東京を創訳する

文化人類学者、船曳建夫の古今東京探索

東京を創訳する 第16回『歌舞伎ー昔と今(2)』
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東京を創訳する 第16回『歌舞伎ー昔と今(2)』

今回は前回の「かつてのやるせない」ほど衰退した歌舞伎が、いかにして連日満員の今日を迎えたかについてお話しするのだが、そこを歌舞伎とは何か、から始めて、詳しく説明しよう。起きたことだけで言えば、「三之助と孝玉コンビという若手スターの誕生で、客が戻った」と1行で終わってしまうから。

東京を創訳する 第15回『歌舞伎ー昔と今(1)』
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東京を創訳する 第15回『歌舞伎ー昔と今(1)』

前に、江戸東京が作った3つの「身体のエンタメ」は、歌舞伎に相撲に芸者である、と書いた。それぞれは、その後の300年以上の歴史の中で、「映画、演劇」、「スポーツ」、「風俗、グルメ」という新たなジャンルの中に引き継がれ、その中核に今も存在している。江戸東京という町の、古今の混ざり具合の不思議さだ。これから6回にわたってその3つの、昔と今を眺めてみる。

東京を創訳する 第14回『住居 2ー「ウサギ小屋」バンザイ?』
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東京を創訳する 第14回『住居 2ー「ウサギ小屋」バンザイ?』

日本を訪れても、くれぐれも日本人に自宅に招かれることを期待しないでほしい。それは日本人に「おもてなし」の気持ちがないからではない。日本の住居は、スパのようなもので、他人をお招きするにはあまりに住居内の親密さが高すぎるのだ、とは、前に「住居」についてお話ししたことだ。ただ、日本人に、どうして日本ではあまり他人を招いてパーティなどしないのか、と聞けば、普通は「狭くて他人は呼べないから」と答えるだろう。

東京を創訳する 第13回『日本文化の中のズームインとズームアウト』
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東京を創訳する 第13回『日本文化の中のズームインとズームアウト』

 日本について語る時に、伝統と近代性の融合とか、わび・さび、といった概念を使うのは、間違っているわけではないが、たんに聞く方も飽きているだろう。今回は、ここ400年ほどに発展した日本文化の大きな特徴について、”zoom”という言葉で、説明をしようと思う。

東京を創訳する 第12回『住居ー日本の家はスパだ』
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東京を創訳する 第12回『住居ー日本の家はスパだ』

近頃、外国のホテルに泊まっていると、エレベーターの中に一家全員がバスローブに身を包んでいるのに出くわしたりすることがある。それはここ15年くらいの話で、以前はそんなことはなかった。彼ら、素足にスリッパなど履いて、浜辺にいるかのように、みな一様に笑顔である。こちらは狭い空間にただひとり、多勢に無勢で黙って突っ立っているだけだが、何か変な気がする。

東京を創訳する 第11回『鮨の謎 3ーsushiの進化論的解釈』
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東京を創訳する 第11回『鮨の謎 3ーsushiの進化論的解釈』

鮨について2回(第9回、第10回)書き、鮨の謎は解き明かされた。それでも残る疑問がある。どうして、ついこの間までは「生の魚なんて」と言っていた外国人たちが鮨を食べるようになったのか。日本人としては、嬉しいような恥ずかしいような、それでいて悔しいような。名誉毀損の訴訟にやっと勝ったと思ったら、鮨がfishy(生臭い、あやしげ)な食べ物と、不名誉の烙印を押されていたこと自体、誰も覚えていてくれていない。

東京を創訳する 第10回『鮨の謎 2ーファーストフード』
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東京を創訳する 第10回『鮨の謎 2ーファーストフード』

前回(第9回『鮨の謎 1ー築地と鮨ネタ』)、こんなことを書いた。「鮨のようにいわば『B級グルメ』の料理では、食材が生命である。私の期待は、日本でもニューヨークでも、そのあたりの海岸のニッチ(小さな生態系)に生息している海の生き物を、漁師が探索して味を試すことで、江戸前ではない鮨を作り出すことである」。鮨を高級な料理と思っている人は、「B級グルメ」はびっくりしたかもしれない。繰り返すが、値段は高級だが鮨はやはりB級グルメなのだ。

東京を創訳する 第9回『鮨の謎 1ー築地と鮨ネタ』
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東京を創訳する 第9回『鮨の謎 1ー築地と鮨ネタ』

外国の友人から、「東京で一番美味しい鮨屋に行きたいので教えてくれ」と聞かれる。そしていつも、こう答えるようにしている、「東京の鮨屋は、高いところに行ったらどこも美味しいよ」と。「高い」というのは、支払う金額がひとりあたり15,000円以上のことを指す。それ以下でも十二分に美味しい店はあるが、値段の高い店であれば築地の魚市場に行き、質の良い高価なネタを仕入れることができるので確実に美味い。

東京を創訳する 第8回『キモノの謎』2
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東京を創訳する 第8回『キモノの謎』2

前回に引き続き、今回も東京を訪れる外国人を読者と想定して書く。日本人は今から書くことを知っているからではない。むしろキモノと限らず日本のことをあまり知らないのだが、「無知な(失礼!)観光客」という読者に語るという方式をとった方が、彼らのプライドを傷つけずに、かつ、「なるほど!」と素直に気付かせやすいのだ。

東京を創訳する 第7回『キモノの謎』
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東京を創訳する 第7回『キモノの謎』

日本では、日常の生活を「衣・食・住」の3つに分ける。その順にこれから何回かに分けて、東京の衣食住の話を、外国から訪れた人を読み手と想定して書いてみよう。日本の伝統的な衣服はキモノである。キモノには沢山の謎がある。普通の日本人は謎があるとは思っていないが、実はあるのだ。この文の中に出てきた謎に、Q1、2と番号を付けて、最後にすべて答えることにする。

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東京を創訳する 第26回

下流の人は日本にはいない。貧乏な人はいるし、この社会には貧困の問題がある。しかし、上流、下流の階層はなくなった。あえて言えば、日本人はいまやほとんどすべて下流なのだ。 平安の昔、貴族はいた。江戸時代なら殿様や武士はいた。そんな身分は過去には日本列島に確かにあった。それは「上流」と呼んでいいだろう。しかし、前回と前々回に書いたように、いまや上流と言えるような人びとは皇族とその周りだけである。明治維新、太平洋戦争、と100年もたたない間に二度も「上流」が吹っ飛ばされたことで変わった。「私は上流」と、今でも威張ったりするガッツのある人はいなくなった。江戸時代のように「私は下流だからお宅の玄関からは入れません、裏口から」とへりくだる人もいなくなった。むしろ、たとえば日本の研究者が初めてヨーロッパに行くと、イギリスの大学などで技術系のスタッフが「自分は偉い教授や本格的な研究者と『違う』から一緒には食事しない」と言ったりして、別のテーブルで固まっている。進んでいるはずのヨーロッパに、むしろ「階級社会」が残っているのにびっくりする。...