タグコレ 現代アートはわからんね
Photo: Keisuke Tanigawa展示「タグコレ 現代アートはわからんね」会場の様子

わからないからおもしろい、「タグコレ」が提示するもの

山塚リキマルの東京散歩#3:『タグコレ 現代アートはわからんね』展

Mari Hiratsuka
Rikimaru Yamatsuka
編集:
Mari Hiratsuka
テキスト:
Rikimaru Yamatsuka
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角川武蔵野ミュージアムで『タグコレ 現代アートはわからんね』が開催中だ。本展は、機械加工製品の販売等を行うミスミグループの創業者・田口弘によって収集された、各国の現代アートのコレクションを展示するというもの。

会場には絵画のみならず立体や写真、映像などあらゆる形態の作品が並んでおり、かのアンディ・ウォーホルの『キャンベルスープ缶』や、奈良美智の『サイレント・ヴァイオレンス』など超有名作品がラインナップされていて驚くワケだが、なんといっても特筆すべきはその「見せ方」である。鑑賞者に対するホスピタリティが高く、アテンドが行き届いているのだ。 

「タグコレ 現代アートはわからんね」
Photo: Keisuke Tanigawa「タグコレ 現代アートはわからんね」

1980年代からスタートし、いまもなお拡張を続けるタグチアートコレクションの収集史を、テーマ毎に5つに切り分けた構成も非常に明快だし、作品がもつ文脈や社会的背景などを記した解説文がついているのもナイスだ。

現代アートの「現代」とは、現代音楽の「現代」と違って、現代の社会情勢や社会問題を反映した作品という意味である。つまり一般的な絵画作品より、その文脈や背景がとても重要なファクターになっている。しかし、我が国のアートシーンにおいて、作品を言葉で説明するというのは邪道なものだと見なされがちだ。

こうした風潮の根底には『アートってのは言葉で説明するもんじゃねえんだよ。その作品の色や形から、自分の感性で拾い取ったこと。それが全てなんだよ』という一見さんお断り的なストイシズムがあるワケだが、本展には、そうした敷居の高さは見受けられない。あらゆる角度から視点を提示し、鑑賞者と作品の距離感を狭めようというココロミを積極的に行っている。

西野達
Photo: Keisuke Tanigawa西野達『やめられない習慣の本当の理由とその対処法』2020年 タグチアートコレクション/タグチ現代芸術基金

田口の口癖から引用されたという「現代アートはわからんね」というタイトルは、「わからないから、おもしろい」という含みを持っているワケだが、田口のそうした無邪気で屈託のない精神がしっかりと反映されていると思う。

提供される情報は単なる作品解説のみにとどまらない。美術展に足を運ぶだけでは決してうかがい知ることのできない、コレクター目線のエピソードもあけすけに提示されている。 例えば、キース・ヘリングの作品の落札額だとか、悪徳ギャラリーにふっかけられた苦い思い出だとか、そういうゴシップギリギリな舞台裏が惜しみなく開陳されているのだ。作品のみならず、「アートを買うというのはどういうことなのか?」という疑問に対しても考えるきっかけを与えてくれる。すごいサーヴィス精神だ。

誰かと話しているときに「めちゃくちゃ気になるけど、聞いちゃマズいかなあ?」と思って控えていた質問を、相手が先回りして面白おかしく喋ってくれたみたいな、うれしい気安さを感じる。

タグコレ 現代アートはわからんね
Photo: Keisuke Tanigawa

さて、テキストというのはともすれば「うるさく」なってしまいがちだが、その辺もしっかり気を配っている。真っ黒なパネルに白い文字が浮かび上がるタイプのキャプションを採用しているのだが、照明を絞ることで会場の空間にうまく馴染ませているのだ。

また、タグコレにおけるエピソード・ワンにあたる『未知との遭遇』へ続く廊下は、自分の手すら見えないほど真っ暗なのだが、入って左手側の壁面にはまっすぐ一列に、田口弘と娘・美和によるテキストと本展のコンセプトが明るく浮かび上がっている。そこに何と書いてあったのかはここでは伏せておくが、僕は「ああ、いいこと書いてるな」と思った。フツーに、素直にそう思った。

そのテキストが発する淡い光を頼りに進み、会場の第一フロアへとたどりつくワケだが、この導線によって、鑑賞者はより深くアートに没入することができる。さながら『不思議の国のアリス』に出てくるウサギ穴のような機能を果たしているのだ。実にニクいオープニングであると思う。

タグコレ
Photo: Keisuke Tanigawa

「敷居が低く、導入が巧みで、門戸が広い」、つまりはオープンだ。田口美和の語るところによれば、タグチアートコレクションには「アートは人類の共有の資産」という考えがあるそうだ。自分たちは作品を預かっている立場であるからして、自前の美術館もつくらない。コンテンツを持って学校や地方の美術館を回り、あらゆるリージョンの人々にアートを愉しんでもらうべく尽力しているのだという。世界的に見ても、ここまでオープンな姿勢で作品を公開しているアートコレクターは大変珍しいようだ。

このオープンさは、田口の経営理念に基づくものであるという。アートからビジネスのヒントを多く得たという彼は、自身のポリシーをアートシーンにフィードバックしているのだ。これはもはや一大文化事業である。頭が下がる。リスペクトしかない。完全に支持する。

全52点の作品がひしめく本展で、個人的に印象深かった作品をいくつかあげると、ヴィック・ムニーズの『裏面 モナ・リザ』はクールだと思った。タイトル通り、かのモナ・リザの額装の「裏面」の模作で、精緻なリサーチによって運送会社のステッカーやちょっとした書き込みに至るまで完コピしているのだという。こういうコンセプト一発勝負みたいな作品に僕は弱い。

タグコレ 現代アートはわからんね
Photo: Keisuke Tanigawa展示の様子

コンセプトの面白さということであれば、トーマス・ルフの『jpeg rl03』もかなりクラった。ネットで拾ったスペースシャトルの発射時の画像を再保存しまくり、画質が劣化してガッビガビになったものを拡大プリントした作品なのだが、遠巻きに見るとフツーにスペースシャトルの写真なのに、近くで見ると何がなんだか分からない。フィジカルで味わうサムネイル感覚だ。

トーマス・ルフ
Photo: Keisuke Tanigawaトーマス・ルフ『jpeg rl03』

迫力でいえばライアン・マクギネスの『このマシンは憎悪を包囲し降伏を強要する』もめちゃくちゃすごかった。かつてデザイナーとして企業のロゴ等を作っていた作者が、いろんなアイコンやロゴを散りばめて極彩色に仕上げた曼荼羅のような作品なのだが、なんかもう「DMTアート」(幻覚物質ジメチルトリプタミンの作用によって見えるビジョンを模したアート作品のこと)みたいだった。しかも超デカいし。ちなみにこの超カッコいいタイトルは、ボブ・ディランにも多大な影響を与えたフォーク・シンガー、ピート・シーガーのバンジョーに書き込まれていた言葉からきているそうだ。

ライアン・マクギネス
Photo: Keisuke Tanigawaライアン・マクギネス『このマシンは憎悪を包囲し降伏を強要する』

でも一番感動したのはスーパーフレックスの『世界の終わりってわけじゃない』かな。皮肉と絶望と希望が一緒くたになっていて、その感じがとても格好良かったし、いまこそきわめて訴求性を持つ作品だと思う。

スーパーフレックス
Photo: Keisuke TanigawaSUPERFLEX | スーパーフレックス『It is Not the End of The World』

展示『タグコレ 現代アートはわからんね』は、2023年5月7日(日)まで開催。

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