東北アップデート:創造する力

被災地に色をもたらす東北アーティストキャラバンとは

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テキスト:Nick Narigon

2011年の東日本大震災後、東京在住の堀之内ジェイはほかの多くの人と同様、何か行動を起こさなくてはいけないと考えた。そして、ボランティア団体に参加したこのアーティストは、2011年5月には東北へと向かっていた。東北に着いて最初に衝撃を受けたのは強烈な臭いだったと彼は語る。海底から津波によって打ち上げられた大量の汚泥がそこらじゅうに散らばっていたのだ。

魚市場から流された何千もの死んだ魚の臭いが混じった悪臭は凄まじかった。「下水道のような臭いだった」と彼は振り返る。「もう1つ衝撃的だったのは瓦礫の山だ。目に見えるのは家の土台だけ。すべてが灰色で、本当にショックだった」。

カリフォルニア生まれの堀之内は、最初の2ヶ月を石巻で汚泥をすくったり、漁師の失くした道具を探したりして過ごしたが、その後ボランティアたちは別々の場所に分かれて作業を行うことになった。チームを任された堀之内は場所の選択権を与えられると、気仙沼の唐桑を選んだ。

彼は、最初のボランティア任務のときから、この牡蠣養殖で有名な村に何か引きつけられるものがあることを感じていたという。「唐桑は結束の強いコミュニティで、隣近所がみな昔から顔なじみだ」と彼は語る。「村の人は本当にとても暖かくて、私たちを家族のように迎え、食事を振る舞ってくれた。最後は私たちのためにパーティーまで開いてくれた。すぐに私は唐桑の力になりたいと感じた」。

津波によって気仙沼の12の港のうち6つが破壊された。6000人の人口のうち100人以上が津波に流されて死亡した。「唐桑は30〜40年ぐらい前は、有名な観光地だった」と堀之内は語る。「ビーチはないけど、崖や岩が連なり、木々が海岸まで生い茂ったとても美しい場所だ」。彼は、アーティストとして、自分が唐桑にもう一度色彩を取り戻したいと願っているのを知っていた。

堀之内は東北に戻るための資金集めをしている最中、TokyoDexのディレクター、ダニエル・ローゼンと出会った。ローゼンもまた堀之内と同じように、自分のクリエイティビティを東北で役立てる方法を探していた。2013年4月、彼らはともに東北アーティストキャラバンプロジェクトを立ち上げた。「タイミングが良かった」とローゼンは語る。「人々がまだ何かしら東北のことを覚えていて、手伝える方法をいろいろ考えている時だった。基本的にここTokyoDexでやっているのはアート、音楽、アイデアに関することなので、東北のコミュニティに何か還元できる方法はないか模索していた。それから、あちこちにお願いして回った」。

2013年のゴールデンウィークに、寄付された7台のミニクーパーに乗り込んだ30人のアーティストや音楽家が、唐桑に向かった。そして、そこで6日間を費やし、牡蠣処理場など、見通しが良く象徴的な3つの建造物に壁画を描いた。彼らはこの取り組みを「気仙沼アートスケープ」と呼んだ。さらに、参加したアーティストたちは地元の子どもを対象としたワークショップを開き、また太鼓芸能集団鼓童などのバンドが新しく再建された地福寺でコンサートを開いた。「本当に魔法のようだった」とローゼンは語る。「いろいろな意味で素晴らしい旅だった。本当にたくさんの人が助けの手を差し伸べてくれて、そのおかげで成功することができた」。

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東北アーティストキャラバンの主な目標の一つは、継続させることだ。ローゼンは、自分たちがまた唐桑に戻ってくることを住民に伝え、長期にわたって唐桑に影響を与えることが重要であると言う。キャラバンは2014年春にも行われ、10人のアーティストが喫茶店ジジに壁画を描いた。ここは唐桑の指導者の集会所にもなっていて、地元で人気の店である。モチーフとして選んだのは、折石という有名な地元の史跡である。このそそり立つ石柱の先端約2メートルは1940年代の津波で折れてしまったが、3.11では破壊されずに震災前と変わらぬ姿を見せている。

ローゼンと堀之内は2015年のゴールデンウィークに再びキャラバンを計画しており、4月24日に出発する。「私たちはキャラバンの性質を変えていきたいと考えている」とローゼンは語る。「キャラバンのテーマはもはや災害へのレスポンスではなく、コミュニティ再建に果たすアートの力を示すことだ」。

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