世界一クリーンな街、東京の知られざる「ごみ問題」

日本サニテイション専務取締役、植田健に聞く東京の異変

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写真:谷川慶典

東京を訪れる外国人たちの多くが驚くのは、その清潔さだ。多くの人々が行き交う大通りから公共空間のトイレに至るまで、東京の街は常に美しく保たれている。世界最大級の人口密度を誇る大都市でありながら、東京はこれまで「衛生的でクリーンな街」として世界に認知されてきた。しかし、そんな東京に近年、異変が起きている。人々からは見えないところで大量のごみが行き場を失い、あふれ始めているというのだ。

「今、東京のごみ処理施設は、どこも満杯の状態です。このままだと、そのうち東京の街中にごみがあふれ、常に『ハロウィン直後の渋谷駅前』のような状態になるかもしれません」

そう話すのは、東京都で産業廃棄物処理事業を展開する日本サニテイションの専務取締役、植田健だ。清潔な街、東京にごみがあふれる……。にわかには信じがたい話だが、その背景にはいったい何があるのか。

植田健

「日本では法律上、ごみは大きく一般廃棄物と産業廃棄物に大別されます。産業廃棄物とは、企業や商店などの事業活動によって生じた廃棄物のうち、法律で定められた20種類を指します。一般廃棄物はそれらに該当しないもののことで、一般家庭から出る生活ごみや、企業と商店で出る産業廃棄物以外のごみです」

家庭から出る生活ごみは、私たちがよく知っている通り、各自治体が処理している。一方の産業廃棄物については、それぞれの事業者が自分の責任で処理しなければならない。そのため各事業者は、専門の業者に産業廃棄物の処理を有料で委託している。日本サニテイションもこうした専門業者の一つで、関東近郊のオフィスや工場、医療施設からさまざまな廃棄物を収集運搬し、適切に中間処理を行っているのだ。

「中間処理とは、廃棄物を安全に埋め立てて処分するため、分別や減容、無害化などの工程を行うことです。私たちは各企業から収集したごみを、自社の中間処理施設をはじめ提携する都内の複数の処理場に搬入しています。しかし近年、処理場に持ち込まれるごみの量が目に見えて増えているのです」

植田によれば、処理場の前には常に搬入を待つごみ収集トラックの長い列ができ、入場までに5、6時間も待機しなければならない状況が常態化しているそうだ。 なぜ、中間処理施設に大量のごみが持ち込まれるようになったのか? 

植田はその理由について次のように指摘する。「最大の理由は、2017年末に中国が廃プラスチックの輸入規制を始めたことです。廃プラスチックとは産業廃棄物の一種で、廃タイヤや合成ゴムくず、使用済みのペットボトルや弁当のプラスチック容器なども含まれます。日本はこれまで、こうした廃プラスチックを中国に向けて大量に輸出していました。それが輸入規制されたことで、行き場のなくなったプラスチックごみが国内にだぶつくようになったのです」

あまり知られていないが、実は日本は米国、ドイツに次ぐ世界第3位の廃プラスチック輸出大国である。2017年に輸出された廃プラスチックは約143万トンで、そのうちのおよそ半分(約75万トン)が中国向けに出荷されていたという。

中国は1980年代以降、国内での資源再利用を目的に、廃プラスチックを含む資源ごみを大量に輸入してきた。そんな中国が廃プラスチックの輸入規制に踏み切ったのは、再資源化できない汚れた廃プラスチックや、分別しきれずに紛れ込んだ夾雑物(きょうざつぶつ)が不法投棄されるケースが後を絶たず、社会 問題化したためだ。こうした動きを背景に、中国に次ぐ輸出先だった東南アジア諸国も次々に輸入規制を強化。

そのため、2018年の日本の廃プラスチック輸出量は約101万トンにまで激減した。しかし、日本で排出される廃プラスチックの量は減ることなく、ここ数年は年間900〜1000万トンとほぼ横ばいで推移。

つまり、滞留する廃プラスチックを国内で処理せざるを得ない状況が生まれていたのだ。現在、東京都内にある産業廃棄物の中間処理場の数は、小規模のものも含めて337施設(※2019年4月時点、東京都環境局)。植田によれば、これらの処理施設の多くで廃プラスチックが「敷地内に山積みになっている」という。

取材チームは、植田の案内のもと、都内の中間処理施設に足を運んだ。植田の指摘通り、処理場につながる道路には入り口の数百メートル手前から搬入を待つトラックが長い列を作っていた。「搬入待ちの間もドライバーは運転を続けます。こうした状況が続けば、人手不足が深刻なドライバーの貴重な時間についての国家的損失につながります」 と植田。

処理場内では、トラックから搬入された多種多様なごみが、油圧ショベルの大きなツメで分別ヤード内に次々と運ばれていく。しかし、絶え間なく持ち込まれるごみに処理が追い付かず、ヤードの外にあふれんばかりに溜まっているのが実情だ。

「ここで分別処理された廃プラスチックは、RPF(Refuse Paper and Plastic Fuel)と呼ばれる固形燃料に加工され、製紙メーカーやセメント会社に納入されます。ただ、在庫が増え過ぎて、敷地内に保管するのも限界になってきています」

さらに、今年5月には、有害廃棄物の国境を越えた移動を制限する「バーゼル条約」の第14回条約国会議(COP14)で、廃プラスチックが新たに規制対象となることが決定。2020年1月より、汚れていたり夾雑物が混じっていたりする廃プラスチックの輸出は事実上、不可能になった。日本が国外に輸出する廃プ ラスチックも対象となる可能性があり、国内での廃プラスチック処理の需要はさらに高まると予想されている。

こうした状況を受け、環境省は家庭ごみなど一般廃棄物の焼却を行う各自治体の清掃工場に、産業廃棄物の廃プラスチック受け入れについて要請を始めた。 本来、日本では一般廃棄物と産業廃棄物の処理は厳密に区別され、混合処理は法律上、許されていない。緊急措置とはいえ、今回の要請は異例のことだ。しかし、植田は「一時的な対応では、根本的な解決にはならない」と力を込める。

「廃プラスチックを焼却処理して埋めたとしても、最終処分場の能力には限界があります。事実、首都圏の最終処分場の残存容量は、当然のこととして限界があるわけです。この問題を解決するには、最終処分場の数を増やすか、廃棄物そのものを減らすか、この2つしかないのです」

一方、東京の最終処分場は、1998年に埋め立てが始まった東京湾内の新海面処分場を残すのみで、新たな処分場を確保することは困難だ。つまり、私たちに残された選択肢は、廃棄物そのものを減らす、ごみの分別やリサイクルを徹底することに他ならない。

「すでに日本ではリサイクルがある種の文化として定着し、市民の分別に対する意識も、世界的に見れば非常に高いレベルにあるといえます。しかし、廃プラスチックを含め、ごみそのものの量を減らすためには、ごみの元となるモノ を『つくる』『捨てる』というプロセスにおいて、さらなる意識改革が必要だと強く感じています」

例えば、弁当を食べた後のプラスチック容器は、ごはんが一粒でも残っていればごみとして廃棄せざるを得ない。ラベルやキャップが付いたままのペットボトルや、吸い殻の入った空き缶なども同様だ。

「でも、きれいに洗って捨てれば、これらはリサイクルして再資源化できる。 一人一人が容器を使った後で少し、分別の手間をかけるだけで、リサイクルの効率は大きく向上するのです」

植田は、今日からできる簡単な意識改革として「ごみ箱を増やす」ことを提案する。 「燃えるごみや燃えないごみ、缶・ビン、ペットボトル、紙ごみなど、捨てる段階で細かく分類すれば、それほど後工程で負担なく分別が可能なのでリサイクルが実現できるのです」

一方、日本サニテイションでは、今夏より「つくる」過程からごみを減らすための新たな取り組みを始めた。現在、機材メーカーにアプローチし、製造段階からリサイクルを前提としたプラスチック製品の開発研究を進めているという。

「ごみ処理事業者とメーカーが協働することで、そもそもごみを発生させないものづくりの可能性を模索したいのです。廃棄物の処理や環境に対する意識は、世界的に大きく変化しています。私たち処理事業者も、プレイヤーの一人として、その認識を変えていく必要がある。私はそう思っています」

植田健(うえだ・けん

2017年、日本サニテイション専務取締役に就任。産業廃棄物収集運搬処理をメイン事業に、環境への負担軽減など様々な取り組みを行っている。

Open Tokyo

無限の可能性を秘める「イヌコロ」とは
  • Things to do

「障がいがある人もない人も同じ土俵で戦える。あまりない状況ですが、イヌコロならできるんですよ」。うれしそうにこう語ったのは、西川精機製作所代表取締役の西川喜久。『イヌコロ』という新たな可能性を作り上げた一人だ。 イヌコロって?『イヌコロ』とは、1960年に創業した町工場の西川精機製作所と、障がい者が過ごしやすい社会を目指して活動するINU Projectが共同開発したボウリングの投球補助機。投球補助機は、車いす利用者や高齢者、子どもなど、自分でボウリングの球を転がすのが難しい人の投球を補佐するものだ。従来の据え置き型のものでは、他者によって設置された球をレバー操作で転がすことしかできなかったが、この『イヌコロ』では「自分自身で球を転がす」という体験を可能にした。 従来の据え置き型の投球補助機  クラウドファンディングを経て商品化された『イヌコロ』6号機。『イヌコロ』と名付けられた理由は、INU Project代表でエンジニアの松田薫が大の犬好きであることから。「犬」と「転(ころ)がす」をかけたそうだ  使い方もいたってシンプルだ。器具を車いすにセットしたらこいで前進し、程よいタイミングでキュッとハンドリムを握ってブレーキをかける。そうすると球が転がり落ちる仕組みになっているので、スピードや、球を投げる方向を自分でコントロールすることができる。 『イヌコロ』で遊んでいる様子。動画で使われているものは5号機  この全く新しい投球補助機を作ろうと思ったきっかけについて、西川精機製作所代表取締役の西川はこう語る。 「印刷業をやっている友人が持ってきたボウリング用品のカタログで、初めて投球補助機を知りました。障がい者や高齢者、子どもは、こういった器具がないとボウリングができないんだと言われたのですが、カーブもシュートもできないこの器具を使ったプレイで、本当にボウリングを楽しんだと言えるのかと疑問に思いました。なので、自分の意思で球に回転をつけたりできるような器具を自分が作ってやろうと思いました」 西川精機製作所代表取締役の西川  「生の声」を大切に重ねた改良2014年から江戸川区の新製品開発助成金を受けながら、この熱い気持ちで開発を進めていた西川だったが、1号機は失敗に終わる。球を左右にカーブさせることには成功したものの、サイズが非常に大きく、なんだかんだで置き型だったのだ。西川は、「『絶対にあの人たちのためになる』と勝手に思い込んで作っていたのが失敗の原因だった」と当時を振り返る。 1号機の失敗後に共通の知人を介して知り合ったのが、日頃から障がいのある人々に寄り添っているINU Projectだった。一方のINU Projectも、企画担当で理学療法士の井手麻衣子が「ボウリングを気軽に楽しみたい」とある女の子から言われたことを機に、新しい投球補助機を作ろうしてしていたのだ。5号機以降から本格的にタッグを組むことになり、ユーザーが本当に欲しているニーズを分かりきれていなかった西川精機と、「なんでボールがきれいに転がらないのか」という検証ができずに悩んでいたINU Projectがお互いを補い合うことで、『イヌコロ』は一気に進化を遂げた。 また、試作機が完成しては実際に使用してもらい、「生の声」を大切にすることも意識したという。時には理学療法士からもアドバイスをもらい、デザインにも反映したそうだ。例

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