1. アートを通して街の歴史に触れる。



タイムアウト東京 > アート&カルチャー > 「すみだ五彩の芸術祭」でしかできない5のこと
東京は思いのほか広く、知っていると思っていた街にもまだ知らない景色がある。そんな東京の一角、下町文化が残る墨田区を舞台に、アートの祭典「すみだ五彩の芸術祭」が開幕した。寺社や商店街、古民家など、エリア内に点在する50以上の会場で、100を超える多彩なプログラムが展開される。
会期は2026年9月4日(金)から12月20日(日)までの約4カ月間。じっくり鑑賞できる展示はもちろん、エンターテインメント性に満ちた体験型作品が揃うのも、同芸術祭の魅力だ。
本記事では、墨田の歴史・街並み・ものづくり・ケア・音楽という5つの軸から、タイムアウト東京が注目する展示やプロジェクトを厳選して紹介する。下町の情緒とアートが織り成す、まだ知らない墨田の魅力を探しに出かけよう。
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墨田区といえば、石鹸産業とも深い関わりがある。明治期頃から家畜の解体や食肉加工を行う屠畜場(とちくじょう)や革産業が盛んで、その過程で大量に出る牛脂を原料とする石鹸メーカーが数多く存在したという。
そんな土地の記憶を掘り起こすのが、画家・弓指寛治の『ブラックマーケット アンド ザ フォーム』だ。戦後の混乱期に生まれた闇市と、そこで流通していた粗悪な石鹸を題材に、新作を発表する。作品は、10月10日(土)〜12月20日(日)はタロハチに隣接する「鈴木鉄工所」で、11月11日(水)〜12月20日(日)は「立花大正民家園 旧小山家住宅」で見ることができる。
そこにはいない人や、残された人々へ眼差しを向けてきた弓指。戦後の墨田に残された記憶を、彼がどのように絵画に落とし込むのか、その表現を目撃したい。


墨田区全体を一つの展示会場に見立て、街を歩きながらアートと出合えるのも同芸術祭ならではの醍醐味(だいごみ)。普段歩かない場所を自分の足で巡ると、頭の中の地図が少しずつ書き換えられていき、街がこれまでとは違って見えてくるはずだ。
美術家・岡田裕子による回遊型音声作品『ミュージックチャンネル ホンジョ 7 FUSHIGI』は、ラジオ番組風の音声を聴きながら、江戸時代の都市伝説「本所七不思議」の舞台となったエリアを歩く体験型コンテンツだ。「旧安田庭園」や「錦糸堀公園」などを巡りながら、本所七不思議を題材にした落語をはじめ、5人の女性アーティストたちが繰り広げるアート談義、さらには妖怪バンドのライブ音源など、盛りだくさんの内容が繰り広げられる。音声に耳を傾けながら街を歩けば、過去と現在、リアルとファンタジーが交差する感覚が味わえるだろう。
植村真と増田義基によるアートユニット・謎音研究所の『謎音-忘却の川-』も、イヤホンから聞こえる音声ガイドを聴きながら墨田の街を歩くツアー形式のパフォーマンス。水底に沈んだ鐘の音が聞こえるといった伝説「沈鐘伝承」をもとに、不思議な音の正体に迫る。震災や戦争、水害など、墨田に残る記憶が「謎音」によって引き起こされているものとして捉え、土地に刻まれた傷跡を再考する。


もう一つ注目したいのが、同芸術祭のオープニングを飾った振付家・ダンサーの山﨑広太による『梅若はまだ帰らない。』の「白鬚東アパート漂流ダンスツアー版」。隅田川のほとりで落命した梅若丸と、その子を探し続けた母の哀話「梅若伝説」に触発されて創作した「戯曲ダンス版」に続き、梅若を祀る木母寺と白鬚東アパート周辺で展開する一日限りのダンスツアーとなる。
関東大震災後に建設された白鬚東アパートは、高さ40メートル、約1.2キロメートルにわたって連なる防災団地で、墨田の街の歴史を象徴する場でもある。6人のダンサーと公募メンバーとともに鑑賞者も移動しながら、土地に刻まれた記憶と身体が共振する只中へと導かれていく。




隅田川沿岸に位置する墨田区では、水運による交通の利便性により明治期以降に工業化が進んだ。金属からガラス、繊維、印刷まで、伝統の技を受け継ぐ町工場が集まり、日本のものづくりを支えてきた街だ。
現在も2100を超える町工場が存在し、職人たちが活動を続ける一方で、生活様式の変化に伴い、技術を次の世代へどうつなげていくかが大きな課題となっている。同芸術祭では、地域の職人技とアーティストを結びつけ、新たなものづくりの可能性を探る。
震災や空襲によって古い建物の多くが失われた墨田区で、奇跡的に残る立花大正民家園 旧小山家住宅。ここを舞台に開催されているのが、美術家・山口藍による展示『向かいのきたん』だ。
現代のキャラクター文化を彷彿(ほうふつ)とさせるタッチで遊女を描く山口と、市松人形職人の山崎明咲(やまざき・めいしょう)、都内唯一のびょうぶ専門店「片岡屏風店」の3代目・片岡孝斗とのコラボレーションによって実現した同展。注目は、どこへでも持ち運べるドールハウスを、空間を区切るびょうぶで作り変え、そこに市松人形をちょこんとたたずませた新作だ。
通常はガラス玉を入れる目に、山口自身が筆を入れた「描き目」が施されているのも印象的。旧小山家住宅に山口が描く少女が住んでいたら――と想像しながら、じっくりと鑑賞したい。


墨田のものづくりを生かした展示でもう一つ見逃せないのが、国際的ドレスデザイナーの小泉智貴による 「千葉大学墨田サテライトキャンパス」での展示『色をまとい、夢を縫う』。色鮮やかなオーガンジーのドレスを身に付けたマネキンがずらりと並ぶ空間は圧巻だ。
そのうちの1体は、墨田の繊維産業から譲り受けた端切れで作ったコサージュが施されたドレスをまとっている。地域産業の歴史と世界的ファッションデザイナーのクチュールデザインが融合した必見の展示だ。


大正期、急激な工業化が進む一方で、貧困や過密化、高い乳幼児死亡率など、地域住民の生活を脅かす問題も深刻化した。こうした課題に向き合うため、墨田区では、アーティストや知識人が街に住み込み、住民の暮らしを支える「セツルメント運動」が盛んに行われていた。
同芸術祭では、当時の地域福祉運動に着目。クリエーターによるアートやワークショップを通して、その精神を現代につなげていく。
「ユートリヤ すみだ生涯学習センター」をベースに展開されるリサーチプロジェクト「ブリッジ!-アートと社会福祉のあわいのなかで- プロポーザル展」では、地域福祉やセツルメント運動の歴史に関する資料を中心に展示。過去の活動を知ることから、地域の中で自分たちに何ができるのか、思考を巡らせるきっかけを作る。


3つの音が一体となって響くという意味を持つ「トリフォニー」を冠した、東京東部の芸術文化活動の拠点「すみだトリフォニーホール」では、「音楽」をテーマに、音と社会とがどのように共振できるのかを探る多彩なプログラムが開催される。
中でも注目したいのが、『ミュージシャンによる次世代向け音楽講座』だ。映画『国宝』の音楽を手がけた原摩利彦(はら・まりひこ)、文筆家として活動する寺尾紗穂、幅広いジャンルで創作活動を行うラッパーの環ROY、古い電化製品などを独自の電子楽器として蘇らせ、演奏を行う和田永など、異なるスタイルで活動する4人のアーティストが登壇する。
これからの音楽を担う若い世代に向けて、それぞれの活動を振り返りながら、プロになるまでの道のりや、現在どのように社会とつながりながら音楽活動を続けているのかを語るほか、来場者からの質問にも答える。これから音楽とどう関わっていくのか、自分なりのヒントが見つかるかもしれない。


10月25日(日)には、「隅田公園そよ風ひろば」で、いとうせいこうや巻上公一ら多彩な歌い手を迎える生演奏盆踊り「すみゆめ踊行列:SUMIBON」が開催される。
1923年の大震災で大きな被害を受け、その22年後には東京大空襲で焼け野原となった墨田の街。度重なる災禍から復興を遂げてきたこの場所で、鎮魂と再生を祈りながら踊りの輪を広げたい。
歴史を知り、街を歩き、ものづくりやアート、音楽に触れることで、墨田の風景が少しずつ違って見えてくるはずだ。過去の記憶を受け継ぎながら新たな表現が交差する同芸術祭へ、この秋、足を運んでみては。
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