インタビュー:高橋一生
Photo: Kisa Toyoshima、スタイリスト: 秋山貴紀 、ヘアメイク:田中真維(マービィ)

インタビュー:高橋一生

一人芝居「2020」開幕直前の思いを語る

編集:
Hisato Hayashi
テキスト:
Ayako Takahashi
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タイムアウト東京>カルチャー>インタビュー:高橋一生

テキスト:高橋彩子

映画やテレビ、舞台などでキャリアを重ね、注目を浴びる俳優、高橋一生。先月にはハードなアクションシーンを含むドラマ「インビジブル」が最終話を迎えたばかりの彼が次に挑むのは、一人芝居「2020」だ。

戯曲は芥川賞作家の上田岳弘による書き下ろしで、演出は高橋と何作もタッグを組んでいる白井晃。高橋自身が両者を引き合わせるなど、企画段階から深く関わっている。彼は一体どのような思いで、どんな舞台を世に送り出そうとしているのだろうか?

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今こそ2020年以前と以後を考える時期
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今こそ2020年以前と以後を考える時期

―今回、高橋さんを含む現代のクリエーター、アーティストの皆さんが、「2020年」を起点とした作品づくりに注目しています。高橋さんご自身はどのような思いで、企画に関わられたのでしょうか。

かねてから、僕は上田さんの本が好きで親交もあり、その世界観と白井さんの演出が合うだろうと思っていたんです。上田さんが僕の舞台を観に来てくださった時に、白井さんと喋る機会はあったものの、じっくりお話しされたことはなかったので、お二人の話を聞いてみたいと考え、家に招きました。

その時は食事をしながら、「いつか何か面白いものがやれたらいいですね」という感じの話をしたのですが、その後、白井さんが少しずつ動いてくださり、本格的に上田さんと企画を立ち上げようと、パルコのプロデューサーの方に持ちかけてくださって。そこから「こういう話をやろうと思うんだけどどう?」と聞かれ、「おお、結構進んでいますね!」となりました。

―新型コロナウイルスのパンデミックが始まった2020年は、歴史の転換点だと思います。これが題材になったのは偶然なのか、それとも必然だったのか、どう思われますか?

お二人を家でお引き合わせしたのが2019年頃。つまり、こういう世の中になってしまう前だったので、意図していたわけではないです。ただ、企画をスタートさせましょうと言って皆さんとお会いをした時、2020年の出来事は僕たちにとって避けて通れないことだという話になった気がします。僕自身もそこに問題意識を抱いていましたし。

―避けて通れないというのは、パンデミック下での体験ゆえですか?

はい。あの状況の中で、少しはみ出したことを言ったりやったりする人に対して、抑え込む力のようなものが働くのが、正直なところとても気持ち悪かったんです。

リモートワークなど仕事の形態が変わり始めて、出向くことが省略できるようになったのは良い一面があったのかもしれませんが、どこを省略する、しないの線引きがいまだにはっきりしていないと感じています。会わなくて済むから便利な面がある一方、人と人が対面しなければという気持ちが個人的にはありますし、人の顔、表情が見られなくなったことの影響はかなり大きかったです。

―マスクのことですね?

ええ。例えば、俳優として現場にいると、最初のお客さんであるはずのスタッフの方々の鼻から下が見えないのはけっこう痛手で。お芝居を作っている時に他者に見てもらい、そのリアクションを受けて作っていくという、これまで大事にしていたことが根本的に塗り替えられてしまいました。こういうことは僕らの職業だけではなく、さまざまなところで起こっている問題ではないでしょうか。

だからこそ、2020年以前と以後のこの世界を、もう一回見つめ直したいという気持ちがあったんです。観ている人に何かを訴えたいということではなく、一度立ち止まって整理するという時期に来ているのではないか、と。

「上田岳弘ワールド」を演劇で
Photo: Kisa Toyoshima、スタイリスト: 秋山貴紀 、ヘアメイク:田中真維(マービィ)

「上田岳弘ワールド」を演劇で

―上田さんならではの視点で、今おっしゃったことがどう展開していくのか気になります。

上田さんの小説には、人が全て統合され、一塊の集団になってしまった世の中がよく描かれています。僕自身も以前から、集団性とは一体何なんだろう、と思っていました。小規模な集まりであっても、ものすごい数の人達の集団でも、意思を共有した一つの人格であるかのように見えてしまい、時に恐怖を覚えることもあって。

俳優は、もちろんいろいろな人たちとものを作るわけですが、立場上、矢面に立たされがちというか、集団の目の前まで行って一人で対峙しなければなりません。俳優に限らず、集団に属していない人は、社会に対峙していく際、どこかで個である自分を認識し、「個」対「全」の構図を体験しているのではないでしょうか。今回のお芝居には、それが多分に描かれています。

―演じられる役は、「クロマニヨン人」「赤ちゃん工場の工場主」「最高製品を売る男」「最後の人間」。いずれも、上田さんがこれまでに書いてこられた小説に出てきたモチーフやキャラクターですが、今回の作品はいくつものイメージの集積なのでしょうか? それとも、一つの物語として新たに生まれたものに?

大きな一つの物語ではあると思います。上田さんがこれまでお書きになった作品のテーマは流れていますが、舞台で表現するとなると論法が変わってきます。読書が行間に思いを馳せるのに対して、鑑賞の場合はまた少し別のものが必要になってきますから。演劇ならではの、今の演劇ならではのアプローチができないか、白井さんや上田さんとは話し合っています。

―あえて「今の」と付け加えられたということは、そこが重要なポイントなのでしょうか?

演劇が集積してきた技術力のようなものは、確実に存在していると思っています。ですから、アナログな方法に加えて、今のいろいろな技術を使ったら、どんな舞台ができるのか。ライブになってしまうのか、それでもやはり演劇と呼べるものなのか。あるいは、絵画のような美術的なものになるのか。まだ僕もよくわかっていないのですが、その辺りも含めて模索しながら稽古しています。

―一人芝居は、演者にとって非常に大変である一方、ある種の自由さもあって、極端な話、小説に似たようなモノローグでも成立してしまうようなところもあるにはありますが。

そうなのですが、単純にお客さんが、そして僕が飽きてしまう気がします。せっかく肉体が舞台の上にあるので、何よりその面白さを存分に体感してもらいたい。何のフィルターも通さず、目の前で肉体が動いているのを見ること。「目撃する」に近いかもしれないそんな体験は、この2年間でずいぶん減ったのではないでしょうか。

―舞台自体は再開してしばらく経ちますが、今回の舞台はより生々しく、あるいはガツンと届くような体験になるということでしょうか?

再開したとはいえ、なんとなく自粛しなくてはいけないムードがあったような気がします。

僕自身はコロナ禍において、2020年は舞台「天保十二年のシェイクスピア」公演の後半が中止になりましたが、テレビドラマの仕事などをやらせてもらい、2021年には幾つかの舞台を無事に終えることができました。しかし、タイミングの悪かった人は、本番を迎えることなく座組すべてが解散ということもありましたし、いまだに「こういう状況だからやめておこう」という公演もあるでしょう。 その根底には、必要なものはやってもいいけれど不必要なものはやらないで、という考え方がある気がするんです。この世の多数決や流れで、不必要なものが決まり、除外されていくわけですが、そんなジャッジをしていたら、生活に根ざしたものも消してしまい、自分の首を絞めていくことにならないのかなと、僕はこの2年間ずっと考えていました。段々おかしなことになっているように感じる世の中に対して、ここでいったん整理、精算させてもらいたいという思いがどこかにあるのかもしれません。

―生身の肉体がなければ成立しない極めて非効率的な演劇は、無駄を省くこととは対極にあるものですよね。

ただ、これだけ残っているということは、何かしらのエネルギーがあるからだろうし、続けて欲しいと言う人と続けて欲しくないと言う人が同時に存在していること自体、たぶん演劇そのものに大きな価値があるからなんだと僕は思っています。

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振り幅のある、凸凹でエッジのきいたものを
Photo: Kisa Toyoshima、スタイリスト: 秋山貴紀 、ヘアメイク:田中真維(マービィ)

振り幅のある、凸凹でエッジのきいたものを

―稽古場では、上田さんや白井さんとガッツリ話し合いをされているそうですが、そういったコミュニケーションにおいてもっとも大切にしていることは何ですか?

例えば、ある一つのことに対して上田さんが「黒」と言い、白井さんが「赤」と言い、僕が「白」と言うのはやめましょう、ということぐらいでしょうか。全員が「だいたい白ですよね」とならないと進めないこともあるので。

同じように「白だ」と言ったところでそれぞれの白は微妙に違うし、表現の仕方において同じ色のことを言っていても「あのベージュ色っぽい」という言葉を入れただけで「白じゃないのでは」となるので、結局は同じ色のこと言っていたのだと確認するために、ああでもないこうでもないと3人で話しています。

それくらい微妙なニュアンスも、共通認識として持っていなくてはならない瞬間が、この局面にはあるんです。

―現時点で、どんな作品になりそうでしょう?

難解だと感じたり、反対に明快にわかりやすく明示されているなと感じたり、人によってだいぶ感じ方が変わるような、不思議なお芝居になるんじゃないかと思っています。自分が当事者だと思った瞬間に刺さってしまう人もいるだろうし、自分が傍観者だと思った人には全く刺さらないかもしれない。それくらい振り幅があるものを作りたいなと、かねてから考えていました。

一つのゴールに向かってみんなの熱がバーッと上がっていくものも面白いけれど、それぞれの認識がバラバラで、お客さんによって全然違う印象になるものも良い気がします。

そもそもどんな舞台でも、日によってお客さんの熱の方向性は変わるものです。俳優はいつも「今日は芝居としてこっちのほうにフォーカスが入っているから、この受け方をするんだな」などと感じながら芝居をしています。それが今回、席単位で違うぐらいの感じをどこか意図的に目指したいです。

―観客としても、全員が一つの顔ではいられない、と。

ものすごく顔面蒼白の人がいる一方、頭にずっとはてなマークが浮かんだままの人もいる。そういう面白さは、昨今の日本ではあまり感じられないものかもしれません。それは上田さんの文学性にも通じるのではないかな、と。

ちょうど昨日、上田さんが純文学について「自分がやりたいことに振り切れる」とおっしゃっていて。まさに僕も今、どちらかというとそれをやりたいんです。もちろん、みんなが楽しめる娯楽であることも大事ですが、そのために自分を殺してしまうようなことはしたくない。どんどん、自分の中でエッジがきいてきてしまっています。

―6年前にお話をうかがった時、「これまでに積み上げてきたものがあって、今がすごく充実している」とおっしゃっていました。でもそこからの年月でまた変化されたようですね。

自分に求められるものが新しくなったことは、ありがたく、また刺激的でもありましたが、お芝居をする時、以前なら回路のショートもなく、電気が通うとすぐにエネルギーを放出できていたものが、最近はいろんな集積回路を通らなければならない。要は、お芝居をするという純粋な地点にたどり着く前に立ちはだかるものが大きくなったんです。しかたがないことだと言われたらそれまでだけれども、自分にとっては少し堪えるところでもあります。

ですが今、稽古場に向かっていて感じるのは、白井さんと舞台「マーキュリー・ファー」を作っていた2015年くらいの感覚が戻ってきているということ。みなさんに見てもらう前に、凸凹を削ってパッケージとして美しいものにするのではなく、凸凹でいいんじゃないかと思うようになりました。

―少し前の感覚を取り戻しつつ、新しいところへ向かっていらっしゃるということですね。

はい。前に戻ったといっても完全に戻れるわけではく、2015年から2021年までを経ての2022年ですから、全く違うところに行き着く可能性もあると思っています。

Contributor

高橋彩子
舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。「エル・ジャポン」「AERA」「ぴあ」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜を連載中。

 http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

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