰も見向きもしなくなりました。そこから学んだのは、外からの評価をよりどころにしてはいけないということです。
称賛を信じ 過ぎ てもいけません。称賛に支えられていると、それがなくなった時に自分も崩れてしまうからです。
愛されるのは素晴らしいことです。私だって愛されたい。でも、愛されない時期もありました。それでも続けなければならない。なぜなら、それが自分自身だからです。
Photo: Kisa Toyoshima ケニー・シャーフ
―これまで日本から受けたインスピレーションはありますか?
父が仕事で日本を訪れていたこともあり、子どもの頃から日本に強い関心を抱いていました。何より、日本のゴジラやモスラといったSF映画に夢中でした。
今観るとキッチュでユーモラスな作品ですが、メッセージはとても現代的です。放射能汚染が起き、それが海へ流れ込み、怪獣が現れる。そんな物語を子どもの頃に観ていました。
Photo: Kisa Toyoshima 左から『KIKINOKO』『KIKIDANCE』(いずれも2026年)
そして、現実には福島の原発事故が起きた。あれから15年近くた経った今も、放射性物質の問題は完全には終わっていません。それなのに、ニュースではほとんど報じられなくなってしまった。本当は毎日一面に載るべき問題です。だから私は、あの頃のSF映画は、今でも非常に重要な意味を持っていると思っています。
そして、私は日本の観客が大好きです。何かを好きになった時の熱量がすごい。1980年代に初めて日本を訪れた頃、『Big in Japan』という曲が流行していました。私は「日本で有名になるってどんな気分なんだろう」と想像していたんです。
そして実際に来てみたら、本当に特別でした。もちろん世界中の人に作品を愛してもらえたらうれしいけれど、日本で受け入れてもらえることには特別な喜びがあります。それは、子どもの頃からの夢でしたから。
Photo: Kisa Toyoshima ケニー・シャーフ
―最後に、日本で好きな場所を教えてください。
色、光、看板、あらゆるものがあふれている銀座や新宿が大好きです。歩いているだけで興奮します。ニューヨークのタイムズスクエアも有名ですが、新宿の圧倒的なエネルギーにはかないません。あの過剰さが魅力なんです。
温泉も大好きです。以前、箱根を訪れたことがあります。木造建築の在り方や自然の美しさ、そして自然に対する深い敬意に触れました。大地と調和しながら生きる日本の伝統的な感覚には、深い美しさを感じますね。