東京を創訳する

文化人類学者、船曳建夫の古今東京探索

東京を創訳する 第6回『鮨と江戸前』
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東京を創訳する 第6回『鮨と江戸前』

これまで5回にかけて、地勢、皇居、遠くの富士山と、東京・江戸という舞台を説いてきたが、今回はその最後となる、海について解説する。 海に面している大都市は世界に他にもあるが、と書きだして、実はあまり無いことに気が付いた。ニューヨーク、サンフランシスコ、ロサンゼルス、とアメリカばかりで、リオデジャネイロもあるが、あとは、バルセロナでもマルセイユでも中都市の規模である。日本は大阪、名古屋と大きな都市はみな海に面しているので、日本人の私には他の国でもそうだろう、という固定観念があった。日本は島国なのだ。大都市に必要な流通は、まずは船による海運だった。ところが、東京湾は船が往来するだけでなく、そこで漁業が行われる「鮨の海」なのだ。

東京を創訳する 第5回『富士山』
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東京を創訳する 第5回『富士山』

東京の地勢を本連載の第2回で、台地、低地、埋め立て地の3つで説明した。その全体は、さらに大きく海と山とで囲われている。海は東京湾のことだが、それは次回に話すとして、山とは近くの山々ではなく、富士山のことだ。

東京を創訳する 第4回『桜』
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東京を創訳する 第4回『桜』

桜の開花宣言が、プーチンのクリミア編入宣言と並んでテレビのトップニュースになるのは、日本くらいのものだ。しかし、それを内向き思考と言って嘆くのは、今回の主題ではない。「ま、いいじゃないか」というスタンスで、東京の桜について語ろうというのである。

東京を創訳する 第3回『江戸のからだ』
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東京を創訳する 第3回『江戸のからだ』

江戸時代には、からだが生みだす、3つのエンターテインメントがあった。それは、歌舞伎という演劇、相撲というスポーツ、芸者というサービスである。

東京を創訳する 第2回『日比谷ー東京の臍』
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東京を創訳する 第2回『日比谷ー東京の臍』

この400年、東京の地勢の基本は変わっていない。それを理解するには、海に面した「埋め立て地」、川に挟まれた「低地」、内側に広がる「台地」の3種の土地を知るだけでよい。その3つ、すべてを見渡せる場所が皇居の東南の角、日比谷にある。

東京を創訳する 第1回『皇居』
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東京を創訳する 第1回『皇居』

1600年と1868年、東京の歴史を知るには、この2つの年号を覚えておけばよい。1600年は、日本の武将、徳川家康が天下分け目の大会戦に勝った年で、この時から江戸、すなわち今の東京を中心として新しい日本の社会政治システムが始まる。1868年は、その家康が始めた江戸の政治体制が崩壊し天皇を担いだ、新たな近代的な政権が生まれた年である。1600年より前を「江戸以前」、1600年~1868年を「江戸時代」、1868年から今日までを 「近代日本、または今の日本」と呼ぶことにしよう。

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東京を創訳する 第26回

下流の人は日本にはいない。貧乏な人はいるし、この社会には貧困の問題がある。しかし、上流、下流の階層はなくなった。あえて言えば、日本人はいまやほとんどすべて下流なのだ。 平安の昔、貴族はいた。江戸時代なら殿様や武士はいた。そんな身分は過去には日本列島に確かにあった。それは「上流」と呼んでいいだろう。しかし、前回と前々回に書いたように、いまや上流と言えるような人びとは皇族とその周りだけである。明治維新、太平洋戦争、と100年もたたない間に二度も「上流」が吹っ飛ばされたことで変わった。「私は上流」と、今でも威張ったりするガッツのある人はいなくなった。江戸時代のように「私は下流だからお宅の玄関からは入れません、裏口から」とへりくだる人もいなくなった。むしろ、たとえば日本の研究者が初めてヨーロッパに行くと、イギリスの大学などで技術系のスタッフが「自分は偉い教授や本格的な研究者と『違う』から一緒には食事しない」と言ったりして、別のテーブルで固まっている。進んでいるはずのヨーロッパに、むしろ「階級社会」が残っているのにびっくりする。...