東京を創訳する 第24回

文化人類学者、船曳建夫の古今東京探索 〜High Life - Low Life その1「上流の人々」〜

作成者: Time Out Tokyo Editors |
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テキスト:船曳建夫

旅行のひとつの楽しみは、その土地の人との思い出深い交流である。ちょっとした買い物で店員としたやりとりや、食べ物屋で隣り合った地元の人との会話など、旧跡を訪ねた感動とは違うものがある。しかし、そうした普通の人との交流はできても、パリやニューヨークに行って、そこの「セレブ」やその生活を「観光」するのは難しい。それは無理に近い。でも、ロンドンでバッキンガム宮殿に行ったりするのは、その建物を見るためだけでなく、エリザベス女王が現れないとしても、宮殿の上に王室旗がはためいていれば陛下がそこにいるのだな、といった興味が湧くからだろう。

東京を訪れる外国人旅行者は、東京ではそうした「上流」の人とはどんな人で、どこにいて、何をしてるのだろう、とは考えないだろうか?他方、「普通の日本人」は東京の盛り場で何をしているのかと思ったりしないか?そう考えて、今回からは、観光では会えないような東京の上流や、「下流」というよりは庶民の人たちがどこで何をしているのかを半年ほどシリーズで書いてみる。

実は、この「High Life - Low Life」というのは、イギリスの雑誌コラムからのパクリである。1990年代は、High Lifeは上流階級出身のTakiという人が、Low Lifeの方は、ロンドンで有名な酔っ払いのエッセイスト、ジェフリー・バーナードという人が書いて人気を集めていた。僕自身はもちろん上流階級ではなく、盛り場に詳しかったりしているわけでもまったくないが、多少、今までに見知ったことを書こう。まずは上流から。

欧米に行くと上流の人たちというのが確かにいる。アメリカの古い大金持ちや、大統領の係累(けいるい)。ヨーロッパだったら貴族という階層があって、城に住んでいたりする。では、それにあたる人々とは日本、特に東京では誰なのか。答えは簡単。東京のど真ん中、広大な皇居に住んでらっしゃる天皇とそのご一家だ。ほかにも、皇居からそう遠くない繁華街の赤坂に「御所」という広い敷地があって、天皇の男系親族の数家族が「宮家」(prince)として住んでらっしゃる。そのあたりのことは英国のロンドン、タイのバンコクの王族の事情と変わらない。ただ、日本の社会で「上流階級」、というと何か外国とはニュアンスが違う。天皇や皇族は「階級」ではない、というか、ある意味で、もっと飛び抜けているというか。そのあたりの理屈も追々書くことにする。

天皇、皇族とその生活はこのタイムアウト東京のテーマになるのか。ぶっちゃけていえば、「天皇」は「観光」の対象になるのか?(日本人の読者にはやや無礼な、と気になる人もあろうが、今後このシリーズでは許してほしい)もちろんなる。好奇心と興味の湧く文物はすべて観光の対象だ。まず、天皇と会うことはできなくても拝見するチャンスはある。毎年2回、天皇誕生日(12月23日)と、1月2日には、皇居で一般参賀という機会があって、天皇ご一家がみなの前に姿を現すのだ。正月などは、毎年数十万人が集まるところを見ると、少なくとも日本人にとってこれは、一種の「観光」だろう。

ご一家は見られなくても皇居だったらいつもそこにある。日本一大きな城だから見応えはある。ただその皇居も、元はといえば天皇の「御所」ではなく、将軍であった徳川家の御城だった。天皇代々の御所は京都にある。最近のことだが、いまの皇居に天守閣を建てて観光の目玉にしようという案が出て、国会で議論にすらなった。その時、政府関係者が「皇居は元々徳川家の将軍が住んでいたもので……」と口ごもった。天皇が明治維新後に移り住んだ、または、攻め落として自分のものにしたという経緯はスラッとは語れない歴史であろう。それに続けて、天皇ご自身が天守閣を望むか、という話になって今は頓挫している。

2019年は30年ぶりに、天皇の代替わりの即位式が行われる事が決まっている。誰もはっきりと気付いてはいないが、前回とは社会状況が異なっているので、今回はニュースとしての報道ではなく、イベントとしてのテレビ中継が盛大に行われるだろう。その折には、皇居で、新天皇が姿を現す盛大な儀式が行われるはずで、翌年のオリンピックの前哨(しょう)戦として、観光の目玉にもなるはずだ。

ロンドンで王族の結婚式や葬儀が行われ、そのパレードなどを「見物」に、英国内や外国からも観光客が集まるように、東京でも同じことが起きるかも知れない。いまの天皇や皇族たちは派手なことは慎もうという態度の持ち主なので、そのあたりどうなるかは分からないが、最近だと、現在の皇太子殿下の結婚式の時に、パレードが行われずいぶんの人出を集めた。ちなみに、日本に来る各国大使は、着任のあいさつに天皇を訪ねるとき、皇居に入る足を自動車にするか馬車かを選ばされる。たいていの人は馬車を選ぶそうだ。もちろん、今回の即位式もバレードがあったら馬車が使われ、なかなかの盛儀になるだろう。

明治神宮であるとか、皇室関連の「観光」は様々あるのだが、歴史的には京都には負ける。ただ、現在は東京にいらっしゃるので、実物にニアミスする可能性は東京の方が高い。東京は世界でも稀になってきている王の住む町だ。あなたがセレブ好きだったら、かなりレアな観光都市である。

そういえば、最後にこんなエピソード。保守系の「バチカンの友」といった名前の団体が日本に来たとき、僕もカトリックなので、なぜか彼ら自宅に招くことになった。翌年、ロサンゼルスに行ったとき、お礼にと共和党系のパーティに呼ばれた。そこに、大統領は辞めていたレーガンさんが来ていて、僕は列ばされて紹介された。誰もが30秒ほどの会話なのだが、彼は僕が日本から、ということにややとまどってか、「日本で天皇に会ったよ」と、一言。僕も大いにとまどった。「ああ、天皇さんですか、知ってますよ」は変だし、「知り合いではありません」もおかしいし。あれはなんて答えるのが正解だったんだろう。

船曳建夫(ふなびきたけお)
1948年、東京生まれ。文化人類学者。1972年、東京大学教養学部教養学科卒。1982年、ケンブリッジ大学大学院社会人類学博士課程にて人類学博士号取得。1983年、東京大学教養学部講師、1994年に同教授、1996年には東京大学大学院総合文化研究科教授、2012年に同大学院を定年退官し、名誉教授となる。2017年1月には、高校生の頃から歌舞伎を観続けてきた著者が、いつかは歌舞伎を見たいと思っている人に向け、ガイドしているエッセイ集『歌舞伎に行こう!』(海竜社)を発売した。ほか、著書に『旅する知』など。

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