インタビュー:佐々木芽生

捕鯨問題をめぐるドキュメンタリー映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』監督インタビュー

Mari Hiratsuka
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Mari Hiratsuka
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インタビュー:平塚真里、イリ サーリネン
撮影:谷川慶典

ドキュメンタリー映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』は、捕鯨問題をめぐり騒動の焦点となった和歌山県の太地町が舞台。2009年にアカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した、日本のイルカ追い込み漁を描いた映画『ザ・コーヴ(The Cove)』の影響で、「イルカ殺しの街」として有名になったこの町を監督の佐々木芽生(めぐみ)は、6年間追いかけた。入り江に抗議に集まるシーシェパードと、漁に繰り出す町民、両者の対立を一歩引いた視線で映し出す。佐々木は、太地町で起きている問題を「自分と相容れない他者との共存は可能なのか」と視聴者に投げかけ、グローバリズムの波に直面する地方の苦悩を克服するヒントとして提示し、問題を考えるきっかけを与えてくれる。インタビューでは制作の経緯や本作への思いを聞いた。

ドキュメンタリーに出演してもらうことは、その人たちの一生を変えてしまうような影響力のあること

—前作『ハーブ アンド ドロシー』と続いてドキュメンタリー作品の監督をされていますが、ドキュメンタリー映画を制作するようになったきっかけを教えて下さい。

もともと報道関係の仕事をしていて、その延長線上から映画のドキュメンタリーを制作するようになりました。さらに前はライターやカメラマンをしていたこともあって、昔からリアルな世界の人間の物語を追いかけてきました。

—ドキュメンタリーを制作する際に、どのようなコミュニケーションをとりますか。決めていることはありますか。

まず取材相手を説得するということです。ドキュメンタリーに出演してもらうことは、その人たちの一生を変えてしまうような影響力のあることで、責任あることでもあります。

太地町の人たちの多くは外国人に対して不信感があるので、私たちがシーシェパードに取材をしているのを見るといい気持ちがしないんですね。だからといってこっそり撮影すると逆に不信感をもたれるので、漁師が見ている前でわざとシーシェパードや外国人に取材をしました。シーシェパードには、太地町が不当な扱いを受けているからこの映画を作ることにしたということをはっきり言っていました。自分の作品に対する熱意を相手に伝えるというよりも相手が何を恐れているのか、何を求めているのかを聞いた上での、オープンなコミュニケーションを大切にしました。

—本作を制作しようと思った動機は何でしょう。

映画『ザ・コーヴ』をニューヨークの劇場で観たのが2009年の夏だったんですけど、本作を観た後に自分のなかに混乱が残ったからです。ビジュアル的にもインパクトがある上に、物語も良くできているので、イルカが可哀想、残酷だという気持ちになりました。その一方で、何かが違って、不愉快というざわめきがあったんです。アメリカでは中絶や銃規制など、すべての問題に対して賛否が必ずあります。しかし、今回の問題に関しては、100パーセント近くが反対意見でした。私はイルカを捕ることの善悪ではなく、漁師や地方に住むマイノリティの人たちの声がかき消されてしまっていることに問題を感じました。声を持たない人の声を伝えるということが本作のひとつの大きな目的でした。

—本作を鑑賞して、とても中立な視点から撮られていると感じました。公平性を保つうえで、意識したことはありますか。

中立という言葉は聞こえはいいのですが、自分では一切使わないようにしています。人間はそれぞれの考えや意見があるので中立というのは難しいわけです。公平を保つためには、自分の考えを常に疑うということ、絶対に自分が正しいということを信じ込まないで、自問自答する姿勢は意識しています。

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—2010年にイルカ漁の解禁後すぐに太地町へ行き、取材と撮影を始めたそうですが、現地はどのような状況でしたか。

2010年の6月に取材許可をとるためにはじめて太地町に行きました。イルカの追い込み漁が解禁される9月1日に再び訪れると、シーシェパードの一員のスコット・ウエストやイルカ漁を反対している外国人たちが既にいて。そこには街宣車が来たり、警察が来たりと、すごい騒ぎになっていました。

—太地町の取材を命じられてから、この問題に興味をもって太地町に暮らすようになった元AP通信記者のジェイ・アラバスターが登場します。彼を本作の軸にしたのは、日本とアメリカ両方の視点を持っていたからでしょうか。

そうですね。ある意味彼は私の声で、私の言いたいことを代弁してくれています。私は日本人ですがアメリカに長く住んでいて、彼はアメリカ人で日本が長いという共通するものがありました。なので、私たちはこの問題に対して一歩引いた目線で見ることができていたと思います。

—シーシェパードや環境活動家の行動によって、日本の世論が活発化したことでどのようなことが起こっていますか。逆効果になっている部分を感じましたか。

外国からの反対運動が日本のニュースなどに出て、普段クジラを食べない人も文化だから守らなければいけないという様に思う人も多いです。なので、こういった運動がなければ逆にクジラの文化が自然となくなってしまう可能性はあるかもしれないです。そもそも需要が減っていますし、船の老朽化や漁師の高齢化の問題もあって。自然になくなっていってもおかしくない状況でもあります。現在太地町は、日本の捕鯨の矢面に立たされてしまっています。「捕鯨は日本の伝統文化で、太地が崩れたら日本の捕鯨も崩れる」と言っている人もいて、完全に最後の砦のようになっています。もし、漁師が辞めたいと思っても、辞められない状況で、重圧がかかってしまっている部分もありますね。

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—シーシェパードの人たちは、クジラやイルカを守るために活動をしていますが、その活動が小さな町の文化に影響を与えているのではないかと感じました。

クジラというのは日本人のアイデンティティとすごく結びついています。小学校でのシーンがありますが、子どもたちは家庭でクジラをほとんど食べるわけではないですが、「おばあちゃんがクジラの歯をもっている」などと自慢をしてきます。これは心のなかで太地町で育ったアイデンティティとしてクジラの文化が残っているということです。そういうものを奪ったときにどうなるかということです。アメリカのアラスカのエスキモーも同じように反捕鯨活動で圧力がかかり、食べ物そのものが不足したというよりも、漁師がアルコール中毒になるなど、別の問題が起きました。なので、反対する外国人の活動家もアイデンティティということを考えた上で発言や行動をした方がいいんじゃないかと思います。

—「自分と相容れない他者との共存」ということが本作のテーマ、監督の伝えたかったことだと思うのですが、日本でもダイバーシティ(多様性)という言葉を盛んに聞くようになりましたよね

ニューヨークに長く住んでいて、日本のダイバーシティとニューヨークのダイバーシティはちょっと違うんじゃないのかと思っています。性的マイノリティの人や女性の雇用問題などの次元ではなく、究極のダイバーシティというのは、自分の嫌いな人や、違う意見をもつ人と、どうやって共存していくかという考えだと思っています。日本は特に、人と違うことをするとすぐに常識がないと言われるので、息苦しいわけですよ。その違いを尊重することが本当のダイバーシティなのではないでしょうか。ニューヨークでは、ダイバーシティということが当たり前のことすぎて空気のように浸透している街だと思います。世界中の様々な人が住んでいて、みんな違います。ニューヨークと太地町は両極端な場所ですね。

—日本と海外の間にコミュニケーションや情報が不足していることな両者の問題が浮き彫りになっていました。その両者をつなぐ議論のきっかけを産み出す作品だと感じました。

そうですね。オープンにということです。本作は賛成か反対か、どちら側の立場かがはっきりと示していない映画なので、見終わった後に心もとないと感じる方もいるかもしれません。ドキュメンタリーというものに対してそういうことを期待されている面もありますし。むしろ日本でも捕鯨に反対する人はもっといるはずなのに、反対できない環境になっているのではないでしょうか。

佐々木芽生(ささき めぐみ)

1987年よりニューヨークに在住。1992年4月からテレビのレポーターとしてニューヨークの経済情報番組に出演する。2008年にドキュメンタリー映画『ハーブ アンド ドロシー 』で監督デビュー。世界屈指のアートコレクションを築いた公務員夫妻のドキュメンタリーは、世界30を越える映画祭に正式招待され、米シルバードックス、ハンプトンズ国際映画祭などで、最優秀ドキュメンタリー賞、観客賞など多数受賞した。2010年秋から6年の歳月をかけ、クラウドファンディングで資金を調達しながら、映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』を完成させる。

公式サイトはこちら

映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』
2017年9月9日(土)よりユーロスペースほか順次公開
公式サイトはこちら
配給:エレファントハウス
 (C)「おクジラさま」プロジェクトチーム

夏は冒険する……

野外映画祭 2017
  • 映画
  • ドラマ

年々人気が高まりつつある野外映画祭が今年も夏から秋にかけて各地で開催される。山の中でキャンプをしながらオールナイトで楽しめるものや、ライブやDJイベントなど映画以外にも楽しめる要素が詰まったものなど様々だ。この特集では気軽に訪れることのできる都内の上映もピックアップ。開放感ある野外空間で非日常を体験しよう。

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