SUGAI KEN
SUGAI KEN

SUGAI KEN、利根川をゆく

ヨーロッパで話題の電子音楽家が目指すものとは

Mari Hiratsuka
テキスト:
Mari Hiratsuka
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テキスト:大石始

日本列島のさまざまな空間や風習、感性からインスパイアされながら、独自の創作活動を続ける電子音楽家、SUGAI KEN。彼はブルックリンの名門レーベル、RVNG Intl.など海外レーベルからのリリースも多く、2018年と2019年にはヨーロッパツアーも成功させた(2020年は新型コロナウイルスの感染拡大により延期)。電子音楽や実験音楽の世界で国を超えた注目を集める人物である。

そんなSUGAIのニューアルバム『Tone River』は、なんと関東を横断するように流れる日本最大級の河川、利根川をテーマとした前代未聞の電子音楽作品だ。その背景に迫る前に、電子音楽を取り巻く日本と欧米の状況の違いについて、実体験を交えてSUGAIに語ってもらった。

『Tone River』のBandcampページはこちら

SUGAIの新作『Tone River』は、オランダを拠点とするField Recordsから2020年11月にリリースされた。オランダ大使館からの助成を受けた同レーベルが、SUGAIに制作を発注して実現に至ったものである。

一国の大使館が異国の河川をテーマとする企画、それもエクスペリメンタルな電子音楽作品を経済的に支援したというのだから、日本ではちょっと考えられない話である。

SUGAIによると、「Field Recordsは日本人アーティストの作品も出していて、数年前にEnaさんの『Bridge』という長崎の出島にかかる橋をテーマにした作品も出しているんですよね。そこから今回の着想を得たみたいで」という。

RVNG Intl.からリリースされたSUGAI KENの2017年作『UkabazUmorezU 不浮不埋』収録曲「Doujiri(堂尻)」のMV

「音楽に限らず、ヨーロッパでは創作する人たちが自信を持って活動しているんですよね。日本で『音楽をやってます』と言うと、その後に『本業は何をやられているんですか?』と聞かれることが多いんですが、ヨーロッパで『僕はアーティストをやっています』と伝えると、それ以上聞かれることはあまりないように感じました。

歴史的なパトロン文化の影響もあると思うんですけど、日本とは表現者を取り巻く環境が圧倒的に違うと感じました。純粋にうらやましいな、と。 たとえ実験的な電子音楽をやっていても、ヨーロッパだと何とか生活できるようなんですよね。助成金がしっかりしているので、ゆっくり制作に向き合える。ロンドンのCafe OTOという有名なヴェニューでやらせていただいた時は、自分の親世代のお客さんも多かったことに驚きました。仕事帰りにお茶をしにいくような感じで、先鋭的な音楽に触れて帰る。そういう習慣が根づいているんです」

オランダのレーベルが利根川をテーマに企画をしたわけ
常陸利根川から外浪逆浦を臨む

オランダのレーベルが利根川をテーマに企画をしたわけ

それにしても、なぜオランダのレーベルが利根川をテーマにした作品を企画したのだろうか?

その理由は、利根川の歴史に隠されていた。利根川とは群馬県と新潟県の県境に広がる大水上山を水源とし、関東各県を通過したのち、鹿島灘(かしまなだ)へと流れ込む長大な河川である。長年にわたって周辺地域の生活を支える一方で、大雨が降り注げばたびたび氾濫し、甚大な被害を与えてきた「日本三大暴れ川」の一つでもあった。

そのため江戸時代には徳川幕府のもと、大規模な河川改修工事が繰り返されてきた。 明治に入ると、政府は海外から数多くの技術者たちを招き、各地の港湾や河川の整備を依頼した。そうして日本にやってきたのが、コルネリス・ファン・ドールンをリーダーとするオランダ人技師団だった。

ヨハニス・デ・レーケやジョージ・アーノルド・エッセルらオランダ人土木技術者たちの尽力により、日本各地の河川は近代的な改修計画が進められた。利根川もそうしたオランダ人土木技術者たちによって整備された河川の一つであり、SUGAIのアルバムには日蘭のそうした技術協力の歴史を記録するというテーマもあったわけだ。

SUGAIが利根川の調査を始めたのは2020年初頭。東京や神奈川の緊急事態宣言が解除された6月には利根川でフィールドレコーディングが行われた。

「Field Recordsは最初、候補として日本各地の代表的な河川をいくつかピックアップして送ってきたんです。『ここから選んでくれ』と。利根川を選んだのは、候補のなかでも現実的に自宅から行ける場所だったからです(笑)。それまで利根川と何か縁があったわけでもないし、意識したこともなかった。

事前調査の段階で感じたのは、一言で言えば『すごくお世話になっているんだな』ということですね。水道用水などの形で、知らない間に恩恵を受けていたことを知りました。あと、利根川はこれまで氾濫を繰り返してきた川でもあるということ。日本が近代化する中で海外の治水技術が取り入れられてきたわけで、そのなかでたくさんの人たちの尽力があったんです」

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録音のため1日で600キロもの距離を車で走り抜けた
飯沼水準原標石(提供:SUGAI KEN)

録音のため1日で600キロもの距離を車で走り抜けた

『Tone River』は水滴の垂れるイメージを音像化した「坂東太郎のはぢまり」で幕を開ける。「坂東太郎」とは利根川の異名であり、利根川という巨大な河川の始まりがここに表現されているわけだ。

「最初は水源に行こうと思っていたんですよ。でも、調べてみたら大水上山というかなり本格的な登山をしないといけない場所にあることが分かって。登山に慣れてないやつが一人で行くのはさすがに危ないと思って断念しました(笑)。

そういえば、とある研究者の論文に面白いことが書いてあったんです。川の源流というとピュアなイメージを持ちがちですけど、利根川の源流は環境汚染の影響を受けていて、そのままじゃ飲めないそうなんですね。それで1曲目の冒頭には声をノイジーに加工したものが入っているんです」

SUGAIは1日で600キロもの距離を車で走り抜け、通常のマイクとバイノーラルマイク、水中マイクを使って各地の環境音を録音した。最も上流で録音が行われたのは、群馬の八幡川砂防堰堤(えんてい)群。

ヨハニス・デ・レーケの技術指導のもと進められた砂防工事の跡地であり、「オランダ堰堤」や「デ・レーケ堰堤」とも呼ばれている。SUGAIはその場所で鳥のさえずりを録音した。

「今は水が流れていないし、僕みたいな物好きじゃないとまず行かない場所です。有志で堰堤の清掃作業をされている地元の方々もいらっしゃるようですが、おそらく住民ですらそれが何なのか知らないと思います。でも、堰堤自体は大きな石が丁寧に組まれていて、それを積み上げた人たちの力強さが残っている感じがするんですよ」

次に訪れたのは、利根川と江戸川をつなぐ人工河川である利根運河。最終地点となるのは、水準測量のためにオランダ人技師団のひとりであるリンドが設置した「飯沼水準原標石」である。

この原標石は千葉県銚子市の円福寺(通称・飯沼観音)の境内にあり、日本における「河川測量の原点」ともいわれているという。SUGAIはこの場所で境内に流れる読経を録音。その時の音源はアルバムの最後を飾る『環境音 其の参』で使われている。

日本とオランダの知られざる交流
「やつし」の感覚を取り入れた、SUGAIの最新アーティスト写真

日本とオランダの知られざる交流

そのようにこの『Tone River』というアルバムは、川にまつわる多様なイメージを想起させながら、日本とオランダの知られざる交流の歴史を浮き彫りにしていく。

試みのベースには、海外での活動が増えると同時にSUGAIのなかで膨らんできた「日本人としてどのような表現をすればいいのか」という問いに対する答えがある。

「前提として、おざなりに『ZEN』や『WABISABI』にすがることはしたくありませんでした。僕らの生活や文化の根底にはかなり多くの部分が中国大陸から渡ってきたものがあって、それに対して僕は日本的なものを何かを打ち出せないかと考えてきたんですね。

でも、大陸から持ち込まれたものをまねしてから異形のものに変えてしまう工程そのものが、実は日本文化なのかなと最近思っているんです。近現代は欧米をまねてばかりいますが、『日本的なものとは?』と問われたときにはっきりと打ち出せないこの感覚こそが、実は日本的なんじゃないかなって」

そうしたSUGAIの発想においてキーとなるのが、「やつし」の感覚だ。「やつし」とは「やつす」が名詞化した言葉であり、日本文化の根幹をなす美意識の一種とされている。

講談社国語辞典で「やつす」を引くと、「目立たないように姿を変える/やせるほど、悩む」と記されている。古来からの日本では外来文化をあえて「やつし」、そこに味わいを見いだしたほか、権威あるものを「やつし」て当世風にアレンジして楽しんだ。そうした感覚はSUGAIのアーティスト写真にも取り入れられている。

SUGAIは安易な日本的情緒に頼ることなく、具体的な土地や空間から音と物語を発想し、「やつし」の感覚を持って作品化している。利根川という一見何の変哲もない河川から新たな音の物語を立ち上げた『Tone River』は、その最新の成果ともいえるだろう。

今回SUGAIが実践してみせたように、そこがどんな場所であろうとも世界を驚かせる表現を生み出すことは可能なのだ。

SUGAI KEN

日本の夜を想起させる独特なスタイルを軸に、国内のコアな俚伝をギミカルに電化させるトラックメーカー。2017年作『不浮不埋 UkabazUmorezU』が国際的な評価(Pitchfork等)を獲得。2016年作『鯰上 On The Quakefish』はリプレスもレーベル元で完売。

日本屈指のレーベル〈EM Records〉からの作品『如の夜庭 Garden in the Night (An Electronic Re-creation)』により世界中のコアなリスナーとコネクト。LOS APSON?の2014&2016~2018年間チャートに作品がそれぞれランクインし、Fabriclive(UK)への楽曲提供も行った。

また、BBC Radio、NTS Radio、Red Bull Radio等世界中のラジオ局にて頻繁に楽曲が使用されている。Solid Steel(Ninjatune)シリーズにRob Boothを唸らせた不思議なmixを提供。昨年のEUツアー(by RVNG Intl.)ではCafe OTO(UK)公演がsold outになる等、注目度の高さをうかがわせ、全13公演(6ヶ国)にてその独自性を遺憾なく発揮した。(ツアー期間中、Worldwide FMにてインタビューも収録) 国内外からの依頼多数により、現在複数のリリースを控える。尚、現行シーンでの活動と並行し、国内の郷土芸能アーカイヴプロジェクトに複数携わる等、亜種な活動を兀兀と展開中。2019年10月11日より2度目のEUツアーを開催。

 

ライタープロフィール

大石始

大石始

地域と風土をテーマとする文筆家。 旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」。著書に『盆踊りの戦後史』『奥東京人に会いに行く』『ニッポンのマツリズム』『ニッポン大音頭時代』など。2022年11月に『南洋のソングライン 幻の屋久島古謡を追って』(キルティブックス)を刊行。

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