上野水香
Photo: Keisuke Tanigawa

インタビュー:上野水香

「どんな舞台も、今回が最後だと思いながら踊ってきた」

編集:
Hisato Hayashi
テキスト: Ayako Takahashi
広告

タイムアウト東京 > アート&カルチャー > インタビュー:上野水香

2022年、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した、日本を代表するバレリーナの一人である上野水香。5歳でバレエを始め、牧阿佐美バレヱ団を経て、東京バレエ団のプリマとして活躍する彼女は今、同団の定年と舞台生活40周年の節目を2023年に控える中で、華やかに咲き誇っている。そんな上野に、バレエへの思いや今月の公演『ドン・キホーテ』について聞いた。

関連記事
インタビュー:吉田都
インタビュー:堀内將平(Kバレエカンパニー)

あるがままに、無心で踊る
『白鳥の湖』(Photo: Shoko Matsuhashi)

あるがままに、無心で踊る

2月に踊られた『白鳥の湖』は、東京バレエ団の団員としては最後、つまり「踊り納め」とのことでした。上野さんの『白鳥の湖』は、牧阿佐美バレヱ団での舞台を含め、何度も拝見してきましたが、演じるというより無心にご自分の踊りと向き合っているように見えました。

古典ではいつも「今回はこうやってみよう」「ああやってみよう」と試行錯誤したり、自分としてどうしたいかを突き詰めてみたり、一歩一歩すごく考えたりしてきました。でもこのところ、そうやって積み上げてきたものが自分の中に残っている中、どうやろうとかどこを見てほしいとか、そういうことを全部取っ払って、ただただ振付と役に没入するようになっています。

あるがままに自分を投入していくだけで自然と自分だけの部分が出るのだから、「私はこうです」は必要ない、と考えるようになったんです。

―最初に白鳥の主役を踊ったのは2000年でしたか。

1999年に、埼玉の籠原での公演で、怪我をされた草刈民代さんの代役として踊ったのが最初です。約半年後の2000年3月に東京のゆうぽうとホールで踊りました。1日限りの公演で、とにかく成功させたいという気持ちが強かったので、今も3月11日という日にちを覚えているくらいです。以来、全幕バレエとしては一番たくさん踊っている演目だと思います。

―東京バレエ団の『白鳥の湖』はブルメイステル版で、とても演劇的です。その中であれだけ無心に超然と踊られた。ご自身としてはどんな感覚でしたか?

ブルメイステル版では、ロットバルトがオディールを伴って王子のもとにやってくる3幕で各国の踊りの人々が全員ロットバルトの手下になり、相当な勢いで王子を攻め立てていきます。

その中でオディールが王子を誘惑するわけですが、すでに十二分に周囲が王子の心を動かしてくれているので、それこそ超然と君臨しているだけで成立するんです。すっと立っているだけでも、周囲のおかげで王子は「これが自分の求めている女性だ」と思ってくれる。

そこでオディールが、変に誘惑しようと頑張る演技をすると、うるさくなってしまいます。ノーマルなバージョンですと、周囲のみんなは味方ではないので、ロットバルトと相談して王子を引き寄せては突き放しという駆け引きをするのですが、ブルメイステル版の場合はそれは周囲が作っていて、グラン・パ・ド・ドゥが始まる時はもうすっかり虜なんです。

―そうなると、水香さんご自身の近年の境地とブルメイステル版が合っていたとも言えるのですね。今後も何らかの形で踊られるにしても、一つの区切りとして胸に去来したものはありましたか?

私はどんな舞台も、今回が最後だと思いながら踊ってきました。それこそ最初に『白鳥の湖』をやらせていただいた時、ある先生から「牧阿佐美先生は、一度踊らせて良くなければ、二度と踊らせないこともある。今回だけだと思って臨んだ方が良い」と言われて。以来、東京バレエ団に入ってからも毎回、明日死んでしまうかもしれないくらいの気持ちで舞台に立ってきたんです。

でも実際、それぐらいの気持ちを舞台に持っていくと、お客様にもその思いが伝わるんですよ。だから、今回も同じような気持ちで踊っただけで、踊り納めだからこうということはなくて。

ただ、今回スペシャルなことだと思ったのは、周りで一緒に踊ってくれる仲間の「頑張れ!」「お願いだからちゃんとやって」といった圧、そして「良いものを観たい」「良いものを見せてくれるに違いない」と信じてくださるお客様の気持ち。そういう、良い意味でのエネルギーを私は360度から受け、それを身体に反映させながら踊ることができました。

さまざまな作品を踊りながら
Photo: Keisuke Tanigawa

さまざまな作品を踊りながら

―『白鳥の湖』を終えた翌月、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞されました。2021年の舞台を評価されての受賞でしたが、受賞理由の中には、上野さんが日本人女性では唯一踊ることを許されているモーリス・ベジャール振付『ボレロ』も入っていました。

実際、昨年の舞台は新境地として評判になりましたね。2004年、東京バレエ団への入団発表会見の時、総監督の佐々木忠次さんが「まだ決まってはいないけれども、個人的には彼女の『ボレロ』が観たい」とおっしゃっていたのを、とても印象深く記憶しています。

入団して2日目の朝、事務所の前を歩いていたら佐々木さんが来て、シルヴィ・ギエムの『ボレロ』のビデオを渡され、「これを見て覚えて来て」とおっしゃったんです。それをベジャールさんに見せなければいけないから、と。

東京バレエ団には『ボレロ』を教える人はいないので、ビデオから見様見真似で覚えて、あとは東京バレエ団の団員ですでに『ボレロ』を踊っていた首藤康之さんや高岸直樹さんに少し教わりました。その後私ともう一人のビデオを撮り、そのビデオをベジャールさんに送ったところ、私にやってほしいと返事をいただきました。

―それから、何回も踊られて。

最初は踊ることができてうれしい反面、怖いし、重かったですね。やはり、すごい方たちが踊ってきて、お客様それぞれに理想の『ボレロ』がありますから。

その中で自分が踊るのがどれだけ大変なことかは感じていたし、だからこそ「よし」と差し出せるものになかなか行き着かなかったんです。毎回、「大丈夫かな」「お客さんにけっこう受けたから、今回よかったのかな」「今回はやっぱりイマイチだったかな」といった感じで、非常に怖い演目でした。

そうやって15年以上踊ってきましたが、ようやく、もしかしたら自分の表現が見つかったかもしれないというところまで来たのが、ここ2、3年。私自身も生きる中で様々なことがあり、年齢もあり、バレエ団からは5、6年前から定年のことを言われ続けて、コロナ禍もあり、未来が見えてきたようで、でもやっぱり見えなくて、もしかしたらすごい断崖絶壁にいて落ちちゃうかもしれないし、道は続いているかもしれない。

そういう状況にあってもバレエをやっていて、そして『ボレロ』を踊る時、「こうありたい」「こう見せたい」「こうなりたい」ではなく、ありのままの自分を差し出そうと思えたんです。

『ボレロ』(Photo: Shoko Matsuhashi)
『ボレロ』(Photo: Shoko Matsuhashi)

―それにしても『ボレロ』の中央にいるメロディ役は、周りにリズムのダンサーたちがいるとはいえ、基本的には円卓の上で一人でほぼ全てを作っていかなければならない。孤独な作品ですよね。

そう。本当に孤独だけど、自分自身の人生も孤独なのでリンクしています。この年齢で、主役級でやってきて、もう長いこと独りぼっちとも言えますから。

―確かに、ダンサーという職業自体、誰もが独りといえば独りです。

みんな、自分と厳しく向き合って戦っているようなところがあり、非常に寂しい存在です。だから『ボレロ』の世界はある意味、アーティストの孤独そのもの。だけれども、テーブルの中には誰も入って来ることができず、誰も自分を侵害しないパーソナルスペースそのものなので、限りなく自由なんです。つまり、孤独であり、自由でもある。

この作品は、今後もまだまだ踊りたいですね。もっとも、どんな作品でもアーティストはそうで、『白鳥の湖』にしたって、もちろんパートナーとのことはすごく大切で、周囲にみんなもいるけれど、やっぱり舞台では独りですから。

―これまで古典から近現代のものまで、多種多様な作品を踊られています。2017年のローラン・プティ振付『アルルの女』の、悲しみや憂いを湛えたヴィヴェット役も印象的でした。

『アルルの女』はまたやりたいですね。モスクワのガラ公演に呼ばれ、その時に相手をロベルト・ボッレさんと決めて、彼のためにこの作品がいいのではないかということになったのがきっかけです。きっと素敵だろうと思ったし、本人も招聘側もうれしいのではないか、と。

女性はパ・ド・ドゥくらいで、あとは男性のソロでしたが、私は昔、世界バレエフェスティバルでドミニク・カルフー二さんがマニュエル・ルグリさんと踊っていた舞台を生で観たことがあるんです。ルグリさんも素敵でしたが、とにかくカルフーニさんに感動して。ヴィヴェットという役には地味なイメージがありましたが、カルフー二さんはまるで夜空に浮かぶ月みたいに美しく鮮やかに、美しい爪先で踊られて、これだけ魅せられるものなのかと驚いたんです。

あのイメージに近づきたいという気持ちでその時も踊りましたし、それをご覧になった東京バレエ団の斎藤友佳理監督がぜひ全編上演しようと言ってくれて、実現しました。やはり全編を通してやると、希望を持ちたいんだけど届かない彼女の人生が浮き彫りになりますよね。ぜひまた深めて、今の自分で演じてみたいですね。

広告
『ドン・キホーテ』、そしてその先へ
Photo: Keisuke Tanigawa

『ドン・キホーテ』、そしてその先へ

―さて、『白鳥の湖』に続いて、今年6月には『ドン・キホーテ』を、東京バレエ団の団員として踊り納めます。牧阿佐美バレヱ団で主演された舞台も拝見していますが、まだ若かった上野さんと、はつらつとしたキトリ役のイメージが重なるかのようでした。今度は40代で定年前というタイミングで、どのようなキトリを見せていただけるか楽しみです。

牧阿佐美バレヱ団の『ドン・キホーテ』直前に、平成13年度芸術選奨文部科学大臣賞の新人賞をいただいたんです。

―そして、今回は芸術選奨文部科学大臣賞を受賞したあとの『ドン・キホーテ』。巡り合わせを感じますね!

そういうことになりますね! 東京バレエ団のワシーリエフ版『ドン・キホーテ』のキトリは出ずっぱりで、出ていない時は着替えていて、激しい踊りも多く、しかも一番大変なフェッテ(回転)が最後のグラン・パ・ド・ドゥに残っている。体力的にとても大変なんです。

でも毎回、踊るとやっぱり楽しくて。ラテンの女性で、勝ち気だけれど、特にワシーリエフ版はとにかく明るくて可愛らしさが前面に出た女性。物語としても底抜けに明るくてカラフルなエネルギーいっぱいの賑やかな作品なので、こういう時代だからこそ皆さんに楽しんでいただき、来た時より帰る時の足取りを軽く感じていただけたら成功ではないかと思います。

『ドン・キホーテ』(Photo: Hidemi Seto)
『ドン・キホーテ』(Photo: Hidemi Seto)

―5歳でバレエを始められて、来年が定年の45歳。40年間、一作一作、これが最後かもしれないという気持ちで踊り続けるのは、大変なことだと思います。悩んだり辞めたくなったり、心を病んでしまったりしてもおかしくないのではないですか?

「もう辞めたい」「辞めたほうがいいんじゃないか」と、いつもいつも思ってしまうくらい、この世界は厳しく、報われないことが多い。それでもバレエを踊っている自分というもので、今までの人生を生きてきたし、だからこその幸せがたくさんありました。

むしろ、「バレエから離れた方がいいんじゃないか」「そろそろいいかな」などと思っていると、目の前に大きなチャンスが巡ってくる。そういう流れでバレエに引き寄せられてきたようなところがあります。それに私自身、踊ることが大好きですから、大変なことや悲しいことがあっても、踊っていると忘れてしまうんです。

―バレエの魅力を改めて言葉にしていただくとどのようなものになるでしょうか?

いろいろな舞台芸術があるけれども、バレエは言葉がなく、踊りと身体の表現のみで、ストーリーや音楽を伝えるのが特徴だと思います。言葉は直接伝わるものですが、バレエではその言葉がない分、より雄弁になったり一層深く感じることができたりする余地がたくさんある。一人一人にまっさらな気持ちで観ていただくと、その人だけの感じ方で受け取ることができるのが、ほかにはない特徴ではないでしょうか。

―日本では人口が減っていますし、コロナ禍も重なって、舞台業界は今後の集客に関する不安を抱えています。そのことをどう感じていますか?

今後どうなっていくのかも、どうなっていけばいいのかもわからないのですが、最近は配信も充実し、映像とリアルが共存していて、それは続くと思います。どちらにもそれぞれ良さがありますから。

でも、私たちは生身の人間で、生の舞台で生きていますし、実際にライブの舞台をご覧になる方もきっとお感じだと思うのですが、やっぱり生のほうがしっかりと会っている感覚がある。コロナでしばらく舞台ができず久々に舞台に立った時、最初に思ったのが「(皆さんと)会えた」だったんですよ。それはほかに代え難いもの。どうなるかもわからないということも含めて、その時その場にいる人にしか味わえない一期一会であり、とても価値のあるものだから、その価値はずっとずっと続いていくと信じ、祈っていきたいです。

―今後、バレエ以外でやってみたいことはありますか?

これまでにも、バレエ以外のメディアやミュージカルなどの違うジャンルにも挑戦してきましたし、対談をしたご縁で元宝塚トップスターの柚希礼音さんのコンサートにゲスト出演しました。その世界にしかない魅力がそれぞれにありますし、さまざまな価値観や人との出会いを経験することで、舞台人としてだけではなく、一人の人間としても自分の世界を広げてもらったような感覚があります。それはかけがえがないので、もっといろいろなところで仕事をしたい気持ちはすごくあります。

とはいえ、必ず私のコアにあるのはバレエです。「この人が目的で来たんですけど、すごく惹かれたので今度はバレエを観に行きます」などと、インスタグラムなどでコメントをいただくことも多いので、さまざまな人に興味を持っていただき、自分が命を削ってやっているバレエに少しでも還元できればうれしい。しばらくはそういう形で舞台と関わって活動していきたいですね。

 

衣装提供:チャコット

ロゴキャミソールニットトップ(9,900円)
ツイストニットプルオーバー(13,200円)
チュールスカート(16,500円)

問い合わせ:0120-919-031
https://shop.chacott.co.jp/

Contributor

高橋彩子
舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。『エル・ジャポン』『AERA』『ぴあ』『The Japan Times』や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。現在、ウェブマガジン『ONTOMO』で聴覚面から舞台を紹介する『耳から“観る”舞台』、バレエ雑誌『SWAN MAGAZINE』で『バレエファンに贈る オペラ万華鏡』、バレエ専門ウェブメディア『バレエチャンネル』で『ステージ交差点』を連載中。

 http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

公演情報

  • ステージ

古典バレエ作品の中でも不動の人気を誇る『ドン・キホーテ』全2幕を、東京バレエ団が上演。ミゲル・デ・セルバンテス著『ドン・キホーテ』のエピソードをもとに、床屋のバジルと町娘キトリのバルセロナを舞台にした恋物語が展開される。

出演は、東京バレエ団の定年退団を迎え、舞台生活40周年の節目を2023年に控える上野水香をはじめ、柄本弾、涌田美紀、秋元康臣、秋山瑛、宮川新大らがそろう。

6月23日(木)、26日(日)は、本作を当たり役の一つとして、バレエ団のデビュー以来幾度も感動の舞台を魅せてきた上野が出演。上野と柄本が踊る息の合ったパ・ド・ドゥは必見だ。24日(金)は、今回初めてペアを組む涌田と秋元、25日(土)は『くるみ割り人形』などでもペア経験を持つ秋山と宮川が登場する。

もっと記事を読みたいなら……

  • ダンス

英国の名門バレエ団、バーミンガム・ロイヤル・バレエおよび英国ロイヤル・バレエのプリンシパルとして活躍した名バレリーナの吉田都が、新国立劇場舞踊部門の芸術監督に就任する。

秋からの2020/2021シーズンを目前にして、コロナ禍に見舞われた吉田が語る今の思い、そして芸術監督としてのビジョンを聞いた。

  • ステージ

熊川哲也率いるKバレエカンパニーのダンサーとして活躍し、2020年10月には最高位であるプリンシパルに昇格。堀内將平(ほりうち・しょうへい)28歳は、今まさに注目のダンサーだ。バレエを始めたきっかけから踊りへの思い、今後の出演作から、今年8月に自ら舞踊監修する公演まで、さまざまに語ってもらった。

広告
  • ステージ

世界中が称賛するアーティスト、勅使川原三郎が率いるダンスカンパニー「KARAS」。そのKARASにあって、ここ何年ものあいだ舞台芸術ファンの注目を一身に浴びているのが、ダンサーの佐東利穂子だ。

唯一無二の存在感が輝く舞台上だけではなく、昨今ではアーティスティックコラボレーターとして、勅使川原作品のクリエイション全般への貢献が大きく期待されている彼女。KARASが長らく精力的に取り組んできた「文学作品を踊る」ということを中心に、2021年8月に上演される勅使川原三郎版『羅生門』の魅力についても聞いた。

  • ステージ

ドイツのデュッセルドルフとデュースブルクに拠点を置くバレエ団「バレエ・アム・ライン」が今秋、初来日する。上演するのは、2009年から芸術監督を務めるマーティン・シュレップァーが昨年振り付けを行い、ドイツで高い評価を得た『白鳥の湖』。古典的な『白鳥の湖』と違い、本作にはおとぎ話の夢々しさや物々しさは皆無で、モノトーンのシンプルな世界が特長だ。

2020年からはパリ・オペラ座エトワールのマニュエル・ルグリの後任としてウィーン国立バレエ団芸術監督に就任する彼に、『白鳥の湖』について聞いた。

おすすめ
    関連情報
      広告