逆境から生まれた切り紙絵「マティス 自由なフォルム」展が開幕
Photo: Naomi Installation view of 'Fleurs et Fruits' (1952-53) © Succession H. Matisse

逆境から生まれた切り紙絵「マティス 自由なフォルム」展が開幕

4年の歳月をかけた人生の集大成「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」の再現展示も

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「色彩の魔術師」とも呼ばれた20世紀フランス絵画の巨匠、アンリ・マティス(Henri Matisse)。彼が後半生で精力的に取り組んだ「切り紙絵」の作品群にフォーカスする日本初の大規模展が、乃木坂の「国立新美術館」で開幕した。

フランス南部にある「ニース市マティス美術館」が全面協力し、絵画、彫刻、版画、テキスタイルなどの作品や資料を約150点紹介。本展に合わせて修復された、幅8メートルを超える切り紙絵の大作「花と果実」(1952~53年)や、最晩年に携わったことで知られる「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」の空間再現など、展示室で体感してほしい見どころが満載だ。

逆境から生まれた切り紙絵「マティス 自由なフォルム」展が開幕
Photo: Naomi展示風景 © Succession H. Matisse

病床でたまたま出会った絵画制作が人生を決める

本展の前半、セクション1~3では、50代でニースへ移住するまでの半生と作品の変遷を、ほぼ時系列に沿ってたどることができる。

幼い頃から病弱だったマティスが独学で絵を描き始めたのは、20代前半のこと。虫垂炎で入院した病床で、母親から絵の具のセットをプレゼントされたのがきっかけだった。当時は法律事務所での仕事に就いたばかりだったが、次第に絵画制作に魅了されていく。

パリの国立美術学校で、象徴主義の画家であるギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau)と出会い、彼のアトリエで制作したり、「ルーヴル美術館」で模写に励んだりと研さんを重ねた。また、印象主義のカミーユ・ピサロ(Camille Pissarro)や、新印象主義のポール・シニャック(Paul Victor Jules Signac)ら、同時代の画家たちとも交流している。

逆境から生まれた切り紙絵「マティス 自由なフォルム」展が開幕
Photo: Naomi展示風景 © Succession H. Matisse

そして、北フランスで生まれ育ったマティスが、南フランスのトゥールーズやコルシカなど各地を転々とする中で、温暖な気候と明るい日差しの風景に出合ったことが光の表現と色彩の探求という大きなテーマにつながるなど、いくつもの転機がマティスの絵画表現を飛躍させていく。

特に1905年、当時フランス領だったスペイン・カタルーニャの町、コリウールに滞在して描いた作品群は、同年秋に開かれた展覧会「サロン・ドートンヌ」に出品され、後に「フォーヴィスム(野獣派)」と呼ばれる潮流を生む契機となった。

逆境から生まれた切り紙絵「マティス 自由なフォルム」展が開幕
Photo: Naomi© Succession H. Matisse

本展では、油画だけではなく、版画やデッサン多数紹介されている特に、1941~42年にかけて描いた160点をまとめたデッサン集「テーマとヴァリエーション」(1943年)に掲載された作品群をはじめ、陰影を緻密に描き込んだものやシンプルな線で描かれたデッサンは、見比べる楽しさがあって興味深い。

絵画と彫刻の連作やアトリエで愛用した品々を紹介

本展の見どころの一つに、絵画と彫刻の関係性が挙げられるだろう絵画と並行しながら、彫刻の制作も学んだマティスは、同じモデルや主題を絵画と彫刻の両方で表現することにも取り組んできた。また、細部の表現を少しずつ変えた彫刻の連作シリーズも手がけている。

今回展示されたブロンズの彫刻作品は、オルセー美術館がニース市の「マティス美術館」へ寄託しているもの。貴重な木彫作品とともに、ここまで多くのブロンズ彫刻の作品が並ぶのは珍しい機会だろう。絵画表現との共通点を探してみるなど、じっくりと鑑賞して楽しんでほしい。

逆境から生まれた切り紙絵「マティス 自由なフォルム」展が開幕
Photo: Naomi展示風景 © Succession H. Matisse

彫刻作品群と同じくら珍しい展示の機会かもしれないのが、マティスが自らのアトリエに置くために収集した、お気に入りのインテリアアイテムの数々だ花瓶やテキスタイル、敷物、東洋風のついたてや鏡、ソファやテーブルなどの家具に至るまで、多様な文化的起源を持つアイテムやオブジェ、植物などを飾り、モデルたちの衣装とも調和するようにコーディネートしていたという。

マティスの絵画のに度々描かれてきた、アトリエの風景。展示室の一角では、細かな装飾に目を見張る「ヴェネツィアの肘掛け椅子」や「三日月を伴う蓋のある火鉢」などが実際に置かれ、間近で鑑賞できる。

逆境から生まれた切り紙絵「マティス 自由なフォルム」展が開幕
Photo: Naomi展示風景 © Succession H. Matisse

紙を切り貼りして作られた圧巻の大型作品群

マティスが後半生、そして最晩年まで拠点としたのが、南フランスの港町・ニースだった。「切り紙絵」の技法を用いた作品を中心に紹介するセクション4「自由なフォルム」、続くセクション5「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」は、本展のメインともいえる展示空間だ。油絵やデッサンなどを数多く描いてきたマティスは、なぜ色を塗った紙を切り取って制作する「切り紙絵」を手がけたのか。

妻や家族、アシスタントのサポートで、長らく作家活動を続けてきたマティスだったが、70代でがんの大手術を経験。生死の境をさまようほどの病状を乗り越えたものの、後遺症から車椅子による生活を強いられてしまう。絵筆を持つことが困難になっても、創作活動を諦めなかったマティスは、アシスタントに指示して色を塗ってもらった紙を、さまざまなサイズのハサミで切り抜いて形を作る、「切り紙絵」の手法をとった。

逆境から生まれた切り紙絵「マティス 自由なフォルム」展が開幕
Photo: Naomi展示風景 © Succession H. Matisse

かつて60代で手がけた壁画「ダンス」の構想と制作時にも用いていたというが、筆では自由に描けなくなった中で取り組んだ「切り紙絵」は、色彩と形のバランスに悩んでいたマティスの光明となる。切り抜いた形の一つ一つを、作品全体の中で納得できるまで動かして考えられるようになり、結果として、理想とする芸術表現に辿り着くことができたのだ。

「切り紙絵」による創作活動は、カラフルでモダンな表現が印象的な「ジャズ」の図版全20点を皮切りに、雑誌の表紙に使われた原画やタペストリー、陶板画のデザインなど多岐にわたった。

本展の展示室では、間近まで近づいて鑑賞できる「切り紙絵」の作品もある。写真では気づくことのできない、本物ならではの微細なニュアンスに、マティスの創作の跡がはっきりと見てとれる。ぜひ実際に確かめてみてほしい。

逆境から生まれた切り紙絵「マティス 自由なフォルム」展が開幕
Photo: Naomi展示風景 © Succession H. Matisse

本展の最後を飾るのが、今もニース市内に建つ歴史的建造物「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」の再現展示である。1954年に84歳で亡くなる直前まで、4年の歳月をかけて取り組んだ、マティスの人生の集大成ともいえる空間だ。

「教会を作るためではなく、劇場の舞台装置として作る」と語っていたマティスは、礼拝やミサで司祭らが着用するカズラ(上祭服)や、ステンドグラスのデザインを「切り紙絵」で構想し、筆を使って陶板壁画のためのデッサンを行った。

逆境から生まれた切り紙絵「マティス 自由なフォルム」展が開幕
Photo: Naomi展示風景 © Succession H. Matisse
逆境から生まれた切り紙絵「マティス 自由なフォルム」展が開幕
Photo: Naomi展示風景 © Succession H. Matisse

十字架の磔刑(たっけい)像や告解室の扉なども自ら手がけるなど、隅々にまでマティスのこだわりと作品が存在する。その礼拝堂を再現した展示は、光と音の演出も相まって、まさに総合芸術作品として練り上げられたことが伝わってくるような空間だ。

逆境から生まれた切り紙絵「マティス 自由なフォルム」展が開幕
Photo: Naomi展示風景 © Succession H. Matisse

マティス 自由なフォルム展は、「国立新美術館」で2024年5月27日(月)まで開催中だ。

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