温水洗浄便座
温水洗浄便座

車いす目線で考える 第35回:不便を便利にする製品づくり

バリアフリーコンサルタント大塚訓平が考える、東京のアクセシビリティ

編集:
Sato Ryuichiro
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アメリカ大リーグのロサンゼルス・エンゼルスに所属する選手、大谷翔平が、昨シーズン最も活躍した選手に贈られるMVPを満票で受賞した。このニュースは日米だけでなく、世界中のファンに大きなインパクトをもたらし、野球界は大いに盛り上がった。

世界120以上の国と地域で親しまれる野球だが、審判が判定を示す「セーフ」や「アウト」のジェスチャーが、一人の聴覚障害者の困難さを解決するために生まれたものであったことを知っているだろうか。きっかけを作ったのは、幼少期に髄膜(ずいまく)炎で聴覚障害となったウィリアム・ホイ。通算2000本安打、600近い盗塁を記録した、有名なメジャーリーガーだ。

「セーフ」や「アウト」など、このなじみのジェスチャーは、大歓声の中で音をキャッチできなくても見ればすぐに理解できるし、遠く離れた場所から試合を観戦する人にも伝わる。ホイは、野球をプレーする上で障害と感じていたものをなくすことによって、不可能を可能にした。

それが、今ではこうしたジェスチャーが我々の日常生活のコミュニケーションで、ごく自然に使われるものにまでなっている。実は、電話の発明にも、グラハム・ベルが聴覚障害の妻のために補聴器を作る過程で発見した、声を電気信号に変える技術が応用されている。

ジェスチャーや電話に限らず、このように障害を起点に生み出されたものは、世の中に多く存在している。例えば、ライター。マッチで火をつけるには両手が必要になるが、戦争で片腕をなくした兵士でも片手で たばこに火をつけられるようにと考えて開発された。

次にカーディガン。当時は頭からかぶるタイプのセーターしかなかったの対して、セーターを前開きにしてボタンで留めることで、負傷兵が軍服の上からでも素早く暖を取れるようにと工夫されたものだ。

温水洗浄便座は、日本での普及率が80%を超えているが、元々は、アメリカの会社アメリカン・ビデが、医療や福祉用として主に痔の患者向けに作っていた。そのため、当初一般の人は使用を避けていたが、今では暮らしを豊かにしてくれているものになっている。

ここで挙げた3つの製品に対して、ネガティブなイメージを持つ人はほとんどいないだろう。むしろ、ジッポライターはコレクタブルグッズとして認知されているし、カーディガンはファッションとして、そして温水洗浄便座は訪日外国人から大人気だ。どれも日常にすっかり溶け込んだポジティブな商品であるといえる。

ここ数年で「障害は社会の側にある」という考え方が浸透してきたおかげで、「不可能(使えない)を可能に(使える)」「不便(使いづらい)を便利(使いやすい)に」という着眼で製品開発することが注目を受けてきている。

中でも洗濯用洗剤の『アタックZERO』は、優れた商品だと思う。ワンハンドプッシュと呼ばれる、片手でプッシュするだけで必要な分量の洗剤を出すことのできる設計は、洗濯時に何かしらの障害を感じていた人にとって、革新的だった。握力の弱くなってしまった高齢者や手にまひのある人や片腕の人のほか、特に視覚障害者からは大好評だった。

SNS上では「今まで計量カップから洗剤があふれてしまうことがあった」「なんとなく感覚で洗剤を入れていた」、弱視の人からは「計量の細かい目盛りが見えづらくて、時間がかかっていたという不便さを見事に解消してくれた」との声が上がったのだ。

この商品を開発した花王は開発段階で、高齢者や視覚障害者、障害によって握力の弱い人に実際に使ってもらって使いやすさなどを検証していたそうだ。あらゆる当事者に検証してもらうことは、「より便利に使いやすく」の先にある、「使いたい」「使っていて楽しい」という心理的な満足や豊かさにも届く製品づくりにつながる。だからこそ、本当に売れる製品にする効果があるのだと思う。

障害当事者に限らず、人々が感じる数多くの困難さや課題を可視化して、それを解決できる技術やサービスを持つ企業とのマッチングが行われてほしい。そこから、世の中をより良くする、そんなポジティブな発明が生まれることを願いたい。

大塚訓平(アクセシブル・ラボ代表理事)

1980年、栃木県宇都宮市生まれ。2006年、不動産会社オーリアル創業。2009年に不慮の事故で脊髄を損傷。車いすで生活を送るようになったことで、障害者の住環境整備にも注力するように。2013年には、外出環境整備事業に取り組むNPO法人アクセシブル・ラボを設立。健常者と障害者のどちらも経験している立場から、会社ではハード面、NPOではソフト面のバリアフリーコンサルティング事業を展開中。

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