『FRUE』主催の山口彰悟
『FRUE』主催の山口彰悟

2020年にフェスを開催する意義

来日アーティストが消えて浮き彫りになったものとは

Mari Hiratsuka
テキスト:
Mari Hiratsuka
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テキスト:三木邦洋
写真:Keisuke Tanigawa

ライブやクラブイベント、フェスティバルにおける「ウィズコロナ」のありようが模索されるなか、防疫対応策の整備や動員数の制限などといった新たな条件や約束のもとで、少しずつイベントの数は戻りつつある。 回復の途上のなかで、いまだ壊滅状態なのが海外アーティストの招へい公演だ。大手イベントプロモーター各社は、現状は日本人アーティストの興業のみでスケジュールをやりくりしている。

フェスに関しては、配信を駆使して海外からオンライン出演してもらうか、過去のライブ映像をストリーミングするか、日本人アーティストのみでブッキングを構成するか。このいずれかで開催している。 これまで、中規模以上のフェスやクラブでは、名のある海外アーティストをヘッドラインに据えて脇を日本人アーティストで固めるというのが常だった。ところが、近年では洋楽市場は縮小傾向にあり、「外タレ」は必ずしも大きな集客を約束する存在ではなくなり始め、それにつれてこの「外タレ依存体質」の見直しの動きも徐々に進みつつあった。

そこにきて起こった新型コロナウイルスの流行は、ステージに立つアーティストやDJを100%ローカルの人材に変えた。クラブの現場において実力のある日本人の若手から中堅DJがピークタイムに起用される機会が増え、彼らが正当な評価や報酬を得る機会を獲得したことは、この未曽有の危機的状況にあって、雨降って地固まると言えるかもしれない一面だ。

一方フェスは、限られた牌(ぱい)のなかでいかにアイデンティティーを保ちながら個性的なイベントに仕上げられるかが主催者の腕の見せ所だ。

2020年10月31日(土)、11月1日(日)の二日間にわたって静岡県の掛川で開催される『FESTIVAL de FRUE 2020』は、例年はブラジルやモロッコ、ドイツ、アメリカなどからアーティストを呼んできたイベントで、今年も世界各地から多彩なラインナップがそろうはずだった。コロナ禍のために内定していた大物アーティスト招へいの話も流れ、仕切り直しののちに日本人アーティストに絞ったラインナップの一部を発表できたのが、開催まで1カ月を切った10月3日。開催が直近に迫る中、これからフルラインナップを順次そろえていく。

伝説的なブラジル人アーティスト、トン・ゼーの初来日や国境を越えたセッションプログラム、モロッコの山村に伝わるスーフィズム(イスラム神秘主義)の音楽を奏でる集団、ジャジューカを呼び寄せるなど、ワールドワイドな視点で音楽ファンをうならせるブッキングを実現させてきた同イベントだけに、日本人のみでどのようなラインナップに仕上げるかは期待の目が向けられているところだ。『FRUE』主催の山口彰悟に、この空前絶後の状況でのイベント制作について話を聞いた。

自分の内側に祭りを作る
『FRUE』主催の山口

自分の内側に祭りを作る

山口に話を聞きに行った数日前、Twitter上ではイベント会場での感染対策について参加者から苦言を呈された地方フェスが一部で「炎上」と騒がれていた。世間の警戒心がようやく緩み小、中規模の野外イベントがぽつぽつと開催され始めた矢先の出来事に、イベント主催者たちの間には再びの緊張感が漂っていた。

2020年の『FESTIVAL de FRUE』は、1月に早くも第1弾ラインナップとしてThe Master Musicians of Joujouka & The Orbの出演情報を発表し、そこから毎月3組ずつ10月までじっくりとラインナップを紹介していく予定だった。春から夏にかけて感染状況が拡大し、その計画は総崩れになってしまった。だが、それでも山口のなかで「中止」という選択肢はなかったという。

「まだ6月ぐらいまでは、10月には事態も収まって『FRUE』はやれるんじゃないかとなんとなく思っていました。しかし、9月の『SUPERSONIC 2020』の中止によって、これは無理かもしれないという空気に変わった。みんなそうだったと思うんですが、夏の第2波がきつかった。

コアスタッフの中でも皆それぞれ考え方が違っていて、最初は『本当にやるの?』という感じでした。まず、コロナ対策をどうするかというところから話がスタートしました。ただ動き出さないと腐って鬱々するし、緊急事態宣言の最中の4月と5月にライブ配信にチャレンジしたりして、友達と実際会ったりすると、音楽の現場って大変だけど、やっぱり楽しいなって当たり前の感覚が思い出されてくる。

コロナ禍で鬱(うつ)っぽくなってしまっている人の気持ちを、少しでも晴れ晴れさせるのは、やっぱり音楽なんじゃないかという気持ちが湧いてきました。生のライブを、みんなで一緒に見たいよねと。

今、太陽が隠れ、世の中が闇に包まれていた、疫病が流行ったという神話『天岩戸伝説』の世界を生きているんじゃないかという気がしています。今回は、疫病が流行り、流言飛語が飛び交い、暗く深く閉じてしまったという逆のパターンですが。

神話にならえばこの後、岩戸の前で宴が開かれ、ダンサーのアマノウズメが踊り、どんちゃん騒ぎしていたら、アマテラスが外の様子が気になって顔を出して、その機会を逃すまいと力もちの神様が、固く閉じた岩戸を開け放ち、アマテラスを表に引きずり出します。そうしたら、世の中が再び明るい世界が戻って、めでたしめでたしとなります。

その宴を、『FRUE』にしようというわけではないですが、遅かれ早かれ、このコロナ禍で閉じてしまった心は開かなきゃいけないと思います。そして、開いて外へ出れば、あとは明るい世界が戻ってくる。 そのタイミングがいつなのかって話ですよね。 自分の心の中でアマノウズメを躍らせて、そろそろ出てもいいじゃない?と僕は思っています。 

そして、この状況下で表現者たちが何を表現するのかは見ておきたいですよね。GEZANや折坂悠太がなにを歌うのか、やっぱり気になるじゃないですか。

ある意味、事件が起こりそうな気がします。ただモッシュやダイブは本当に控えてください。公演自体が中止になってしまう可能性があります。ディスタンスを守りながら、精神を思う存分に踊らせ、暴れさせてくれたらなぁと。

今年は、じゃがたらに出演してほしくてオファーをしていましたが、さまざまな事情で出演はかなわなかったのですが、本当に出てほしかった。『君と踊りあかそう日の出を見るまで』というアルバムタイトルを、今年の『FRUE』のテーマにしていて。掛川では、転換の時にかけようと思っています笑」

国内のアーティストやシーンに目を向けるきっかけになった
2018年の様子

国内のアーティストやシーンに目を向けるきっかけになった

内定していた海外アーティストは、ほぼキャンセル。国内在住のアーティストも決まりそうで、最後の最後で断られるという日々が続く。

「決まっていたことが崩れてしまうのは本当にきついですね。それが一度ではなく何度も、終わりなく続くわけですから。日本人アーティストであっても、彼らのなかで判断が日々揺れる悩ましい状態にあると思います。もう大丈夫かな、と思った翌日には今はまずい、という空気に変わっている。そんな状況に翻弄(ほんろう)されていると、スタッフさんからは『お前らインプロって言ってもインプロにも最低限の決まりがあるんだから、もっとちゃんとやってくれ』と怒られてしまったり。でも、今年は、スタッフにも無事終わらせるんだという気概というか、一体感が感じられます。

告知に関しても、流れの読み方が一変しました。以前だったら、例えばフジロックの開催前にラインナップを解禁して、『フジロック』現地でお客さんに噂してもらおうよ、というような計画の立て方をしていましたが、今はただただコロナにまつわる世相や空気を読みながら進めなきゃいけない。自粛ムードの最中は告知を避けるイベントもあれば、お構いなしにやるイベントもあったり、告知はせずにシークレットで常連だけを集めてやったり。そのイベントの客層や特性が、告知のスタイルにも表れていますよね。

この状況下でも、広く多くの人へ届けたいので、空気を読みながら進めていたら、あっという間にひと月前でした。とても難しい状況ですが、『FRUEっぽい』ということを今一度考えるきっかけになりましたね。

開催の回を重ねていくと、来日したアーティストとも仲良くなるし、注目し拾っていくものが、彼らを取り巻く周辺だけになり、ブッキングの上でフォーカスするシーンが固定化してしまっていたことに気がついて。そんな考え方を一回崩してフラットにして、国内のいろいろなアーティストやシーンに目を向ける良いきっかけになったと思っています。

今の音楽の現場の状況は、国内のアーティストを掘り下げが進むことで若手のアーティストに大きな舞台を与える機会を作っていくきっかけにもなると思います。いつまでもベテランやレジェンドばかりを起用するんじゃなくて、違う方法を生む良い契機になるんじゃないかなと」

 

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ラインナップには全国各地の気鋭DJたち
『FRUE』主催の山口

ラインナップには全国各地の気鋭DJたち

そんな指針を得たなかで、ラインナップには全国各地の気鋭DJたちのほか、GEZANや折坂悠太、角銅真実といった新時代の歌を届けるアーティストや、INOYAMALANDや冥丁などの日本らしい独自の音楽表現を追求しているアーティストたちが名を連ねた。

2020年の『FESTIVAL de FRUE』の完成形がようやく見え始めたが、出演者ラインナップ以外の部分でも、独自のスタンスでコロナ禍と向き合うつもりだという。

もちろん体温の計測やマスクの奨励など出来る限りの感染対策は行います。そもそもの話ですが、体調が少しすぐれない人は、今年は見送ってほしい。今年購入した前売りチケットは、2021年か2022年でも利用できるようにしました。

そのほかに我々が行うコロナ対策として、お客さんには、行く前の5日間と終了後の5日間は人が集まるところには行かずに自粛しましょう、その10日間を含めて『FESTIVAL de FRUE』だと考えましょうよと、呼びかけるつもりです。できるかは分かりませんが、その事前、事後の期間には配信やDJのライブを届けられたら面白いなと。これを実現するのも結構大変で……。コロナ禍で発見した、ぜひ見てほしいNetflixの動画とかをTwitterで募集するなど、何かしらの方法で『お家にいてね』のメッセージを出したいなと思っています。

なにか制約を課すようなやり方じゃなく、ちゃんとお客さんが理解して自発的に行動してくれるやり方にする。それが本当の自粛ではないかと思います」

少しずつ盛り上がりを取り戻し始めた日本の音楽フェス。ファンたちは、生で音楽に触れることの素晴らしさを改めて実感していると同時に、音楽との付き合い方はコロナ禍以前とまったく同じものには戻ることはないだろう。イベントオーガナイザーたちも、音楽はなぜ必要なのか、という原点と向き合うことが来年以降の動き方を考える上で重要になってくるはずだ。

「一連の自粛期間を経て、クラブやライブハウスに通っていた人たちはそれぞれほかの楽しみやガス抜きの仕方を覚えたと思うんです。なので、このまま状況が収束した後に、音楽の現場に人が集まるのだろうか?という危機感はありますし、自分も行くのかって話もあります。少なくとも、参加するイベントは本当に行きたいものだけを厳選する人が増えるんじゃないかと思うので、それでも行きたい、と強く思ってもらえるものを考え作らないとですよね。まだまだ大変な日々が続きますが、きっと光は射すはずです。しぶとく生きていくしかないです

『FRUE』主催の山口彰悟

山口彰悟 

1977年熊本県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒。ライブの原体験は10歳のときに生で観た立川談志師匠の落語。大学卒業後は、フリーのライターとして活動しながら様々な職を経験。『愛・地球博’05』『Greenroom Festival’06』『TAICOCLUB’06』で、イベント制作と運営、『True People's CELEBRATION’06』『Organic Groove』の後期コアスタッフとして人生を変える体験の手伝いをした。

2012年3月より、年に2、3回のペースでイベント『FRUE』を開催。2017年と2018年、2019年には、静岡県掛川市で野外音楽フェスティバル『FESTIVAL de FRUE』をプロデュース&ディレクションする。

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