手話が「響く」ライブ体験を

心を動かす手話パフォーマンスとは? 俳優 三浦剛の活動

テキスト:
Kunihiro Miki
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2018年に日本フィルハーモニー交響楽団と落合陽一が手がける『耳で聴かない音楽会』が開催され、話題になったことを覚えている人は少なくないだろう。同イベントは、テクノロジーを駆使して光と振動によって聴覚障害者に音楽体験を届ける試みだった。一方で、東京にはよりシンプルに、そしてダイレクトにミュージシャンと聴覚障害者をつなぐ「手話パフォーマー」が存在する。

20年以上のキャリアを持つ俳優、三浦剛は、テレビや映画、舞台などで活躍するかたわら、手話パフォーマーとしてステージに立つ手話ソングライブ『Music Sign』の主催者でもある。2019年12月で通算15回目を迎える同イベントのほかにも、三浦は全国からのオファーに応える形で、手話パフォーマンスを行ってきた。

音楽ライブを手話で伝えるためのノウハウはどうやって培われていったのか。そこで生まれた新しい表現の可能性とは。三浦に話を聞いた。

インタビュアー:髙木智哉
写真:中村悠希

手話がステージのセンターをとる

三浦が手話を覚えたきっかけは、妻である女優の忍足亜希子との出会いがきっかけだった。

「2002年の自分が所属する演劇集団キャラメルボックスの舞台で、忍足と共演したんです。その時、僕が彼女に一目惚れしてしまって(笑)。なんとか彼女とデートできるところまでこぎつけたんですが、彼女は聴覚障害、いわゆるろう者(ろうしゃ)なんですよ。彼女と付き合いたい一心で、必死に手話を覚えました」

三浦が手話ライブを始めたのは、今から2006年ごろ。自身が所属していた歌と芝居のコラボレーションユニットでの活動で、歌手に挟まれた役者に何ができるか、という葛藤のなかで編み出されたのが、歌と手話を合わせるというアイデアだった。

「手話っていつも端っこなんですよ。会見などの手話通訳を見ていてもそうですし、テレビのワイプを見てもそうじゃないですか。だからこそ、自分のライブのソロパートでは思いっ切り真ん中でやってやろうと思ったんです。その後も本格的に手話ライブを続けようと思ったのは、SOONERSという兄弟ユニットにゲスト出演してもらったことがきっかけです。彼らの楽曲に魂が震えるような感動を覚えて、どうしてもこの楽曲で手話をやらせてほしいとお願いしました」

演技力を駆使した独自の手話パフォーマンス

演技力を駆使した独自の手話パフォーマンス

手話には、語順に1対1で対応し助詞も含めて表現する「日本語対応手話」と、「は」や「に」といった助詞を口の形で表現する「中間型手話」、そして必ずしも語順とは対応させずに大意を捉えて表現する「日本手話」の3種類がある。三浦の手話パフォーマンスは、「日本手話」をさらに独自にアレンジしたスタイルだ。

「僕が手話をする楽曲は、手が勝手に動くものだけを選んでいる。世の中には名曲はたくさんあるけれど、手が動かないものもある。自分の体が反応するものしかできないんです。歌自体はミュージシャンに任せて、僕はその世界観を体現することに専念しています。

僕がほかの手話パフォーマーの方と違うのは、観客からの見え方や舞台の使い方にこだわっている点。例えば目線の使い方だったり、首の傾け方ひとつをとっても感情が伝わりやすくなるように考えていますし、舞台の上手下手を使い分けて演劇的な空間を作って、観客をその歌詞の世界に引き込んでいくということを意識しています。


これは僕がずっと演劇をやってきたなかで自然に身に付いた考え方かもしれませんが、演劇やライブって、聴者だからとかろう者だからとか関係なく、見ているお客さん、聴いているお客さんが主役だと思うんです。

僕はそれを伝えるための『視覚スピーカー』なんです。楽曲の歌詞に登場する主人公を演じて、手話を音楽に乗せて伝える。このスタイルは、聴者のお客さんにとっても手話が覚えやすいみたいで、ライブを観ながら一緒にやってくれるんです。何度も観てもらって少しずつでも手話が浸透していってほしいです」

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手話に対する理解を広めるために

手話に対する理解を広めるために

SOONERS、ダイナマイトしゃかりきサーカスといったバンドとともに初めて『Music Sign』を2005年に開催してから、計14回のイベントを重ねてきた。試みはどこまで伝わり、広まっているのか。

「第1回はろう者のお客さんは数人でした。当然ですが、まずろう者にはライブハウスに足を運ぶという習慣がありません。しかし、回数を重ねるごとに少しずつ少しずつろう者のお客様が増えてきて……。泣きながら聴いてくれている方もいらっしゃるんですよ。

音は聞こえなくても、振動や僕の表情、動きなどから歌の世界観を感じてくれてるんです。さらに歌い出す人もいるんですよ。メロディーは聴こえないはずのろう者が歌うんです。

もちろん音程がきれいなわけじゃないし、歌がうまい訳でもないんですけど、私のところまでろう者の方の歌声が聴こえてくるんです。その声を聴いた時に『Music Sign』を始めて良かったなと思いました」

三浦は聴覚障害者と聴者の関係の在り方について考えるためにも、今後もライブやパフォーマンスを続けていきたいと語る。

「妻と買い物に行った時、買い物を終えて店を出る時に店員さんが笑顔で『ありがとう』と手話をしてくれたんですよ。それがとてもうれしかった。

その『ありがとう』の手話を知っているだけで、ろう者聴者関係なく人の気持ちは動くんです。だから、僕は聴者のために手話パフォーマンスをやっているのかもしれない。聴者の方々に、手話に対する理解をしてもらうためにやっていると言える気がするんです。

あとは、聴者とろう者がもっと歩み寄ってほしい。健常者の方は、手話をやっている人を見て福祉的な意味で捉える方が多いんですよ。ろう者の方でもライブを見に来た時、障害者手帳を持ってきて『割引してもらえませんか』って言ってこられる方もいる。でも僕は一切割引しないんです。

ろう者の方は『私たちを理解してほしい』と言うんですが、僕はろう者の方々も聴者に対しての理解がなければいけないと思っているんですよ。だってろう者の方は手話が分かるけど、聴者の方は手話が分からない訳じゃないですか。ろう者向けのイベントでは聴者の方が弱者ということになってしまう。そんなやり取りではらちがあかないので、お互いが歩み寄らなくてはいけない。

僕たちがライブでやっている『Music Sign』という楽曲の中に「言葉と歌をつなぐ架け橋」という歌詞があるんですが、まさに僕は「言葉と歌をつなぐ架け橋=ろう者と聴者をつなぐ架け橋」でありたいと思っているんです。手話ライブを通じて友達になったろう者と聴者の方がいらっしゃって、その友達と話したいから手話を勉強しているという聴者の方もいるんです。僕らのイベントがそういうきっかけになることが一番うれしいですね」

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