Joanna Chuah
Photograph: Kashmira KasmuriJoanna Chuah

シンガポールで家庭菜園が流行している4の理由

ロックダウン後のニューノーマルは、食べられる植物を育てる

Nicole-Marie Ng
テキスト:
Nicole-Marie Ng
広告

シンガポールは、道に並ぶ緑豊かな熱帯雨林の植物のおかげで、昔から「ガーデンシティ」として知られている。そのため、地元では「サーキットブレイカー」とも呼ばれた約2カ月のロックダウンの期間中、外の雰囲気を家にも持ち込みたいという欲求が多くの人のなかで高まってきたのは当然のことだろう。

今、シンガポールではさびたガーデニングツールを再び手に取り、家庭菜園で野菜や果物を育て始める人が急増している。高層アパートにある狭い家でも、その現象は見られる。どうやら彼らは、単に園芸スキルをアップさせたいと思って土いじりを始めたわけではなようだ。

自家栽培の農産物を販売する小規模ビジネス、WWEdiblesの創設者であるジョアンナ・チューア(写真上)は、みんなが家に閉じこもっていたロックダウンが、シンガポールで食べられる植物を育てる人が増えたきっかけになったと指摘。

「ロックダウンの間、特定の苗屋で買う必要のあるモンスタラスやアロカシアスのような観賞植物を、外へ出かけて求めることはできませんでした。その代わり、種から野菜などを育てる簡単な方法が注目されたわけです」と家庭菜園が増加した理由を説明した。

シンガポールの園芸家で、Insgtamアカウント(@briansgardenadventures)を通じて熱帯植物の情報を発信している、ブライアン・ティアンは、シンガポールでの植物栽培について「家庭での野菜栽培には多くの関心と熱意があるのを感じますが、適切な指導を受けられる機会はあまりありません。シンガポールでの園芸は簡単なことではありません。手をかけた植物が枯れてしまい、がっかりすることもあるでしょう」と現状を分析する。

シンガポールにおける園芸のトレンドとその背景にある根深い動機はなにか。二人のアーバンな土いじりの専門家に聞いた。

Brian Thian
Brian ThianPhotograph: Kashmira Kasmuri

1. シンプルに、おいしい

誰にとっても、家庭菜園を始める第一の理由は単純なものだ。自分の手で育てたものを食べたいからだ。「私は食べることが大好きなので、自宅で収穫できるというアイデアは刺激的でした」と、ブライアンは家庭菜園を始めた頃の魅力をこう話す。

しかし土地が乏しいシンガポールでは、持てる生活空間の全てをフル活用しているため、新たに菜園環境を作るのは非常に困難だ。ジョアンナは植物を植えるために、自然光がたっぷり入る狭い屋上の庭も利用。ブライアンは自宅以外の場所でも菜園を始め、キャッサバやトウモロコシ、カシューナッツの木までもを団地の共有緑地に植えている。ブライアンは「自分と家族に何を食べさせているのかを正確に把握している」と、それでも苦労して菜園を続ける価値はあると教えてくれた。

Joanna's rooftop garden
Joanna's rooftop gardenPhotograph: Kashmira Kasmuri

2. 名シェフたちも地元食材に注目

シンガポールでは、家庭の食卓以外でも、受賞歴もあり国際的に認められたシェフやバーテンダーたちの店において、地元産の食材が使われてきた。

ミシュランの一つ星店であるラビリンスは、このムーブメントの草分け。メニューの90%近くに地元農家の食材を使っている。地元産へのこだわりは若手シェフの間にも。カウスモでは地元や地域の農家から仕入れているだけでなく、忘れ去られてしまった在来種の緑や花々にも注目しているという。

ジョアンナは、地元のシェフたちの意識についてこう語ってくれた。「シンガポールの一流シェフたちは、小さくて各家にあるような菜園からの購入など、地元の食材を調達する新しい方法を常に検討しています。そうしたシェフたちがいるのは、いわばローカル料理の普及の最前線。そのため自分たちの仕事が評価されることは、小規模農家である私たちにとってはとても大きなことなのです。新しい食材や良い食材を求める彼らは、常に私たちに緊張感を持たせてくれています。ローカルを気取るために、ローカルになっているわけではないのです」

Joanna Chuah
Photograph: Kashmira Kasmuri

3. 体に良い

ガーデニングなど土いじりの健康効果はよく知られている。(日光を浴びることで)毎日のビタミンDの摂取を助けてくれる。少ない運動でありながら心臓を拍動させ、気分も高めることにもつながるため精神面での健康も促進。これは、ストレスや不確実性、不安が高まっているこの時期に、より多くの人が家庭菜園を始めている理由を説明しているといえるだろう。

「シンガポールのような裕福な社会でも、つらい思いをする人は多いのです。落ち込んでいるときはルーティンを作り、自分のために小さな目標を設定する必要がありますが、家庭菜園では起きて植物に水をやることがそれになるのです。新しい葉っぱを見たら、それは小さなマイルストーン。ベイビーステップを踏むことが大切なのです」とジョアンナは説明してくれた。

Brian Thian
Photograph: Kashmira Kasmuri

4. 深刻さを増す「食の安全」問題

シンガポールの食べ物に関しては、もっと大きな展望がある。都市国家、シンガポールは自給自足を目指しているのだ。シンガポール農業食糧獣医局(AVA)によると、シンガポールは現在、食糧供給の90%以上を輸入に頼っている。2016年、農業に使われた土地は国土の1%未満。ロックダウンの期間、農産物を自国栽培する重要性がこれまで以上に明らかになり、買い漁りはスーパーの棚や冷蔵コーナーを空っぽにした。また、作物や環境に影響を及ぼす気候変動の脅威も常に存在している。

ただ、状況は悲惨ではない。シンガポールは包括的な輸入多角化戦略のおかげで世界で最も食料安全性の高い国の一つであり続けており、2018年と2019年にはエコノミスト・インテリジェンス・ユニットによる世界食料安全保障指数でトップに輝いた。しかし、念のために言っておくと、それでも国では2030年までに栄養必要量の30%を自国で生産することを計画している。

この野心的な『30 by 30』という目標は、国立公園局(NParks)の『Gardening with Edibles(編集部訳:食べられる植物を取り入れた園芸)』プログラムをはじめとする政府の斬新な取り組みにつながり、園芸愛好家が利用できるコミュニティーの区画数を2倍に増やす計画もある。

「良い方向に向かっていると思います。最初は人々が失敗して諦めてしまうのではないかと心配していましたが、NParksは種を配布するだけではなく、動画レッスンを展開することで教育を推進しています。ガーデニングの場合、学習曲線は急上昇するものなので、これは素晴らしい動きだと思います」と、ブライアンが行政の対応を評価。

「しかし、これは終点と見なすのではなく、園芸についての会話の始まりです。アパートや公営住宅(HDB)、オフィスなどの生活空間をもっと有効に活用してほしいと思っています。機能的で食用にもなるものを育てることができるのに、なぜただ観賞用の植物を育てるのでしょうか? 小さなことから始めましょう」とさらに今後の広がりに期待を寄せた。

原文はこちら

関連記事

世界初の水上アップルストア、マリーナベイサンズにオープン

日本とマレーシア、9月から駐在員らの相互往来に合意

日本とシンガポールがトラベルバブル締結に合意

日本が留学生の入国制限を8月末にも緩和へ

バリ、海外からの観光客受け入れは2021年以降へ

最新ニュース

    広告