エストニア、公共交通の無料化を中心とした都市整備

首都タリンの事例とは?

Ed Cunningham
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Ed Cunningham
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多くの人にとって、都市における「無料公共交通」の実現は、ある種ユートピア的な発想に聞こえるかもしれない。しかしバス、トラム、電車、あるいはその全てが「タダ」だったら、どんなに素晴らしいか。そればかりでなく公共交通が無料になると、理論的には車の量の減少で排気ガスが減り大気汚染を改善するほか、低所得者層の移動を増やし、広範囲の消費を促進することにもつながるという。

2013年からその「夢」を実践しているのが、エストニアの首都であるタリンだ。同市は世界の中でも、公共交通機関を無料化した最初の大都市かつ、最初の首都。2020年にルクセンブルクが(小さな小さな国ではあるが)国レベルで同様の取り組みを導入したことで、タリンが始めた都市における公共交通の無料化は、再び注目を集めているといえる。

Tallinn
Photo: Uno Raamat / Unsplash

タリンで公共交通の無料化が議論されだしたのは、2008年に起きた金融危機以降。多くの裕福でない住民がバスなどを利用できなくなっていた頃だ。収入の多くを交通費に費やす必要がなくなることで、そうした層にいる人々が貧困から脱却することが期待された。昨今、気候変動を受けて、世界中の自治体が地球を守るために公共交通の無料化に興味を示しているが、タリンが検討をしていた時は環境問題は重要な課題とされていなかった。

その後、同市の公共交通の無料化は、2012年に実際された市民投票で支持を集め、2013年に実現した。財源は所得税で、42万6000人の市民がそれぞれ負担。無料の恩恵を受けられるのは市民だけで、観光客や旅行者は通常の運賃を支払う必要がある。導入時に無料化の対象になったのは、5路線のトラム、8路線のトロリーバス、57路線のバスだったが、現在では都市部の鉄道も含めて「無料公共交通網」を確立している。

では、タリンのこの取り組みにはどんな効果があったのだろうか。

タリン交通局の交通専門家であるグリゴリ・パルフィヨノフは、公共交通における利用者の増加について次のように説明してくれた。「2012年に比べて、2014年には6.5%増加。それ以降は、年々1%の増加でほぼ安定しています」。これによると、多くの人に利用してもらうという目的は達成できているようだ。

この制度は(人口増で税収が増えたことで)財政的にもうまくいき、エストニアのほとんどの地域へ拡大。15ある県のうち11県でバスが無料化が実施され、地方自治体において公共交通への幅広い再投資も可能にした。また市民の評判も上々。「私たち国民は、公共交通に十二分に満足しているといえるでしょう」とパルフィヨノフは語る。実際、2018年に行われたTuru-uuringute社の世論調査では、タリン市民の83%が公共交通に満足、と答えている。

一方、二酸化炭素(CO2)の排出量に対する効果は、期待されていたほど大きくはなかったようだ。2014年の調査では、タリン市民が徒歩で移動する回数は減少(40%という驚異的な数値)したが、自動車で移動する回数はわずかに減少(5%)しただけだった。

「無料化」の効果

では、自動車利用の抑制、二酸化炭素排出量の削減で成果を出すためには、公共交通の利用をどう促進すればいいのだろうか。ほかの都市では、さまざまな方法が試されている。

ウィーンでは、1日1ユーロの安価な公共交通パスを導入。オーストリアでは、1日3ユーロで国内のどこへでも行ける年間パスを発売している。ローマではゴミをリサイクルした通勤者に無料で乗車券を提供する試みが行われ、バルセロナでは車を下取りに出した人に、3年間の公共交通利用を無料化する予定だという。ただ、これらの事例のほとんどはごく最近のものであり、実は、二酸化炭素の排出量への影響はまだきちんと調査されていない。

都市において気候変動に配慮した未来を実現するには、恐らく公共交通のインセンティブ、自家用車を抑止する仕組み、そして経済的な実現性のバランスが必要なのだろう。その点、タリンはモデル都市になっていない。そもそも、そうなりたいとも思っていないようだ。

パルフィヨノフは「我々はタリンの街を第一に、市民を第一に考えています」と明言。タリンの制度は、導入時点では同市にとって最良の選択肢だったが、ほかの都市が追随するための「青写真」になれたとはいえない。一方、ルクセンブルクが目指しているのは「モビリティの実験室」。公共交通を無料化する主な目的を、道路を走る自動車の削減、温室効果ガスの排出削減としている点にタリンとの違いがある。

タリンの環境対策

とはいっても、タリンが環境問題に対して何も策を講じていないわけではない。同市は持続可能性を高めるためには、交通量や車利用に着目する以外にも、都市を超えたところまで視野に入れるべきだということをすでに証明している。その結果、2023年には『欧州グリーン首都賞』を獲得する予定。これは、水路の浄化や緑地の急速な拡大(および保護)などの施策が評価されたものだ。

また2020年代後半には、バルト諸国とポーランド、フィンランドを結ぶ野心的な高速鉄道プロジェクトであるRail Balticaも完成。これらの地域がこの鉄道が、飛行機に代わる環境に優しい移動手段として活用されることが期待されている。

さらに、公共交通の無料化とその財政的な成功により、タリンではほかの環境対策への投資も積極的。同市では現在、トラム路線網の整備を進行中だ。早ければ2025年に、バス路線からディーゼル車やハイブリッド車を排除する計画もある。

タリンは、公共交通を中心とした社会の構築に向けて、かなり立派なスタートを切っている。環境面でのメリットはまだ得られていないかもしれないが、公共交通の無料化が単なる夢物語ではないことを示しており、エストニアの首都が世界中の何百もの都市のケーススタディーとなっているのは間違いない。

原文はこちら

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