東京、麗しきバーテンダーたちの店10選

銀座、田町、赤坂、吉祥寺。バーの世界に生きる女性たち

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テキスト:たまさぶろ

もはや「麗しきバーテンダーたち」が珍しい時代ではなくなった。バーのカウンターに立つ者は、男性に限る。そんな封建的な時代も、日本では実はほんの10年ほど前までのことだ。かつて女性バーテンダーは稀(まれ)だった。キャリア20年を超える女性は、今でも稀有(けう)な存在だ。

瞬きの間に世紀は変遷し、カクテルコンペティションの優勝者、優秀者は女性というケースが多くなった。ある巨匠は「女性のほうが度胸があって愛嬌(あいきょう)も良い。もう男性は勝てないかもね」と笑った。男性バーテンダーの妬み嫉(そね)みすら漏れるようになった。

だからといって女性特有の労苦が雲散するわけではない。今一度、この機会に東京の麗しきバーテンダーたち10人に焦点を当て、「バーテンダーとは何か」を問い「麗しきバーテンダーたち」の現在を考える。

日比谷Bar 三田店:小笠原架奈

「たおやかなバーテンダーだな」と思ったが、それだけではない。バーテンダーとしてのキャリアを決意し上京。扁桃腺が原因で熱に倒れる日々が続いたが、患部の除去手術に挑み、帰郷することなく東京でカウンターに立ち続けた。優しそうな受ける容貌(ようぼう)とは裏腹に、頑張り屋である。

出身は「カクテルの街」宇都宮を擁する栃木県。地元の足利市も腕自慢のバーテンダーが多い土地柄として知られる。専門学校を卒業後、アパレル業界に入るものの、ダイニングバーに足を運び、「あまりに楽しそうだったので」とこの世界へ。3年間の修行期間を経て上京。世話になったマスターにも「教えられることは教えたから、しっかり勉強してきなさい」と送り出された。

バーテンダーの仕事は楽しさばかりで辛さを感じることはないという。「お客さんとしゃべっているのが大好きです。いろいろな方がいらっしゃるのでそこが面白い」と醍醐味を噛み締めている。

店はサラリーマンと学生が同居する東京、田町に位置する。グループ客も多いなか、サラリーマンの団体に「お隣が学生さんなので、少々騒がしいかもしれませんが、よろしくお願いします」と案内したにもかからず、むしろサラリーマンのほうが羽目を外し過ぎ、学生に「お隣が盛り上がってしまい申し訳ありません」と伝えるあべこべな出来事もある楽しい職場だ。

休日は勉強も兼ねて、ひとりでふらりとバー探訪を重ねる。将来的には地元に戻り自身のバーを持つのが夢だ。「ただいま」と言って訪れてもらえるような、アットホームな店が目標。先日も女性客に「会いたくなって来ちゃった」と言われ、幸せな気分になれたという。

「バーテンダーは人生相談係」と捉えている。「親しい人にも話せないことが、バーテンダーには話せる」からだ。自身がバーに足を運んでいたころ、いつも元気をもらって帰宅した。「将来、(お客さんに)必ず元気になって帰ってもらえる存在になりたい」と語るその笑顔はやはりたおやかだった。

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田町

Bar シャーロック:溝田あゆみ

日本チャンピオン吉本武史がオーナーバーテンダーであるこの一軒は、2016年7月にオープンしたばかり。ホテルバー出身、オープニングスタッフの溝田あゆみにとって、いわゆる「街場のバー」勤務は初体験。毎夜、その差に一喜一憂……。

きっかけは学生時代のアルバイト。カクテルが好きでバーに足を運んでいるうちにこの仕事に興味を持ち、カウンターの向こうへ。大学卒業後、浜名湖近隣のホテルに就職。バーテンダー希望は倍率が高い。しかし奇跡的に志望が叶いバーに配属、この道に。東京お台場でも会員制ホテルに勤務、その後、オープニングスタッフとなった。

バーテンダーという仕事は「思ったよりも体力的にきついですし、お肌も荒れるし……」とその労苦を表現しつつ苦笑い。「でも、体調を崩すこともなく自分に合ってるのかなと思います」とはにかむ。

チャンピオンに学ぶ点について尋ねると「視野が広く、どんなに忙しくともひとりひとりのお客さんを見ていて、その軽快な会話でお客さんを飽きさせない」と羨望を送る。まだまだ見習うべき点は多いが、「お客様に尽くすのが好き。技術的に極めて、カクテルコンペでの優勝も目標ですが、最終的にはお客さんに満足してもらえるカクテルを作り、私に会いに来てくれるお客さんを作ることができたら幸せです」とその視線は少し先を見据えている。

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銀座
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アルジャーノン シンフォニア:小栗絵里加

「麗しきバーテンダーたち」の取材を始め、つまびらかになった点は、実に様々な職業から転身した人が多いこと。OLはもちろん、公務員、大学秘書、ロケットのエンジニア、バレリーナ、カリスマ店員。そして小栗絵里加は元アイドル、なんとAKBの候補生だった。

もっとも本人は3歳からピアノを始め、7歳からヴァイオリンを習い、短大も音楽家器楽コースへ進み、店名に見られるよう音楽への造詣が深く、自身の立ち位置も音楽にこそあると捉えている。

カウンターの手前に座る者としては芸能活動にも感謝しなければならない。上京後、候補生で食べていけるわけもなく、同郷のソムリエの先輩を頼ったところ、葉巻に興味を持ち、シガーバーでアルバイト。以来すっかりこの仕事に魅せられ正社員に登用され、その後、いくつかのバーで勤務。ファンとの触れ合いが大事だったアイドル時代を振り返ると、カウンターでの接客に近い感覚があった。いつかは、技術を身につけ、自身の店を開きたいと考えるようになった。念願叶い、このたびはパートナー契約により自身が代表となった店に。それまでは雇われ店長だったため、ルーティンをこなしているだけだった気がするが、今は努力の分だけ、答えが返ってくるのが嬉しい。

最近、対面接客の醍醐味がよりよく理解できるようになった。客によって自分のテンションも上がる一方、「体調が悪いときに初めて来てくれたお客さんは定着しないんです」と気にかけている。バーは、様々な客にとって、愚痴もこぼせる憩いの場。愚痴を聞くのは、「クリスチャンでもある母の影響かも」とか。「第三者だからこそ話すことができる存在でありたい」と瞳を輝かせる。

今後は、結婚、出産しても続けていけるバーを築き上げたい。辞めても、いつか戻って来れるような店作りができればと。常連客も、末長く続くバーであってほしいと願っているに違いない。

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赤坂

スクリュードライバー:手塚景子

「将来的には『あの街にはすごいおばあちゃんバーテンダーがいる』と言われるような、街の名物になれるように。一生、プリティーにこの仕事を続けたい」とユニークな志を持つ。

秋田県出身である手塚。サービス業を念頭に「東京に行けば何かあるだろう」と上京。当初は不動産業に従事していた。居を構えた吉祥寺のファンクミュージックが流れる居酒屋で一人飲みを覚えた。毎日の長時間労働をこなすマスターに「なぜ、こんな(ハードな)仕事を?」と尋ねたところ「1日は24時間。そのうち半分を働くとしたら、楽しい仕事が良い」との答えに感銘を受けた。

その後、とあるオーセンティックバーで注文したジントニックの味に感動し、「こうした技術を身につければ将来のためになる」と考え、本格的にバーテンダーの道へ。

銀座での修行は厳しかった。「ちょっとなめていたのかもしれません。23時に終わって朝まで練習していました」。それでも常連の女性客にマンハッタンをオーダーされ差し出したところ、「こんなマンハッタンを出す店には、二度と来ないかもね」と酷評された。バーテンダーに向いてないのかもしれないと挫折しかけた。

そんな折、当時興味が強く向いていたウイスキーを学ぶべく新宿のモルトバーで一から勉強し直したことが転機となった。教えられたのは「ウイスキーの店でウイスキーについて語ることができても当たり前、それ以外の何かを勉強すること」。現在勤務するラム専門店スクリュードライバーに初めて飲みに行った際に、軽い気持ちでラムを飲んだ。熟成したラム酒に「すごい熟成感、甘くてフルーティ!この価格ならウイスキーよりもお得だ!」とショックを受け、ラムの世界が一気に広がった。ラムのユニークな味のバリエーションに驚く日々のなかで、専門的に学び、ラム酒を広める一員になりたいと決意し、現在に至る。

バーに足を運ぶ人は何かを背負っている。「悩みがある方も多く、私たちはその時間をもらっている。喜怒哀楽が交差する生々しい職場だと思います。毎日10人のお客さんが来たら10人分の大切な時間に携わることができる…。ヴィヴィッドで贅沢な空間です」との心構えを持つ。

「先輩バーテンダーたちは、すごい腕を持った人たち、医者と同じ。私はまだ研修中」と先を見据える。2017年は、ラム酒「ディプロマティコ」のコンペティションに参加。惜しくも2位に終わり、世界大会に駒を進めることができなかった。それでも「自分のバーテンディングがきっかけとなり、女性バーテンダーを目指す方が増えることを目標に、軸をぶらさずステップアップしなければ」と頼もしい。「夜の研修生」は、いやはや、なかなか骨太だ。

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吉祥寺
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STING:中弘美加

「スティング」と聞き、映画を思い浮かべる向きは、それなりに年輪を重ねているだろう。ポール・ニューマン主演の同作冒頭では、主人公が「ゴードン」のボトルの中身を水にすり替え、それを呑み続け酔ったふりをしつつ、賭け事に勝利する......そんなシーンに着想を得たSTINGオーナーのオリジナルカクテルをヒントに考えたのが中弘美加の「ウォター・フラワー」だ。新宿「ケテルワン」のコンペで準優勝に輝いた一杯は、珍しくレシピに「水」が使用されている。しかし、水っぽさもなく、引き締まった、麗しい味わいに仕上がっている。

中弘は愛媛県松山市の出身。松山はカフェが人気の街。アパレル系勤務していたが、カフェ通いが好きで、その経営を学ぶためにユーターン。東京でアルバイトを始めようと飛び込んだ先がカフェではなくバー。しかし、面接を受けると店長の人柄に惚れ、そのまま勤務することに。さらに客とも縁ができ、酒類も気に入り、そのままバーテンダーに。しかし、酒類もコーヒーも嗜好品ゆえ、類似点も多いと考えており後悔はない。むしろバーでは葉巻などにも興味を持ち、さらなる深みにはまっている。確かに昨今は、バーテンダーがコーヒーについて学び、バリスタは酒を学ぶ時代だ。

酒を通じ客と色々なことを共感できたときが、この仕事の醍醐味。

バーテンダーとして心がけていることは、「何かを抱え込んでいるお客様が、少しでもそれをカウンターの上に置き、心を軽くして帰ってもらえるよう」と表現する。カウンターで居合わせたら、大企業の社長も一介の学生も平等の立場。「そんな新宿のバーが好きです」と微笑む姿に、つかの間見惚れる客も多いだろう。

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新宿三丁目
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たまさぶろ

たまさぶろ

1965年、東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。『週刊宝石』、『FMステーション』などにて編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。このころからフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て、帰国。『月刊プレイボーイ』、『男の隠れ家』などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで1000軒超。2010年、バーの悪口を書くために名乗ったハンドルネームにて初の単著『【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR』(東京書籍)を上梓、BAR評論家に。女性バーテンダー讃歌『麗しきバーテンダーたち』、米同時多発テロ前のニューヨークを題材としたエッセイ『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』(OfficeMATZ)ともに好評発売中。「あんたは酒を呑まなかったら蔵が建つ」と親に言わしめるほどの「スカポンタン」。

ひとりでバーを巡りたくなったら…

東京、ひとりで訪ねたいバー15選

ひとりになりたいときがある。そんなときのためにこそバーがある。腰を落ち着けるカウンターがあり、美味い酒があり、時としてマスターの酸いも甘いも知るトークがある。愉しいとき、愉快なとき、苦しいとき、哀しいとき……。どんな人生のシチュエーションにおいても、至福の一杯がその気分を分かち合い、いずれ人生の記憶として結晶化することだろう。そして、またいつか、その残された結晶をあらためながら、ゆったりとグラスを傾ける日が来るに違いない。 今宵は、ひとりで足を運ぶのがもっとも似合う……そんな珠玉の一軒の扉を開いてみた。

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By Time Out Tokyo Editors

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